「信! やったな!」
「まさかここまでやるとは思わなかったぞ」
一夏と箒が俺の方に駆け寄ってくるのが見えたので、瞬光を待機状態にしてから笑顔をつくる。
「結構ギリギリだったけどな」
「いやいや! そんなことないって!」
一夏が妙に興奮気味で腕を振り回している。落ち着けよと声をかけるが、まったく効果はない。
ふと見れば、俺の右手首には黒いブレスレットがついていた。これが待機状態の瞬光なのだろう。自分の存在を誇張するわけでもなく、俺の体の一部であったかのようにそこにあった。
俺は右手の拳をギュッと握り、おとしていた目線をもう一度上げる。
「セシリアは?」
「あいつなら随分前にアリーナを出ていったぞ。そうとうショックだったんじゃないか?」
「……そっか。じゃ、ちょっと行ってくる」
俺は二人の間を通り抜けるようにして出口に向かう。横を通ったとき、どこへ行くのかと一夏が尋ねてきたが、俺は適当にごまかした。
試合が決まった時のセシリアの表情から察するに、こうなることはなんとなくわかっていた。そうでなくてもあのプライドの高さだ。初心者風情に負けたというのはそうとう堪えたはず。もっとも、初心者風情と思ったことが大きな敗因となったのだろうが。
さて、どこに行ったものか……。
「……いた」
アリーナを出てしばらくキョロキョロとしていると、首の角度が上方30ぐらいになったとき、俺はセシリアの姿を見つけた。
屋上か。目的地を発見すると、俺は駆け出していた。
◇
(負けてしまった)
セシリアは屋上で空を見上げていた。そうしないと、泣いてしまいそうだったから。
空にはやはり雲ひとつなく、綺麗な青空だった。一面曇り時々雨のセシリアの心持ちとは正反対である。
一夏との試合は相手のミスにせよ自分が勝ったのでさほど精神的ダメージは大きくなかった。しかし、信との試合は完全にセシリアの負け。どんな言い訳もできない、完敗だった。
持てる力全てで挑み、負けた。
負けた。負けてしまった。負けてはいけなかった。
でも、負けた。
そう考えると、もう涙はこらえられなかった。頬を一筋、涙がつたう。唇を固く結んで嗚咽を堪えようとしたが、あまり効果はない。気を抜けば声を上げて泣いてしまいそうで、セシリアにはそれが酷くみっともなく思えた。
その時、誰かがこちらに来るのを感じた。足音は聞こえないが、それが誰なのか、不思議とわかった。
「セシリア」
「……なっ、何かようですか? ど、どうせっ……わたくしをバカにしに来たんでしょうね?」
そう言って、力が抜けたようにへたっと座りこむ。幸い屋上の入口とは反対方向を向いていたので、泣いている姿を信には見られていない。
「バカになんかしてないさ」
さっきまでほとんど聞こえなかったのに、近付くにつれて信の足音が徐々に大きくなる。本当なら『来ないで』と叫びたかったが、大きい声を出せば泣いてることがばれてしまう。
足音がすぐ後ろで止まり、信が自分と背中合わせに座るのを感じた。ほんのりと背中が暖かい。
「……やっぱり強いな、代表候補生って。少なくとも、俺が見た試合の中では上位の方だった」
「あ、あなたが見た試合の数なんて、昨日の一夏さんとわたくしの対戦だけでしょう?」
「いいや。セシリアと対等に戦うためにいろんな試合を見たんだ。おかげで毎日寝不足で大変だったんだぜ?」
「そ、それでも、数えるほどでしょう? その程度で――――」
「6199試合。昨日の試合を入れると、その場で見たので一回、録画で見たのでもう一回。全部で6201試合だ。まぁ、数えられなくはないな」
「……!」
「……気負い過ぎなんだよ。肩の力抜いて、勝ち負けだけじゃなくもっと大切なものを見ろ。勝ったときより、負けた時のほうがよく見えるぞ」
「……」
そうだったのか。これで納得がいった。どうして彼に負けたのか、その理由が。
それは、ごく単純なあたりまえなこと。この少年は努力を怠らなかった。自分にできる最善を尽くした。
それなのに、自分はどうだろうか。油断して、本気になったのは今日だけだ。
思い上がっていた。この学年で自分に勝てる人はいないだろうと。自分は他とは違う特別な人材なのだと。
セシリアはますます自分が惨めに思えた。
「……ごめんなさい」
「は?」
「あなたが勝ったのは当たり前ですわね……わたくしが努力を怠たっていました。それなのに、あなたに勝てると思い込んで……恥さらしもいいところですわ」
「……あのー……君、本当にセシリアか?」
「……え?」
「いつになく弱気じゃないか。俺が知ってるセシリアはなんていうか……もっとこう、自信に満ち溢れて偉そうな女子だぞ?」
「……しっ、失礼ですわ! わたくしはイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ! 常に――」
セシリアの言葉を信のクスクスという楽しそうな笑い声が遮る。背中にわずかに振動した空気の感触が伝わった。
笑われて腹が立つというよりなぜ笑われたのか不思議で、セシリアは信の表情を真正面から見たくなった。
「それだよ。そういうところがセシリアって感じがする」
「なっ……! や、やはりわたくしをバカにしていますわね!?」
「いや。からかってるんだよ」
「お、同じことですわっ!」
信はまた楽しそうに笑う。それを聞いて一瞬むっとしたセシリアだったが、結局つられてふふっと微笑んでしまった。
何だろう。この少年と居ると心が休まる。穏やかで、優しい気持ちになる。
「俺さ……ほら、少し変わってるだろ?今まで俺と本気で張り合ってくれる人なんて全然いなかったんだ」
相手の声が不意に真面目なものに変わる。すでにセシリアは泣き止んでおり、静かに信の言葉を聞いていた。
「だからさ……試合中にも言ったけど、もう一回言わせてくれ、セシリア」
「……なんですの?」
「ありがとな」
心の底からの感謝の言葉にセシリアの顔がまた赤くなる。そのことにハッと気付いて慌てて火照りを消そうと両頬を手で押さえつけたが、顔はますます熱を帯びるだけでまったく意味がなかった。心臓が知らぬ間に早鐘を打ち、背中合わせの男子を妙に意識させる。
そんな動揺を隠すため、少し偉そうに口を尖らせてみることにした。
「とっ、当然のことですわ! わたくしは誰が相手でも全力を尽くすのを信条としてましてよ!」
「昨日の一夏との試合」
「うっ……きょ、今日決めた信条ですわ!」
「あはは。おもしろいな、セシリアは……あっ、大事なことわすれてた」
「なっ、なんですの?」
「約束。覚えてるよな?」
「約束?」
「『俺が勝ったら、何でも言うこと聞く』だろ?」
「あっ……」
そうだった。自分が負けるわけないと、つい約束してしまった。今思えばなんて無茶な約束をしてしまったのだろうか。セシリアは頭を抱えたくなった。
信は何をさせるつもりだろうか? 自然と体がこわばる。とんでもないことだったらどうしよう?
頭の中にさまざまな『とんでもないこと』を想像して、信の言葉を待つ。恐らく、いや間違いなくニヤニヤと笑いながら考えを巡らす信の声が聞こえてきた。たぶんわざと聞こえるように独り言を言っているのだろう。
「そうだな~。さんざんいろんなこと言われたしな~」
「うう……」
「あっ。日本のこともバカにされたしな~。それに握手も拒否されたし?」
「……す、すみませんでした……」
「今さら謝られてもな~」
「も、もう! わかりました! わかりましたわ! もう何でもいいです!言うこと聞きますわ!」
セシリアは覚悟を決めた。裸踊りだろうと、鼻でスパゲッティを食べることだろうと、かまわない。固く目を閉じて裁きを待つ。
そしてニヤニヤ笑いの少年から審判が下った。
「今度から『セシリア』で」
「……へっ?」
「いや、だから。今度から名前で呼ばせろって言ってんだよ」
「そ、そんなこと……」
「そんなこととはなんだ。ずっと『セシ……オルコットさん』って言い直すの大変だったんだぞ」
「……さっきから『セシリア』と呼んでいるではないですか……」
「あ……そ、そうだっけ?」
先程までと違うきまりの悪そうな笑い声がおかしくて、セシリアはまた笑顔になる。独りで敗北の苦渋を舐めていた辛い時間は、2人で過ごすとても充実した時間に変わっていた。
「ふふっ……約束ですから仕方ありませんわね。そのかわり、わたくしも『信さん』と呼ばせていただきますわ」
「ああ、もちろんいいぞ。さて、セシリアも泣き止んだところでそろそろ戻るか!」
「なっ、泣いてなんかいませんわ!」
同時に立って、向かい合う。信もセシリアも笑顔で、晴れやかな表情だった。そこには勝者も敗者もなく、ただお互いにわかりあえた二人がいた。
と、その時信がなにか合点が言ったようなうなり声を出した。
「うーん……やっぱりそうだよな……」
「なんですの?」
「箒にも言ったんだけどさ、やっぱ美人は笑ったほうが美人だよな。厳しい顔してるセシリアよりも俺は好きだな」
「……!な、ななななっ……!」
あまりの驚きに頭が爆発しそうになった。心臓に関してはもう爆発してるんじゃないかと思うほどに激しく胸を内側から叩き、セシリアはもう何をどうすればいいのかまったく検討が付かず、うつむいて手をいじるしかできなかった。
「ほら、行くぞセシリア。何もじもじしてんだ?」
「し、してません! わたくしを誰だと――」
「あはは。完全復活だな、セシリア」
笑われたと思うと、自分の前へ信が拳を握った右腕を出す。『?』となっていると、いきなり左手で右腕を捕まれ、拳を合わせられた。コンッと優しい衝撃が拳を通して体全体に広がっていく。空虚な器を満たすように、なぜだかセシリアは暖かい気持ちになった。
「改めてよろしくな。セシリア」
「え? え? え、ええ……」
「それでさ。俺、クラス代表とかやりたくないからセシリアに譲るよ」
「えっ!? よ、よろしいのですか?」
「もちろん。よろしいに決まってるじゃないか」
「で、でも……」
「セシリアならきっといいクラス代表になれるって。俺が保証する」
優しく微笑みかけられれば、もう断れない。セシリアは短く了承の返事をした。
信はまたありがとうと言い、セシリアの頭に手を乗せた。押し付けるわけでもなくただ置くようにされたそれの感触がとても優しくて、嬉しくて。ほんの数秒で離れていってしまったのがとても名残惜しかった。
その時、パズルの最後のピースがはまったかのようにセシリアの中でとある結論が出た。
この胸の高鳴りも、暖かな気持ちも。何もかも。どうしてなのかわかった。
自分は、恋をしてしまったのだ。目の前の少年に。
恥ずかしさと照れくささが混じった複雑な表情だったが、セシリアが浮かべたのは間違いなく笑顔であった。
◇
「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実戦してもらう。織斑、オルコット。試しに飛んで見せろ」
俺たち三人の専用機持ち対決も終わった今日この頃。ちょっとした騒動もまるで意に介さず、相変わらず厳しい織斑先生の授業を受けている。
今日の内容は『飛行の基本』。で、それを見せるためにセシリアと一夏が呼ばれたって訳だ。専用機があれば準備する必要もないから、すぐ実演できるってことだろう。
流石代表候補生のことだけはあり、セシリアが言われてすぐにISを展開する。もう一方の一夏はというと、意識をうまく集中できずもたもたしていた。まだISのことを全然理解してないから無理もないか。でも急げよ一夏。ほら、織斑先生に叩かれるぞ。
一夏も身の危険を感じたのか、織斑先生が近づく前に何とか展開を終わらせたので、俺は影ながら安心したのだった。
そして鬼教師が鋭く一言。
「よし。飛べ」
「はいっ!」
気合いの入った返事を返し、すぐにセシリアが上昇する。お~……速いなー。
あっという間に高高度に達したセシリアとその専用機、ブルーティアーズ。青空よりも一層濃い装甲の青色が生き生きとして見えた。そしてそれに続いて後ろから白式が……あれ? 後ろに続いてない……一夏は?
上空から地上に視線を落としていくと、ちょうど地面と目が平行になったときに白式の真っ白な走行が目に入った。
「うおっととと……え、えっと……?」
そう。一夏はまだ地上数センチの位置で危なっかしく機体を漂わせていたのだ。
遅っ! セシリアはもうあんなに高いところにいるんですが……大丈夫か?そんな様子を見て、織斑先生はイライラと腕を組んで眉間にシワを寄せている。
やばい! 急げ、一夏!
俺の願いが通じたのだろうか、それとも織斑先生の怒りが通じたのだろうか。上昇してからはあっという間で、一夏は無事に空高く飛び上がってくれた。その後何とかセシリアに追い付き並んで飛行することに成功。自分のことでもないのに、俺はほっと一息ついた。
ん? あの二人、なんかしゃべってるみたいだけど……この距離じゃ聞こえない。大方仲直りの言葉でも交わしているんだろう。
「織斑、オルコット、急降下と完全停止をやってみせろ。目標は十センチだ」
織斑先生はインカムで二人に指示を出したのち、よく見ておけと俺たちに念を押した。
それにしても随分とハードルが高い要求だ。あの高さで急降下して地上から十センチで止まるなんて、相当難しいはずだ。専用機持ちとなるとそれぐらい当たり前なのか? だとすれば俺も頑張らなきゃなぁ……。先生に言われたとおり、よく見ておこう。
おっ? 最初はセシリアか。
下降のスピードは重力の影響もあってか、一段と速い。まるで流星のように一直線に降下してくる。そして……上手い!
機体の着地点の砂がわずかに舞い上がり、静止した。さすが代表候補生! 難なくクリアー。
次は一夏か……同じ男として恥ずかしくないようにしてもらいたい。セシリアにならい、一夏も一直線にこちらに向かってくる。
おお!? 心なしかセシリアより速い気がする。代表候補生と張り合うなんてすごいぞ一夏!
でも加速するばっかりで減速してるような気がしな――
ズドォォンッ!!!
腹を揺さぶるような巨大な音がグラウンドにこだますると、少し遅れて突風が俺たちを押し退けるように流れていった。うん……気のせいじゃなかった。あいつ本当に減速してなかったんだな……。
一夏の激突の衝撃でできた、もくもくと土煙の上がるクレーターに近付いて、そのなかを除き込んだ。
うわ、顔がめり込んでる……これじゃ地面から十センチどころか………いや……? 待てよ……?
そうか! やっぱりお前はすごいぞ一夏。きっと、織斑先生の『目標は十センチ』を地面から『上』じゃなくて、地面から『下』と思ったんだな。その常識の通じない考え方、素晴らしいと思うぞ。
でも張り切りすぎだ。二メートルぐらい下なんじゃないか?
「そんなバカなことあるか」
「……そうですよね」
「い、一夏!」
やれやれと頭を抱えている俺と織斑先生の横を箒が駆け抜け、クレーターの中央に滑り降りていく。ISには絶対防御もあるし、一夏がまだ動いているところをみると怪我はないはず。それでも意中の相手のことだから箒はわりと心配した表情だった。
だが顔を引っこ抜いた一夏のいつも通りの変わらぬ表情を見て安心したようで、大きく息を吐いていつも通りの箒に戻った。
あーあ。別にキリッとしなくてもいいのに。
そして箒のお説教が始まった。
「大体だな一夏、お前というやつは昔から――」
うーん……長くなりそうだ。助けて欲しそうにこちらを見てくる一夏を華麗にスルーし、たまたま隣に来ていたセシリアに話しかけてみる。
「やっぱりセシリアは上手いよな。あれってかなり難しいよな?」
「えっ!? え、ええ! そうですわね。でも信さんならきっとすぐできるようになりますわ」
「……?なんか嬉しそうだけどどうした?」
「い、いえ……その、信さんから話しかけてくださるのは……初めてだったので……」
そう言われれば、セシリアに俺から話しかけるのって決闘後以来初めてだ。特に気に止めてなかったなぁ。向こうからは話しかけてくれることは何回かあったのは覚えてるけど。
でもなんでもじもじする必要があるんだ? 別に顔まで赤くして恥ずかしがる必要もないだろ。
理由を聞こうかと口を開きかけた時、手を叩く大きな音が響いた。
「お前たちはこうなるなよ。グラウンドはクレーターを作る場所ではないからな。各自、オルコットの方だけを真似をして練習を開始しろ。いいな!」
「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」
「あと篠ノ之。そのへんにしておけ。どうせそこのバカには口で言ってもわからんだろうからな」
「……わかりました」
「うう……すみませんでした……」
そして一夏はクレーターの埋め立てを命じられたとさ。めでたしめでたし……とはいかないので、あとで俺も手伝ってやろう。
とりあえず今は余分なクレーターを増やさないように集中して授業に取り組まねば。
◇
誰かいないかな。生徒とか、先生とか、案内できそうな人。
ボストンバッグを持った小柄なツインテールの女子は『本校舎一階総合事務受付』を探していた。その足は決して立ち止まることはなく常に前進を続けていたが、いい加減イライラしているのは誰が見ても明らかだった。
「ああ! もう! もう少し詳しく書いたっていいんじゃないの!?」
広い敷地に声が響き渡る。何度もポケットから出し入れしたためにくしゃくしゃになった案内書を握りしめ、より一層くしゃくしゃにしながら歩を進めていく。
「だから、そのイメージがわからないんだよ」
「!」
聞き覚えのある声を耳にして、初めて足を止める。もしかして。
心臓の鼓動が速いのは自分でもよくわかった。
(ひ、久しぶりだけど……あいつ、あたしのことわかるよね? だ、大丈夫。大丈夫! わからなかったら、それくらいあたしが美人になったってことだし!)
ちょうどよく、なにやら大きな建物から男子が出てくる。昔よりも背が伸びて、顔立ちも大人びていきている。
にやけそうな顔を無理矢理ひきつらせて、すうっと息を吸うと思いきって名前を呼ぼうとする。
「いち――」
「一夏、いつになったらイメージが掴めるのだ。先週からずっと同じところで詰まってるぞ」
誰……?
言葉を遮られたことに対してと、見覚えのない女子が自分の知っている男子に親しげに話しかけているのに対していらだつ。こちらには気付いていないようなので、しばらく観察してみることにした。
「あのなぁ。『くいって感じ』ってなんだよ」
「……くいって感じだ」
「だから……お、おい、箒! 逃げるな!」
やけに仲が良さそうだ。拳を強く握って一夏の隣の女子を睨み付ける。なによ、あいつ。
(そりゃああの子は……その……お、大きいけど! なに? しばらく会わないうちにそういう趣味になったわけ?)
自分の胸に視線を向けると、なんだか余計腹が立った。
今は成長中なんだから。そう言い聞かせてどうにか気持ちを落ち着かせようとする。
そんなことをしている途中、少し遅れて二人のあとを追うもう一人の存在に気付いた。
ああ。そうえば男子って2人いたんだっけ。
少女がふとそちらに目を向けると、むこうの男子も偶然こちらに目を向けところだった。
あ、見つかった。逃げ出そうかと思ったが、考えてみれば別にその必要はない。かくれんぼをしてるわけでもあるまいし。ちょうどこちらに向かってくるから、道を聞こう。
少女は足を止めたまま、男子が来るのを待つことにする。さほど離れていなかったので、数秒で会話のできる位置まで距離が縮まった。
そして、男子が一言。
「で、どこいくんだ?」
「は?」
「場所、わかんないんだろ。ええっと……ああ、事務受付ならそこの角を右に曲がればすぐだ」
「え?」
「案内するからついてきてくれ。じゃ――」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと! 誰なのよあんた!」
「ん?ああ、そうだったな。俺は真宮信。ここの生徒だ。君は?」
「あ、あたしは
「へ~…代表候補生の転校生? すごいな。これからよろしく」
「よ、よろしく……ていうか、あんたなんであたしが迷ってるってわかったわけ?」
「うーん……雰囲気? ま、詳しく説明すると長くなるからまた今度な。行こうか」
ニコッと少年が不意に見せた笑顔に何故か顔が赤くなった。だんだん遠くなっていく信の後ろ姿を見つめながら、何故か速くなった鼓動を落ち着けようと深呼吸をする。
「なっ、何よあいつ……」
鈴はなんだか不思議な気分だった。
初めてあったのにやけに笑顔を鮮明に記憶している。今会ったばかりだから、で片付けられないほどはっきりと刻み込まれたように。
ぼーっとしながら、鈴はとりあえず歩き出すことにした。再び足を踏み出したその時。ガシッと力強いなにかが腕をつかんだ。
「え、え?」
「そっちは真逆だって。大丈夫か?」
「へっ!? あ、ああ! ご、ごめん……って! なんであんたがまだいるのよ!?」
「だって凰さんが俺のあとついてこないから」
「あ……そ、そうだったわね! ほ、ほら! い、行くわよ!」
「だからそっちは逆だって」
「わ、わかってるわよ! じょ、冗談よ! 冗談!」
「……もしかして……凰さんって方向音痴?」
「なっ!? ち、違うわよ!」
「……」
「な、なによ!? 違うったら違うのっ!」
「あはは。ごめんごめん。それじゃあ改めて案内するよ」
そう言って、信はよほど不安なのか、手まで握ってきた。
(……え?)
ちょっと待って。手を握られてる?あたしが?
手を引かれているのを自覚すると、鈴の頭が爆発しそうになった。だ、男子の手って結構がっしりしてるんだ……。
「あ、あの……」
「ん?」
「て、手……」
「だってまた逆方向に歩き出されたら困るだろ?」
「あ、歩き出さないわよ……」
反論の言葉は消え入るように小さく、まったく意味がなかった。
なんでこんなにドキドキしてるんだろう。一夏じゃないのに。けど不思議と嫌な気分じゃない。信の手は大きく暖かく、鈴の小さな手を包み込んでいた。
ああ、なんだろう。すごく安心する。この人についていけば安心だって、そう思える。
しばらくふわふわとした時間が過ぎ、どこに自分が向かっているのかすらよくわからなくなったころ、別の声が聞こえた。
「どうかしましたか?」
突然聞こえてきた誰かの声に鈴が飛び上がる。見ればすでに目的地についていたらしい。事務受付の女性が信に向かって話しかけていた。
「あ、俺じゃなくてこっちの人なんですけど……な?」
「えっ!? あ、ああ! はい! そうです! あたし、入学の手続きしに来ました!」
「ああ、あなたが凰鈴音さん? ではこちらに名前を」
「は、はい……」
「じゃ、もう大丈夫だな。俺は帰るわ」
「う、うん。ありがとね……」
信は返事の換わりにヒラヒラと手を振る。やがて信の姿が闇に溶け込んで見えなくなった。
あれ? 夕方についたはずなのに。けっこう長い間迷っていたらしい。もうそろそほベットでくつろぎたいし、手続きなんてさっさと終わらせてしまおう。
一通りは国の方でやってくれたため、鈴がしたのは署名を入れるくらいのことだけで済んだ。最後の署名を受付の女性が確認し、学生証を手渡される。それと同時に女性が小声で話しかけてきた。
「ねねね! もしかして真宮くんの彼女さん?」
「へ……? へっ!? ちっ、違います! 違います! むしろ初対面です!」
「あら、そうなの?」
「そ、そうです! あいつのことなんにも知らないし……」
「彼ね、見ただけでいろんなことを覚えられるんですって。何でも見ただけでわかっちゃうし。しかもISの操縦も上手くて、この前は代表候補生に勝っちゃったのよ~」
「へ、へ~……そうなんですか」
以外と凄いやつなのね。ま、同じ代表候補生でも、あたしと戦ったら負けてたでしょうけど。
ふふん、と一人得意な顔をしていると突然聞いたことのある名前が耳に入ってきた。
「凰さんは二組だから、真宮くんと織斑くんの男子が二人いる一組のお隣ね」
「……織斑?」
「え?」
「お、織斑って! あ、あの織斑一夏ですか!?」
「え、ええ……彼も凄いのよ~。男の子なのにクラス代表になっちゃったんだから」
「……そうですか。ふーん……そうなんだ……」
ついさっきまですっかり忘れていた。知らない女子と親しげに話す一夏を思い出し、ふつふつと怒りが沸き起こる。
「あ、あの……」
「二組のクラス代表って誰ですか?」
「えっ? き、聞いてどうするの……?」
「代わってもらおうかなって。それだけですよ」
ニコッ。
不安そうな顔の事務員に笑顔を見せる。しかしその笑顔はあまりに晴れやかすぎて逆に怖い。
外は女神、内は般若のごとく。鈴の心は確実に怒りに燃えていた。
久しぶりに会えたと思ったらあの女好きの鈍感バカめ……あの約束、ちゃんと果たしてもらわないと。
鈴は用済みになった案内の紙をグシャリと潰し、ゴミ箱に投げ入れる。
「待ってなさい、一夏……」
鈴は小さく、けれどもしっかりと呟くのだった。
◇
パンパン!!
クラッカーが鳴り響く。
「おめでとう、織斑くん!!」
「やったね、おりむー!」
今 は夕食後の自由時間。それを利用してあるパーティーが開かれていた。その名もズバリ『織斑一夏クラス代表就任パーティー』。
良かったな、一夏。まさかパーティーまで開いてもらえるとは。もちろん俺も飲み物を片手にパーティーに参加している。うんうん。みんな楽しそうでなによりだ。
ただ一人を除いて。
パーティーの主役である一夏は非常に困惑した表情を浮かべていた。
「何でだよ!? 信がクラス代表だろ!?」
「まぁまぁ」
「説明してくれよ! 納得できない!」
「えー……めんどくさいな……じゃあ順を追って説明しよう。まず勝ったのは俺。ここまではいいか?」
「ああ、それは分かる」
「で、俺がクラス代表をセシリアに譲渡。これもいいか?」
「いや! そこが一番わかんない! 何で譲渡してんだよ!?」
「めんどくさいから」
「お、お前……責任感のないやつだな……」
「ああ。だから責任感のあるやつに任せたんだ。異論あるか?」
「……ない……わけでもない……けど……もういいや……」
一夏が降参とばかりに肩を落とす。
でも、俺はともかくとして、セシリアまで辞退したのはなぜだろうか? せっかくクラス代表になる実力があるのに。俺も正直聞いてみたいところだ。
と、いうことで最近俺の隣にいることが多くなったセシリアに実際に聞いてみた。
「なぁセシリア。どうして代表を辞退したんだ?」
「やはりIS操縦には実戦が何よりの糧。クラス代表ともなれば戦いに事欠きませんもの。だから、三人の中で『一番下手な』一夏さんにクラス代表を譲ることにしましたの」
グサッ!!
一夏の心に、『一番下手な』が深く突き刺さる音が聞こえた。
セシリア……もうちょいオブラートに包んでやれよ……ああ……主役なのにあんなに沈んでしまった……。かわいそうに。
「あれ? そういや一夏と仲直りしたんだよな?」
「はい。その印に、これからはお互い名前で呼ぶことにしましたの」
「そっか。俺と同じだな」
「あ……し、しかしですね、そ、その、信さんは……また違った意味合いもありましてして……」
「違った意味合い?」
「なっ、何でもありません!!」
なんで怒ってんだ? おかしなやつだな。顔をのぞきこんだだけで赤くなるなんて。
あっ! もしかして風邪か?
「今日は早めに寝た方がいいぞ。水分補給、忘れんなよ」
「ひ、人の気も知らないで……」
違ったらしい。おかしいなぁ。
俺が首をかしげていると、ぐっぐっと袖を引っ張られた。
「ねーねー。みーやん」
「みーやん!? それ誰のことだよ!?」
「みーやんはみーやんでしょー? でね、ちょっとしつもーん」
このゆっくりした話し方、人につける変なあだ名。この人こそが一年一組の癒し系、のほほんさん(命名・一夏)だ。いっつも眠たそうな目が印象的。
正直あんまりすごそうには見えないんだが、一応IS学園の生徒だからそこそこ勉強はできるんだろう。
「みーやんはせっしーと付き合ってるのー?」
「なっ!? な、な、ななな、何を言っていますの!?」
「だってー、すごーく仲良さそうだもん。今だってみーやんがせっしーに夜のお誘いしてたし」
「お、おい!? 俺はそんなやましいことしてないぞ!?」
「えー? むきになるとこが、あやしーなー?」
「そうだーそうだー」
「おい、一夏! テメッ、裏切るんじゃねーよ!」
「うるさい! どうせ俺は下手くそですよ~。あは、あはは……」
ダメだ! 心へのダメージが意外と深刻でなんか性格がおかしくなっている! 早急に手当てを!
俺は一夏の肩に手をおき、必死に揺さぶる。
「一夏! 大丈夫だ! お前はやればできる男だ! 戻ってこい!」
「は、ははは……はっ!? お、俺は一体……?」
「よし! 戻ってきたか!」
「一夏、明日の放課後は私と特訓だ。いいな?」
「うえっ!? マジかよ!?」
「あ。それとセシリアも一緒に特訓してくれるらしいぞ。覚悟しておけ」
俺が適当なこと言ってみる。ま、特訓してくれる教官は多い方がいいだろうし、なんてったって代表候補生だし。それにセシリアは遠距離型だから、相性が悪い相手との戦い方の勉強になるはず。
「と、いうことでだ。セシリア、一夏のコーチよろしく……あれ? セシリア?」
「夜の……よ、夜の……お誘い……!」
「おーい、戻ってこーい……」
そんなこんなで、パーティーはしばらく食堂を占拠して壮大に執り行われたのだった。