IS〜world breaker〜   作:山嵐

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パソコンで書くようになってからというもの、スマホの1.5倍の速さでうてるように!Σ( ̄皿 ̄;;
これで早いとこ投稿できるなぁなんて思ってたらそうでもなかった(TT)




48:追放者の行くところ

「合宿や」

 

「はぁ?」

 

「『はぁ?』やないで! 合宿! 合宿しよ!」

 

 床に寝転がって漫画を読みあさる、相も変わらぬ男子二人。

 手の届くところにポテトチップスと炭酸飲料のペットボトルがあるところがまたなんと自堕落なことか。

 ここは五反田弾家、弾の部屋。むさ苦しい男のニオイが常に充満している、女子禁制の部屋である。

 

「ほら、一応僕達『楽器を弾けるようになりたい部』で申請したやろ?」

 

「つーか申請通ったのかよ」

 

「なんのことやない、僕の口八丁手八丁、八百長にかかればチョチョイのチョイやで」

 

「イカサマじゃねぇか」

 

 弾はポテトチップスの皿に手を伸ばし、むんずとひとつかみ。

 ちなみに弾は漫画に油がつくとかうんぬんは全く気にしないタイプであるので、そのままページを捲り続けている。

 

「とにかくや! 僕に真耶ちゃんというフィアンセができた以上、かっこいいとこ見せたいやん!」

 

「あーそうだねーわかるわかるー」

 

「かっこいい、つまりバンドで言えばライブや!」

 

 意味ありげにメガネをかけ直す数馬。

 

「そのためにはスキルアップをする音楽漬けな一日が必要だと思うねん!」

 

「っていう理由で毎回俺んちに来てね?」

 

「まずお前んちの状態が最悪やねん! なんやこの漫画と充実したおやつ! ごちそうさまです!」

 

 数馬は新しいお菓子の包装紙を破きながら、深々と頭を下げた。

 もはや見慣れてしまった光景なので、弾は特に返事も返さずに読み終えた巻をベットに放り投げ、次の巻を取ろうと寝そべったまま腕を本棚の最下段に伸ばす。

 目的の本に手が触れた時、ふとその隣に立てかけられている埃を被った薄い本に目が言った。

 数馬に買わされた『これで弾けなきゃサル以下! よく分かるギター奏法』の本である。

 恥ずかしい話ではあるが、買ってから一度も読んでいないため、新品同様というか、新品である。

 

「そういやあんときの俺、『この一本で世界を一つにしてやる!』なんて息巻いてたっけ。ははっ。あの頃の俺、今の俺のこと見てどう思うのかなぁ」

 

「俺の心に変な脚色をするな」

 

「なぁ、ええやん! この本買ったてことは少なからずやる気はあったんやろ!?」

 

「お前が買わせたんだろーが」

 

「あぁん!? なら弾はカモフラなしでエロ本買えたんか!?」

 

「買えますぅー30までは余裕ですぅーお持ち帰れますぅー」

 

 数馬も無駄に張り合って『僕なら40はイケルで』なんて言うものだから、数十分間は『何冊エロ本持ってけるか』談義に花が咲いた。

 そんなことを毎日のように繰り返すから、当然練習なんてできるわけもなく。

 和馬が持ってきたベースギターも、弾のギターの隣で寂しそうにずっとケースの中に収まっているのだ。

 

「っていうかさ、まず俺達に教えてくれる人が必要なんだよ。誰かいないのか?」

 

「無理や。音楽の佐藤も吹奏楽部の顧問で忙しい言うてたし。大体教師で暇してんのヤーさんだけやで」

 

 ヤーさんとは数馬と弾の担任の先生のことだ。座右の銘は『面倒事は人に任せて自分は寝て待つ』。このことから察することができるように、彼は超のつくほどの自堕落テキトー人間であるが、精神年齢が高校生に近いのかどうかなのか、生徒からの信頼と言うか、友情は厚い。

 弾も数馬も、彼の本名は忘れた。ヤーさんの方が呼びやすいからである。

 ちなみに、どうしても腐れ縁の二人は昔からクラスが離れたことがほとんどない。

 高校に進学しても同じクラスなのは迷惑なのか、仲間がいて助かるのか、迷うところである。

 

「あのオッサンはなんの役にも立たないだろうなぁ」

 

「せやろ?」

 

「つーかできたら同学年から教えてもらいたくね? ほら、気兼ねなく相談とかできんじゃん」

 

「僕もそう思って軽音楽部の山内にも頼んでんやけど、自分のことで手一杯っぽかったからまず無理やろ」

 

「だよなぁ。誰かいねーかな、同学年で暇な奴」

 

 うーんと二人で唸って小一時間。

 結局良い案も浮かばず、今宵はこれでお開きとなった。

 数馬が自分のギターを肩に担いで帰り支度をする間、弾は部屋から脱出する道をどうにか作ることに成功。ドアを開けることが可能に。

 ちなみに今日は雨が降っていたため、数馬は自転車ではなく傘持ちの徒歩である。

 ドタドタと一気に階段を駆け下りて玄関前まであっという間に着くと、数馬は靴を履きながら、今日のまとめをするのだった。

 

「総括するとや。『同学年でしばらく暇で楽器が弾ける、楽器が弾けるようになりたい部に入ってくれそうなやつ』やな」

 

「欲張りだな」

 

「ええやん。僕だって欲張ってなかったら真耶ちゃんゲットできなかったで」

 

「またそれかよ。気を抜くとすぐそれだな」

 

 よほど嬉しいのだろう。学園祭が終わって二週間がたったというのに、未だ惚気の笑顔を振りまいている。

 もっとも、数馬には悪いが、弾は向こう側は全然乗り気じゃない気がしまくっていた。

 いきなりプロポーズとか非常識すぎんだろ、というダメ出しをあれから何度しようと思ったことか。

 でも落ち込まれても困るといえば困るので、成り行きに身を委ねている次第である。 

 弾は軽い挨拶をして玄関の戸に手をかけた数馬の見慣れた背中をボケっと見つめながら、自身の学園祭での出会いを思い返した。

 

(あの人、綺麗だったなぁ。年上っぽかったけど、何年生なんだろう)

 

 甘い回想にひたろうとした瞬間、開け放たれた玄関から荒れ狂うような風が屋内に入り込んだ。

 外の景色はすっかり様変わりしており、叩きつけるように暴れている雨粒が数馬の前面を濡らしまくっていた。

 ガサガサという庭の木々が揺れる音や、どこかの家から飛んできたバケツがアスファルトの上を飛び跳ねる音。

 通りにはもちろん人っ子一人いない。

 ビチョビチョになった数馬は、静かに戸を閉めてから、ゆっくり弾の方を振り返った。

 

「今日泊めて」

 

「無理だ」

 

 即答。

 すぐに数馬は弾の腕にすがった。

 

「んな薄情な!? この吹き荒れる暴風雨の中を友人が歩いて帰ると思うと良心が痛まへんのか!?」

 

「無理なもんは無理だって! あーくそ! くっつくな! 俺まで濡れるだろーが!」

 

「嫌や~! 帰れへんよ~! 町内の旅行で家族みんないないんやろ!? ええやん! 僕ノーマルやで!」

 

「そういう問題じゃないっつーの! 大体旅行に行ってるのはお袋たちだけだ! つまり蘭は帰ってくるから無理だ!」

 

「大丈夫やて! 妹属性は守備範囲外や! ボールゾーンや!」

 

「じゃあ絶対手を出さないと誓えるか?」

 

「無理!」

 

「即答かよ!」

 

「だって向こうから誘ってきたシチュエーションを想像したら!」

 

「人の妹で何を考えてんだお前!」

 

「もういい分かった! じゃあ付いて来てくれ! 一人だと心折れてまうから! な? なっ!?」

 

「はぁ!? なんで俺まで外に出なきゃいけないんだよ!?」

 

「とりあえず行こう! 一回出てみよう! つま先だけ! なっ?」

 

 そんな問答を何分しただろうか。

 結局弾が外に出るはめになったのは、数馬の強引さを知るものにとっては予想通りの結末だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~……ああもう! 中までびちょびちょ……」

 

 蘭が玄関の戸を開け、付いた雨粒を手で削ぎ落とすように拭きとる。

 今朝の天気予報を見逃さなかったおかげでどうにか傘という強い味方を家に忘れなくて済んだのだが、台風なみの風でもう使い物にならなくなってしまった。

 しかも帰宅途中ではなく、学校を出た瞬間を狙っていたかのように吹いた突風で壊れてしまったので、ノーガードで土砂降りを駆け抜けるはめに。

 制服と長い髪の毛がぴっちりと肌にくっついているのに加え、走ってきたせいで出た汗が内側に熱気を閉じ込めているようで、さらに気持ち悪い。

 

「お兄~! タオル~!」

 

 返事がない。

 また二階でゲームでもしてるのかと呆れながら、今度はもっと大きな声で使えない兄を呼ぼうとする。

 その時、床に落ちているメモ用紙がふと目に入った。

 拾おうとして濡れた靴下のまま玄関に上がると、水で足跡がくっきりついてしまった。

 後々雑巾がけをしなくてはならないめんどくささに悪態を吐きたくなりながら、腰を折ってメモを拾い上げる。

 

「『数馬の家に行ってきます』………? この雨の中よく遊びに行こうなんて……」

 

 呆れて怒る気にもなれない。

 クシャッとメモを握りつぶしてから、水分を吸って重くなった体を引きずるようにして風呂場へと向かう。

 

(まったく! いくら部活してないからって遊び過ぎじゃないの?)

 

 乱雑に脱ぎ捨てた制服やらなにやらを塊のように丸めて洗濯機に放り込むと、すぐさまシャワーをあびるべく風呂場内部へと突入。

 長い髪の毛をきちんといたわりながら丁寧に洗い、体の隅々まで温かい湯で流して、目の前の鏡に映った自分の姿を見て成長途中だと言い聞かせる。

 いつものようにそういう順序を踏んで、蘭は自宅の浴場からさっぱりとした気分で引き上げた。

 どうせこの雨じゃもう外には出ようとも思わないしパジャマでいいだろう、と蘭はお気に入りの服に手を伸ばす。

 少し大きめのサイズで手首と足首の袖を持て余すくらいのゆるいパジャマはおしゃれの欠片など皆無だが、着心地の良さは五つ星だ。蘭的に、だが。 

 

「ふぃ~……気持ちよかった」

 

 すでに一日の汚れをすべて取り去ったような気分で、もう寝てしまおうかなんてことも考えてしまう。

 とりあえず部屋に戻ってから決めよう。

 通りのアスファルトに打ち付ける雨音を聞きながら階段の手すりに手をかけたそのとき。

 土砂降りの音に混じって、はっきりと玄関の戸口を叩く音が聞こえた。

 

「……えっ?」

 

 小さく声を上げる。

 

(お客さん? でもこんな日に? わざわざ?)

 

 コンコン。

 また、玄関の戸がわずかに揺れた。 

 風のせいではなく、外側から人がノックしている。

 

(宅急便の人……かな? うん。きっとそうだ)

 

 きっと将棋セットかなんかを祖父が購入したのだろう。 

 そういえば、新しいのが欲しいとか言ってたっけ。

 手すりから手を離してタンスから印鑑を取ってくると、蘭はなんの気なしに玄関をあけた。

 

「……あっ」

 

「えっ……」

 

 ノックをするために軽く握った右手を胸のあたりに浮かべて外に立っていたのは、あまりにも予想外の人物。

 蘭は初め、夢か幻でも見てるのではないかと思った。

 

「よかった~……留守かと思って諦めるとこだったぜ」

 

 つい先程までの蘭のように服をすっかり濡らし、その姿はもはや着衣水泳の訓練でもしてきたのかと見紛うほど。

 水を被った髪の毛から頬を伝って落ちていく水滴が一滴、二滴と地面に吸い込まれていく。

 軽めの旅行にちょうどいいような機能性重視のメッシュでできたバッグを手に持っているが、おそらく中までびちょびちょだろう。

 だがその笑顔はいつものように、蘭にとっては輝く太陽に見えた。

 

「し、信……さん……?」

 

「おう、久しぶり」

 

「ど、どど、どうして……?」

 

「あー……突然なんだけどさ……」

 

 困ったように横に顔を向けて何秒か考え込んだあと、意を決したらしい信はまっすぐに蘭を見て、手を鼻のところで立てた。

 

「今日、泊めてくれないか?」

 

 まさかの訪問者のまさかの言葉に、蘭は言葉を失うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやはや、ここの女性たちの気性の荒さには困りましたよ」

 

「そうかね? 私にはみな可愛い女性にしか見えないが」

 

 外に開かれた大きな窓の外からは日光が差し込むことはなく、雨が当たって細長い糸のような文様がいくつも張り付いていた。

 学園長室の応接用の豪勢なソファに深々と腰を下ろして、出された紅茶を凝視している男が出す声は機械のように正確で気持ちがこもっていない。

 厳かな雰囲気で客人に背中を向けている轡木は、深くため息をついて、窓に映った自分の顔を見つめた。

 

「納得はしていないよ。私にもっと権限があれば、違う結論に導いただろうね」

 

「では、彼をそのまま生徒として育てることになんのメリットがあるのかぜひお聞かせ願いたい」

 

「そうだね……強いて言うなら、若い世代が育つ姿を見るのが老人の楽しみなんだよ」

 

「私情による意見は必要ありません。客観視して、真宮信を育てるメリットを教えていただきたい」

 

 紅茶から目を離し、刺すような目線を年の割に快活な印象を受ける背広へと向けた。

 守我岸はどんな反論も迎え撃てるとでも言うように足を組み、背もたれに大きく手を広げる。

 窓越しの景色と透けて映るその姿が曇天の下、妙に不吉に見えた。 

 

「逆に君に聞いてもいいかね?」

 

「なんなりと」

 

 さらりと返事を返されたので、轡木はようやく面と向かってその顔を見た。

 

「君を突き動かすのは嫉妬かい?」

 

「質問の意――」

 

「年をとるというのはそれだけ多くのことを知るということだ。いくら感じにくいとはいえ、君の感情を読み取ることは造作も無い。例え隠されていてもだ」

 

 轡木はにっこりと菩薩の笑顔を向け、紅茶の置かれていたテーブルに手を叩きつけた。

 弾けるような破裂音が響き、ティーカップの中身が跳ねてこぼれる。

 予想通りであったのだろうか、ミイラのような風貌の男は変わらず死んだような目でその様子を見つめ続けている。

 その場に他の誰かがいたのなら、老人のものとは思えないほど激しい激昂にすくみあがったことだろう。

 

「年寄りをなめるなよ小僧。何が狙いだ。あの子をどうする気だ」

 

「……どうもしませんよ」

 

「あの子は私の大事な生徒だ。特別だろうがなんだろうが、そんなことは関係ない」

 

「えぇ、えぇ。わかりました」

 

「君がどんな経緯で彼へのその黒い感情を抱いたかは聞かない。だが覚えておきなさい。権力を持つものが、私情で動くべきではない」

 

 鼻と鼻がくっつくほどに顔を近づけてそう言い放つと、しばらくは沈黙が広がった。

 互いの腹の中を乱暴にまさぐっているような、そんな心のなかで繰り広げらている泥臭い戦いが目視できるのではないかと錯覚するほどに重い重い言葉のない時間。

 しばらくすると、目を細めて呆れたように鼻を鳴らし、守我岸が見えない唇を震わせるように動かした。

 

「……処分を変更した所で、何かが変わるとは思いませんが」

 

「変わるのではない。変えるのだ。彼自身が」

 

「いいでしょう」

 

 やれやれと言わんばかりにゆっくり立ち上がった守我岸は、金色の腕時計で時刻を確認した。

 

「時間稼ぎに付き合いましょう。納得するまで、とことん」

 

 不吉を体現するかのような男は踵を返し、扉をくぐった。

 彼は傘を持っていないだろう。どうせ迎えの車が待機しているだろうから。

 轡木はふとそんなことを思い、苦々しく顔を歪めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱いお湯のシャワーで濡れた体をしっかり暖める。

 外から持ち込んだ冷たく刺さるようであった水滴を押しのけ、温かい水の川が俺の肌を伝って床に流れ落ちていく。

 ふと、目の前のにある鏡に映った自分と目が合った。

 

「わかってるさ」

 

 俺が抱いていた嫌な予感は的中した。

 いくら千冬さんが動いていてくれたとしても、そう長い間ごまかしが効かないのははっきりしていたことだ。

 だいたい、その行為が越権行為と取られてもおかしくない。

 悔しいがあのミイラ委員長の言ったとおり、千冬さんは今はただの教師で、俺はISを扱えもしないのに学校に居座っていた不届き者なのだ。

 いつこうなってもおかしくはなかった。

 

「……」

 

 みんなは今頃どうしているだろう。

 もうそろそろ休み時間も終わり、また別の授業に真剣に取り込むことになるはずだ。

 結局別れの挨拶もできぬまま、追い出されるように学校からも寮からも出てきてしまった。

 いや、実際追い出された。

 

 学校の校舎から出たとたん、傭兵みたいながっしりした男二人に付き添われることになった。

 逃げようとする気も起きなかったのだが、もし抵抗すれば力ずくで黙らされたことだろう。

 もはや俺は国家の後ろ盾など持たないのだから。

 その後寮の部屋につくとIS学園の制服を部屋に置いていくように指示され、反論できるほどの理由もないため仕方なく畳んでベッドの上に置いておいた。

 短い間ではあったが慣れ親しんだ制服だ。愛着ぐらい湧く。

 出来る限りしわを伸ばしてやった。

 私服に着替え、必要最低限の荷物をまとめさせられると、学園の敷地の外に出た瞬間、はいさよなら。

 傘も持たされなかったお陰で、全身びしょ濡れになりながらで自分の家に向かうはめになった。

 さらに携帯もポケットの中で水没して壊れ、連絡手段が絶たれることとなった。

 

「……あとで電話借りるか」

 

『し、信さん?』

 

 浴室と脱衣所を隔てる扉越しに聞こえてきた控えめな蘭の声で、はっと我に帰る。

 

「お、おう。どうした?」

 

『あの、タオル置いときますね……』 

 

「ああー……悪いな。わざわざ」

 

『そ、それと……ふ、服を……せっ、洗濯しておきますね……』

 

 なんてできた女子中学生なんだ。

 まぁ、あの自堕落な男を兄に持つぐらいだからな。

 兄弟とか姉妹とかはどっちかがちゃらんぽらんだと片方はしっかりするっていうのは本当だな。

 

「本当か? いや、でも流石に悪いからいいよ」

 

『だ、ダメです! だ、大丈夫ですよ! わ、私は……その、兄ので慣れてますし……』

 

「慣れてる……? ああー、確かに。あいつすぐ汚しそうだしな」

 

『よごっ!? し、信さん! な、なな、なにを……!』

 

「……? だってあいつ、部屋でゴロゴロしまくって服をホコリだらけにしそうだからさ」

 

 スナック菓子とかいっぱい落ちてそうだし。

 部屋掃除しなさそうだし。

 まぁ、勉強はしないだろうから、消しゴムのカスとかは落ちてないだろうけどな。 

 そんなこと思って、笑いそうになった。

 

『あ、ああ~……! そ、そうなんですよね~! ほ、ホントうちの兄はバカで恥ずかしいんですよね~! あは、あはは~!』

 

「あれ? もしかして他の事だった?」

 

『えっ!? いえ! そ、その通りです! 全然間違ってないです!』

 

「いやでもその口振りは――」

 

『そ、それじゃ早速洗濯しなきゃ! し、信さんは急がなくていいですよ! ゆっくり疲れをとってください!』

 

 ドタドタという足音が部屋から出て行った。

 なんだ? 随分と焦ってたな……。

 ゆっくりしててと言われたものの、もともとシャワーだけで終わらせるつもりだったので、さっさと湯気と同時に浴室から引き上げることにした。

 出てすぐ、籠に掛けられた真っ白なタオルを手にとって頭に乗せる。新品の匂いが鼻をついた。

 わざわざ気を使わなくてもいいのに。

 でもその心遣いがとてもありがたかった。

 

 着替えは持ってきたものを予め用意していたので、すんなり着替えを始めることができた。

 いやぁ、バックの中にビニール敷いててよかった。

 お陰でなんとか一日分の着替えを確保できた。

 来るときに着ていた服はもうなくなっている。脱衣籠に入れてたのを蘭が洗濯してくれ……て。

 ん? 待てよ……?

 

「洗濯……?」

 

 あれ……なくなってるってことは、全部洗ってくれたのか? 

 おい。

 おいおいおいおいおいおいおいおい。

 待てよ……? 

 洗わせちゃったのか!? 嫁入り前の箱入り娘に俺の服を!?

 具体的に言うと男のパンツをか!?

 あっ、弾で慣れてるってそういう……いや、家族以外の男のものは別だろ!?

 やべーよ……厳さんに殺される……!

 もう二度とあのパンチは食らいたくない……。

 

 

 頭の上にタオルを載せたまま脱衣所を出て、体の震えをなんとか抑えながら恐る恐る居間に入っていく。

 そこには蘭が緊張した面持ちで、椅子にちょこんと座っていた。

 見たところひとりきりのようだ。

 蘭はなぜか服を着替えている。いかにも年頃の女の子って感じの可愛らしい服装だ。

 そうえば、前にもあの服装に着替えていたことがあったな。

 お出かけ用っぽいけど、まさか今日はもう外に出ないだろ。雨、本当にひどいんだぞ。

 

「あっ……信さん! えっと……ど、どうでした?」

 

「あーうん……い、いいお湯だった」

 

 他人の家で風呂あがりに感想を求められるとは。

 

「それより……本当にごめん。迷惑かけちゃって」

 

「い、いえ! とんでもないです!」

 

「……」

 

「……なにか、わけがあるんですよね? 学校、今日はお休みしたんですか?」

 

 蘭が不安そうに俺の顔を見上げる。

 いきなり雨に濡れた男が転がり込んできて、シャワーまで浴びたんだ。その上、泊めてくれと頼んでいる。

 そりゃ不安にもなるよな。 

 

「……うーん、話せば長くなるっていうか」

 

「だ、大丈夫です! 私、ちゃんと聞きます!」

 

 なんてったて生徒会長ですし、と自信満々に微笑んで見せる蘭。

 それとこれとは別問題じゃないかと思いつつ、いつまでも隠し通せるはずもないので、俺は頷きを返してテーブルの上のリモコンを指さした。

 

「それじゃあ……ちょっと、テレビつけてみてくれるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『えー、引き続き予定を変更してお送り致します』

 

 CM開け、女性キャスターが一言断った。

 

『国際IS委員会は本日、IS学園在学の男子操縦者である真宮信の退学処分を発表しました』

 

『いやねぇ、私はねぇ、いつかこうなるのはわかってましたよぉ』

 

 趣味の悪そうな金の指輪をいじりながら、恰幅の良い高齢の女性コメンテーターが面白そうな声で脇から口を出した。

 

『と、言いますと?』

 

『彼にはいろいろと秘め事が多すぎるんです』

 

 今度は別のコメンテーター。  

 つり目の、狐のように鋭く細長い顔つきの女性だ。

 赤く縁取られたメガネをかけ直すと、自信満々の表情で言葉を続けた。

 

『まず、彼の専用機の所在です』

 

『メンテナンスをしているという情報がありますが……』

 

『ですがどこでメンテナンスが行われているか、誰も把握しておりません。委員会も何らかの私的な理由をごまかしているのではないかと、今回は調査に動いているようですね』

 

『まだまだ埃はでてきますよぉ』

 

 楽しげに体を揺らしながら、今度はダイヤがついた指輪をいじりつつ顔をくしゃくしゃにして微笑んだ。

 

『公式に理由は発表されてはないがねぇ……あの子はもうISを動かせんらしいですねぇ』

 

 老婆はたっぷりと勿体つけたあと、ガマガエルのように口を大きく開けて一語一句正確に、噛み締めるように発言した。 

 スタジオ内のざわめきが聞こえるところをみると、これは予想外の情報だったらしい。

 反応に満足したのか、女性は深く腰掛けていた椅子から身を乗り出した。

 

『ええ、ええ。これはあくまで噂ですからねぇ、みなさん。落ち着いてくださいねぇ』

 

『その話が事実だとすると、突然動かせなくなった、ということでしょうか』

 

『そうだねぇ、私はこう考えるんですねぇ』

 

 ソーセージのような指をピンと立てる。

 

『もともと動かせないのに今までそのことを隠蔽してきたんじゃないか、とねぇ』

 

『確かに、その意見は否定出来ないかと。稼働データが取得できないというのも、実のところごまかしの限界が来たということではないでしょうか』

 

『ですがIS学園側がそのような不正を許すとは思いませんが……』

 

『その通りです。問題は、IS学園が隠蔽を手助けする何かが存在したということ。これは大変なことです』

 

『まぁ、若い子に人気がありそうな顔立ちだからねぇ。いろいろと知恵を働かせたんではないかねぇ』

 

 何をしたとは言わんが、と付け加えたものの、卑猥な想像を張り巡らせているのが手に取るようにわかった。

 

『だとすれば、彼が入学したのはなぜなのでしょうか』

 

『そうだねぇ、相当女好きな男だったんじゃないかねぇ』

 

 堪えきれずにケタケタとガマ口を開いて笑う女性を冷たい目で見ながら、キツネ目の女性が後を引き継いだ。

 

『ともかく、正式な理由が発表されない限りは推測の域を出ることはありません。詳細な発表を待つべきかと』

 

『なーに、あの年頃の男は下品ですからねぇ。女の体しか興味がなかったんでしょうよ』

 

 キャスターは愛想笑いのようなものを返したのだろうが、苦虫を噛み潰したような顔にしか見えなかった。

 その顔が映ると、テレビの画面がパッと切り替わる。

 一つの家の前にカメラやマイクを抱えた人たちが互いに互いを押しのけるようにしてひしめき合っている。

 

『真宮信の自宅には依然、彼の姿はないということです。報道の関係者がなんとか情報を掴もうと――』

 

 リモコンのボタンを強く押し、テレビの電源を消した。

 あまりに不快すぎて、頭が働かない。

 半ば叩きつけるようにして手に持ったリモコンをベッドの上に乱暴に置くと、大きな音を立てて立ち上がり、どこにこの怒りをぶつけていいのか途方に暮れた。

 そして、一夏はなんの意味もなく部屋中を歩きはじめた。

 

「落ち着け! お前が怒っても何も変わらない!」

 

「そんなのはわかってる! でも箒、こんなの黙って見てられないだろ!?」 

 

「私も同じだ! しかし生徒会長も織斑先生も、学園長だって動いているはずだ! 今は耐えろ!」

 

 画面を腕組みをして立ちっぱなしのまま見つめていた箒に、なおも意見したそうに口を開きかけた一夏だったが、他の女性陣たちの視線が痛いほど刺さり、渋々諦めた。

 

「確かに泣き寝入りをするなど論外だ。不可解な点も多い」

 

「そうよ! ラウラの言うとおり、やってることが無茶苦茶なのよ! あのミイラ!」

 

「僕もそう思うけど、一旦冷静になろうよ。まずは信と連絡を取ってから……ね?」

 

「もう! なぜ信さんは電話に出てくれませんの!? 何度もかけてますのに……」

 

「家にも……いない、みたいだし……」

 

 部屋に集まった一年女子たちも、ピリピリとした怒りと不安の空気に飲み込まれていた。

 放課後、一夏の部屋に集まった専用機持ちたちはこの現状を打開すべく、自分たちにできることはないかと話し合うことにした。

 信が連れて行かれたあと、千冬や真耶は普段通りに授業を進めた。

 おそらくはただでさえ戸惑いを隠せない生徒たちに余計な不安を与えまいとしたことだったのだろう。が、当然そんな時に行われた授業など生徒たちの身が入るはずもなかった。

 さらに部屋に帰ってニュースをつければ、根拠もない推測が飛び交う有様。

 一夏を始め、一年一組や信をよく知るものが多少の程度の差はあれど、現状に対する怒りを覚えるのは当たり前だろう。

 しかしながら、打開策が見当たらないのもまた確かなことだった。

 そして一番重要なことは、世間の認識はまだ噂話のレベルではあるが、信がISを動かせないことが事実だということ。

 これでは学園に戻すことはできない。 

 それは外野がとやかく言うことでなんとかなる問題ではなく、本人自身ですら原因がわかっていない、まさに難問中の難問であった。

 

 

 重い沈黙が部屋を包みこみつつあった時、みんなの意思を代弁し、ラウラが口を開いた。

 

「とりあえずだ……まずはっきりさせておくことがある。そうだろう?」

 

 決意のこもった眼差しが全員に向けられる。

 

「ですわね」

 

「うん」

 

「そうね」

 

「ああ」

 

 頷いた女子たちは、一斉に同じ方向に目を向ける。

 何事かと遅れて一夏も。

 六人の視線を受けて、真面目な表情が驚きの表情に変わった。

 

「「「「「誰?」」」」」

 

「あっ……」

 

 これが更識簪の経験した、信以外の専用機持ちとの最初の出会いであった。

 

 

 






いやはや、書きたいアイディアはあるんですが……あまり詰め込みすぎると中だるみしちゃうんですよね(- -;)
難しいところです。

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