IS〜world breaker〜   作:山嵐

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42:はしゃいで撮った写真はぶれる

 (うーん……写真を撮るのを了承したのはいいが……)

 

 俺が店内を見渡すと、目に飛び込んでくる光景は恐ろしいものだった。なにせ周りには女子しかいない。教室に急遽作った撮影スペースと、その中心にいる俺を取り囲んでいるからだ。

 今や店内は喫茶店なんかではなく、俺との写真を羨ましそうに眺める人が休憩に使うスペースになっていた。

 はぁ……なんだかカメラのフラッシュよりみんなの目が光ってる気がする……怖いよ……。

 

「はーい、寄って寄ってー……うん! 撮るよー! はい、カマンベールチーズっ!」

 

「イエーイ!」

 

「い、イエーイ……?」 

 

 新聞部の黛薫子さんの掛け声に応えた相川さんにつられて、俺はピースをしてしまう。そうして、ツーショット写真を撮ってもらった。かれこれ三十人目である。

 なんやかんやで流されてしまったが、俺仕事するべきじゃ……? いいのか?

 クラスの仕事も最初しか手伝えてないし、学園祭中の貸し出しもそんなにしてないし……大丈夫か? 

 楯無さんは『平気平気! あとでちゃーんと……うふふ』とか言ってたから余計怖いんだが。

 

 そんな俺の気持ちとは反対に、相川さんは黛先輩が見せている今撮った写真の出来を見て、ほくほくと嬉しそうである。

 ちゃんと明日には焼き増ししてくれるというのに、写真データを携帯に送信してもらってさらに満足そうだ。

 

「やたー! 真宮くんとの写真、欲しかったんだよねー!」

 

「そ、そうなのか? 喜んでもらって何よりだよ……あはは」

 

「次、私よっ! 清香! チェンジ!」

 

「はいはーい♪」

 

 演劇部所属の伊座波さんが順番待ちの列から一歩踏み出し、相川さんは鼻唄混じりに女子の軍団のなかに消えていった。

 

「いいなー、いいなー……」

 

「ああ……なんで1組じゃなかったのかな、私……」

 

「もー!! ずるいずるいずるいー! クラス換え! 今すぐ!」

 

 クラスの女子以外も撮ってると時間がないということで、今回は一組の女子のみ、ということになったのだが、なんだかそれが皆さん気にくわないらしい。不満たらたらだ。

 うーん……写真くらいならいつでも撮れるじゃないか。何がいけないんだろう……。

 まさか俺と一緒じゃなきゃ嫌だって訳でもないだろうし……。

 あれか? やっぱりプロが撮ると違うからか? 

 

「撮るよー! はい、さけるチーズっ!」

 

 カシャッ、とまた撮られました。

 

「うふふ……ついに! ついに! この『喜びに満ち足りた瞬間を納めし写し絵』が我が手の中にっ……!」

 

「あ、あの……伊座波さん?」

 

「くっ、来るなっ! それ以上近づくとっ……! 我の中に眠りし『桃色の情熱』がっ! 偽りの仮面に隠されし真の自分を真っ赤に染め上げてしまうぅぅぅぅ!!」

 

「あのね~、さよっちはね、次の舞台でちゅーにびょーの役をやるんだって~。たまに練習してるんだってさ~」

 

「暗がりに潜みしお前の心眼にはどう映る? 我に示せ!」

 

「は、はぁ……?」

 

「『うまくできてる? 意見を聞かせて?』みたいなこと言ってるよ~」

 

「えっと、うん……上手いと思う」

 

「ほんとっ!? うれしぃな、イェイ!」

 

 あれ? これが素? わからない……。

 この人は本当に何の役でもできそうだ。でも中二病が出てくる演劇は……うーん。

 

「じゃ、次はわたしだね~。みーやん、おんぶ~」

 

「必要ないだろ……」

 

「そんなことないよ~! 適度なスキンシップは必要だよ~」

 

 のほほんさんがバタバタと長い袖を振り回しながら訴えかけてきたが、俺は軽く流しておいた。

 それにまず、おんぶは適度なスキンシップじゃないだろ。過度だろ。のほほんさんは意外と胸がある方だから、背負うとほら、ね? ムニッと……。

 

「もー! じゃあ仕方ないからこれでがまんする~」

 

「そうしてくれ。俺も助かるよ」

 

 差し出された手を袖越しに握る。

 

「ささっ、いっくよー!? はい、とけるチーズっ!」

 

 またフラッシュが光った。眩しいのにも、もう慣れてきた。

 『あはっ! ありがと~!』とのほほんさんがニッコリ手を振って駆けていったところで、俺は残り人数を確認し、そしてほっとした。

 そろそろ終わりが見えてきた。

 

 

 

 

 

 

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「次はわたくしですわ!!」

 

「お、おう。やけに気合い入ってるな、セシリア」

 

「当然ですわ! なんといっても信さんとの写真ですから!」

 

 えへん、とセシリアはふんぞり返っている。

 なんでそんなに得意そうなんだ? いや、似合ってるからいいけど……いいのか?

 俺はまじまじと見ていると、そんな様子に気付いてなのか、恥ずかしそうに顔を赤らめながら、セシリアは髪を指でいじり出した。

 

「し、信さん……そ、そんなに見つめられると、照れてしまいますわ」

 

「あ、ああ。ごめん。ほら、本当に似合ってるからさ。つい」

 

「あの……嬉しいですわ、とても」 

 

 そう言って、セシリアはすっと俺の腕に抱きついてくる。

 あまりに自然すぎて止めることも思い付かなかった。

 周りからなんだか不満げな空気が……な、なんだ? これは俺の意思とは関係ないぞ。だから胸の膨らみが俺の腕に当たっているのは不可抗力だ。

 無だ。

 無になれ、真宮……。

 

「あら? もしかして、緊張していらっしゃいますの?」

 

「ちょ、ちょっとな……」

 

「信さんにしては珍しいですわね」

 

 珍しい……かなぁ。

 結構女の子にくっつかれて緊張したりすること多いんだが。むしろ緊張しないという男は異常だし。

  

「うーん……そう見えるか?」

 

「はい。少なくとも、いつもよりは」

 

「それじゃあ……それはセシリアのせいだな」

 

「むー! どういうことですの?」

 

 不満そうな声を出しつつ、セシリアは少し面白そうだ。

 俺もつられて笑った。

 セシリアせいというのはあながち間違いじゃない。美少女メイドはそれだけでかなり緊張してしまう。

 

「さぁーてっ! 撮りまーす! はい、スモークチーズっ!」

 

 パシャ。

 

「うふふ……また今度、ご一緒に写真を撮りましょうね。信さん♪」

 

 セシリアはちょこっとスカートの裾を上げて、優雅にお辞儀をして去っていった。

 

 

 

 

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「信、大丈夫? ずっと写真撮られっぱなしだもんね。もう30分も立ちっぱなしじゃない?」

 

「あはは……まぁ疲れてないって言ったら嘘になるけど、大丈夫だ。もう少しだし、頑張るよ」

 

 シャルの心配そうな顔に、笑顔を返す。

 相変わらずメイド服がよく似合うよな……この前は忙しかったし、あんまり見とれると店長に怒られそうだったしで、長々と見ていられなかった。

 それにあの時は俺もさすがに照れていた。まさかあんなにメイド服というものがかわいい女の子をさらにかわいくするとは……。

 だがもう大丈夫だ! 慣れたから!

 

「ふふっ。信? なんだかずっと僕たちのこと見てない?」

 

「み、見てない……とは言えないですね、はい……」

 

「この前はあーんなに目をそらしてたのにね」

 

 シャルはからかうように微笑みながら、俺の手を握った。

 華奢な手は、いつか繋いだ時と変わらず、綺麗でひんやりとしていた。

 俺が握り返すと、ぴくりと指が動いた。

 

「し、仕方ないだろ……慣れたんだよ、やっと」

 

「ふーん……それじゃ、慣れるくらい見てたんだね。今日だけで」

 

「あー……よく考えたら、いつまた見られるかわかんないって思ってさ。もったいないかなーって」

 

 うん。正直、接客しながら横目でみんなのこと見てました。凝視してました。

 すると、シャルがちょいちょいと俺の手を下に引っ張った。

 耳を貸せ、ということらしい。

 

「なんだ?」

 

「えっと、ね……? その、し、信がまた見たかったら……いつでも着るよ?」

 

「……はい?」

 

「だから……信だけの、メイドさんになってあげるよ……?」

 

 シャルは言い終えるとすぐに顔をそらした。

 な、なんだこの子……かわいい……! 専属メイドさんとかなんか響きがエロい――じゃなくて……煩悩退散。

 やっぱり無だ。すこぶる無になるんだ……。

 

「おりゃあ! 撮りまっせ! はい、モッツァレラチーズっ!」

 

 パシャリ。

 

「うう……やっぱりダメ! は、恥ずかしいもん!」

 

 シャルは真っ赤になった顔を隠しながら、走り去っていった。

 

 

 

 

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「嫁! この服は似合うか!?」

 

「い、いきなりどうした?」

 

 ラウラが飛び付かんばかりの勢いで聞いてきたので、一歩下がってしまった。

 随分と必死そうだ。

 

「さっきも言ったろ? 似合ってるよ」

 

「そうか……! かっ、かわいく見えるか!?」

 

「お、おう……」

 

「そ、そうか……! よ、よし……!」

 

 ラウラは小さくガッツポーズをして、ちょっと笑った。

 普段真面目というか、服装を気にしなさそうなラウラがそういうことをすると、なんだかおかしかった。

 最初にあった頃と比べると、表情もすっかり柔らかくなったもんだ。よかった、よかった。

 

「な、なんだ!? なにを笑っている!?」

 

「いえいえ、なにも?」

 

「う、嘘をつけっ!」

 

 俺は返事の代わりに頭を撫でてやった。

 

「よしよし。怒るな怒るな。かわいいのにもったいないぞ」

 

「う、うぅ……」

 

 なにか言いたそうにしているが、ラウラはそれ以上は俺に歯向かわなかった。

 撫でてやると落ち着くとか、猫みたいだ。あのパジャマ姿もぜひもう一度見たいな。うん。

 

「あ、今度はネコミミとか付けてみたらどうだ? ほら、夏休みのやつ」

 

「……す……のか」

 

「え?」

 

「そっちの方が……嫁は私に興奮してくれるのか……?」

 

 いきなりなに言ってるんだ、おい。

 それじゃあまるで俺がネコミミメイドにご奉仕してもらいたいみたいじゃないか!!

 いや、それはしてもらいたい……特にラウラならなおさら……。

 ……うおおおおお! 帰れ! 俺の煩悩帰れ!

 

「ら、ラウラ? そういうことを男の前で言うもんじゃないぞ」

 

「私は嫁の前でしかこういうことは言わないぞ……」

 

「え?」

 

「な、なんでもない!」

 

「どぉりゃあ! 撮るずぇい! はい、プロセスチーズっ!」

 

 パシャリ。

 

「だ、だが! わ、私は別にネコミミは気に入ってないからなっ! ほ、ほんとにほんとだぞっ!?」

 

 ラウラはちょこちょこと女子の中に消えていった。

 

 

 

 

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「……」

 

「……」

 

 俺と鈴は無言で向き合う。

 それにしてもさすが本場。チャイナドレスが似合う。

 何度でも言う。似合う。

 

「な、なによ……」

 

「いや、1組限定の写真撮影って聞いてたから……」

 

「し、仕方ないでしょ! 『珍しい服装してるから』っていう理由で引っ張ってこられたこっちの身にもなりなさいよ!」

 

 なるほど。確かに珍しいな。あの鈴がきらびやかで上品な格好してるってところが特に。

 ていうか、どうしても目がドレスのスリットにいってしまう。

 見るからに健康的で活発そうなすらりと細い鈴の足がとてもきれいだ……きっとすべすべなんだろうなぁ……。

 くそっ! また出たか煩悩! いい加減鎮まれ!!

 鈴はもう一言二言ぶつぶつと不満をこぼしたあと、俺と並んで立った。

 そして、俺の方をチラチラ見てくる。

 なんで?

 

「どうした?」

 

「べ、別に……」

 

 鈴が顔をそらした。

 変なやつ……絶対何かあるくせに……。

 首をかしげながら、カメラの方に向き直って、掛け声を待つ。

 すると、鈴が顔を別な方向に向けながら、手を握ってきた。

 

「ん?」

 

「……信、もう二度と言わないから……」

 

「はい?」

 

 わずかに不安そうに俺をじっと見つめて、誰の耳にも届かないくらいの小さな声で、鈴はささやいた。

「那件你的衣服正适合……〈あんたのその服、似合ってるわよ……〉」

 

 そして、すぐにまた恥ずかしそうに顔を背けた。

 横顔を見ただけでも、鈴が真っ赤になっているのはよくわかった。

 

「……ぶふっ!」

 

「なぁ!? な、ななな、なによっ! そんなにおかしいわけ!?」

 

「い、いや、いやいや……鈴ってさ……おもしろいやつだよな」 

 

「う、うるさいうるさいうるさい! あ、あたしだって結構頑張ったんだからっ!」

 

 そんなことわかってるよ、とぽんぽん頭を叩いてやった。

 また怒られるかと身構えていたのだが、案外そんなことはなく、鈴はすぐに大人しくなった。

 

「ばか……本当に頑張ったんだから……」

 

「知ってるよ。鈴だからな」

 

「なにそれ……ふふっ」

 

「えんやーこーらーさっ! 撮るべっちゃ! はい、ブルーチーズっ!」

 

 パシャリ。

「えへへ……ばーか」

 

 なんだか最後にバカにされたが、鈴は笑顔でクラスに戻ったのでよしとしよう。

 

 

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「あ、あの……」

 

「あれ? 簪?」

 

 俺の肩を遠慮がちにちょいちょいと叩いたのは、真っ白な着物に薄い水色の帯を締めた簪だった。

 周りにいる女子たちに囲まれて、少し居づらそうに身を縮こまらせている。

 

「わ、私はいいって言ったんだけど……ジュリアちゃんが……」

 

 人混みの中で、やけにニヤニヤしている四組のエバンスさんを見つけた。

 簪曰く、彼女は『いい人だけど強引』らしい。 この前、はにかみながら教えてくれた。

 入学当初から人付き合いが苦手だったらしいから、押しの強い友達というのも簪には必要だろう。

 

「それでね……薫子さんに『珍しい服装してる!』って……」

 

「ああ~……鈴と同じパターンか……」

 

「い、いいのかな……私なんかが写真なんて……」

 

「なに言ってんだ。いいに決まってるだろ」

 

 むしろ撮らない方がおかしい。こんなに綺麗な着物が似合っているのに。

 じっと簪の服装に見いってしまう。

 メイドもいいけど……こういうのもいいな……。

 あれ? よく見たら透けそ……ごほん。まだいたのか、煩悩。頼むから引っ込んでろ。

 俺は簪の手を掴み、ぐいと引っ張ってカメラの前まで連れていく。

 最初こそ抵抗されたが、数秒で手を握り返し、簪はとことこと俺のうしろについて円の中心に立った。だが、なんだか申し訳なさそうにキョロキョロしている。

 

「し、信……や、やっぱり……」

 

「聞こえないな」

 

「う、うぅ……だって……」

 

「大丈夫。俺も一緒に撮るんだから」

 

 簪は両手でぎゅっと俺の右手を握り、小さくうなずいた。

「じゃあ……その……」

 

「ん?」

 

「ほ、褒めてくれる……? そしたら、頑張れるから……」

 

 不安げな目を見つめ返し、俺はにっこりと笑った。

 そんなのお安い御用だ。

 

「簪、いつもよりもっとかわいいぞ」

 

「……! や、やりすぎっ……!」

 

 やりすぎかなぁ。丁度いいか、むしろ褒め足りないくらいだと思うんだけど。

 それでも、表情がずっと柔らかくなったので、効果はあったようだ。 

 

「もっと自信持っていいんだぞ、簪は」

 

「……うん……頑張る」

 

「どうぇえ! 撮るってばよ! ゴルゴンゾーラチーズっ!」

 

 パシャリ。

 

「あ、ありがと……!」

 簪は少し笑って、溶けるように人混みに消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふほぉぉぉぉ!! いい写真だわぁぁ!! ひゃっはぁ!」

 

「世紀末のザコキャラのような叫び方はやめてください、黛さん。ところで、楯無さんは?」

 

「え? たっちゃん? そうえば……いないわね。確か、チャイナの子の写真を撮り終えた時にはいたんだけど……」

「……簪の前、までか……」

 

 信はちょっとだけ、顔をしかめた。 

 明らかに避けている。それがわかったからだ。

 二人の姉妹とよく話す機会があるので、彼はとっくの昔に気付いていた。彼女たちとの会話に、家族についての雑談が出ることが決してないことに。

 

「ごめんごめん! ちょっと所用が、ね」

 

「……楯無さん?」

 

「なぁに?」

 

 にっこりと楯無が聞き返す。

 その笑みの奥底に、なにかを恐れているような、そんな感じを受けるのに気付き、信は口をすぐにつぐんだ。

 それに、以前『親のことは自分で聞く』と言った手前、家族についてのことを根掘り葉掘り聞き出すのもいかがなものか。

 

「……やっぱり、いいです」

 

「ふぅん……変なの」

 

 楯無は探るような目で信を見据え、対する信はそれを真っ向から受けてたった。しばらくの間、無言の探り合いに時間が割かれる。

 周りでは女子たちが写真撮影見物会の解散の号令を受け、騒がしく自分のクラスに戻ったり、最後に写真を撮られていた一夏&箒ペアに感想を聞きに行ったりと騒がしくなり始めていた。

 二人がほぼ同時に目線を外し、そして互いに一歩ずつ近づいた。

 気付けば、信も楯無も、もう学園祭を楽しむ顔ではなかった。

 

「……どう?」

 

「それらしい人は、誰も」

 

 信が声のトーンを落とし、警戒するように周りを見渡す。

 

 生徒会長補佐官。

 彼に与えられた、第二の仕事。

 

 話は、学園祭一週間前に遡る……。

 

 

 

 

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「一夏が、狙われてる?」

 

「そう。たちの悪い組織にね」

 

 楯無は、生徒会室での午後のティータイムを楽しみながら、ごく当たり前のように語った。

 

「あら? なんでビックリしてるの?」

 

「い、いやいや……そりゃしますよ。友達が命狙われてるって言われてるんですよ? いい香りのする紅茶を目の前に出されながら」

 

 信はティーカップを慎重に持ち上げ、口に持っていく。が、すぐに離した。

 熱くてまだ飲めないと判断したからだ。

 

「正確には命は狙われてないわ。むしろ生け捕りにしたいでしょうね」

 

「……世界初の男性IS操縦者、だから?」

 

「それが一番大きな理由ね、きっと」

 

「だったら、俺だっ――」

 

「直接捕まえるより、周りの人を使ってあなたを揺さぶるほうがずっと簡単だわ。わかっているでしょう? 友達と自分と。あなたなら迷わず友達を取るって、私は踏んでるわ」

 

 紅茶をすすりながら、楯無は静かに言葉を繋げた。まるで、川に水が流れていくように、滑らかだった。

 爽やかな秋晴れ……とはいかず、外は今にも雨が降りだしそうな曇天だった。

 

「実際、あなたは危険を省みず、ご両親のために動いた。違う?」

 

「それじゃあ、本当の狙いは……」

 

「あなた、とも言えるし、そうじゃないとも言える。組織が欲しいのは『PT-000』。真宮信という男の子じゃないわ」

 

 ソファに座って、二人は黙り込む。いやにじめじめした時間だった。

 早く抜け出したいのに、突破口が見つからない。何を口にしても、現実味がないことを感じていた。それは、楯無も信も一緒だった。

 考え込むように、信は紅茶を含み、飲み込む。すでに冷たくなった液体が、喉元を過ぎて胃に落ちていくのを感じた。

 

 妙に重たい空気の中、ようやく楯無が口を開いた。

 

「それで、仕事を頼みたいの」

 

「仕事?」

 

「相手も騒ぎは大きくしたくないだろうから、可能性は低いけど……事情を知らない人を狙うかもしれないわ。学園内のね」

 

「……つまり?」

 

「……私と一緒に、この学園を守りなさい。あなたの力が、今こそ必要なの。」

 

 

 

 

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 真宮信がなぜ、学園祭前にじゃんけん大会などという子供じみたことをさせられたのか。

 なぜ、学園祭期間中に他クラス、他学年に貸し出されなければいけなかったのか。

 それには、ただ単に楯無の趣味というだけではなく、ちゃんとした目的があった。

 

 『IS学園の全生徒、全職員、その他の事務員をすべて把握する』

 

 彼に与えられた仕事は、学園祭を楽しむ人物一人一人を確実に『部外者』と『関係者』に仕訳し、動向に注目することだった。

 じゃんけんや学園祭の手伝いなど、もっと言えば生徒会長補佐官という役職すら口実であり、本来の目的は、信に学園内を自由に探索、把握させる権限を与えること。

 無論、IS学園のセキュリティは非常に高い。『IS学園に無断で入るとかなにそのムリゲー』とちまたで有名である。学園祭期間中とはいえ、それは変わらない。

 有名であるということは当然、例の組織とやらも知っているということであり、突破する策は練っているだろう。

 今この時、この瞬間にも、敵はここに入り込んでいるかもしれないのだ。

 敵を見分けて、どうするか判断する。信はその役目を担っていた。

 最後の最後に信用できるのは人間だと、楯無は考えている。どんなに高度な機械よりも、信の感じ方を、考え方を、彼女は優先したのだ。

 

「そう。でも気を付けて。私はこのまま、一夏くんの側にいるわ。信くんは学園内を」

 

「わかりました。そっちも気を付けてください」

 

 楯無はすぐに先程までの真剣な表情を消し去り、笑顔を作った。

 

「あら? 心配してくれるの? おねーさん嬉しい♪」 

 

「会長が休むとその分仕事が増えるんで」

 

「ふぇぇ……休んじゃダメ?」

 

 情けない生徒会長の言葉に、生徒会長補佐官はイタズラっぽく微笑んだ。

 それに応えて、楯無も表情を柔らかくする。

 ついさっきの簪の表情と重ねてみると、やっぱり姉妹だなぁと信は思ってしまう。

 

「ま、それは置いといて……あとで一夏くんにも動いてもらわないといけないから、そのつもりでね」

 

「……囮、ですか?」

 

「反対する?」

 

「もちろん反対です……けど、準備万端なんでしょう? それに、楯無さんが思い付いたとも考えられません。多分偉い人からの圧力みたいなものなんじゃないですか?」

 

「うふふ……わかってるじゃない。だいたいそんな感じよ」

 

「仕方ないですね……護衛は?」

 

「世界最強とその仲間たち」

 

 楯無の言うところはつまり、千冬を含めたIS学園の教員がしっかり目を光らせているということだ。さらに、信と楯無もいる。

 絶対に安心とは言い切れないが、考えられ得る最強の布陣でもある。

 

「『絶対に逃がすな、有効と思われる手段はすべて試せ』って上がうるさくてね。学園長も困ってるわ」

 

「上? 囮を使えって提案したところですか?」

 

「そう。いわゆるIS委員会ってところね。無茶っていうか、無謀っていうか……たまにワケわかんないのよ、あそこ」

 

「例えば?」

 

「福音事件」

 

「ああー……なるほど」

 

 信は楯無の言わんとしていることを読み取り、困ったように顔をしかめた。

 暴走したISをまだ高校生の自分達に止めろと命令したのは、そのIS委員会とやららしい。

 確かに無茶、無謀と言える。

 あのときは学園の教員や、それこそ千冬もいたのだ。纏めてかかれば、すんなりいったかもしれない。

 

「し、信! 楯無さん!」

 

「「え?」」

 

「もう限界です! 手伝って! 頼むから!」

 

 一夏が二人のもとにダダダッと走って来たかと思うと、間髪入れずに手を合わせた。

 写真撮影をしていたときに周りを囲んでいた女子たちもようやく散り散りになり、喫茶店としての役割を再び取り戻した一年一組の教室は、人で溢れていた。

 執事一人とメイド四人、それに混じってなぜかチャイナ娘一人。計五人だけではさばききれない量なのは一目瞭然だった。

 

 

「一夏っ! これしきのことでへばるとは情けな――わ、わかっている! そ、そんなに服を引っ張るな! 注文を繰り返すぞ!」

 

「セシリア!? なんでコーヒーにケチャップいれてるの!? し、信! セシリアを止めて!」

 

「離してくださいシャルロットさん! 信さんにわたくしの特性ブレンドコーヒーを――」

 

「そんなことよりあっちのテーブルにこれ運びなさいよ! ていうかなんであたしまでこっちのクラスの接客してるわけ!? いくら人手が足りないからって! 信! あんたがサボってるからよっ!」

 

「嫁! 隣の女はいらんからお前は手伝え! さっさとしないと――な、何をする!? 触るな! てっ、照れてなどいない! いいからそのネコミミをしまえ!」

 

 強がっていたり、何か行動がずれていたりと、彼女たちも余裕がなさそうだ。

 楯無はそれを見て、信に微笑みかける。

 

「それじゃ、こっちの仕事から片付けましょう?」

 

「はぁ……疲れそうですね」

 

「そうかしら? いいじゃない。思い出になって」

 

 そして、楯無はすっと素早く信の耳元に口を持っていく。

 

「それとも、私と2人っきりの思い出のほうが欲しい?」

 

「や、やめてくださいよ!」

 

「うふふ……でも嫌じゃないんでしょ~?」

 

「たっ、楯無さん!」

 いつも通りの調子に戻った楯無、そして信は、いそいそと接客を手伝うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園祭も午後の部、すなわち後半戦に差し掛かったころ。客の流れもようやく落ち着いてきた。

 それはつまり、俺たちにとって喜ばしいことである。なぜなら、休憩時間が回ってくるから。

 

「はぁ……やっと休憩か……」

 

「だな……ほら、コーヒー」

 

「サンキュー、信」

 

 俺と一夏は近くの空きテーブルを陣取り、椅子の背もたれに背中を預けて天井を仰ぎ見ていた。

 結局、学園祭を楽しんだと言うよりも、仕事したという感じのほうが強い。

 ていうか、今もしてるし。

 コーヒーをすする一夏をまじまじと見る。

 ……普通だ。極めて普通だ。

 まぁ、まさか自分が誘拐の危機に瀕しているなんて思い付きもしないだろうからな。当たり前と言えば、当たり前だ。

 でも俺はそうはいかない。常に周りを警戒しなければならないのだ。結構これは精神的に疲れる。

 

「一夏」

 

「なんだ?」

 

「学園祭にさ、変な人とかいなかった?」

 

「数馬」

 

「いや……それはそうなんだけどさ。もっとこう……背筋が凍るような……」

 

「はぁ?」

 

 楯無さんによると、その組織こそが、俺の両親を誘拐した張本人だという。恐らく、瞬光を奪ったのもそいつらだ。

 ほんのわずかにしか感じられる時間がなかったが、あの背筋を這うような寒気……あれはまずい。敵意とか、嫌悪とか、怨みとか……なんていうか、そういう嫌な感情が一斉に、そして静かに襲いかかってきたような感覚。

 思い出すたび、どうしようもない不安と、焦りを感じていた。

 もしあれが、今この学園に居るのだとすれば、それは危険だ。感覚的にそれだけは間違いなく言えた。

 

「よ、嫁!」

 

「おう、ラウラ。どうした?」

 

「私も休憩をもらったぞ! ふ、2人でだな! い、一緒に学園祭を――」

 

 そこまで聞いて、いきなり肩をぐいっと後ろに引っ張られた。

 

「んんっ! 信さん? わたくし、とーっても面白そうな場所を見つけましたの! 一緒に――」

 

「信! 行くわよ! 答えは聞いてないわっ!」

 

 セシリアの言葉を遮って、鈴がドレスの裾をヒラヒラさせながらダッシュしてきた。

 どうやら二人とも休憩をもらったらしい。

 

「だっ、ダメだよみんな! 信が困ってるでしょ!? ほ、ほら、信! こっち来て!」

 

「あらあら。人気者ね」

 

 シャルも休憩もらったのか? やけにぐいぐいと出口の方に引っ張るけど、それは『一緒に来て』ということなのだろうか? 

 楯無さんは余裕の笑みを浮かべているのだが、ちょっとだけ険しくもある。扇子に『羨望』とか書いてるところをみると、楯無さんも一緒に行きたいところでもあるのだろうか。

 

「いち、一夏っ!」

 

「ん? 箒、なにか用か?」

 

「その……だな、私はまだ休憩をもらってないのだが……あ、あとで……」

 

「あとで?」

 

「わ、私とい、一緒に学園しゃい――ごほっごほっ! 学園祭を……あ、あー」

 

「一緒に行くのか? 別に構わないぜ?」

 

「ほ、本当か!? よ、よしっ!」

 

 どさくさに紛れて箒は一夏と学園祭を楽しむ約束を取り付けてるし……まぁ、これは微笑ましくていいことだ。

 でも状況が状況だけに……大丈夫か?

 ちらり、と楯無さんの方に目をやると、無言でうなずかれた。『こっちで何とかするわ』の合図のようだ。 

 一応、一夏の周りには必ず一人以上の誰かしらは護衛が付いている。例えば、今は俺と楯無さん。俺と楯無さんが手伝いで出掛けている間は、山田先生と織斑先生が担当していたらしい。クラス担任だから『クラスの様子を~』的な理由で適当にごまかしたんだろう。

 先程小耳にはさんだ情報によれば、織斑先生はラウラのメイド姿に爆笑していたらしい。

 なんで爆笑なんだろう。ニヤニヤは仕方ないとしても。

 

「嫁は私と行くんだ! お前たちは下がれ!」

 

「嫌ですわ! 女には下がってはいけない戦場がありますの!」

 

「あんたらはずっと同じとこで仕事してたからもう満足でしょ! あたしに貸しなさいよ! 信を!」

 

「り、鈴だって! 2組の人が言ってたよ! ここにいる時間のほうが長いって!」

 

 いつの間にか俺がかやの外で言い争われてるんですが……俺の自由は無いのか……。

 そんなに俺が必要ですか? 他のみんなで行けばいいのに……。

 でもそっちのほうがいいって言うんなら……俺が頑張るしかないよなぁ……。

 俺はあきらめて、ため息をついた。

 

「わかったわかった。みんなと行こう」

 

「「「「え?」」」」

 

「一気に店を空けると回らなくなるから、残った人と帰ってきた人はここで仕事をすること。いいな? よし、じゃあ最初はラウラな」

 

「あ、ああ!」

 

 ラウラは他の三人よりいち早くキョトンとした状態から抜け出し、俺の出した手を握った。

 

「あとの順番はそっちで決めてくれ。じゃ、行ってくる」

 

 俺は騒がしくなる前に、さっさとクラスを出た。

 さて、これで俺の自由時間はみんなに捧げることになったのだが……誰かあとでご褒美でもくれないかな……。

 通りすぎた一年一組の教室から聞こえるじゃんけんの掛け声を聞きつつ、俺はまたため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 






やっぱり無理矢理なんだな、という感じですね(笑)

それにしても独り暮らしっていうのは大変ですね……^^;

でもこれからも頑張りますよー!
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