IS〜world breaker〜   作:山嵐

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すんません、またグダグダしてます(泣)



49:ストレス解消法は人によって様々

「許せません!」

 

「あー、あはは……ありがとな」

 

「いくらなんでもひどすぎますよ! いきなり出て行けなんて!」

 

 蘭が厨房でお玉を振り回しながら、声を荒げて野菜を火にかけていた。

 さすが料理屋の娘。後ろ姿もさまになってる。

 けどあれ、絶対料理するための服装じゃないよな。外出用だよな。

 ふりふりの服にエプロンを付けて厨房に立っている女の子を見ることは、おそらくもう二度とないだろう。

 

 ひとしきり事情を説明すると、なにやらよくわからないが俺よりも退学措置のことが逆鱗に触れたらしく、蘭はもう随分文句ばっかり言っている。

 何とかなだめようとしたものの、急に『料理作ります!』と立ち上がり、野菜炒めを作りに店の厨房へずんずんと歩き出していってしまった。

 慌ててあとを付いて行ったあと、俺は以前来た時のようにテーブル席におとなしく座っているしかなかった。

 あれか? ストレス溜まると衝動買いするみたいなもんか? 蘭は料理作りたくなるのか?

 

「おまけにテレビの人たちが家の前で張り込んでるなんて! プライバシーの侵害もいいとこです!」

 

「ま、まあ彼らもそれが仕事だし……腹は立つけど、し、仕方ないんじゃないかな。うん」

 

「仕方なくないですっ!」

 

「はい! ほんとすいません!」

 

 頬を真っ赤にして振り向いた蘭は般若のようだった。

 いや、雰囲気が。

 

「おかげで信さんはこの雨の中徒歩で! 荷物を持って! びしょびしょになりながらここまで歩って来たなんて! 携帯も壊れちゃって!」

 

「そ、そうだな。新しいの買わなきゃいけないよな。あ、修理の方かいいかな?」

 

「そういう問題じゃないですっ!」

 

「はい! ほんとすいません!」

 

 いつお玉が飛んできてもいいように身構えつつ、ぷんぷんと頭から煙が出てきそうな蘭の姿を見ているしかなかった。というか、それ以外にすることがない。

 話題を振ろうにも最後には退学処分に対する話題に着地するのは目に見えてるし、料理作るのに集中してもらいたいし、ぶっちゃけもうお腹減ってきてるし。

 そんなわけで俺は大人しく座っているのであった。

 早いとこ弾が帰ってきてくれると場が持つのだが。

 

「はい! 野菜炒めです!」

 

 目の前に出てきた美味しそうな料理。

 これで目の前の女の子が笑顔なら言うことなしなんだが。

 

「いただきます!」

 

「い、いただきます」 

 

 対角線上に腰掛けた蘭がパクパクと自分で作った料理を口に運んでいく。

 つられて俺も一口。

 ぱくり。

 おお……! さすが、料理上手だ。

 厳さんが聞いたら絶対に殺されるから言わないけど、どこに嫁に出しても恥ずかしくないな。

 

「うまい……」

 

「……えっ? あ、ああ……そ、そうですか?」

 

「もちろん! 学園の食堂よりうまいぞ」

 

「そ、そんな……ほ、褒めすぎですよ……」

 

 あれ?

 もしかしてお腹すいてたからいらいらしてたのか?

 よくわからんが、いつもの蘭に戻った。

 

「蘭は他になんか作るのか? ほら、甘いものとか」

 

「え? えっと……一応ケーキとか……」

 

「本当か? じゃあさ、今度作ってくれよ!」

 

「は、はい! 頑張ってみます!」

 

 蘭の機嫌が直るか不安になったが、どうやら何とかなったらしい。

 やはり美味しい料理は正義だな。美味しいカレーはもっと正義だが。

 その後はなるべく退学の話題を避けて過ごすため、蘭の学校の様子も聞いてみた。

 生徒会長の仕事も楽じゃないとか、でも学校生活はとても楽しいとか。

 年頃の女の子らしくおしゃべりに火がついたらやめられないようで、ときたま野菜炒めを食べるように進めないと手が止まってしまう始末であった。

 しかし本当にできる子だよなぁ、蘭は。

 夏祭りのことを思い出せば友達からも頼りにされているようだし、料理もできるし、突然押しかけてきた人の頼みを聞いてくれる思いやりもある。言うことなしだ。 

 とても楽しそうに話してくれるので、思わずこっちまで楽しくなってしまった。

 風と雨に打ち付けられてがたがたと震える窓の音にふと気付かされたのだが、話が一段落したのは時計の針が夜の十時を過ぎる頃だった。

 

「そうえば厳さんたちは? 挨拶しないと」

 

「えっ? あっ……」

 

「どうした?」

 

「あ、あのですね……今日はおじいちゃんたち帰ってこないんです。町内会の旅行で……」

 

 そうだったのか。

 いいのかな……そんな時に泊まっても。

 でも帰って家の前のあの記者たちに質問攻めにあうのはさすがに……それに、嵐はまだまだ収まりそうにない。大体もうジャージだし。

 まぁ弾がいるから大丈夫か。

 

「なるほどな。それで? まさか学校サボって弾も旅行に行ってないだろ?」

 

「えっと……兄は御手洗さんの家に遊びに行ってるんですが……」

 

「こんな日にか? ある意味尊敬するな……帰ってくるのも大変だろうに」

 

「それで、ですね……さっき兄からメールで、今日はもう御手洗さんの家に泊まるって……」

 

「ん? てことは……帰ってこないのか……?」

 

「あ、あの……きょ、今日は、その……家には私だけ、なんです……」

 

「さてそろそろ帰ろう」

 

 弾がいるとかそういうふざけた前言を撤回。

 ちょっと待てよ。なぜ弾は重要なときにいないんだ。

 今こそお前が必要な時だろ! 学園祭のチケットの恩を今返せよ!

 いや、俺が招待したのは数馬だけど!

 まずい……本格的にまずい……! 

 一つ屋根の下女の子と二人きりとか道徳的にまずい……!

 とりあえず蘭の顔が赤く見えるのは気のせいだと強く思いたい。

 

「な、なんでですか!? 泊めてって言ったのは信さんじゃないですか!?」

 

「それはそうだけど! だ、ダメだろ! いろいろと!」

 

「い、いろいろってなんですか?」

 

 うっ……!

 その質問はずるい。

 興奮して椅子から立ち上がった蘭を直視しないようにして、俺は頭をフル回転させて『いろいろ』の例を探した。

 もう頭のなかを片っ端からこねくり回したり絞り出そうと捻ったり。

 だが残念なことに、いくらやんわりと伝えようとしても結局は……まぁ、そういうことなわけで。

 

「なん……い、いろいろはいろいろだ!」

 

「も、もしかして……い、いい、い、いやらしいこと……ですか?」

 

「ら、蘭! 年頃の女の子がそういうこと男の前で言っちゃいけません!」

 

「だ、大丈夫です! し、信さんのこと……その、信用してますから!」

 

 蘭が真っ赤な顔で必死に引き止めてくる。自分で言ってて相当恥ずかしいのだろう。

 いや、俺を信用してくれるのは本当に嬉しいんだが……やっぱりまずいだろ。若い男女が同じ家に寝泊まりするというのは。

 そういうのは段階をちゃんと踏んでからだろ、普通は。

 でもIS学園の寮で生活するのも似たようなもんって言えばそうなのかもしれないし……うーん……。

 俺が眉間にしわを寄せて悩み始めたのを見てか、蘭がすかさずたたみかけるように理由を並べてきた。

 

「外は嵐ですよ!? いくらなんでも危ないです!」

 

「それはそうだけど……」

 

「それに! べ、別々の部屋で寝るんですから!」

 

「それは当たり前だよな……」

 

「だ、だいたい! こんな遅い時間に女の子ひとり残すのは男の人としてダメなんじゃないですか?」

 

「うーん……」

 

 それでもまだ渋っている俺を見て、蘭が急激に小さくしぼんだ。

 あ、あれ? なんか悲しそうだぞ?

 今にも泣き出しそうな顔でうつむいた蘭は、ため息をついて椅子に再び腰掛ける。

 野菜炒めを入れていた皿が、その一息で一気にほんのりと残っていた熱を根こそぎ奪われたように見えた。

 俺達の間の空気が途端に重くのしかかってきた。

 

「それとも……私のこと、嫌いですか……?」

 

「えっ!? い、いやいや! そういう理由で泊まりたくない訳じゃなくてさ!」

 

「あ……やっぱり泊まりたくないんですね……」

 

「いや! ごめん間違った! 泊まろうにも泊まれないんだよ!」

 

 蘭がちらっとこっちを見た。

 そのあとすぐに腕を膝の上からテーブルの上に移動させ、見事なまでに突っ伏した。

 本当に流れるような所作だった。

 ……俺は何を褒めているんだ。

 

「はぁ……頑張ったんだけどなぁ……」 

 

「わ、わかったよ! 負け! 俺の負け! 泊まるよ!」

 

「ホントですか!?」

 

 今度は急に輝いた目で勢いよく俺を覗きこんでくる。勢いがつきすぎて、体が前のめりになっているほどだ。

 切り替え早いな……。

 先ほどとは打って変わり、満足気な表情だ。

 

「ダメですよ! もう変えちゃ! 男に二言はないですからね!」

 

「お、おう……」

 

「じゃあ早速お布団敷いてきますね!」

 

 がちゃがちゃと皿を重ねて厨房へと下げながら、鼻歌なんか歌っている。

 これでお花畑のなかで飛び跳ねてたら妖精みたいだな、なんて。恥ずかしいから絶対口には出さないけど。

 何がそんなに嬉しいのか不明だが、蘭は早速寝床を準備しに行こうと、エプロンの結び目をほどき始めた。

 後ろできつく結んだからだろう、やたらに悪戦苦闘している。

 そんななか、蘭は思い出したように小さく声を上げた。

 

「信さんは学校の人たちに連絡してないんですよね?」

 

「あー……そういえばそうだったな。でももう遅いし」

 

「連絡待ってると思いますよ? 携帯にも自宅にも繋がらないんですから。心配かけちゃダメですよ」

 

 ようやくほどき終えたエプロンを脱ぎ、小さく丸めるようにたたんでからテーブルの上に置くと、蘭は『私の携帯使ってください!』と俺に自分の携帯を握らせて、タタタッと布団を敷きに駆けていった。

 心配かけちゃダメ……か。

 年下の女子にここまで心配させてるが、それはオッケーなのだろうか。

 

 

 そんなこと思って携帯を開いた時、ちょうど着信が。

 画面には『一夏さん』の文字。

 ……タイミング良すぎだろ、こいつ。

 通話ボタンを押すと、聞き慣れた声がスピーカーから耳に流れこんできた。

 

『もしもし、蘭か? 遅くにごめん。ちょっと聞きたいんだけど、そこに信居たり――』

 

「するぞ」

 

『――しない、って! 居るのかよ!』

 

 ガタタッと何かが一斉に駆け寄るような音が向こう側から聞こえた。

 

「悪い、携帯壊れちゃってさ。連絡できなかった」

 

『だからって――』

 

『嫁! 無事か!?』

 

『ちょっと! 押さないでよ!』

 

『だ、大丈夫……? 信……』

 

『み、みんな! 一回落ち、落ち着いてっ……く、苦しい……!』

 

『ああもう! 声が聞こえないですわ! みなさん静かにしてください!』

 

『一夏! 信の居場所がわかったのか!?』

 

 聞き慣れた声がちらほらと聞こえてくるところを見ると、どうやらみんな同じ部屋にいるようだ。

 随分携帯の近くで動いているらしく、がさがさという雑音も節々に混ざっている。

 よかった。俺がいなくなっても特に問題は無さそうだ。

 みんなの上にいつも通りの日常が過ぎているとわかっただけで、俺はなんだか嬉しくなった。

 

『ま、待て待て! まず俺にゆっくり話をさせてくれよ!』

 

「なんか変な感じだな。電話なんて」

 

 昨日までは隣の部屋にいたから、やる気になればすぐ面と向かって話ができたのに。

 もちろん、この時間に外に出たら寮長の千冬さんにボッコボコにされるけど。

 まぁ見つからなければいいだけだ、なんてそんな悪ガキみたいなことも考えて何回か行動に移したりしてた。

 そのスリル満点な感じも、今は懐かしいことにすら思えてくる。 

 

『あ~、確かにな。いっつも直接会って話してたしな』

 

「だろ?」

 

『……信、その……大丈夫か?』

 

「大丈夫……っていうかさ、実感がわかないっていうのが正直なところだ」

 

 まだ一日の半分も学園から離れていないのに、俺だけ酷く遠いところに来た気がした。

 外ではまだ嵐が続いている。しばしば大きくガラス戸が揺れてやかましい音を立てて、思わず飛び上がってしまう。

 寮は相当設備がいいから、外部からの音なんてほとんど聞こえてこないだろう。

 

「そっちは?」

 

『千冬姉も相当頭にきてる。いつも以上にピリピリしてる感じだ』

 

「そうか……一夏は?」

 

『俺はなんかこう……混乱してるのと、腹立たしいのとでよくわかんない気分だ』

 

 何かが脇から手を伸ばすような、そんな衣擦れの音が聞こえた。

 一夏が非難めいた言葉を一言二言遠くで呟く小さな声、続いて妙に興奮したような大声が俺の耳に突き刺さった。

 

『長い! もしもし!? あんたねぇ! どこに行ったのかぐらい教えなさいよ!』

 

「っつ……鈴、鼓膜破れるって」

 

『あ、ごめ……じゃないわよ! まずあんたが謝りなさい!』

 

「しょうがないだろ。携帯壊れちゃったんだから」

 

『だからってねぇ! あたしがどれだけ心配したと――』

 

「へー? 心配してくれたのか?」

 

『あ、あったりまえでしょ! あ、あんたがいないと……い、いろいろ困るのよ!』

 

「……おう。ありがとな」

 

 終始大きめの声であったが、そのぶん鈴がどれだけ元気なのかはよーくわかった。

 冗談じゃなく、耳が痛いくらいに。

 

『信さん! とにかく居場所がわかってよかったですわ!』

 

「セシリアか。調子どう?」

 

『な、なんですの!? こんなときにその質問は!?』

 

「いやぁ、話すことって改めて探すとないもんで……」

 

『……とっても悪いですわ』

 

「え!? な、なんで!?」

 

『……ふふっ。信さんがいないと、なんだか暇なんですもの』

 

「な、なんだよ……びっくりさせんなよ……」

 

 また衣擦れの音。

 次の人にバトンタッチしているらしい。

 

『もしもし? 信? ……もう、僕びっくりしちゃった』

 

「……そっか、ごめんな」

 

『信が謝ることない……ううん。もう、本当だよ』

 

「言いかけてから!?」

 

『だってそうでしょ? 信がいないと僕……寂しい』

 

「お、おう……そうか? な、なんか照れるなぁ……あはは」

 

『信も寂しくなったら電話してね? 待ってるから……』

 

「……ありがとな。それだけで心強いよ、シャル」

 

 携帯がないけど、なんて今はそんな無粋なことは言わないに限る。

 できるだけ早く新しいのにしよう。

 そう決めているうちに、またまた別の声が。

 

『嫁! 今どこだ!? 待っていろ、すぐ本国の部隊に連絡して軍用チャーター機を――』

 

「ま、待て待て! そんなに大事にすることじゃないだろ?」

 

『嫁が私の側から離れること以上に大事なことなどあるか!』

 

「そんなに力強く言わなくても……」

 

『それに……1人で寝るのは寒い……嫁と一緒に寝たい』

 

「その発言は周りに勘違いされるっていうか女の子が言っていいことじゃないからから取り消しておこうかラウラ」

 

『ダメ、か……? 信……?』

 

「急に名前で呼んでもダメだ」

 

 確かにちょっとドキッとしたけど。

 不満そうにぶつぶつ言う声が聞こえなくなると、遠慮がちな声が代わりに電話に出た。

 

『し、信……? 簪……です』

 

「ああ。声ですぐわかったよ」

 

『ごめんね……結局なにもできなかった……・』

 

「……いや。あのとき簪が味方についてくれたこと、すごく嬉しかった」

 

『だ、だって……わ、私……信がいてくれるだけで……す、すごく頑張れるからっ……!』

 

「そうか? 簪はいっつも頑張れてるじゃないか」

 

『……もう……そういうことじゃないのに……』

 

「え? じゃあどういうことだよ?」

 

 そんな問いかけに答えることなく携帯は簪の口元から離れていってしまったようで、次に聞こえてきたのは箒の凛々しい声だった。

 

『信……まぁ、なんだ……クラスのみんなも心配しているぞ』

 

「あー……大丈夫だって伝えといてくれ。風邪はひきそうだけどな」

 

 今頃は洗濯機の中でグルグルと回転しているであろう水浸しだった服たちをぼんやりと思い浮かべながら、冗談めかして言ってみた。

 しかしそれきり箒は一言も喋らず、俺も次の言葉を見つけられなかった。

 マイクに忍び込んだ互いの吐息が電子音に変換されて、相手の耳の中に入っていく。

 こうして二人で話してみると、どうしても学園祭の時に急接近した瞬間を思い出してしまって、非常に気まずいというか、きまりが悪い。

 あの時箒はものすごく嫌な思いをしたんじゃないかと考えてしまったり、箒の気持ちを知っている身としてはどう表現して事実を飲み込めばいいのか悩むところだった。

 

「えー……箒、あのさ……」

 

『な、なんだ?』

 

「あ、あの時のことなんだけど……」

 

『わわわ、わわ、私には皆目検討もなんにも本当に全くもってつかないのだが?』

 

「お、おい……しらばっくれるなって……」

 

『う……し、仕方ないだろう!? そうでもしなければ……』

 

「……? しなければ?」

 

『こっ、こっちの話だ! とにかく、あれはどちらにも否があった! そうだろう!?』

 

 確かに。

 箒の言うとおり、あれはお互いに否が……。

 ん?

 ちょっと待てよ……?

 

「箒が俺の袖を引っ張らなければ――」

 

『う、うるさい! 知らん!』

 

 おいおい……意見ぐらいさせてくれよ。なんてやつだ。

 だがもう反論は聞かないぞっていうオーラが電話回線を伝ってにじみ出てきているような感じを受けたので、俺は渋々この話題を打ち切ることにした。

 こんな話を長々とするのも気が滅入るし。

 

『と、とにかくだ! こういうことは、め、面と向かって謝りたい!』

 

「いや謝るのは俺のほ――」

 

『いいな! 私に必ず謝らせろ! だから……早く帰って来い!!』

 

 ぶちっ!

 

「へ? おい? おい箒?」

 

 思いっきり電話を切られた。

 あまりに唐突すぎたので、携帯電話を二度見して画面に何か不具合の表示が出てないかを確かめてしまった。

 だが『通話終了』の文字が腰を据えて表示されているだけで、電波状況のアンテナもがっちり三本立ってる。まさに通話を今終えたばかりホヤホヤの携帯電話。

 えぇ……。

 じ、自分の言いたいことだけ言いやがってぇ……。

 こっちだっていろいろと言いたいことが……あるような気がするんだけど、なんて言えばいいかわからない。

 箒だけじゃなくて、千冬さんや楯無さんにも。

 やっぱり、目と目を見て話そうとしないと言葉が浮かんでこないんだよな。

 

「まぁ……考える時間はたっぷりある……か」

 

 外ではまだ嵐が続いていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年はこの空間が極めて好きというわけではないし、嫌いというわけでもなかった。

 月明かりもない暗闇の中。完全に密閉された、無機質な灰色を帯びた金属でできた格納庫。

 そこにこだまする音は規則的な呼吸の小さなもの。他は何一つ聞こえない。

 もうすでに一週間はこの部屋で過ごしている。

 そこに息づいている自分が、時間の感覚すらも忘れたとしてもおかしくはない。

 忘れているのか、それを考えるのも億劫だった。

 虚ろに開かれた目には光は映らず、宿らず、捉えるつもりもないように見えた。

 

「……」

 

 だんだん何を考えているのかわからなくなってきているという自覚はあったが、それはむしろ好都合だと内心ほくそ笑んでいた。

 そうだ。何もいらない。

 またあいつと戦う。

 それだけ覚えていればいい。

 

 鈍い電子音とともに、室内に一気に光が満ちた。

 数時間ぶりに蛍光灯の光を浴びた体がひりひりと痛み苦しんでいるようで、少年は顔をしかめて小さくうめく。

 スイッチを入れたのはどいつだ。

 そう言いたげなイライラとした表情で後ろを振り向くと、優雅な金色の細い線が何本か揺れているのがかろうじて確認できた。

 光に目が慣れてから、それが女性の美しいブロンドの髪だとわかった。

 

「まったく……いつまで落ち込んでるつもり?」

 

「落ち込む? オレが? ハッ! バカ言うなよ」

 

「そう? 少なくともエムはとっても心配してるけど?」

 

「ふん……まぁそれはいい。お前の方はうまくやったのか? スコール」

 

 女性は肩をすくめ、さも退屈そうにため息をついた。

 

「うまくいった……と思いたいわね」

 

「またあのミイラか?」

 

「そ。本当に何を考えているのかわからない男……ぜひ素顔を見てみたいわね」

 

 ファッションショーのように上品な歩き方でスコールは少年の立つ格納庫中心部に近づいてくる。

 入り口からはそれほど距離はなく、工具類や武装の素材は脇に寄せられているために一本道だ。

 少年はただその場に立ち尽くし、スコールが隣で静かに止まるのを待った。

 

「向こうも情報が欲しいみたいね。でも表立って招集をかけられる戦力はそれほど多くないわ」

 

「だろうな。あの事件のときみたいに、力の差を見せつけられるのが怖いんだろ」

 

「触らぬ神に祟りなしってことね。軍や国が束になって勝てないなんてなったら、目も当てられないでしょうし」

 

「……具体的な日にちは?」

 

「あなたの好きにしていいわ。どうせ言っても聞かないでしょう?」

 

 スコールは小さくため息をついたが、少年はそんなことを気にも止めていない様子だった。

 その目線の先には真っ赤なISが体を休めているかのように静かに置いてある。

 左腕の装甲はすべてなくなり、その後ろのスラスターウイングは斜め方向に大きく切り落とされている。

 ところどころにある焦げ跡は、敵への至近距離で行われた火炎放射にこちら側の装甲が耐え切れなかった印である。

 細く深く刻まれた数多の切り傷のようなところから配線が見え隠れしていたり、フルフェイスマスクのはずが頬のあたりが砕け落ちていたり。

 ひざ下が綺麗に切り落とされた脚部を始め、その他のすべての装甲が満身創痍という言葉がまさに当てはまる、限界まで酷使された機体状況。

 にもかかわらず、そのセンサーアイは輝きを失っていなかった。

 

「それにしても随分とひどくやられたわね……『インフェルノ・テンペスタ』、欧州の最新型試作機もここまでかしら?」

 

「どうだかな。パーツさえあればもう一度組み上げられる」

 

「設計図もないのに?」

 

 少年は小馬鹿にしたようにスコールを一瞥し、軽く自らの胸の上を指で叩いた。

 

「ここにある」

 

「……でしょうね」

 

「黒騎士の出現パターンははっきりした。あとは叩くだけだ」 

 

口元を歪めて笑うと、少年は壊れた機体に背を向けて部屋の隅にあるスペースまで歩いて行き、そこに座り込んだ。壁に背中を預けてゆっくりと目を閉じるとすぐ、気持ちよさそうな寝息を立てて夢の世界へ。

 スコールはその様子を見て少し微笑むと目の前の大破して置き去りにされているISに向き直り、ひとりごとをつぶやくように機体に声をかけた。

 

「この前みたいに一人で突っ込むのは無しよ?」

 

 それだけ言って踵を返し部屋の出口へと歩き出すと、スコールの艶やかな髪が美しくたなびき悩ましげに空気を撫でた。

 彼女の持つ大人の色気は効果絶大であり、これまで幾人もの男性を虜にして組織にとってプラスになるような情報や設備の都合をつけてきた。あまり大きな声では言えないが、女性を虜にしたことも多々ある。

 女神のような美貌と知性、大人としての立ち振舞いを身に着けているスコールであればこそ、オータムやエムなどの一癖二癖ある実力者を取りまとめることができるのかもしれない。 

 

 部屋と外の境目まで来ると、最初と同じ状態にするため、電気のスイッチに手を掛けた。

 そのままぐるっと内部を見渡し、もう一度視界に少年を捉えて微笑んだ。

 

「おやすみ。いい夢を……カイ」

 

 パチンという小気味よい音を立てて部屋が再び闇に包まれた。

 少年のコードネームは『χ』。

 彼は本当の名前を語ろうとはしない。そんなもの存在しないのだから。

 冷たい闇の中で眠る少年と対するように、ISが起動し黄色いセンサーアイがポツリと明かりを灯した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






いやはや、生活が忙しくてなかなか書く時間が・・・。
つ、次は早めに投稿できるように頑張ります!

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