IS〜world breaker〜   作:山嵐

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本編とは全く関係ないんですが、今度から後書きが思いつかないときはクソ茶番なおまけでもつけようかなと。なんか書いてないと寂しい気がして。
続くかわかんないですし、あと基本思いつきになるので、おまけの面白さは追求しません!(笑)




46:動き始めた何かの中で

 一瞬オータムから視線を外し、楯無は痛々しく鼻血を滴らせている一夏の目を見た。

 

「立ちなさい! あなたはなにもできなくなんかない! 考えて、望むのよ! 自分に必要なものを!」

 

「いきなりなんだてめぇ! うらぁ!」

 

 一気に楯無との距離を積めたオータムは、アラクネの展開脚を自在に操って攻撃を仕掛けてきた。

 その一つ一つを優雅にかわし、楯無は踊るように更衣室の中を駆け回った。

 

「やめなさい。あなたは私には勝てないわ」

 

「ガキが! 言ってろ!」

 

 沸点を一瞬で越したらしいオータムは、楯無の足元に八本の脚を突き立てた。

 楯無が身軽にそれをかわすと、当たり損ねた鋭い切っ先が床を抉り、破片が飛び散った。

 しかし、それこそがオータムの狙いであった。

 

「いただきぃ!」

 

 空中ならば移動の自由はきかない。串刺しのチャンスだ。

 見事に罠にかかった獲物を、素早く仕留めにいく。

 その狙い通り、展開脚の一本が楯無の心臓を一突きにした。

 

「楯無さん!」

 

 一夏が悲痛な声を出すが、オータムにはそれが自分を称えるファンファーレのように聞こえた。

 

「出てくんなよ、ザァコ」

 

 すぐに血の気が失せるであろうその顔に自分の顔を近付けて、オータムが冷たく言った。

 だが驚くべきことに、楯無は串刺しにされながらも微笑んでいた。

 血色のよい肌はまったく変わらない。

 

「あーらら、雑魚なんて心外ね。私は生徒会長。意味わかる?」

 

 返事を返す前に、楯無は、いや、楯無の体を『していたもの』は、透明な液体となって飛び散った。アラクネの装甲に液体が当たり、水音をたてた。

 予想外の事態に戸惑ったオータムが一歩後ろに下がると、コツンという小さな音を立てて、背中が何かに当たった。

 ほぼそれと同時に向きを反転させつつ飛び退くが、遅かった。

 楯無が突き出したランスが、蜘蛛の腹にきつい一撃を食らわせた。 

 一夏が見たのは、ISを展開した学園最強の女子の姿。

 今まで見てきたどのISよりも装甲が少なく、かなり軽装なのではと心配になるほどだった。

 しかし、それを補うように半透明な水のヴェールを、さながらドレスのように楯無は纏っていた。

 

「うふ。分身の術♪」

 

「ぐおっ……! ふざけんな!」

 

「ふざけてるのはあなたよ。もうこれ以上はやらせない」

 

 楯無が体の正面に手のひらを置き、向かってくるオータムの制止を促すような仕草をした。

 するとなにが起こったのだろう。

 そのまま猛進してきそうだったオータムが、明らかに静止したではないか。

 少なくとも、一夏にはそう見えた。

 

「あぁ!? な、なんだ、なんだよ! 動け、このっ……!」

 

「関節の隙間から、水を入れさせてもらったわ」

 

「はっ! だからなんだってんだよ?」

 

 背部から展開されているアラクネの脚が、プルプルと震えていた。こんなときなのに、それを見た一夏は、長い正座からやっと立ち上がった自分を思い浮かべた。

 

「包め」

 

 一夏の耳に、楯無の厳しい口調の言葉が聞こえた。

 バシャバシャという音と共に、オータムを中心とした水の輪がその足元にできた。

 次の瞬間、リングから垂直に数十本の水の柱が立ち上がった。

 そして、螺旋を描くように柱全部が高速で回転しながら動けないオータムを包み、ものの数秒で水の球体ができあがった。

 まるで小さな海が敵を閉じ込めているようだ。

 体の自由がきくようになったらしいオータムが、球体内部の激しい水流と格闘しながらもがいていた。

 

「私の専用機『ミステリアス・レイディ』はね、ナノマシンを含んだ水を自由に操るのよ。関節の自由が奪えたのは、そういうわけ」

 

「がぼっ……むごっ……!」

 

 オータムは呼吸のできない空間を抜け出そうとなおも足掻いていたが、とても抜け出せそうにはなかった。

 

「さて、決着は――」

 

 楯無の言葉を切り裂くように現れた真っ赤な炎が、辺りを照らし出した。

 あまりに突然だったので、肌を焼くような熱さを感じるまで、それが炎だとは気付かなかった。

 赤い獣が更衣室を飲み込み、なめるように床を這い、押し退けられた空気が吹き荒れた。

 熱さに身がすくんで一歩も動けず、できたのは炎が引き上げるまで伏せていることだけだった。

 

「うっ……!」

 

「まったく……話をしてるときに失礼ね。一夏くん、無事?」

 

 一夏が顔を上げると、楯無がミステリアス・レイディのアクアナノマシンを展開し、一夏ともども守れる盾を作りだしていた。

 その代わり、敵を包み込んでいた球体は消し飛び、咳き込みながら床に手を付いているオータムが残っていた。

 だが、もうひとつ残っているものがある。

 水を滴らせているオータムの横に、見慣れない機体があった。

 血のように赤いカラーに、鋭い突起がいくつも付いたそのISは明らかに攻撃的だった。

 

「やレやレ。オーたム、オまえはツクづクやくニたたナいオんナだな」

 

 機械と人間の間のような、そんな片言の言葉を話す謎の機体がアラクネごとオータムを乱暴に掴み上げ、天井に目を向けた。

 操縦者の顔はもちろん、体つきなども、全身装甲のマスクの下に隠れて見ることはできない。

 

「ヨテいをへンこウする。キョうはココまでダ」

 

「そうはさせないわ!」

 

「フん。うルさイやつダ」

 

 謎のISはやすやすと楯無の攻撃をかわし、手を真上に高く掲げた。

 バチバチという電撃の音が焦げて黒くなった更衣室内に反響し、敵の手中に光の玉が現れた。

 楯無も一夏も、攻撃に備えて身構えたが――

 

「おーたム、にんムしっパいのばツだ」

 

「があぁぁぁぁ!?」

 

「「!?」」

 

 手の中の光をオータムの体に捩じ込むように突き入れた。

 直視できないほどの閃光と、痛々しすぎる叫びに、一夏は目を覆いたくなった。

 恐かった。

 立ちはだかっている敵から、なにも罪の意識を感じないのだ。

 オータムが力なく四肢を垂らした後には、光輝く小さい球体が残った。

 

「リムーバー……?」

 

「お前……! 仲間じゃないのかよ!?」

 

 肩に置かれた楯無の手を振り払い、一夏は震える足を地につけて立ち上がった。

 ぐったりとしたオータムを腕にかけるようにして持ち直すと、敵はゆらりと首を回して、その全身装甲によって覆われた顔を向けた。

 表情がわからない、というよりも存在しない。マスクの下から伝わってくるものがないのだ。

 一夏はクラス対抗トーナメントで戦った謎のISを一瞬思いだしたが、同時に差異も感じていた。今日襲撃してきたISの動きは、なぜだか人間臭いのだ。

「オれのアしでマとイになるヤつが、ナカま? コんなクズ、いキていらレルだけシあわセだロ?」

 

「一夏くん、下がって」

 

「いチカ? そウか……おまエが、オりムラいチカ……」

 

 装甲より赤く暗いカメラアイ越しに一夏を眺め、納得したように短く体を震わせた。

 

「……ヨわイな」

 

「っ……!」

 

「おマエもソのうチしぬ。ソコのヤつトおなジだ」

 

 真っ赤な鋭い指を未だ煙の晴れない信の方に向けて、嘲笑うかのようにゆっくりと言葉を繋いだ。

 

「……お前が信を……殺した、のか……!?」

 

「一夏くん!」

 

 楯無は語調を強くしていさめるが、一夏は敵意の眼差しを崩さない。

 相手側も、目があったら燃やし尽くされそうな視線を向け続けた。

 

「ダとしタラ? おマエはコれデ、アいつとクらべらレるコとはナくなル……」

 

「……!」 

 

「おマエのナかミはヨくワかル……ホんトはアいつがニクくてシカたなイんだ」

 

「なんだと……!」

 

「いクらドりょクしテも、かナラずアいツにマけル……イまマデずイブんミじめダッたロう?」

 

 機械訛りの声が、人の心の僅かな隙間に入って来るような、ごく自然に、心に絡み付くようなそんな口調が言葉を紡いだ。

 それを聞いて、一夏は独り言のように呟いた。

 

「……信がいなくなるのは、俺のためにもなるって言いたいのか……?」

 

「一夏くん……?」

 

「ワカってルじゃナいか。イわバ、オレはおマエをタスけてヤったンだ……イうコとがアるんジャないか?」

 

「……ああ。いろいろありすぎて、言葉に困るぐらいさ……でも、これだけは言っとく……」

 

 拳をきつく握りしめ、一夏は吐き出すように大声を出した。

 

 

 

「俺のことをわかったようなふりしやがって! 最っ低だぜ! お前は!」

 

 

 

 激昂と共に、一夏の目の前に白式のコアが展開された。

 その光は白いものではなく、操縦者の意思を受信しているかのように、鋭い赤を示していた。

 なにが起こっているのか、訳のわからぬままに最高の相棒に手を伸ばした。

 

「俺の怒りがわかるなら! 白式! 力を貸せ!」

 脈打つように一瞬光が強くなり、真っ白な装甲が一夏を包む。

 言われたとおり、一夏は戦える力を強く望む。

 もう誰かの後ろで見ているだけは嫌だ。ただ付いていくだけは嫌だ。

 戦うんだ。自分で。

 白式のウイングスラスターが唸りを上げ、両手で力強く握った雪片弐型からエネルギー刃が弾け出る。

「うおぉぉぉぉ!!」

 

 一気に距離を積めた一夏が、最強の一撃を敵に叩き込んだ。

 見事無防備な頭部が一刀両断されたはずだった、のだが。

 

(手応えがない!?)

 

 赤い姿がユラリと崩れていく。その奥には、切り捨てたはずの敵が小バカにしたような視線をセンサーアイから一夏に向けていた。

 

「下がって! 一夏くん!」

 

「シツこいヤつらだナ。イやデもカエさナイつもリか」

 

「こっちも仕事なのよね。亡国企業(ファントムタスク)さん?」

 

 楯無の横まで後退し、一夏は再び剣を握りしめる。

 ミステリアス・レイディのランスを構え、楯無は厳しい口調を崩さない。

 

「相方を気絶させたのは間違いだったわね。そっちの気持ち悪いISも使えれば、逃げられたかもしれないのに」

 

「……ナルほど、ソウいうトッぱのホうホうもアるナ。ヤってヤロう」

 

 敵がゆっくりと一夏たちの頭上を指で指す。

 注意をそらそうとしているのか。

 一夏はそんな子供だましの手に引っ掛かるものかと、半ば呆れた。

 数秒間、互いに睨み合ったまま、重苦しい空気が流れた。

 すると突然、視界が暗くなった。まるで影が落ちたように。

 そして、カチャカチャという金属の脚が動く音を聞いたとき始めて、敵がなにをしたのかを悟った。

 脇へ飛び退くより早く、楯無がぐいっと一夏の頭を掴んで真下に動かした。

 

「伏せて!」

 

「オソい」

 

 頭の上でとんでもない大きさの爆発が起こった。

 先程オータムから剥離されたアラクネが、一夏たちのすぐ真上で爆発したのだ。

 激しい爆風が再び更衣室を駆け巡り、設置されたロッカーが吹き飛ばされ、ひしゃげた。

 床の揺れが体勢を低くしていた一夏たちにダイレクトに伝わり、あまりの揺れに立ち上がることはできない。

 楯無が迅速に展開したアクアナノマシンによる水のバリアがなければ、二人ともとても無事ではいられなかっただろう。

 細かい金属同士が衝突し、カツンカツンと至るところから音が鳴っていた。

 爆発で発生した黒煙の切れ間に、敵が頭上に向けて巨大な火球を発射するのが見えた。

 

 再び、爆音。

 

 今度はガラガラとコンクリートが崩れ落ちる乾いた音が聞こえた後、蛍光灯の明かりとは違った、夕暮れ時のオレンジの光が差し込んできた。

 天井に穴が空いたのだ。

 

「イずれマたアうコトになル。ソレまでガまンしていロ」

 

 敵は穴に向かって急上昇した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待て!」

 

「一夏くんストップ!」

 

 楯無さんに腕を捕まれ、瞬時加速を中断する。

 すでに敵機は更衣室にできた穴から抜け出し、輪郭がぼやけ始めていた。

 

「なんでですか! 早くしないと――」

 

「ダメよ。今は耐えて。白式のエネルギーもほとんどないでしょ?」

 

「でも――」

 

「死にたいの?」

 

 急に冷たく辛辣な口調になった楯無さんに、俺は一瞬で気圧された。

 反論する意思も、興奮した感覚もすぐに平常に戻った。

 そして、今起こった出来事が最初から頭のなかで無意識に駆け巡った。

 最初に浮かんだのは、ISを奪われ、なすすべなく項垂れていた自分だった。

 

(俺は……弱い……!)

 

 拳を強く握った。

 わかっていたつもりだったが、あからさまに見せつけられた気分だった。

 力があるとか、技術があるとか、そういう強さじゃない。

 自分が弱いと認めて、諦めかけた。

 こんなんじゃダメだ。 

 

「一夏くん、怪我はない?」

 

「……はい」

 

「でも鼻血出てたよな?」

 

「あんなん傷のうちに入るかよ。それより信の方が……」

 

 ……ん? 

 待て待て。

 ナチュラルにおかしい人が混ざってなかったか?

 

「いやいや、俺は無事だって」

 

 俺の隣で信が笑顔を見せていた。

 そう。今ここにいるのは俺、楯無さん、信。

 みんな元気です。

 あれ? 普通?

 

「じゃねぇよ!?」

 

「なにが?」

 

「『なにが?』じゃないだろ!? おまっ、お前無事なのか!? こっ、こんなに血出てるじゃないか!」

 

「クンクン……これは! トマトジュースよ!」

 

「はぁ!? と、トマトじゅっ……はぁ!?」

 

 バシッと言い放たれた言葉が信じられず、俺は思わず聞き返してしまう。

 トマトジュースって……そんな雑なドッキリみたいな……。

 いや、引っ掛かったけれども。

 楯無さんは『説明』と書かれた扇子を広げて、ほーっと長い息を吐き出した。

 

「で? どういうこと?」

「あー……怪しいやつを見つけたんで追いかけたんですが、あのクモ女に捕まって気絶させられちゃって……」

 

「もう! あれほど連絡してって言ったのに!」

 

「あ、あはは……でも助かりました。楯無さんがバリア張ってくれて……爆発すごかったですから」

 

「そうねー。エネルギーとかそっちに回してたおかげで敵は取り逃しちゃったけどねぇー」

 

 楯無さんはプイッとそっぽを向いてむつけてしまった。あと一歩で捕まえられなかったことがなかなか悔しかったようだ。

 そっか……楯無さんは信がまだ生きてるのに気付いてて……爆風からアクアナノマシンを含んだ水で信を守ってたのか。

 確かに、信はトマトジュースの染み以外は汚れておらず、焼け焦げたあとのようなものはひとつもない。

 でもあんなに切羽詰まった状態で、誰にも気付かれずにバリアを……?

 やっぱりこの人、学園最強なだけあるなぁ……。 

 

「す、すいませんでした……」

 

「はぁー……ま、詳しい話とお礼はあとでたぁーっぷり聞かせてもらうとして」

「えぇ!? 勘弁してくださいよ!」

「ダーメ。一夏くんともども私も危ないところだったんだから。とりあえず信くんの着替え、取ってきてあげるわ」

 

 おとなしくしてなさい、と楯無さんは俺たちに言うと部屋を出ていった。

 焼け焦げて変わり果てた更衣室に、男二人。

 天井に空いた穴から夕日が差し込み、黒ずんだ室内を照らし出した。

 信はため息をついて、ひしゃげて脇に転がっていた、元はロッカーだった金属の塊に座った。

 そして俺はその場に座り込み、ふと気付いたことを口にしていた。

 

「……いつから起きてたんだよ」

 

「んー……入り口が吹っ飛んできたあたりで目が覚めた」

 

「それからずっと聞いてたんだろ?」

 

「……まぁな」

 

 俺たちを隔てるように差し込んでいた夕日の光が、ゆっくり薄れて消えた。

 太陽が雲に隠れたのだろう。

 

「……悔しいよ」

 

「ん?」

 

「いっつもお前の後ろばっかで……追い付けなくて……」

 

 なんと表現したらいいか、言葉につまった。

 そうだ。

 どれだけ頑張っても、勝てない。

 目標にはしている。憧れもしてる。

 でも、心の中では思ってる。

 

 負けたくない。

 

 信に勝てないからって、認めて逃げたくない。

 

「……それはこっちの台詞だっつーの」

 

「……え?」

 

「一夏を見てるとさ、人に頼るってことは、勇気と、強さがいるんだなってすごく思う」

 

「勇気と、強さ……?」

 

「独りではなんにもできないことを認める勇気……それと、そんな自分を受け入れる強さ……俺は、一夏みたいになりたいよ」

 

 信はじっと目を凝らして俺を見た。

 

「……俺は……辛いことが俺だけで済むならって、どうしても考えちゃってさ……」

 

 一瞬止まったのち、かぶりを振って、信はまた話し出した。

 

「でも、違うんだよな……みんなが辛いのは、俺が全部を俺だけでやろうとするからだって……気付いたはずなのになぁ……」

 

「……信」

 

「やっぱ、一夏に比べて俺は……成長してないよな……」

 

 俺は知らず知らずに立ち上がり、寂しげな目を床に落としている友人に近づいていた。

 同じだった。変わらなかった。

 二人とも、迷って悩んでるんだ。互いに互いが羨ましいんだ。

 でもきっとそれは俺たちだけじゃなくて、みんなそうで。

 だから、俺たちは――

 

「……弱いよなぁ、俺たちってさ……」

 

「……そうだな……一夏も、俺も」

 

「……ん」

 

 信は悔しげに笑い、俺の差し出した手を掴んだ。

 暖かくて力強い手を握り返して、思いっきり引っ張り上げる。

 立ち上がった俺たちの顔に眩しいオレンジ色の光が当たった。

 ちょっと次の言葉に困って、握手したまま数秒間固まっていると、信が短く咳払いをした。

 

「一夏は俺の目標だ。だから、強くなれ」

 

「……わかった」

 返事を返し、俺も信に習って短く咳払いをする。

 

「信は俺の目標だ。必ず、お前も強くなれ」

 

「……ああ」

 

 握った手と手を離し、互いに拳を作った。

 そして、もう一度腕をあげてゴツンとぶつけ合った。

 

「「約束だ」」

 

 どういうところが駄目だから、こうなりたいなんて、人それぞれだけれど。

 自分は弱い。だから、強くなりたい。

 そう思えるのなら、俺たちの弱さだって捨てたもんじゃないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オータムは怒りのあまり、自分が今どこを歩いていて、どこに向かっているのか、よくわからなかった。

 

「クソッ、クソッ……あの野郎、調子いいこと散々並べやがって……!」

 

 コアのみになったアラクネを見せられたとき、あまりに状況がわからなくておかしくなりそうだった。

 聞いてみたら『逃げるためにボディーを爆破した』だと?

 コアだけ残してやっただけありがたく思えとまで言われた。

 息切れが酷くなってくると、夜の闇も手助けして、本格的に自分がどこを目指しているのかわからなくなってきた。

 すると、たまたま目に入った公園の水のみ場に、見たことのある真っ白な髪の毛をした少年を見つけた。

 鼻息荒く駆け寄ると、ゆっくり少年は首を回した。

 

「生徒会長の声真似はよく似ていたな。まぁ、それだけだったがな」

 

「そんなことどうでもいい! これはどういうことだ!」

 

「落ち着けよ。助けてやっただけありがたく思え」

 

「助けた!? なら助からない方がありがたかったぜ! アラクネはなし、任務は失敗! どこが助かってんだよ!」

 

「そうだな……とりあえず、オレは助かった。大事な夜の相手を失わずにすんだ」

 

「ま、また調子のいいことを……!」

 

「嘘じゃない。オータム、お前はオレの女だ」

 

「ぐっ……!」

 

 わずかにドキリとしてしまった自分が信じられず、オータムは苦々しく顔をしかめて唸った。

 少年は水飲み場に腰掛け、空の星を見上げた。

 その姿は言動とはあまりにかけ離れて寂しげで、別人なのではと思うほどだった。

 

「……オータム、またしくじったな」

 

「あぁ?」

 

「ラウラ・ボーデヴイッヒとか言ったな。そう殺気立つな」

 

 少年は空を見たまま、水道の脇に置かれていた石を公園の茂みに投げ込んだ。

 石はそのまま茂みの中に吸い込まれて、ガサガサと音が出るはずだ。

 そう、普通ならば。

 しかし、予想に反して石は空中で静止した。

 AICを発動させたまま、ラウラが物音ひとつ立てずに現れた。

 

「ふん……少しはできるようだな」

 

「そこのクズと同じにするな。殺すぞ」

 

「やめておけ。まさか私が独りだけで来ているとでも?」

 

 直後、少年の足元が爆発した。

 土の塊が舞い上がり、乾いた臭いが微動だにしない少年の鼻に吸い込まれた。

 オータムは、それが何者かの長距離狙撃であることに気付き、体を動かさないようにして狙撃者を探すために左右に目をやった。

 

「……イギリスのブルーティアーズか? 別の国同士が組むとは……オレたちはそうとう嫌われてるな」

 

「一緒に来てもらうぞ。亡国企業」

 

「いいだろう……だが連れていけたらな」

 

「なに……!?」

 

 挑発的な言葉に警戒し、ラウラはいつでも戦いを始められるよう、身構えた。

 少年は気だるそうに地に足をつけると、軽蔑の眼差しを向けた。

 恐ろしく冷たくて、残酷な瞳。

 ドイツの冷水と言われるラウラでさえ、あんな目をすることはない。

 

「あそこに突っ立ってる女は役立たずだ。敵につけられようが何をされようが、気付きもしない。だから、オレは戦力として数えたことは一度もない」

 

 まったく流れと関係のない話題に、ラウラはよりいっそう表情を険しくした。

 

「その点を踏まえて……お前の言葉を少し借りるが、言わせてもらおう」

 

「……?」

 

「『オレが独りでだけで来ているとでも?』」

 

 ラウラは反射的に動いていた。

 度重なる経験から来る危機察知能力と、ずば抜けた反射神経。

 ドイツ軍特殊部隊隊長の名は飾りではないのだ。

 その証拠に、先程ラウラがいた場所は照射型のビーム兵器で抉るように削られていた。

 土埃に視界を遮られたわずかの間に、新しい敵が現れていた。

 興奮が冷めるような、深い蒼のIS。冷徹な色だ。

 バイザーで顔を覆われているのでわからないが、明らかに敵意を持っている。

 

「ぐっ……!」

 

「ラウラさん!」

 

「セシリア! 無事か!?」

 

 真横に着陸した蒼い機体には、所々焼け焦げたような跡が付いていた。装甲もへこんでいたりと、ラウラはそれを見てすぐに、狙撃ポイントに敵襲があったことを悟った。

 なにより、隠密行動を捨ててまで合流し、苦々しく顔を歪めたセシリアがそれを物語っていた。

 

「すみません、ラウラさん。わたくしも見つかってしまいましたわ……」

 

「気にするな……まだ戦えるか?」

 

「もちろんですわ。だてに代表候補生ではありませんから……それに」

 

 セシリアは空中にいる機体を睨み付けた。

 新たに現れた蒼い敵は片腕にオータムを抱え、もう一方の腕には先程の少年が装甲のへりを掴んで立っていた。 

 

「あの機体……『サイレント・ゼフィルス』を取り戻さなければ……!」

 

「ドイツのラウラ・ボーデヴィッヒに、イギリスの候補生……セシリア・オルコットか」

 

 少女特有の高い声で、サイレント・ゼフィルスの操縦者が二人の代表候補生をじっと見つめながら、見下したように二人の名前を口にした。

 

「あなたの機体はもともとイギリスのもの……返していただきますわ!」

 

 手元に呼び出した『スターライトMK-2』の銃口を向け、素早く引き金を引いた。

 精度は著しく落ちるが、相手の注意をそらすには充分だ。

 その間にラウラは瞬時加速で飛び上がり、ワイヤーブレードを敵の左右から襲わせるべく射出体勢に移っていた。

 ただでさえ両腕が塞がっている状態で、たとえ正面から迫るエネルギー弾を防げても、両側から迫る刃物までは防ぎきれない。

 仕留めた。

 ラウラもセシリアもそう思った。

 

「エム、力の差を見せてやれ」

 

 少年が言った後すぐ、正面に二つ、左右に三つずつ、計八つのエネルギー・ビットがものの一秒たらずで展開された。

 

(速い……! ラピットスイッチとほぼ同レベルだと……!?)

 

(しかもビット数がわたくしの2倍!? 操作しきれるわけが!)

 

 展開粒子が消え去ると同時に、全ビットから一斉に淡い青色を帯びたエネルギーが発射された。

 左右の三発がラウラのブレードを弾き飛ばし、正面からの二発がセシリアのエネルギー弾を打ち消した。

 さらに驚いたことに、すべての弾が一斉に曲がってセシリアたちに襲いかかってきたではないか。

 セシリアの放った弾を打ち消したものならまだしも、まったく別方向に打った六発すらも、代表候補生たちに牙を向いたのだ。

 二人とも急いで回避行動に移ったものの、エネルギー弾はそれを追随するように美しい弧を描いて曲がった。

 しかも、正面から真下、左から後ろ、右から前と、逃げ場がなくなるよう計算された軌道で。

 まさか二度目の追撃があるとは思っていなかったセシリアとラウラは、三方向からの同時攻撃でシールドエネルギーを削られてしまった。

 

「くっ……!」

 

「そんなっ……! フレキシブル射撃……!?」

 

 セシリアも到達していない、BT適正A以上でBTシステムの稼働率が最高状態の時のみ使用可能な特殊射撃。

 この攻撃はまさにそれだった。

 地表すれすれで体勢を整えたラウラとよろけた体を立て直したセシリアは、再び距離が離れてしまった敵機を見上げた。

 

「ま、こんなもんか。相変わらず上手いな」

 

「私はこの女とは違う。知っているだろう?」

 

「あぁ!? んだとぉ!?」

 

「だけど角度が緩いな……やるなら――」

 

 少年が手をだらんと体の前に出し、手のひらを返した。

 それに呼応するように、八つのビットがサイレント・ゼフルィスを中心として、銃口が外側を向くよう円形に配置された。

 そう。少年に(・・・)呼応しているように見えた。

 その姿が、セシリアとラウラが知っているとある二人――信と一夏がISを操縦している姿と、雰囲気が似ていた。

 確証はない。だが、疑念を抱かざるを得なかった。

 

「まさか……!」

 

「お前も……!」

 

 ニヤリと不敵に少年が笑った。『そうかもな』とでも言うように。

 そして、一斉にエネルギー弾が放たれた。

 当然、本来の軌道上には二人の姿はない。仮にフレキシブル射撃をしても、あの緩い弧では曲げて当てきれない。

 発射された淡い光が、花火のように地表を照らした。

 

「こう、だ」

 

 フレキシブル射撃。多方面同時攻撃を可能にする、強力な射撃。だがその曲げ幅には限界がある。

 だからこそ、セシリアは目の前で起こった出来事が信じられなかった。

 

 その瞬間、ビームが折れた(・・・)のだ。

 

 垂直に向きを変えたエネルギー弾は、完全に二人を照準に捕らえていた。

 ありえないほどの急激な方向転換。

 鋭い軌道を描き、ビームはセシリアとラウラの全身を突き刺すように直撃した。

 シールドエネルギーはおろか、装甲も削り取られ、闇夜に蒼と黒の破片が飛び散った。

 敵のビットが次射のエネルギーを充填状態に入ったことを告げるアラートと共に、ブルーティアーズ、シュバルツェア・レーゲンの二機の武装に再使用不可能の表示が現れた。

 

「次は私が――」

 

「エム、止めは刺すな。そいつらに今死んでもらっては困る。今日はここまでだ」

 

「だとよ。自分さえ満足ならいいらしいぜ、こいつは」

 

「……」

 

「そんな顔するな……あとでちゃんと……な?」

 

 意味ありげな間を作り、少年はエムと呼ばれている人物をなだめた。

 一瞬ためらったものの、渋々という感じで操縦の首が前に傾き、サイレント・ゼフィルスは上昇を始めた。

 

「くそっ! 待て!」

 

「いかせませんわ!」

 

「今度は死ぬぞ。せいぜい力をつけておけ」

 

 そう言い放つと、数秒で蒼い機体は闇夜に吸い込まれていった。

 これ以上は追えない。

 互いの状態を素早く確認し、そう決断したセシリアたちは、中破した機体をいたわるようにゆっくり顔を上げた。

 

 あれといずれ戦うことになる。

 

 胸にこびりついた不安は、拭っても拭っても消えることはないだろう。

 

 






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おまけ
※ここだけ台本形式になります




『みなさんも絶対思ったはず』



?「ワカってルじゃナいか。イわバ、オレはおマエをタスけてヤったンだ……イうコとがアるんジャないか?」

一夏「……ああ。いろいろありすぎて、言葉に困るぐらいさ……でも、これだけは言っとく……」






一夏「読みづれぇんだよ!!」






?「エっ!?」

信・楯無((激しく同意!))



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