IS〜world breaker〜   作:山嵐

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長い!
読むときは時間に気をつけてくださいm(_ _)m

でもちょっと重要目の話。



47:浮かぶ不可解、非常な理不尽

――ここは……暗い。

 

『……』

 

――ここは……寒い。

 

『……て……よ』

 

――ここは……独り。

 

『……けて……』

 

――ここは……苦しい。

 

『た……て……』

 

――ここは……不自由。

 

『……す……てよ』

 

――ここは、どこなの?

 

『助けてよ……』

 

――聞こえてる? 誰か、答えて。

 

『……なら、助けてやろう』

 

『……! 誰?』

 

『ただし、約束しろ。なんでもすると』

 

『誰? 誰なの?』

 

『約束しろ』

 

『なんで?』

 

『約束するんだ。そうすれば、お前は自由だ』

 

『い、嫌……怖い』

 

『怖い……? なぜだ?』

 

『あなたは誰? 誰なの?』

 

『……らちが開かない。わかった。迎えに行こう』

 

『やめて……もう私の周りを巻き込まないで……』

 

『すべてはお前が招いた。そこで待っていろ。無理矢理にでも連れ出してやる』

 

『やめて……やめて……!』

 

――ここに、来る。

 

『助けて……!』

 

――ここに、来てしまう。

 

『誰か……誰か! 助けて!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園祭翌日。

 IS学園は通常営業に戻り、慌ただしいながらも楽しかった学園祭が去ってしまって、心なしかみんな寂しそうだ。

 俺としては準備で貸出されるのが終わってせいせいしてるんだけどね。

 そして授業が終わって、なんやかんやで放課後。

 ようやく自由に使える時間が来たので、部屋に戻ってダラダラしようかな、なんて思ってたら……。

 

「はーい、検査終わり。お疲れさま」

 

「やっとですか……無駄に長くないですか?」

 

「必要な検査なの。文句言わなーい」

 

 楯無さんはトントンと問診票のような紙をペンで叩きながら、座っている椅子を回転させた。

 ていうか、なんで白衣着てるんだ……。

 女医のイメージなのか? 

 確かに似合ってるけど……。

 

 現在、俺はIS学園附属病院の検査病棟に来ている。

 元気だから今さら検査などいらないと言ったのに、よほど俺の健康状態が気になるのか、半ば強制的に連れてこられた。

 予想通り、放課後の自由が完全に潰された。

 

 よくわからないが、どうやら全身くまなく調べられたようで、液晶ディスプレイに表示された俺の骨格やらなにやらを楯無さんがふむふむと顎に手を当てて面白そうに見つめていた。

 ほんのり青い色の検査着の袖を弄りながら、いろいろと表示されているデータを覗いてみる。

 俺は医者の専門知識とかはないから、どこがどう写れば異常だなんてわからないので、大人しく楯無さんが結果を話し出すのを待った。

 ……まぁ、楯無さんも専門知識あるかわからないんだけど。

 

「ま、一言で言うと……超健康ね。なにも問題ないわ」

 

「本当ですか?」

 

「うん。だって元気でしょ?」

 

 テキトーだな……。

 

「ま、トマトジュース体にぶっかけられただけですからね」

 

「それでもびっくりしたんだから。今度から単独行動は慎むこと」

 

 手に持っているペンの先で俺の頭を軽く叩いたあと、楯無さんは『めっ!』と眉間にしわを寄せて頬を膨らませた。

 もう完全に子供扱いじゃないですか。

 そりゃ楯無さんの方が年上だけど、一歳しか違わないんだからもうちょっと大人に見てくれてもいいと思うんだが。

 まさか高校生として認められてないとか?

 いやさすがにそれはない……はず。

 

「さ、生徒会室に帰りましょ。仕事溜まっちゃったし」

 

「楯無さんが仕事しないからですよ」

 

「むー!? おねーさんのことバカにしたなぁ~!」

 

 また頬を膨らませる楯無さん。

 今度は怒っているというより、拗ねた感じ。

 してませんよ、となだめてから、制服に着替えるべく出口に向かった。

 更衣室はそんなに遠くないので、十分もあれば寮への帰路へつけるだろう。

 

「あ、ストップ」

 

「え?」

 

「ちょっと後ろ向いてて」

 

「後ろ……? こう、ですか?」

 

 振り返っていた首を再び入り口の方に向け、楯無さんに背を向けるように立つ。

 すると、今まで部屋を照らしていた照明の電源が落ちた。

 残っているぼんやりとした薄い青色の光は、投影ディスプレイの明かりだ。

 薄暗い青で染まった部屋の出口で一体どうしたのかと俺は不審に思ったが、特に聞かなくてもいいかなと何も言わないでそのまま立っていた。

 

「ねぇ……ちょっとだけ、元気分けてもらってもいい?」

 

「はい?」

 

 楯無さんの問いの意味がわからず、疑問形で聞き返す。

 答えが返ってくる代わりに、背中の真ん中に辺りになにかがぶつかった。

 ぶつかって、押し付けられた。

 決して打撃のような強い当てかたではない。預けるような、そういうぶつけかただった。

 するすると布同士が擦れあう音を立てて両脇から細くてしなやかな二本の腕が伸びてくると、俺の腹の前で交差されるように重なった。

 背中に当たる柔らかさがとても……なんていうか、心地よい。

 ぎゅっと腕が俺を軽く締め付け、さらに体を密着させた。

 俺の背中にくっついた楯無さんは、もぞもぞと動いては居心地の一番よい場所を探しているようだった。

 

「……あったかい」

 

「そ、そうですか? でもなんで……だ、抱きついて……?」

 

「……ごめんね。私が、もっと頑張らなきゃだよね」

 

 いつもの人をからかうような楽しげな声ではない。

 不安や、なにか大きなものに押し潰されてしまいそうな、そんな小さなか弱い声だった。

 あまりに年相応、もしくは少し幼いぐらいにも聞こえてしまいそうな女の子の声。

 突然の抱擁に戸惑っていた心臓が、驚いて激しい収縮をやめたほどだ。

 

「楯無さん……?」

 

「ごめんね……私、ちょっと浮かれてたのかも……いつでも信くんが隣でサポートしてくれるって」

 

 楯無さんが、押し付けた顔をさらに深く俺の背中に埋めた。

 

「あの時、すごく怖かった……信くんが、本当に死んじゃったのかもしれないって思って……」

 

「いやいやあれはトマ――」

 

「あんなの、すぐにはわからないわよ……可能性を信じてバリアは張ったけど、正直隣に来るまで確信なかったもん……」

 

 遠目で見たら意外とわからないものなんだろうか、血とトマトジュースというものは。

 そんな下らないことでも考えていないと、あまりに刺激的な女子の胸の感触に脳が支配されてしまいそうだった。

 

「今度は絶対……信くんにも、一夏くんにも、みんなにも、誰にも指一本触れさせたりしないから。私が生徒会長として、誰にも……」

 

 言い終えてからちょっと間をおいて、するすると巻き付いていた腕が離れていった。

 ゆっくりと後ろを振り返ってみると、薄暗い部屋の真ん中で、楯無さんがはにかみながら手を後ろで組んでいた。

 

「ごめん、忘れて。弱音吐いちゃダメだめよね、生徒会長だもの」

 

 急に楯無さんが小さく見えた。

 ついつい、気を付けていなければ見落としてしまうことを思い知らされた。

 生徒会長とか、学園最強とか、そんな大きな肩書きが付いているけど、目の前にいるのは俺とひとつしか年が変わらない、ただの女の子なんだ。

 こんなに細い体で、一体今までどんなに重いものを背負ってきたんだろうか。

 

「……生徒会長補佐官」

 

「え?」

 

「俺の役職。楯無さんが設置したんでしょ? なら、好きに使えばいいじゃないですか」

 

 キョトンとした楯無さんを見ながら、俺は少しだけ笑みを返した。

 

「生徒会長の弱音ぐらい、補佐しますよ」

 

「……うん」

 

「それに……誰の指一本、楯無さんに触れさせません。補佐官ですから」

 

「うん……ありがと」

 

「……でも」

 

 最後に重要なことを伝えるべく、にっこりと微笑んでから楯無さんの目まっすぐ見た。

 

「溜まった仕事は補佐しませんからね?」

 

「……やっぱり?」

 

 楯無さんはいつものようにくすくすと笑いながら、扇子で顔を隠した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けたたましい警報がそこらじゅうで反響していた。

 危険を告げる赤いランプが転倒し、世話しなく走り回る足音が基地内に満ちていた。

 

「各セクションに異常発生!」

 

「ダメです! サブシステム応答なし!」

 

「ゲート突破予測、残り20秒!」

 

 アメリカ軍極秘基地、『イレイズド』。

 その名の通り、地図にも記録にも乗らない、世界から消された基地。

 新兵器の開発及び危険な兵器を厳重保管しているため、鍛え上げられた軍の中でも選りすぐりの精鋭部隊が常駐している。

 基地の場所は当然隠されており、上層部でも片手で足りるほどしか知り得ない。

 探知衛星、レーダー、ありとあらゆるものが探しに来ても見つからない程度にはセキュリティも充実している。

 

 それにもかかわらず、イレイズドは現在敵の侵入を許そうとしていた。

 

 敵はISを装備している。しかも第三世代の新型。精鋭部隊を五分とかからず突破してくるようなやつだ。

 その上、敵はすでに基地内のシステムの半分以上を掌握していた。 

 完全に外部から遮断されていたはずのメインサーバーがハッキングされたのだ。

 無論、その理由を考えている暇はない。

 考えるべきは敵が何をしようとしているのか。

 そして、その答えはすぐに出る。

 米国最強の砦に単身で乗り込むという、無謀にもとれる大胆さと実力、そして規模を持っているのは最も危険なあの集団。 

 

「やつらの狙いは……!」

 

 イレイズドが保管している兵器の中でも最も危険な兵器。

 敵はそれを狙っている。

 

 かつて暴走を起こし凍結処理されたISコア。

 

 シルバリオ・ゴスペルは今、強奪の脅威にさらされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 二人は睨み合っていた。

 互いに自分の武器を向けながら、張り詰めた空気で肺が苦しくなる。

 サイレント・ゼルフィスの操縦者、エムと呼ばれる少女は相手側の意思がよくわからなかった。

 手に持っているのは確かに強力な武装なのだろうし、相手側の実力もある程度認める。

 だがISを装備していなければ、今この状況を打破することはできない。

 目の前で敵意を放つ人間は、生身でISと戦おうと言うのか。

 エムはそれができる人物を知っている。そして、それは目の前の女性ではない。

 

「最後だ。そこを退け、ナターシャ・ファイルス」

 

「何度言われても退く気はないわ」

 

 ナターシャはきっぱりと言い切り、『銀の鐘』(シルバーベル)のセーフティーを解除した。

 福音に搭載されていたバージョンよりも小型だが、威力はお墨付き。次に指一本でも動こうものなら、容赦なく攻撃を加えるつもりだった。

 確かに、生身で扱うにはISの武装は過ぎた代物だ。

 でもそれがなんだというのだろう。

 誰であろうと、邪魔はさせない。

 

「あなたたちなんかに、この子は渡さない……!」

 

 ナターシャの後ろには、光を失いかけて灰色がかっているISコアがあった。

 かつての彼女の愛機のなれの果てであった。

 空中に浮かぶようにして保存されているが、周りには幾重ものセキュリティが施されている。

 普段ならば絶対に触れることはできない。

 しかし全システムがダウンしている現在ならば、片手で抱えて持ち去ることだって可能だ。

 そう。

 誰だって、持ち去れるのだ。悪意を持つ人間でも。

 そんなことを許すわけにはいかない。

 

「私は決してここから動かないわ。てこでもね……!」

 

「……そうか。なら――」

 

 突如、右側の壁が吹き飛んだ。

 ナターシャは反射的に顔を横に向け、そしてほぼ真横から飛んできた大きめの壁の破片が、ナターシャの額を直撃した。

 ミシミシという頭蓋骨にひびが入る音と、視界が大きく揺れたのは覚えている。

 叩きつけられるように反対側の壁に身を寄せると、あまりの頭痛にナターシャはずるずると倒れ込んだ。

 どうやら脳震盪を起こしてしまったらしい。

 虚ろになった目で、瓦礫に混ざって、見覚えのある虎柄の装甲が転がるようにして部屋に飛び込んできたのを捉えた。

 知ってか知らずか、乱入してきたISは倒れているナターシャを守るように背にして、片膝をついていた。

 

「ぐっ……! はぁ、はぁ……ナタル、無事か!?」

 

「イーリ……」

 

 ナターシャが力なく口を動かすと、アメリカ国家代表のイーリス・コーリングが頬に伝う汗を拭ってから、無理に笑顔を作った。

 

「おいおい……まさか立てないなんて言わないよな?」

 

「あ……たり、前でしょ……!」

 

「へへっ、そうこなくっちゃな」

 

 イーリス・コーリングの専用機『ファング・クエイク』の背部の装甲を掴み、ふらふらとしながらナターシャが立ち上がると、焼けるような痛みが体を蝕んだ。

 今しがた装甲を掴んだ手のひらなど、本当に焼けているようだ。

 

「あぁ、ファングの装甲に触んなよ? 今すげー熱いからよ」

 

「……そう。気を付けるわ」

 

「つっても、ナタルのことだからもう触っちまってたりしてな」

 

 イーリスはどこかからかうようにしてクスクスと笑っているが、どう考えても状況は悪かった。

 ファング・クエイクの装甲は至るところにヒビが入っており、ブースターは片方しかない。残った装甲も必ず欠けているか、焦げたようなあとがある。

 なだれ込んできた虎柄のISは明らかに大破状態だ。武装を呼び出すどころか、シールドエネルギーが残ってるかさえ危うい。

 

「イーリ……誰に、誰にここまで?」

 

「誰? 誰っつーか……」

 

 答えを待とうとしたとき、それはゆらりと現れた。

 強烈な熱気に呼吸ができなくなる。

 イーリスが空けた穴に手をかけ、瓦礫の山を気だるそうに越えてきた、深紅のISがその鋭いボディをさらけ出した。

 鋭い爪のついた手から、赤い炎がチラチラと蛇の舌のごとく揺れている。本当に生きているようだ。

 ISのブースター移動で宙を浮かぶように移動し、蒼い機体の隣まで寄っていく。

 フルスキンのフェイスマスクからは、センサーアイの不気味な黄色い目が覗いていた。

 

「……ナタス、あれなんだろうな?」

 

「IS、でしょうけど……恐ろしく攻撃的な形ね」

 

「いや、それはわかんだけどよ。なんっつーか……燃えねぇんだよな」

 

「あら? その黒い斑点はなにかしら?」

 

「そういうことじゃねぇよ……ま、冗談言えるんだったら大丈夫だな」

 新たに現れたISは二人をじっと見つめ、小さな子供が玩具の遊び方を考えるように軽く首を傾けた。

 操縦者の体つきはわからないが、大きさから推測するにそれほど大柄な人物ではなさそうだ。

 ナターシャはイーリスの言った意味がなんとなくわかる気がした。

 赤い機体の雰囲気というか、操縦者の余裕が感じられるほどの立ち姿なのだが、心を感じない。

 無人のISは未だどの国でも開発はされていないし、そんなことはあり得ないとは思う。

 福音のテストパイロットになるまで数多くのISでの戦闘を経験をしてきたナターシャと、現米国の国家代表のイーリス。

 彼女たちは、敵の力量を見た目と感覚である程度計っている。だから、対峙している敵がどのレベルで戦うことになるのか、予測が立つ。

 実際、ナターシャは蒼い機体の操縦者をかなりのやり手だと思い、今の自分ではイーリスが来るまでの時間稼ぎが限界だとわかっていた。

 しかし、今回ばかりはわからない。

 当然ながら、イーリスがここまでやられるということは相当な手練れだろう。

 にもかかわらず、その雰囲気が全くないのだ。

 

「イーリ、動ける?」

 

「ちっと厳しめだが……なんとかなるっしょ」

 

「私もよ」

 

 互いにちらりと顔を見合わせ、疲れた笑みを浮かべた。

 わかっている。

 勝ち目などない。

 一目瞭然だ。

 でも、尻尾を巻いて逃げるようなことはできない。

 

「イーリ、私が時間を稼ぐわ。コアを持って逃げなさい」

 

「できたらいいんだけどよ、そりゃ無理だわ。この機体の状態じゃ逃げ切れねぇ」

 

「それでもやるのよ。最後まで諦めないで」

 

「奇跡を信じろって?」

 

 イーリスはまた苦笑した。

 渋々ではあるが、ナターシャはイーリスが納得してくれたのだと思った。

 福音にかける自分の思いを組んで、悪足掻きに付き合ってくれると。

 

「作戦会議は終了か?」

 

 冷ややかな視線と声。

 もう猶予はない。そう語っていた。

 ファング・クエイクの脇からふらついた足を引きずりつつ、ナターシャは銀の鐘をもう一度構え直した。

 イーリスはボロボロの機体からさらに装甲を欠けていくのも構わず、二本の足で立ち上がり、拳を握って戦闘準備を整えた。

 

「……まだやる気なのか?」

 

「言ったでしょ……あなたに、あなたたちに……あの子は渡さない……!」

 

「……これ以上は待てない」

 

 サイレント・ゼルフィスの操縦者であるエムが周囲に八つのビットと、狙撃用ライフル『スターブレイカー』を展開した。

 すべての銃口がこちらを向いている。

 ナターシャは覚悟を決めた。

 

(せめて相手の機動力を奪うぐらいの威力で……!)

 

 銀の鐘の威力は凄まじい。恐らく最大出力でエネルギーを放出すれば、この部屋ごと吹き飛ばせるはずだ。

 当然、ISを装備していないナターシャは反動と爆風で無事ではいられないだろうが。

 それに不確定要素もある。

 例の赤い機体は様子見なのか、高みの見物なのか、微動だにしない。

 もしもあれも動いたら、ナターシャはおろか、恐らくイーリスでも押さえきれない。

 でもやるしかないのだ。

 

「やめておけ。死ぬぞ」

 

「そうかしら? まだわからないわよ……?」

 

「こいつは時々諦め悪いんだよなぁ。ま、あたしほどじゃないけどな」

 

「なら……これで終わりだ!」

 

 ビットの銃口が青く光る。

 先から雫のようなエネルギーがほとばしり、捻り出すようにして銃弾がゆっくり出てきた。自分のほうに向かってきている。

 引き金を引く指が酷く重い。全力で動かしているはずなのに、どうしてだろう。

 イーリスの加速も、舞い上がった埃の動きも鈍い。

 

 そういえば聞いたことがある。

 死の直前、人間は自分の周りの時間がゆっくり流れているように感じると。

 なるほど。こういうことになるのか。

 ああ、そうか。

 もう終わりなのか。

 

「ごめんね……守れ、なかった……」

 

 ナターシャは背にした福音のコアが優しく光ってくれた気がした。

 慰めてくれるように、お礼を伝えてくれているように。

 自己満足かもしれないが、ナターシャはそれだけで充分だった。

 そして、おかしなことかもしれないが、シルバリオ・ゴスペルのコアが話しかけてくれたような気がした。

 

 

――大丈夫。私も、あなたも、独りじゃないよ……。

 

 

「え……!?」

 

 その瞬間、一度にいろいろなことが起きた。

 動きが緩慢だったすべてのものが速度を取り戻し、ビームが一斉に襲いかかってきた。

 ナターシャの目の前が真っ白になった。なにかが、自分の眼前を白く染め上げている。

 なんだろうか、この暖かい光は。

 近くでイーリスが戸惑いの声を上げているのが聞こえる。

 そして、爆音とまではいかないが、ビームが軽く弾かれるような大きな音。

 エネルギーがなにかに着弾し、かき消されたのだ。

 恐らくそれを成したのはこの光。ナターシャはこの光によく似たものを何度も見ていた。

 

「展開……粒子……?」

 

 やがてその形ができてくる。

 しばらく輝いていた粒子はすぐに集束し始めて、見覚えのあるシルエットが現れた。

 

 すべてを飲み込むような、深い、黒い姿。

 バイザーに隠れた操縦者の顔。

 片膝を付いて、地面に刺した大剣の柄に両手を置いている。

 まるで、助けを聞き付けて馳せ参じた勇者のよう。

 

 現れた新たなISはうつむいていた顔を上げ、ゆっくり立ち上がり、軽々と身の丈ほどある剣を片手で抜き取った。

 ナターシャは力が抜けて、その場に座り込んでしまった。

 噂は聞いていた。

 アメリカ軍もなんとか情報を掴もうと躍起となっている。

 圧倒的なまでの戦闘力と、ステルス性。本当に伝説の騎士の再来のようで。

 すでに日本のどこだかのメディアがつけた名前が定着している。

 

「キたカ……!」

 

 機械的な音声は、どこか興奮しているような感じがあった。

 血のように真っ赤な機体がようやく戦闘の構えをとる。

 イーリスは茫然として、漆黒の背中を見つめた。

 

「起こっ……たのか? 奇跡……」

 

 ナターシャは呟く。

 その名を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒騎士……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いてて……」

 

「どうした、信? 寝違えたか?」

 

 一夏が振り返って俺を見る。

 現在、俺たちは全校集会中。

 学園祭から三日がたちようやく投票の集計が終わったので、心なしかみんなそわそわしている。

 なんの投票かって言ったら、一夏の所属部活が決まる例のやつだ。

 

「いや……なんでか知らないんだけど、体痛いんだよなぁ」

 

「会長のスパルタ訓練のせいか?」

 

「ま、それもあるんだけどな……ふわぁ……!」

 

「しかも寝不足かよ……」

 

「寝ても疲れ取れなくてさ」

 

 学園祭終了後から、俺はよく寝るようになった。

 いや、前からよく寝るほうだったけど。

 遅刻ギリギリに目が覚めたり、授業中に眠くなったり、夜は布団に入った瞬間記憶が飛んで。

 この前など、またラウラが布団に潜り込んでいることに気付かないで眠っていた。

 捕まったあとから妙に神経が高ぶっている気がする。

 やっぱり、この前の敵が気になっているからだろうか。

 あいつは俺を見ていた。

 恨みと、軽蔑と、そして品定めをするような、探る視線。

 あれはなんだったのだろう……。

 

『こほん。さて、そろそろ結果を発表します』

 

 壇上に上がった会長が透き通った声で準備ができたことを伝えた。

 また注意されると大変だと、手を軽く払って一夏の顔を前に向けさせて、俺自身も欠伸を噛み殺してから顔を上げた。 

 涙ぐんだ目を擦ると、期待と不安が入り交じった、でも嬉々とした表情の女子たちの大群が見えた。

 さっすが一夏。大人気だ。

 ……ま、俺は生徒会役員としてもう結果は知ってるんだが。

 

『発表します! 織斑一夏くんを見事獲得した部活は……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『IS学園生徒会です!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沈黙。

 全生徒の頭の上に楯無さんの声が響き渡った。

 たぶん全員が全員、今の言葉を反芻しているんだろう。

 あー……またこのパターンか。

 耳を塞ごう。

 一夏は戸惑ったように辺りを見回している。

 さて、そろそろかな……。

 

「「「「「「「「「「ええぇぇーーー!?!?!?!?」」」」」」」」」」

 

 先日の集会同様、建物が揺れるほどの大声量。

 耳塞いでても聞こえるし。

 

「ずるい! ずるい過ぎる!」

 

「これで真宮くんと織斑くんのどっちとも生徒会じゃん!」

 

「結局私たちにはおこぼれなしぃ!?」

 

「すいません! 実は生徒会に入りたいんですが!」

 

 ブーイングやら何やらで一気に騒がしくなるIS学園の女子たち。

 だから言ったのに……。

 楯無さんも『ルールはルールでしょ?』って言うけど、結構ずるい手使ってたぞ。

 しかもあいつらに利用されたし。

 

『はいはーい、押さえて押さえて。だってあの劇、皆さん了承してくれたでしょ?』

 

 一夏が王子をやったシンデレラの劇、見物人が後半から王冠を奪えるようになるには、学園祭の投票券が必要だったのだ。

 人伝えでしか聞いてないからよくわからないけど、学園の女子ほぼ全員が参加してたということ。

 本当は俺も参加する予定だったらしいが、気絶させられてたから知らなかった。

 なんでも、『王冠を奪えたら織斑一夏か真宮信とイイことさせてあげる券』が景品だったらしい。

 イイことってなんだよ、イイことって。怪しい響きがするぞ。

 勝手に俺たちの自由を奪わないでほしいものだ。

 とにかく、とどのつまり『男たちをこき使えるチャンスやるから生徒会に投票してね!』ということだと俺は勝手に解釈している。

 まぁ結局あの劇自体が組織を誘い出すための餌だったらしいが……。

 事情を聞かされることとなった当の一夏はまさか囮になっていたとは露知らず、さらに楯無さんが部屋に潜り込んでいたのは自分の護衛のためだったことを知らされ、めちゃめちゃ混乱していた。

 最終的にはなんとか事態を飲み込んだが、やはり守られる対象になっていたことが腑に落ちないらしい。

 守られるより守りたい、か。

 幼い頃から両親がいない一夏は、恐らく織斑先生にたくさん守られたと思ってるんだろう。

 だから今度は自分が誰かを守る番だ、と感じてるのかもしれない。

 

『んんっ! でも皆さん安心して。生徒会は一夏くんたちを独占したりしないわ』

 

「は、はい?」

 

 一夏がまた戸惑いの声を上げた。

 ……やっぱやるのか、あれ。

 疲れたような表情で楯無さんを見ると、明らかに俺と目があった。

 うわ、めっちゃいい笑顔……。

 

「一夏」

 

「な、なんだ?」

 

「俺は精一杯止めた……止めたんだよ……」

 

「またそれか!? ってことは……!?」

 

 顔を正面に戻したとたん、ババンと大画面に俺と一夏の顔写真が投影された。

 あぁ……これがデジャブってやつか……。 

 

 

 

 

 

 

『織斑一夏と真宮信、両名を! 各部活に貸し出します!』

 

 

 

 

 

 

 

 その日の放課後は大変だった。

 どの部活もこぞって俺たちを誘いに来るし、連れて行こうとするし、もう教室前のがやがやなんて本当に酷かった。

 はぁ……また面倒なことにならないといいんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会での一夏歓迎パーティーも終わり、部活貸出の具体的な日程のめどが立つころには、すでに学園祭からは二週間が経過していた。

 信はその間も、楯無からの無謀なトレーニングを受けたり、放課後の空いた時間があればこっそり簪のもとで居眠りしたり、一夏に勉強を教えてやったり、食堂で下らぬ話に花を咲かせたりと充実した生活を送っていた。

 

 

 そんな風にいつも通り始まって、そして過ぎようとしていたある日のこと。

 

 

 その日は、生憎の雨模様だった。しかも土砂降り。

 年度も後半に差し掛かり、肌寒い日が増えてきた頃であった。

 窓に打ち付けられている雨粒の音を聴きながら、いつものメンバーは談笑を繰り返して廊下を歩いていた。

 朝から雨ということもあって少し憂鬱そうな顔ばかりだが、それでも授業は出なければならない。学生としてそこは義務というものだ。

 専用機持ちたちの会話が信と一夏の部活貸出に触れ始めた時、信が思いついたようにあっと声を出した。

 

「そうえばみんな部活決めたんだろ? どこに入ったんだ?」

 

 その問いにみなが元気よく答えた。

 

「あたし、ラクロス!」

 

「僕は料理部だよ」

 

「わたくしはテニス部ですわ!」

 

「私は茶道部にした」

 

 みんな俺と行ったところじゃないか、と信が驚いきつつ面白そうに笑った。

 

「……元から私は剣道部だ」

 

「幽霊部員だったけどな」

 

「一夏!」

 語調を少しばかり強くして反撃されると、一夏は冗談だと困ったように箒をなだめた。

 

「そっか。俺と一夏が貸し出された時はよろしくな」 

 

 と言っても、なにをするかは信にも一夏にもわからないが。

 一応貸し出し制度が決まったときから、マネージャーとかやらされるのか、さすがに混ざってやれとは言われないだろう、とかなんとか二人で意見を交わしているが、実際のところはその部に行ってみないとわからない。

 

 話題が一区切りついたので、また新しい話題を提供すべく一夏が『そうえば』と切り出した瞬間、一同はたまたま別の学年の女子たちとすれ違った。

 人数は三人だったが、おしゃべりのボリュームはひとクラス分あるんじゃないだろうかと思うほどであったので、何を話しているかはまるわかりであった。

 

「ねぇねぇ、ニュース見た?」

 

「見た見た! 今度はアメリカに出たんでしょ?」

 

「ミステリアスよね~」

 その会話を聞いただけでなんの話かすぐに解った信は、天気のせいで重かった気分がさらにまた重くなった気がした。

 なぜなら。

 

「最近、黒騎士のニュース目立つよな」

 

 ちょうどその話題を提供しようとしていた一夏の言う通り、だいたい二週間ほど前からほぼ毎日のように黒騎士の出現が確認されている。

 

 国籍不明のIS、黒騎士。

 

 かつて世界の仕組みをがらりと変えた白騎士に姿が似ていることから、マスメディアが本格的にそう呼び始めた。

 色が漆黒なのを除いてはまるっきり伝説の騎士そのものなので、伝説の再来と言われている。

 

「そうだよね。神出鬼没、圧倒的な力で軍さえなぎはらって」

 

「最初は『はあっ!?』ってなるような何にもないとこに出るけど」

 

「よくよく調査すると、そこには非合法の兵器工場が存在があったりするのだ」

「この前は確か、ISが厳重保管されている軍事基地に現れたな」

「ええ。ニュースで国軍との交戦の様子が流れていましたわ」

 

 その会話を聴きながら、ますます信は気が滅入った。

 もちろん自分には関係無いことだと思うようにしているのだが、束博士の作ったオートクチュール『騎神』を装備し、一度『黒騎士』になったことのある身としては、なんだか複雑な気分である。

 なんだか噂が独り歩きして、取り返しのつかないことになっているような。

 ふと、おとといの夜に湿布を張りながら簪が呟いた言葉が頭に浮かんだ。

 

『やっぱり……黒騎士って、かっこいい……』

 

 信はため息をついた。

 誰が黒騎士であるのかはわからないが、あまり目立つことはしないでほしいものである。

 すでに黒騎士のファンクラブや子供向けの玩具まで出てきているらしく、某特撮ヒーローのソフビ人形やらカードゲームやらよりも売り上げがいいと、ニュース番組のコメンテーターが興奮気味で説明しているのを最近見た。

 小さな子供たちの間では、将来の夢が黒騎士という子がいるとも言っていた。

 黒騎士がわずか数週間で爆発的な人気を得て始めているのは火を見るよりも明らかだ。

 

(もう俺は黒騎士じゃない。あんなのは、俺と全く関係ないじゃないか)

 

 そう考えてはいるのだが、信にはそれとは別に不安なこともあった。

 

 先日の戦いでオータムが使った装置、リムーバー。

 形状に僅かな差異はあったものの、信は騎神を装備した瞬光を自分から切り離した装置であろうことはなんとなく察しがついていた。

 そして、ある仮説が浮かんだ。

 

 もし、瞬光が騎神を装備したままの状態であったら?

 

 あの黒騎士の正体は、未だ行方がわかっていない瞬光なのではないだろうか?

 

 やはり奴らが悪用しようとしていて、今はただの性能テストのつもりなのかもしれない。

 それとも実は全部束博士の策略で、彼女がまたなにか訳のわからないことをしようとしている、とか。

 可能性は限りなく低いが、というかないと言いきれるが、もし自分がたった一度であっても『伝説の再来』になったと世間にバレてしまったら、または本当に黒騎士の正体が瞬光であるとしたら、とてつもなく面倒なことになる。

 それは自分だけの問題ではなく、IS学園全体に振りかかる面倒事であることは目に見えていた。

 なんにせよ、世界の注目が黒騎士に集まりつつあることは喜ばしいことではない。

 

『そうですねぇ。白騎士が現れたのは、ISというものが世界を変えた時でしたからねぇ。もしかすると、黒騎士という対になるような騎士の出現は、なにか大きな変革の予兆なのかもしれませんねぇ』

 

 そんな風に専門家が話していたことを思いだし、信はまた顔をしかめるのだった。

 

 いつものように廊下の角を曲がると、一年一組の教室が見えた。

 が、なんだか生徒が廊下にあふれでている。

 入り口で団子のように丸くなって、仕切りに教室の中を覗いては首を傾げていた。

 

「ん? どうかしたのか……?」

 

「ふむ……地雷でも仕掛けられていたか?」

 

「ら、ラウラ……それはないと思うよ……」

 

「シャルロットに同意。ま、ゴキブリとかじゃない?」

 

「それにしては様子がおかしいですわ。やけに静かですし」

 

「なんにせよ、中を見てみないことにはわからないぞ」

 

「よし。じゃ、俺が見る」

 

 信が身長の高さを生かして、女子生徒の一団の頭の上から教室の中を覗いてみる。

 まず見えたのは千冬の姿。こちらに向けた背中から、肩を怒らせているのがわかった。

 そしてもう一人。

 千冬と対峙している、真っ黒な人がいた。

 真っ黒な帽子、厚手の真っ黒なコート。手は白い手袋をしているが、手に持ったバックは黒だ。

 驚いたことに、顔はほぼ全部が包帯に覆われていた。

 唯一、片目とその周りの皮膚が露出しているが、その他はミイラのようにピッチリと包帯が巻かれている。

 大怪我でもしているのだろうか。

 その姿を見て、信は非常に不気味に感じた。

 

「おや……やぁ、真宮くん。始めましてだね」

 

「! ……真宮」

 

 機械のような感情のない声に、信は顔を曇らせた。

 千冬のほうに目をやると、『今すぐ帰れ』と言われているような気がした。

 だが挨拶を返した瞬間、信の存在に気付いた女子たちがパッと散開して入り口を開けたため、雰囲気的に教室の中に入らざるを得なくなった。

 恐る恐る千冬の隣まで進むと、包帯の下にある口が動いた。

 

「僕を知っているかい」

「……いえ、知りません」

 

「では自己紹介だ。国際IS委員会、委員長の守我岸 勝志(すわぎし かつじ)だ」

 

「……」

 後ろで息を飲む声が聞こえた。

 国際IS委員会。信にとってはいい思い出はない。

 あの福音事件の時、一年生のみで撃墜を命じたところ。

 そのせいで、一夏や箒が危険にさらされることになったのだ。

 なぜ教員たちや軍隊を中心として事件の収集に当たらず、まだ年端もいかない高校生たちに任せようと決心したのか。

 納得できる答えは返ってこないとなんとなくわかっているので、信は別の言葉で話を続けた。

 

「それで今日はどうしたんですか?」

 

「実はね、君に話が――」

 

「それは学園長と話し合った末の結論なのでしょうか? 私はまったく聞いてないのですが」

 

 千冬がピリピリと皮膚が痛くなるような怒りを込めて、ミイラ男に噛みついた。

 だが、守我岸と名乗った人物はまるで気にも止めないでさらりと言葉を返したので、信は背中が寒くなった。

 

「世界最強のヴァルキリアには申し訳ないが、君は今は一教師だ。それに、これはすでに決定事項なんだよ」

 

「だからその結論は――」

 

「すでに過半数の同意は得た。これ以上の発言はやめてもらおう。話が進まなくて困る」

 

 千冬はなにか言いかけたが、信が視線で『大丈夫です』と伝えると、口を真一文字に結んで黙り込んだ。

 それを見て満足したのか、守我岸が再び話題を切り出した。

 誰も座っていない机と机の間を静かに歩きながら、静かに、けれども激しい雨音をものともしない冷たい声が突き刺さった。

 

「君はとても有名なんだ、真宮信くん……だからこそ、様々な議題に話題が上がるんだよ」

 

「……どうも」

 

 口のあたりの包帯が少し浮き上がるように動いた。 

 ため息をついたんだろう。

 

「はっきり言うとね、君のことを不審に思う人が多くなってきたんだよ」

 

「不審……と、言うとどういうことですか?」

 

 雨が窓に作った模様を興味深そうに見つめながら、何でもないことのように続けた。

 

「男であるにも関わらず、君がここに居られるのはなぜだと思う?」

 

「なぜって……」

 

「ISを動かせるから。そのとおりだ」

 

 答えを先取りされて少しムッとしたが、信はおぼろ気ながらこの人物が何をしにきたか、予想ができてきた。

 自分で導き出した結論に、冷や汗が流れた。

 

「だが君はその責務を果たしていない」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! それどういう意味!?」

 

「……おや、君は」

 

「あ、えっと……中国代表候補生、凰鈴音です! 信が責務を果たしていないって、どういうこと!? ですか!?」

 

 鈴がいきなり飛び込んできた。

 千冬の一睨みで敬語を思い出したように繋げながら、怒ったように声を荒げた。

 

「凰候補生、彼が今まで学園内で公式な大会を戦ったことはあるかい」

 

「こ、公式……? クラス対抗トーナメント、とかの話……ですか?」

 

「そうだ。記録を見る限り、そのような情報はない」

 

「お、お待ちになってください! それは各試合がやむを得ず中止されたからであって、信さんの意思ではありません!」

 

 入り口から優雅なロールの髪をなびかせて信の横に現れながら、セシリアが必死に反論をした。

 

「イギリス代表候補生、セシリア・オルコットですわ!」

 

「……オルコット候補生、あくまで彼に責任はないと」

 

「それは僕も同意です、委員長。フランス代表候補生、シャルロット・デュノアです」

 

 守我岸が次の言葉を発する前に、シャルロットは素早く教室の中へと入っていた。

 そして、その隣にはラウラが厳しい顔で立っている。

 

「ドイツ代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒ。よ……んんっ、確かに信は公式なIS稼働記録を持たないかもしれません。ですが、稼働記録がしっかり残っているはず」

 

「信はとても優秀な操縦者です。夏に起きた例の事件も、信がいなければ解決できませんでした。軍事用ISを退けられる実力は、評価に値するのではないかと」

 

 その時、後ろでぱんっという音が聞こえた。

 信たちが振り返ると、そこにはいつものおちゃらけた雰囲気など微塵も感じさせない、生徒会長が立っていた。

 

「ロシア代表、更識楯無……っと、私の場合は自己紹介は要りませんね」

 

「わざわざ君まで……本当にIS学園は情に厚いな」

 

「それは褒め言葉と捉えていいですね?」

 

 明らかに敵意のこもった言葉。

 普段の会長を知る者とすれば、かなり意外だった。

 だからこそ、本格的になにかまずい状況なのだと、ようやくギャラリーが認識し始めた。

 ヒソヒソとした会話が妙にざわざわとした不安に変わっていく。

 

「そうだね、そうとも言えるし、そうでないとも言える」

 

 淡白で、興味がなさそうなそっけない答え。

 いよいよ我慢できなくなった二人が、同時に信の両脇に立った。

 

「……織斑一夏」

 

「篠ノ之箒……」

 

「ああ……君たちのことはよく知っているよ。なにせ、ヴァルキリアの弟さんと、天才科学者の妹さんだからね」

 

「あんた、なにか言いに来たんだろ。さっさと言えよ。これから俺たちは授業があるんだ」

 

「もういいでしょう? 信は咎められるようなことは一切していません。私たちが保証します」

 

 あきれ気味のため息をつき、守我岸はゆっくりと近くの机に腰かけた。

 偶然なのか、それとも狙ったのか、そこはちょうど信の席だった。

 

「言っとくけど、信はちゃんと勉強してるぜ。俺より成績いいし」

 

「私……IS開発者の妹よりも、知識は上です。技術も」

 

「ほう。証拠と根拠は」

 

「あ、あの……」

 

 控えめな小さな声。

 一斉に浴びた視線に驚いたのか、教室の入り口付近から慌てて信の側へ寄っていった。

 

「その、あの……に、日本代表候補生……さ、更識簪……です」

 

「……なんだい」

 

「し、信は……信はとってもISのことをよく知ってて、ISについていろんな相談にも乗ってくれて……だから、その……す、すごく、必要というか……えっと……ちゃ、ちゃんと勉強してます……!」

 

 簪は最後に、一生懸命大きな声で意見したつもりだったのだろう。

 知らない人からの無数の視線に緊張と不安で震えながら、きっぱりと言いきった。

 

 一年一組にそろった、戦闘力で言えば最強のメンバー。

 

 だが守我岸はそんなこと知らないかのように、鼻から空気を吐き出してから、冷たい声で容赦なく言い放った。

 

「長々と述べてもらってすまないが、もはや君たちでは覆せない領域だ。いや、覆せない事実だ」

 

 守我岸は土砂降りの外の景色を背にして、信の目の前に立ちはだかった。

 並んでみると、二人の身長は殆ど変わらない。信のほうが辛うじて勝っている程度だ。

 信の目と、守我岸の目が互いに互いを捉えた。

 片方は、すべてを包み込んでくれるような穏やかな漆黒。

 もう一方は、絶望を与える死んだような闇。

 

「確かに君は賢い。見ればわかるよ。だからこそ、わかっているね」

 

「……」

 

 信は眉を潜めてから、両脇に置いた拳を強く握った。

 

「やはり君は賢い」

 

 無感情過ぎる褒め言葉に、全員が震えた。

 人は、思ってもいないことをここまで淡々と言えるものなのか。

 

「そして、人望も厚いようだ……僕とは逆にね」

 

 冗談のつもりで言ったのかもしれないが、その場にいる誰一人として笑うことはしなかった。

 もし人望が厚くないのならば、その理由がわかる気がしたからだ。

 この人は感情を言葉にも、態度にも表さない。そして、感情を持とうともしていない。

 すべてを拒むような姿勢で事実と結果だけを淡々と述べる人間が、どうして人望に恵まれることがあるのか。

 

「トーナメントに出れずとも向上心があれば試合を組むよう頼むこともできたはずだし、稼働データは常に新しいデータを送ることが義務であるがそれもなされていない。夏の任務が成功したのは君一人の功績ではないだろう。しかも無断出撃の所詮結果オーライというものだった。技術や知識など、活かせなければなんの意味もない」

 

 ほぼ一定のトーンで溜め込んでいたものを吐き出すように話したあと、守我岸は一旦大きく息を吸って、ここからが一番重要だとでも言いたそうな間を作った。

 信は指一本動かさず、審判を待っていた。

 

「もうひとつ、言っておこう。君の専用機、メンテナンス中と届けが出ていたが、どの企業に問い合わせても消息が掴めない」

 

 キラリと獲物を捉えた片目が、大きく見開かれた。

 

「本当はメンテナンスなどしていないんじゃないかい。それは公へのたてまえで、実際はなんらかの私的な理由で、君は専用機の所在を隠している。だとすれば、それは大問題だ」

 

 信は答えない。

 誰ひとり動こうとしない空間で、守我岸はまだ話を続ける。

 

「ここはIS学園だ。将来を担うIS操縦者と整備員を生む機関……試験や適性検査、そういったものは当然ある。だが、ここに入り、学ぶ……いや、学び続けることができるための絶対条件は、ただひとつだ」

 

 ガタガタと突風が窓を揺らした。

 校舎の間を縫って抜けていく風の音がおどろおどろしい怪物のうめき声のようだ。

 守我岸が今度は目を細めて、ただの独り言を言っているように囁いた。

 

「それは『ISを動かせること』だ」

 

 その瞬間、専用機持ちたちはもちろん、入り口で固まっていた女子たち全員が、彼が今日ここにわざわざ何をしにきたのかようやく気づいた。

 単なる嫌がらせではなく、もっと遠回しにいたぶるような嫌がらせ。

 だが、その止めの一撃から信を救うには、もう何もかも遅すぎた。

 

「ちょっと待っ――」

 

「今の君にはその権利がない」

 

 一夏の言葉を遮って、守我岸はわずかに力強い声で信に吐き捨てた。

 

「単刀直入に言おう。君はもう、ここにはいられない」

 

 外の雨は止む気配がない。

 それどころか、雷まで光り始めた。

 一瞬明るく照らされた教室で、信の影がやに大きく伸びていた。

 遅れてきた爆音が辺りに響き渡ったあと、守我岸はその宣告を淀みなく言い切った。

 その言葉は、その場にいた全員を戦慄させる恐ろしいもの。

 信が想像していたものと同じものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――真宮信を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――退学処分に処する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






黒騎士出現の頻発、現れる怪しい男、いつもの日々と決意を打ち砕く突然の処遇。
はてさて、事態はどこに向かうのか。

多少、というよりかなり強引な展開になりましたが、こんなのはいつも通りだ!(笑)
このまま爆走(暴走)していきますので、どうかよろしくお願いします!

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