IS〜world breaker〜   作:山嵐

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ながながシリアス(?)が続いてすみません^^;

まだ続きます(笑)




45:広がる不穏

「わっ、私はシンデレラ! お、おう、王子! そ、その王冠をよこせ!」

 

「うわぁぁ!? ほ、箒! 木刀はよせ! 死ぬ!」

 

 ステージ場で行われている舞台、『シンデレラ』。

 女の子で憧れたことのない人はいないだろう。

 舞踏会で出会った王子に一目惚れされ、それまでの貧しい生活から華々しい王宮の生活へ。見事なまでに玉の輿である。

 楯無は舞台上で逃げ惑う王子と、それを追うドレスを来た娘を見ながら、台本を読み上げた。

 マイクを通してスピーカーから響くその声は、アリーナをちょこっと改造して作った会場に、余すとこなく聞こえわたった。

 

『王子の王冠はすなわち結婚指輪と同じ! しかし仮にも将来国家を担う王子! 半端な娘は嫁にとれません! そう! これはシンデレラを試す儀式なのです!』

 

 会場から興奮気味な声援が飛ぶ。

 生徒会が企画した舞台は大盛況だった。

 

「えぇい! さっさと渡せ!」

 

「ば、バカ! 取ったら電撃なんだぞ!」

 

「男なら耐えろ!」

 

「そんなムチャな!? うわっ!?」

 

 上段の構えから降り下ろされた渾身の一撃。

 一夏はすんでのところで横に飛び退き、難を逃れたものの、後ろに置いてあった城の張りぼてには深い傷ができてしまった。

 楯無の耳に、演劇部の呻き声が聞こえてきた。

 あとで美術の人に謝っておこう。まんじゅうでも添えて。

 

『シンデレラの猛攻はやみません! 徐々に追い詰められていく王子は遂に助けを呼びました!』

 

 一夏に当たっていたライトが、舞台の中央に移動する。

 急に暗くなった視界に困惑した箒は、その場で立ち止まった。

 

「待ちなさい!」

 

「ここから先は通しませんわ!」

 

「僕たちも負けられないからねっ!」

 

「どうしても通りたいのなら私たちを倒してからにするんだな!」

 

 突然、箒と一夏の間のスペースに四人のお姫様が現れた。

 手に持つのは棒やスナイパーライフル、盾にナイフとそれぞれ違う。

 

『彼女たちは無理矢理に王子と結婚させられそうになった隣国の王女たち!』

 

 鈴、セシリア、シャルロット、ラウラが箒を取り囲みながら、ゆっくりその距離を縮めていく。

 

『だが王子も彼女たちもそんな結婚望んでいない! そして、今日の舞踏会には彼らの父、すなわち隣国の王も来ている!』

 

 一夏は舞台袖から顔を覗かせる程度の立ち位置で様子を見守っている。

 反対サイドのそれを見ながら、楯無はナレーションを続けた。

 

『さすればやることはただ一つ! シンデレラが自分達を負かすことができれば、彼女たちの父親も納得! 王子と娘を結婚などさせない!』

 

「くっ……! 4対1とは卑怯な……!」

 

「悪いわね、こっちにも譲れないもんがあるのよ」

 

 体勢を低くした鈴が、さながらネズミを見つけた猫のように目を光らせた。

 

『だが残念! わざと負けるなんて出来はしない! それは彼女たちが王女だから!』

 

 一時はどうなることかと思ったが、わりとノリノリで演技してくれている五人の少女を見て、楯無はなんだか暖かい気持ちになった。

 恋する乙女って、あんな感じなんだ。

 

 今回のこの劇、専用機持ちたちをやる気にさせるある特典をつけている。

 箒には、一夏の王冠を奪ったら(・・・・)彼と一緒の部屋にさせてやる、というもの。

 そして他の四人には、一夏の王冠を守りきったら(・・・・・・)自分の部屋に信を住まわせる、というもの。

 効果はいうまでもない。

 

『さぁ! シンデレラは王子の王冠を奪えるのか!? 皆さ――』

 

「会長」 

 

 布仏虚の静かな声に、楯無はただならぬ空気を感じ、ナレーションを途中で打ち切った。

 振り向くと、妙に不安げな虚の顔があった。

 いつもは冷静で感情を表に出さない彼女がこんな表情をするなんて、嫌な予感がした。

 ピンマイクを手で押さえ、楯無は声を低くした。

 

「どうしたの?」

 

「織斑先生たちと連絡が取れません」

 

「妨害電波? なら解析して発信元を――」

 

「いえ……変なんですが、まるで電話や無線が周波数を自分で変えてる(・・・・・・・)みたいに……全て周波数が一定になってるんです」

 

 会場の観客に目をやってみると誰一人気付いているようには見えない。もっとも、気付いたところで深く理由を考える人はいないだろう。

 

 食いついたか。

 

 楯無は苦々しく顔をしかめ、いっそう気を引き締めた。

 囮など気が進まない方法をとることに同意したのは、自分が必ず守ると誓ったからだ。

 

「妨害というより、混線……ということね。いつから?」

 

「わかりません。ただ、これだけ多くの機器の周波数を合わせるには、少なくともなんらかの設備があるはずではないかと……」

 

「だけど、見つからない。だから、自分で変えてるみたい……というわけね」

 

 楯無の顔は、もはや初々しい後輩を見守る先輩のものではなかった。そして、生徒会長という立場のそれでもない。

 国家代表候補の上、正式な国家代表として動く責任ある大人としての顔だった。

 

「劇はこのまま続けて。ここでやめたら怪しまれる……先生方は今どこに?」

 

「アリーナの外周部にいます」

 

「外周部? なぜ?」

 

「え……? 会長の提案ではないんですか?」

 

 驚いている虚を見て、楯無は眉をひそめた。

 

「私ではないわ。誰がそんなことを?」

 

「え? あ……は、はい……先生方に、織斑一夏は会長と、自分の部下に護衛に着かせているとあの人が……」

 

「大至急呼び戻して。通信がダメなら足で。お願い」

 

「は、はい! あ、あの、どこへ!?」

 

 楯無はその先の言葉を、虚の口から言われるその数秒前に悟った。

 虚の呼び掛けに応える代わりに、外したピンマイクを渡して歩き出した。

 まさか。

 また一枚噛んでるというの?

 歯ぎしりをしたい気持ちを押さえ、楯無は『あの人』に会うため、とある場所に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 織斑一夏は戸惑っていた。

 なんだかよくわからないまま連れてこられたアリーナで、なんだかよくわからないまま着せられた王子さまの服を着て、なんだかわからないまま幼馴染みに襲われて、なんだかわからないまま友達に助けられている。

 なんだかよくわからない。

 舞台上で争っている箒、鈴、セシリア、シャルロット、ラウラを影で見守りつつ、一夏は目をしばたかせた。

 

「そもそもこれってなんなんだ?」

 

 生徒会が企画した劇っていうのはわかってるが、それならキャスティングは生徒会のメンバーでよかったんじゃ……。

 王子ってのも、信がやればオーケーだよな。男だし。

 そんなことを考えながら、暇を潰していた。

 

「そういや、信……どこ行ったんだ?」

 

 自分より先に戻ったはずなのに、教室にはいなかった。

 箒と占ってもらってから、もう随分と経つのに、もう一人の執事がひょっこり顔を出すことはない。

 余談だが、先程舞台を見物している恐ろしい数の人混みのなかに二人の知り合いが紛れ込んでいるのを見つけた。相変わらずバカっぽかった。

 

「おい王子! あんなかわいい子、試さんでも嫁にふさわしいやろ!」

 

「か、数馬! 劇、劇だから!」

 

「なぁ皆さん! あの王子と僕たちは知り合いなんですけどね! そりゃあ小学校の頃からもてるのなんのって! 例をあげますとね、ほら! あそこの棒を振り回している貧にゅ――」

 

 いい終える前に、数馬の顔にガラスの靴の爪先がめり込んだ。

 会場から楽しげな笑い声が上がって、数馬を持ち上げるような声も聞こえた。

 

「いいねぇ、兄ちゃん! わたしゃあんたみたいなの久々に見たよ!」

 

「もっと聞かせてー!」

 

「よっ! さすが織斑くんの友達っ! 怖いもの知らずだねぇ!」

 

「おにいちゃん、おはなしじょーずー!」

 

「ぶ、ぶふっ……! ありがとうございます、ありがとうございます! 男、御手洗数馬! まだまだ喋ります! それでですね、あの貧――」

 

 またガラスの靴が飛んできて、今度は数馬の股に当たった。

 笑い声の中に数馬が消えるのを見て、懲りないやつだと思った。昔も鈴にシめられてたっけ。

 一夏はペコペコ周りに頭を下げていづらそうにしている弾を不憫に思いつつ、舞台に目を戻した。

 

『さぁ! 会場の女子学生の皆さんお待たせしました! ここから劇に参加オーケーです!』

 

 楯無さんの声が会場にこだまする。

 あれ……でも、楯無さんどこに行ったんだ?

 逆側の舞台袖には虚さんがなにかを探しているように首を動かしているだけで、そこにいるはずの生徒会長の姿は見えなかった。

 

『手段は問いません! 王子の王冠をゲットできたあかつきには~! 王子のキスがあるかも!?』

 

「キス……? キス!?」

 

『事前参加申請をしていた皆さん、かかれぇ!』

 

「「「「「「「「「「Hooooooooooooo!!」」」」」」」」」」

 

 とんでもない声量の雄叫び、いや、雌叫びが聞こえたかと思うと、突如舞台目指してIS学園の制服を着た女子たちが走ってきた。

 その目は爛々と輝き、その足は力強く大地を揺らした。

 

「え!? な、なに!? 王冠!? この王冠ってそんな貴重なの!?」

 

 一夏はあっという間に女子に取り囲まれ、身動きがとれなくなった。

 ものすごい甘い香りがする。

 あれ……ここはお花畑?

 もう少しで川も見えるというその時。

 

「こっち」

 

 強く自分を捕んだ手が、一夏を女子の軍団から引っ張り出した。

 

「げほげほ……す、すみま――」

 

「走りなさい。追ってくるわ」

 

 その手に導かれるまま、一夏は自分がどこに向かっているかもわからず走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カラン、と机に置かれたウィスキーグラスの氷が音をたてて崩れた。

 ちらりと楯無はそちらに目を向けたが、すぐに生徒会室の中央に視線を戻した。

 

「いやはや……驚いたな。私は学園長を呼んだのだが……随分かわいらしいお嬢さんが出てきたものだ」

 

「お褒めに預かり光栄です。委員長」

 

「やめてくれ……その役職名は嫌いなんだよ。名前で呼んでほしい……特に君みたいな美女にはね」

 

 中心に立ち、黒いコートと帽子を被っている男は、部屋の内装をいかにも興味深そうにじっくり見渡しながら静かに言った。

 その声には抑揚も感情もない。まるで人の真似をした機械のようだ。

 

「学園長はここにはいません。委員会にも通達済みのはずですが?」

 

「僕は僕の考えで動くときもある。委員会にも、それに君にも、僕の個人的な意思を伝える義務はないはずだよ」

 

「では、完全なプライベートである、と? 学園長を呼んでおいて?」

 

「彼を呼んだのは楽しくお茶でも交わすためさ。仕事の話じゃない」

 

「私にはそれがお茶には見えないのですが?」

 

 楯無はウィスキーグラスを鋭い視線で捉えてから、冷たく言い放った。

 相変わらず背を向けながら、男はクスクスとそこだけわずかに人間味のある笑い声を上げた。

 ただし、非常に耳障りだった。

 

「そうだね。僕としたことが、ここが教育機関だということを忘れていたよ」

 

「やっと思い出していただけましたか?」

 

「ああ。しっかりとね」

 

「ではここにいるのは、囮や、実験台や、兵器ではないことも?」

 

 男は気だるそうに息を吐いて、ようやく楯無の方に顔を向けた。

 が、顔は見えない。全体を白い包帯とマスク、そして右目に着けたパッチが覆い隠しているからだ。

 かろうじて見えるのは、真っ黒な左目と、気味の悪い赤黒い耳の皮膚だけ。

 初めてあったときからではあるが、楯無はこの男を直視できなかった。

「真宮信の処遇については充分議論したはずだろう」

 

「私には理解も納得もできません」

 

「彼は普通ではない。普通であろうとしている怪物だよ」

 

「ではあなたはその怪物を飼い慣らしたいとでも?」

 

「ほう……僕がアレが飼い慣らせると、君はそう思ってるのかい」

 

「……あなたなのでしょう? 向こう側に情報を流しているのは」

 

 部屋の空気が水を打ったかのように静まり返る。

 男は動かず、楯無は乾いた喉をどうにか潤したかった。

 

「それも証明したはずだ。内通者は僕ではない」

 

「ではあなたはなんのために動いているのですか? なんの見返りを求めているのですか?」

 

「見返り。そんなものはいらないさ。僕は僕の考えで動くときもある。それが今さ。IS委員会の委員長が、ここの学園祭に遊びに来ては行けないなどとは言わないだろうね」

 

「今日だけに限ったことではありません。真宮信の入学試験免除、福音の第1学年のみによる撃墜の命令、そして、本日の織斑一夏の護衛――つまり、私と真宮信への例外的な認定――、すべて一歩間違えばあなたの地位を危ぶめるはずです」

 

「だが大丈夫だった。私には今日もそうなるように思えてならない。君たちを一夏くんの護衛に着けて正解だったと、そう胸を張って自慢できることがわかるんだよ」

 

「なぜですか?」

 

「君たちを信じているからさ」

 

 気持ちの悪いくらい、感情のこもっていない信頼の言葉。

 受け付けられるはずがなかった。

 楯無は吐き気がしそうなうわべの言葉を鼻で笑った。

 

「心外だな。本心さ」

 

「では証明してください。信頼しているというのなら、織斑一夏にすべてを話して保護してください」

 

「それはできない。ここまで来たら、もう引き返せない。敵に不審な動きと認識されてしまう」

 

「……! あなたは! 自分のしていることがわかっているの!?」

 

「君も納得してくれたはずだ。だからあのバカげた劇を続行した。違うかい」

 

「ええ! ですがここまで無防備にするなど聞いてません!」

 

「なに、向こうは殺すためにやってくるんじゃない。それに、一夏くん自信も自分の身を守れなければ……ああ、安心してほしい。すでに学園に登録済みの機体の展開許可は取ってある。彼が専用機を展開しても、問題になるのことはない……無論、君もね」

 

 男は、いつもなら楯無が座って仕事をしている椅子に腰掛け、深く長く息を吐いた。

 そろそろ買い替え時だと思っていた。ちょうどいい理由になる。

 楯無は苦い思いでそう言い聞かせた。

 

「失礼します。『何者かが』情報が操作し、織斑一夏の護衛が居ないように仕向けたようなので」

 

「その『何者か』は悪気はないと思うよ。それなりの勝算があるのさ」

 

「それなり? 確実性に欠けるならば、ただの無謀な賭けです」

 

「……そうだ、君は釣りをしたことがあるかい」

 

 楯無はドアノブに掛けた手を静かに放し、振り返った。

 もう一度あの気持ち悪い男に視線を合わせるのはかなり勇気が必要だった。

 しかし、なぜか合わせたあとは目が離せなくなった。

 

「釣りというものはね、餌が必要なんだ。大きい獲物を取るためにはね」

 

「……興味がありませんので」

 

「僕はね、疑似餌も使うんだよ。その隣に本物の餌を垂らしておくんだ」

 

 楯無はサッと体が冷えるのを感じた。

 それは男が笑ったような気がしたからでもあるが、最悪の結論に達したからでもある。

 

「チャンスは2倍になる、僕はそう思っててね。疑似餌と見抜けるまで近づいた魚が、本物を見つけて食いつくかもしれない。ただね、難点があるんだ」

 

 男は椅子を回転させ、楯無に背を向けた。

 

「疑似餌に気をとられ過ぎると、本物の方を食い逃げされることが多いんだよ」

 

「……失礼します。急用を思い出したので」

 

「ああ。僕のことは気にしなくていいよ。行ってくるといい」

 

「それと。あの劇はバカげてません。この学園の生徒が必死で考えた劇です。バカげてるのは……!」

 

 こんな茶番……!

 唇を固く結んで、楯無は叫びたい気持ちをグッとこらえた。

 いつか必ず尻尾をつかんでみせる。そう決意して、生徒会室を後にした。

 残された男は、鼻唄を歌ってまどろみ始めた。

 

「……そうさ。僕は遊びに来たのさ……楽しませてくれ、みんなで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……だ、だめだ……も、もう、もう走れない……」

 

 ひんやりした床に手をつきながら、力なくへたりこんだ。

 いったいどれくらい走っただろう……とりあえず水……。

 弾んだ息を整えながら、俺は自分のいる場所を見渡した。

 ……薄暗くてよく見えないけど……ここは……? 

 

「アリーナの更衣室よ」

 

「あ……そ、そうみたいですね……あはは」

 

 俺の動きに気付いたようで、女性が乱れた髪の毛を手で撫で付けながら言ってきた。

 更衣室に女の人と二人きり……。

 うわ……エロい。

 いや、そうじゃなくて。

 

「あの、ありがとうございました……」

 

「気にしないで。織斑一夏くん」

 

「あ、はい……あれ?」

 

「あら、気付いた?」

 

 息が落ち着いてくると、ようやく記憶の糸を手繰り寄せることができるようになってきた。

 このビシッとしたスーツ姿の女性、会ったことがある。

 箒と合流して占いに行く前、白式の追加装備のセールスに来た人だ。

 結構しつこかったからなぁ……。

 白式はわがままで雪片弐型っていう武器以外は受け付けてくれないんですって、何度言ったことやら。

 

「えーと……名前は――」

 

「ああ、そこは思い出してもらわなくていいわ。どうせ偽名だし」

 

「へぇ~……偽名……偽名!? なん――」

 

 視界が飛んだ。

 肺から空気が押し出され、胸に強烈な打撃の衝撃が残る。

 背中がロッカーに激突して騒がしい音を立てた。

 何が起こったかわからぬまま、目の前に火花が飛んでいた。

 

「ぐっ……がはっ」

 

「あーあ、イイコちゃんでいるのは疲れんなぁ~」

 

 四つん這いになっていた俺に、蹴りが入った。

 とても女性のものとは思えない強力で無慈悲な一撃。

 俺は呻き声を上げて力なく床に転がった。

 カツカツというヒールの音がだんだん近づいてくる。 

 思わず浮かんでしまった涙で、睨み付けた女の顔かぼやけた。

 

「なんだぁ? 文句でもあんのか……よっ!」

 

「んぐっ……」

 

 頬を踏みつけられ、ギリギリと捻るように靴先を押し付けられた。

 

「ふはっ! なーにがISを動かせる男だ。2人ともザコじゃあねぇか!」

 

「ふ……たり……?」

 

 体の下敷きになってない方の手を使い、女の足首を掴んで退かそうとしたが、言葉を喋れるようになるぐらいが精一杯だった。

 

「そ。お前と、あのヒーロー気取りのやつだ。真宮信だよ!」

 

「……! し……信……に、なにを……!」

 

「慌てんなよ」

 

 半ば寝転がるようになっていた俺を、足で蹴り飛ばし、謎の女は近くのベンチに腰かけた。

 鉄の味を苦々しく噛み締めながら、先程激突したロッカーを支えにノロノロと立ち上がった。

 

「チャンスをやるよ。さ、逃げてみろ」

 

「信……信は……どこだ!」

 

「どこ……? ははっ! いるじゃねぇか! こ・こ・に、なぁ!」

 その声と共に、女の後ろ側の電気が一気に点灯した。俺の視界の中に、真っ白な空間と、さらにその中心に真っ赤なカーテンが現れた。

 いや……違う。

 眩しさに目を細めながら、赤く染まったのは更衣室の壁であることを確認した。

 まるで壁に向かって垂直にペイント弾を撃ったかのように、四方八方に液体が飛び散っている。

 そして、オータムが薄笑いを浮かべて横に退くと――

 

「な? ザコだろ?」

 

 ――本来なら白いはずのIS学園の制服を赤くして眠るようにうなだれている、俺の友人がいた。

 

 信が、おびただしい量の血痕の真ん中に両足を投げ出して座っていた。

 

 嘘だ。なんで、なんでそこにいるんだ。

 だってあのとき……!

 

 

 

 

 『ほら、さっさと行けよ。こっちは大丈夫だ』

 

 

 

 

 脳内で、信の声が響いた。

 女が大きく手を広げ、汚ならしい笑みを浮かべた。

 

「ほら、仇をうってやれよ……できるなら、なぁ?」

「てめぇぇぇぇぇ!!」

 頭が空っぽだった。

 気付けば白式を展開し、雪片弐型も、零落白夜も、瞬時加速もしていた。

 狙うはあの女。

 一本の鋭い矢のように、俺は突撃した。

 福音のときだって、あいつは戻ってきたんだ。

 そうだ。

 こいつをどうにかすれば、きっと信がにやけた顔で立ち上がってくる。

 そうにちがいない。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

 女の顔に零落白夜を発動した雪片弐型の白い光が迫る。

 そのとき、後ろから強い力で引っ張られ、体が動かなくなった。

 負けてなるものか、と白式のウイングスラスターにさらにエネルギーを回したが、剣を握ってつきだした腕が微かに震えるだけで、結局女には触れることができなかった。

「ふはっ……やっぱりな。お前もただのバカだ……よく考えてみろよ。あからさまに罠に誘ってんだろうが」

 

「なに……!?」

 

「お前はもう巣の中に居るんだよぉ!」

 

 女が手を伸ばし、何かを掴む仕草をした。そしてそのまま、グイッと拳を手前に引いた。

 とてつもない強さの力が両腕と両足を外側に引っ張り、俺の体が大の字になって宙に浮くような形になった。

 一瞬、細い光が空中に走った。

 はっとしてよく見ると、ピアノ線のような細い糸が俺の体に巻き付いて、自由を奪っていた。

 

「ん? どうだぁ? このオータム様の専用機、アラクネの糸の味わよぉ!」

 

「ぐっ、くそっ……」

 

「ぎゃははは! まさか本当に無防備だと思ったんですかぁ?」

 

 オータムと名乗った女は、体に光の粒子を纏っていく。

 ISの展開粒子の光だ。

 俺はオータムを睨み付けながら、その専用機が現れるのをじっと待つしかなかった。

 完全に展開し終えたISは、蜘蛛のようだった。

 八本の脚のような、細長いアームを動かしている。

 それがどうやっても新しく捕まった餌の調理方法をじっくり考えているように見えて、ますます気持ちが悪かった。

 

「ふざけやがって……! このっ……!」

 

「おっとぉ、言っとくぜぇ……動かない方が身のためだ。こんな風になるから、なぁ!」

 

「がっ……!」

 

 床から浮き上がったオータムが薬指をくいっと捻った瞬間、首に糸が食い込むのを感じた。

 痛みと苦しさで、体が悲鳴を上げるのがわかった。

 かなり耳障りな音量だったオータムの笑い声が、霞の向こう側から聞こえてくるようにくぐもってきた。

 目の前が暗転し、手足の感覚がなくなっていく。

 意識が途切れそうになると、見計らったかのように糸が急に緩まった。

 

「さて……どうだい? 圧倒的な力に支配されるのは? 辛いだろう?」

「うっ……がほっ……はぁ、はぁ……ざけんな……! お前、お前だけはっ……!」

 

「おーおー、怖いねぇ。さ、仕事仕事」

 

 俺の体が床に平行になるように吊し上げられ、オータムが八本の脚を器用に使ってその上に覆い被さった。

 にんまりと残酷に微笑むと、オータムが頭の上に手を掲げた。

 再びなにかが展開される光を感じ、俺は怒りと痛みで焦点が合わなくなりつつあったが、なんとかそれを捉えた。

 

「始めてみるだろう? 剥離剤(リムーバー)ってんだ」

 

「りむ……? ……! 返せ! それは信の父さんと母さんが――」

 

「ん? なんだよ知ってんのかよ。ま、いいや。そんなこと関係ねぇ」

 

 オータムは手に持った槍の先のような機械を、俺に突きつける。

 刺されるのかと覚悟を決めて目をきつく閉じかけた。

 しかし、胸から数センチというところで先端が止まると、ガキンという金属的な音を立てて槍の先が四つに割れた。

 蕾が開き、美しい花に変わるような動きだった。

 分裂した鋭い先端は、首の両側と両脇の下に入り込み、中心部を俺の胸に押し当ててガッチリ自分の体を固定した。

 寄生虫にとりつかれたような、不快な感覚を覚えた。

 

「イッツ・ショータァイム!!」

 

 オータムが唾を撒き散らしながら叫ぶと同時に、俺の体の上を電撃が走った。

 目に見えるのだ。蛇のように蹂躙し、節々に噛みつく白い閃光が。

 恐怖と痛みに悲鳴をあげたが、その声さえも自分の耳には届かない。ただ『叫んでいる』とわかるだけだ。

 

「があぁぁぁぁ!?」

 

「はっはぁ! 痛いか? 痛いよな!? 痛いだろう!! ぎゃははは!」

 

 突然、背中に打撃を受けた。

 情けなくビクビクと痛みに震えながら、赤ん坊が寝返りをうつように体勢を変える。

 ようやく、自分の体を自由に動かせることと、今の打撃は縛っていた糸から解放された際に床まで一メートルほど落下したからだということを理解した。

 関節がきしむのを感じつつ、置いてあったベンチに手をついて立ち上がった。

 

「こ、の……! 許さねぇ……!」

 

 瞬時加速で間合いを詰める。

 白式にそう伝えた。

 白式が力を貸してくれればこんなやつ……!

 

 ……だが、なにかおかしい。

 

 思った瞬間に発動できるはずの瞬時加速が発動しない。オータムは涼しい顔をしたまま、手に持った光る物体を眺めている。

 ……光る……物体?

 反射的に、俺は自分の体に視線を落とした。

 さらに、両手首を見てみる。

 一気に血の気が引くのがわかった。

 ない。

 白式がない。

 

「へぇ……伊達にセカンドシフトしてねぇってか。普通のより光が強ぇ」

 

「お前……! 白式のコアを……!」

 

「今さら気付いたか?」

 

 呆れたように吐き捨て、オータムは長い爪の付いたアラクネの手で強い輝きを放つコアを握りしめ、ふわりと宙に浮いた。

 逃げられる。

 血の味がする唇をきつく噛み締め、俺は殴りかかった。

 

「返せ!」

 

「おっとぉ!」

 

 からぶった勢いで前につんのめった体を向き直した時には、アラクネとその操縦者は生身の男が到底届かない距離まで滑るように移動していた。

 

「おーにさんこちら、手ぇのなる方へ!」

 

 再び殴りかかろうと走り出したが、脚がもつれて盛大に転んだ。

 

「おいおい、やめとけって。きみは、あいえすがないと、なーぁんにもできないんでちゅよぉー?」

 

 頭の上でオータムが高笑いするのが聞こえた。

 歯軋りして顔を上げると、上唇の上に生暖かい液体が垂れてきた。鼻を強く打ったらしい。

 

「ち、くしょぉ……! 俺はっ……!」

 

 悔しい。悔しくて、悔しくて、情けない。

 なんなんだ俺は……!

 本当に白式がなきゃなんにもできないじゃないか。

 俺なんか――

 

「立ちなさい! 男の子でしょ!」

 

 折れかけた心に、鋭く厳しい、けれども励ますような声が聞こえた。

 続いて聞こえてきたのは、爆音。

 更衣室の扉が吹っ飛び、爆風と飛んできた塵が視界を奪った。

 もうもうと立ち込める黒い煙の中に、影が見えた。やがてそれも晴れてくると、金色の下地に『登場』と書かれた扇子が現れた。

 飛んでくる瓦礫から守ろうと、顔の前で交差していた腕をゆっくり解きながら、オータムが目を細めて小さく呟いた。

 

「なんだぁ、てめぇは?」

 

その視線の先には、鋭い視線を向ける人たらしが立っていた。

 

「更識楯無。あなたが敗北する相手よ」

 

 凛とした表情で、学園最強が言い放った。

 

 





まーたヤバそうなやつが……(笑)

ていうかバトルとか久々な気がする^^;

感想待ってますよー(^-^)v
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