IS〜world breaker〜   作:山嵐

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いやー、はっはっは。

忙しい!!(TT)






50:緊張したときはとにかく深呼吸

『次のニュースです。依然として所属不明のIS、黒騎士は日本時間今日未明、南米の不法兵器工場を破壊し、再び行方をくらましました。その後、駆けつけた国軍が他国から強奪されたと見られるISコアを倉庫の地下区画から発見し、政府当局はこれについて――』

 

「おーおー。またやっとるで」

 

「だな」

 

「ほら、休憩は終わり。練習始めるぞ」

 

「「はーい、先生」」

 

 数馬と弾はからかうように口を尖らせると、携帯で見ていたニュース番組の画面を消してガタガタと騒がしい音を出しつつ椅子から立ち上がった。

 俺はやめろよと言ったものの、まんざらでもなさそうな笑みを浮かべていただろう。とりあえず悪い気はしないし。

 数馬は黄色と赤の派手な装飾を施したドラムをうっとりと眺めながら、ギターを首から下げ終えた弾と俺にふわふわとした口調で何回目になるか数えるのも面倒になった話をしてきた。

 

「はぁ……この光沢、この輝き。さすが僕の全財産を投入しただけはあったで……そうやろ、弾?」

 

「はいはい」

 

「やっぱり上達するためには形から入るのが一番や。僕の考えは間違ってなかったんや。そうやろ、真宮ん?」

 

「そーだねー」

 

 ベースギターの弦の張りを確かめながら、テキトーに言葉を返す。

 数馬は俺達にあまり相手にされなくなってきたことを不満に感じているようではあったが、まだまだ上機嫌メーターはほぼマックスの状態のようで特にそのことを口には出さず、よっこいしょと演奏の準備をして腰掛けた。

 部屋の壁一面の鏡に写った自分たちの姿を見るのにはそこそこ慣れてきたものの、まだまだ初心者であることには違いないわけで、やっぱり落ち着かなかった。

 

「そういやさー、数馬の持ってきたCDの曲結構かっこよかったよな」

 

「あー、俺もそう思った。じゃ、最終目標はあれを披露するって方向でいくか」

 

「おお! さっすが弾と真宮ん! 見る目、いや、聞く耳ある~!」

 

 『このこの~』と両手の人差し指を使ってちょいちょいと突くような仕草をし、センスをほめられた数馬はまた上機嫌メーターを上げたようだった。

 しかしこいつは本当に押しが強いよな……。

 俺がなぜ、弾と数馬の通う学校近くのレコーディングスタジオでこんなことをしているかというと、もちろん頼まれてからである。

 

 

 あの土砂降りの日の次の日。数馬を連れて帰宅した弾にかくかくしかじかと俺の置かれた状況などを説明し、俺を泊めることの了承を親(主に厳さん)に取ってもらった。

 蘭と弾のお母さんなどは『息子が増えたみたい!』と旅行から帰ってきてからも結構テンション高めだし、一番の心配だった厳さんも毎日将棋の相手をするという条件が効いたらしくなんとかクリアー。もちろん、厳さんと話をつけるときに蘭に助けてもらったのは言うまでもないが。

 一方、一緒についてきた数馬はというと、俺がしばらく暇になると解釈したらしく、突如として目を輝かせながら『ドラム教えて!』と言ってきた。最初は断ったものの、やっぱり押し負けた。

 それはそうだろう。笑顔で頭を床に擦り付けて頼み込む男子をほっとくわけにはいかない。数馬にはもはや恥ずかしさなどないらしい。

 

 

 俺が下げているベース、本当は数馬が叔父から譲ってもらったものらしい。

 しかし、譲り受けた本人は楽器店の前を通り過ぎた時にふとドラムのかっこよさに目覚めたとかいうことで、現在はほぼ俺の持ち物みたいになっている。 

 数馬がメロディーを口ずさみながらドラムを軽く叩く様子が、小さな子どもが食器と箸を使って遊んでいるように見えた。

 

 とても厄介なことにこの変態は左利きなのである。数馬の叔父もたまたま左利きだったので、たまたま譲り受けたということ。

 おかげで俺もなれない左手で弾くはめに……。

 まぁ……自慢じゃないけど一日でコツは掴んだんだが……。

 とにかく、今現在はなぜか『楽器を弾けるようになりたい部部員(仮)』として俺は数馬、弾と共にバンド練習に励んでいる。 

 

「いや~、本当に助かったぜ。信がいなけりゃずっと弾けないままだったよな、俺たち」

 

「ほんまや。基本『お菓子食ってごろ寝で漫画読む部』やったからな」

 

「練習しろよ……」

 

「ええやん、ええやん。指導のお陰でメキメキうまくなっとるやろ?」

 

 ドラムスティックを得意げにくるくると手で回しながら数馬が楽しそうに笑った。

 実際、弾も数馬も根は真面目らしく、家に帰ってからの自主練も欠かさずしていたために今では割りと演奏の完成度は高めになりつつある。

 目標は『学園祭で彼女にかっこいいとこみせる!!』ということ。

 この分だと二人の通う高校の学園祭ではちゃんとした演奏が聞けそうなので、なんとかそれまでに彼女を作って欲しいものだ。

 

「じゃ、練習始めるぞ」

 

 そうしていつものように三人で真面目に曲を練習。

 最初は数馬や弾が持ってきた有名でかっこいい難し目な曲でテンションともっと上達してやるという気持ちを高め、次に簡単目の曲を弾いてみて基礎を確認し、最後は技量相応の曲で現在の自分たちの熟練度をチェックして終わり。

 大体放課後から夜の八時半過ぎまでそうやって、弾の家に帰るのが九時。

 そんな生活を毎日していたところ、俺も含め全員の演奏技術が結構上達してしまった。

 こうやって誰かと少しずつ何かを頑張るっていうのは、やっぱり面白いことなんだなぁ。

 

 

 レコーディングスタジオからの帰り道、せわしなく道を行き交う車のヘッドライトに照らされながら、いつもの様に三人で雑談をしていた時だった。

 数馬と弾が軽い口調で何気なく話題を振ってきた。

 

「んで? どないなっとんや、そっちは」

 

「いくらなんでももうやばいんじゃねぇか?」

 

「ん……まぁな」

 

「一応停学扱いになったちゅーても悪いことには変わりないで」

 

 IS委員会の公式発表では、俺は退学ではなく停学処分に変わっていた。

 せめてもの情け、ということなのだろうか。

 たしかに学園に戻れる可能性はゼロではなくなったが……。

 

「……昨日さ、千冬さんから連絡あったんだ」

 

「……なんて?」

 

「俺に自主退学を進めるようにって上から言われたって」

 

「……マジで?」

 

「親はなんて言ってんだ?」

 

「好きにしろってさ。でも……今までどおりに戻るのは厳しいって言ってた」

 

 返事の代わりに空を見上げると、このところ曇り空が多かったのに、久しぶりの綺麗な宝石を散りばめたような星空が広がっていた。

 街灯や、コンビニから漏れだす人工的な光がなければもっと綺麗に見えただろう。

 

「……まぁ、あれやな! いざとなったらうちの高校に転入してくればええやん!」

 

「お、おお~! それいいな! 部員も増えるし!」

 

 勝手に盛り上がる二人。

 場を和ませようと必死なのがバレバレで、思わずニヤリと笑ってしまった。

 

「バーカ。誰がお前らと同じ高校なんか選ぶかよ」

 

「なにぃ~! 親友と毎日会えるのが嬉しくないんか!」

 

「お前らと学校に行っても顔合わせるとか耐えられないっつーの」

 

「んだとぉ~!? もう一回言ってみろこのやろー!」

 

 そうやって三人で笑いながら駆け出した。ここに一夏も混ざれば最高に面白いだろうな。なんだかこうした日常も悪くないなんて思える。

 でも本当はあの日以来、俺の心には不安が静かに居座り続けている。

 俺はこれからどうなるのか。どうすればいいのか。

 

 

 なんの問題も解決しないまま、あれから一ヶ月と半分が過ぎていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ガキン』

 

 力強く振り下ろされた棒を交差した腕で防御すると、腕の装甲が飛び散る。

 地面に向かって叩き落されるも、すぐさま上がった土煙を突き抜けて展開した大剣を手に反撃に転じる。

 

「「「おぉ~!」」」

 

『バキッ』

 

 剣の腹で敵を押しのけるように横に飛ばして、そのままどこへともなく飛び去っていった。

 

「「「うぉ~!」」」

 

「うぃ~っす」

 

「ただいま~……ってまた見てるんですか……」

 

 弾の後ろをついて店ののれんをくぐった信が店内を見てすぐに苦笑い。

 五反田食堂のお得意様の皆様が店内に設置されたテレビで黒騎士の戦闘の様子を感嘆と驚嘆の声を上げながらじっと見つめていたからだ。

 今だ現役のブラウン管のテレビは少し画質は劣るとはいえ、それがまた良い味出しているということでお客様には結構人気が出ている。

 一ヶ月半も五反田家で生活している信だが、その間も絶え間なく流れる黒騎士と自分のニュースにはほとほとうんざりしているわけで、もはや気にしないで行こうという結論に至っている。

 

「信さん、おかえりなさい!」

 

「おう。ただいま、蘭」

 

「おいガキ! 手が足んねぇから皿洗い手伝え!」

 

「お父さん、そんな言い方ダメって何度も言ってるじゃないですか。真宮くん、悪いけどお願いできるかしら?」

 

「わかりました。上に荷物置いたらすぐ戻ってきますね」

 

「何だよみんなして! 実の息子にはなんにもなしかよ!」

 

「あ、居たのお兄」

 

「いや居たよ!? ものすごい勢いで存在してたよ!? 見えてる!? 俺見えてる!?」

 

「弾! てめぇも着替えて注文取りやがれ!」

 

「わ、わかったよ爺ちゃん! ったく、扱いひどすぎるぜ……」

 

「あぁん!」

 

「な、なんでもないって! す、すぐ着替えるから! やめて! おたま持って振りかぶらないで!」

 

 日常的に行われるこんなやり取りも結構評判がよく、賑やかに食事ができる点も食堂の人気の一つ。

 五反田厳の雰囲気と人望がなせる技だろうか、なぜか食堂には筋骨隆々のマッチョマンが集まる。きっと自慢の筋肉をフル活用した肉体労働を終えたこの時間帯の一杯は格別なんだろう。

 今日も空になったビールジョッキを何個もテーブルの上において、店で行われるコントのようなやり取りに笑い声が上がる。 

 

「はいはい着替えてきましたよっと」

 

「お待たせしました」

 

「うっし! さっさと入れ!」

 

「おいおい厳さん! 孫はともかく彼はあんまりこき使いなさんな!」

 

「そうそう! 世にも珍しい、男でISを動かせる『あの』真宮信なんだからよ~!」

 

 客からそうだそうだという納得の声が上がったが、厳は大きく鼻を鳴らして不満気に腕組みをしてひと睨み。

 

「うっせい! 今はただの居候のガキだ! 弾だけでただでさえ厄介だっていうのによ!」

 

「まぁ。ごめんなさいね、皆さん。もう素直じゃないんだから。真宮くん、本当はお父さんは優しい人なのよ?」

 

「大丈夫です。わかってますから」

 

 信が一枚目の皿に手をかけてにこやかに答えると、店内から面白そうに冷やかすような声が幾重にも重なりなって厳に向けられた。

 いつものように腕を振り上げてそれを黙らせたが、その目は照れ笑いを隠しきれていなかった。

 

「いやぁ~、蘭ちゃんもいい男捕まえたなぁ~」

 

「へっ!?」

 

「おうよ! 親衛隊としては複雑っちゃ複雑だけどよ、やっぱり幸せになってくれることが……ううっ……!」

 

「おいおい泣くなよ! もう酔ってんじゃねぇか?」

 

「だ、だから! 何度も言うように私はっ!」

 

「ダメですよ。蘭はいち――」

 

「うわぁ! し、信さん!」

 

 こちらに背を向けて皿を洗っている信に真っ赤な顔でストップをかけた蘭であるが、言われた本人はというとちらりと見せた横顔にはいたずらっぽい笑顔を浮かべるだけだった。

 

「こりゃ~弾も『お義兄さん』と呼ばれる日も近いんじゃねぇかい?」

 

「言わせない! 絶対に!」

 

 また男たちの笑い声が賑やかにこだまする。

 

 

 そうしてしばらく談笑が続いて時間も遅くなると、まず蘭が祖父の一声で寝る準備に部屋に戻っていった。弾と蘭の母である蓮も仕事が一段落すると、やわらかな笑みを浮かべて一礼して厨房をあとにした。

 相次ぐ看板娘の退場に少し不満の声を出す男たちだったが、やはり厳の睨みに渋々了承した。

 弾は注文待ち、信は皿洗い、厳は料理と三人だけ店内に残ると、少し酔いも冷めたような客達と真面目な話も飛び出す。

 

「真宮くん、正直どうなんや?」

 

「うーん……崖っぷち、ですかね」

 

「俺らとしてはもっかい復活して貰いたいんだけどなぁ……」

 

「織斑くんともども、男の希望やからな」

 

「あー、もう。やめてくださいよ。そんな大役無理ですって」

 

 信は何度目になるかというセリフで同意の声を上げる男たちをなだめた。

 

「いやいや、信と一夏は本当に男の希望だって。な、爺ちゃん」

 

「こいつらみてぇなガキどもが俺たちの希望たぁ……世も末だな」

 

 流水で念入りに手を洗い終えると、呆れたようにため息を付きながら客たちの話し相手になるために厳がテーブル席に腰掛ける。ちょうど皿洗いも終わった信と、暇になった弾もその横に座った。

 こうして週末には日をまたぐ直前まで店に来てくれた人たちといろいろな話をするのが五反田食堂流。

 郷に入りては郷に従えとは言ったもので、信もすっかりこの生活が板についていた。

 

「何やらよくわかんねぇ機械のせいでよ、すっかり男の肩身が狭くなっちまったよなぁ」

 

「そうそう。うちの女房もやに強気になっちまってよ、給料の半分以上取られっちまうし」

 

「俺んとこなんかよ、『アンタみたいな男と一緒にいるだけありがたく思いな!』とか言われちまったよ」

 

「随分軟弱な男ばっかりじゃねぇか。その筋肉は見せかけかい?」

 

「そうは言っても厳さんよぉ……」

 

 それが今の世の中だよと悲しげな言葉を付け加え、ジョッキに残った僅かなビールをぐいっと飲み干す男性。

 

「だからよ、今の世の中ひっくり返すっつーか、二人にはもうちょい男の必要性っつーもんをアピールして欲しいわけよ」

 

「そうさ。真宮くんが悪いうんたらかんたら言うのは性根の腐った野郎だけだからな。全然気にすることはねぇ」

 

「ほら、俺たち大体肉体労働だからよ、職場は男だらけなわけさ」

 

「みーんなテレビで『男性初の操縦者が誕生』っていうのを見たときはそりゃあ嬉しかったって言ってたぜ?」

 

「少しでも男の扱いが良くなってくれるんじゃねぇかってよ。もちろん、今でも思ってるさ!」

 

「ま、つまりだ。ここにいる全員と、大半の世の中の男たちは真宮くんと織斑くんの味方ってわけだ」

 

「そうそう! もちろんマスコミなんかにここにいることばらしたりなんかしねぇから安心してくれよ!」

 

 空になったジョッキを掲げたり、大きく首を立てに振ったりと、むさ苦しくも熱い男たちは思い思いに同意の意思を示した。

 信はどのような反応を返せばいいのか困ったが、とりあえず少し微笑みながら小さく頭を下げた。

 

「すいません……そういうふうに期待されてるなんて思いもしませんでした」

 

「なぁに、男たちの意見なんざおおっぴらに発表してももみ消されちまうしよ。こうして小さいとこで愚痴っぽく言うしかねぇのよ」

 

「おい。どこが小さい店だと?」

 

「おっと、口が滑っちまった」

 

 男がわざとらしく手を頭に回し、しまったという顔をにやけ顔の店主に向けた。

 また楽しそうな声が上がる。 

 

「わかりました。そういう期待があること、一夏にもちゃんと伝えときます。任せてください」

 

 袖をまくって、腕を体の前に出してガッツポーズをしながら、信はにっこりと笑った。

 こんなに自分たちを応援してくれる人たちがいてくれることが嬉しいのと同時に、そんな期待に応えることができないことに申し訳なく思った。

 皮肉なことだが、IS学園に男がいるということがどれだけ異常ですごいことか、信はそこからしばらく離れることでようやく理解することができた。

 

「あれ? 真宮くん、それどうしたんだ?」

 

「何がですか?」

 

「腕! ひどいあざができてるぞ!」

 

 信が慌てて確認してみると、確かに肘と手首の間ちょうど真ん中あたりに腕を縦断するように細い棒状のあざが幅数センチにわたってできていた。

 

「ちょ、逆の方にもあるじゃんか!? どうしたんだよ、信!?」

 

 もう一方の方を重ねるように見てみると、弾に言われた通り、同じようなあざができているのを確認できた。

 見るからに痛々しく、何人かが顔をしかめた。

 みなが心配するように覗きこんでいるが、当の信ですらこんな傷ができるようなことには全く心当たりがなく、戸惑いを隠すことができなかった。

 

「ん……? おい、それ……つながるんじゃねぇか?」

 

「へ? こうですか?」

 

 厳の言葉通り、信が腕同士を横に並べるようにくっつけてみると、見事なまでにぴったりと青黒い直線が出来上がった。

 

「打撲みたいだな……とにかく湿布貼って寝ろ」

 

「は、はい……どこでできたのかなぁ……?」

 

「棒かなんかで打たれたか? ほら、ニュースで見た黒騎士みたいに」

 

「あぁ~! 確かにこうやって受け止めたらこういう打撲になりそうだよな」

 

 客の一人が頭を抱えるようにして腕を交差し、攻撃を防御した姿を見よう見真似でやってみせた。

 ちょうど信たちが帰ってきた時にテレビで流れていた、つい昨日中東で行われた黒騎士とそこの国軍の戦闘を捉えた映像にあったものだ。

 その時黒騎士が破壊した軍事施設では、裏ルートで入手されたISコアを実験台にした研究が行われようとしていたことが明らかになっている。なんの実験かは公にはされていないが、良いことではないのは確かであった。

 黒騎士の話題が出たことに少し不安を感じながらも、信は首をかしげてこの不思議な傷に答えの返ってこない疑問を投げかけるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャノンボールファースト。

 ISを使った妨害あり、交戦あり、なんでもありの高速バトルレース。

 そのスピード感と一瞬の手に汗握るやり取りが見ているものを虜にする、見応えのある一種の公式試合だ。

 もともとは国際大会として行われるものだが、IS学園があるこの市では毎年開かれている学園主催のイベントで、2万人以上収容可能なIS専用のアリーナで開催されている。

 地域の皆様への感謝を込めて……というのはたてまえで、がっちり上のほうの観覧席にIS関連のお偉いさんたちがレースの行く末を見守っているところをみると、しっかりここでも生徒の評価は行われているようだ。

 全員参加のこのレースだが、専用パッケージや支援があるために専用機持ちは一般生徒よりも明らかに有利なため、別枠で参加することとなる。

 本来ならありえないことであったが、一年生の専用機持ちがあまりにも多いため、今回は一夏たちも盛り上げ役として一役かうことになった。

 

 

 そしてそんな大役を担った彼女と彼らは当日、控え室でその時を待っていた。

 

 

 そわそわ。

 

「……」

 

 そわそわそわ。

 

「……」

 

 そわそわそわそわそわそわそわそわそわそわそわそわそわそわそわそわそわそわそわ!

 

「だぁぁぁぁ! もう! みんなしてそわそわしないでくれよ!」

 

 あまりの落ち着きのなさに耐え切れず、一夏が集まっているいつものメンバーに向かって懇願に近い強い口調で叫んだ。

 選手控室の外からは観客の熱気と比例する大きな歓声が通路の空気を震わしながら届き、時折部屋の外から聞こえる感嘆や落胆の入れ替わりの叫びが、果たして会場で何が起こっているのか確かめたいという思いを湧き上がらせる。

 そのなかにいずれ飛び込むのだ。それは緊張もするのもうなずけるのだが。

 

 

 だがしかし、女子たちの関心は全く別な方向に向いていた。

 

 

 

「一夏! 本当に嫁は来るんだろうな!」

 

「わわわ……! ど、どうしよう……! ちゃ、ちゃんと信の目を見て話せるかな……?」

 

「ったく、なんでこれに出なきゃならないのよ……酢豚作って持ってきたいのに……!」

 

「レースを終えたら信さん……終えたら信さん……」

 

「す、すまん! 違うな……て、てへぺろ? ふざけてるのか私はっ!」

 

「あ、あの……織斑くん? 私も、行っていいかな……?」

 

 奇遇なことに、今日は織斑一夏の記念すべき誕生日でもある。

 というわけでレース後は彼の男友達が企画した誕生日会を織斑家で執り行うのだが、そこに信が参加すると言うことを聞きつけた女子たちは気が気ではない。

 電話で連絡を取り合っていたとはいえ、直接会うのは一ヶ月以上ぶりなのだ。楽しみやら緊張するやらで胸のドキドキが止まらない。 

 

「とにかく落ち着いてくれよ! こっちまで緊張しちゃうじゃないか!」

 

 一夏が部屋にいる専用機持ちたちを見回しながらため息をついた。

 まさか『信が来る』と言っただけでこんな風になるなんて、と後悔して頭を抱えても後の祭り。

 専用機が未だ完成しないためアドバイザーとしてレースに直接参加しない簪でさえ、椅子から立ったり座ったりと見るからに落ち着いてない。

 

「はーい、皆さーん! そろそろ移動して下さーい!」

 

 ひょこっと山田先生が入り口からにこやかな顔を出すが、それに感化されることなくみなの表情は一向に柔らかくならず、それどころかますます硬くなったように見えるほどであった。

 すっかり忘れていた目の前の行事を今更ながら思い出し、ついに外界からの騒音を受け入れられる体勢になった彼女たちの耳にうねるような興奮の波がドア越しのくぐもった響きではなく、直接飛び込んできたためである。

 唯一まともな思考を保っていた一夏ですら、ドクンと自分の心臓が肥大化し収縮する音を聞いたのだ。

 国家代表候補生や本番に強い一夏、そして剣道の全国大会決勝という大きな晴れ舞台に立ったことのある箒であっても、緊張しないわけがない。

 だがここにいる全員、プライドというものもある。みすみす自分の心の乱れを見せるようなことはしない。

 押し殺した緊張を胸にしまい、代わりに闘志を引き出して自らを鼓舞し、山田先生の誘導にしたがって会場の端、機体状況の最終確認のために設置された特別ブース内に移動する。

 そこで各自の愛機を展開し、整備科の生徒数人と簪による安全チェック諸々をしっかり受ける。

 

 

 キャノンボールファーストは『主に』レースという競技形式上、なんの特別装備を搭載しない機体が出ても速さを競う勝負に全くならないため、まず間違いなく通常の機体を高起動化するパッケージが必要だ。例えば、背中に大型のブースターを取り付けるとか。

 後付装備を拒否し続けている白式や、エネルギー出力をちょこちょこっといじるだけで高機動型になってしまう紅椿など、あまりに特殊すぎる機体は除くが。 

 スピードが上がるということは、その分だけ物体の持つエネルギーが増大するということ。ゆえに事故が起こった時の被害も大きくなる。

 また、牽制に放たれた銃弾が一発だけ当たるなどの多少のことでも大きく機体の体勢が崩れたり、通常時なら曲がりきれるはずのコーナーなのに思いの外機体が曲がってくれないなど、操縦の感覚も別モノになる。

 加えて妨害工作あり。

 操縦者の安全はもちろんのこと、一歩間違えば観客を巻き込んだ大惨事にもなりかねないため、安全管理はいつもよりも気を配らなければならないのだ。

 

 

 もちろん、この時間は選手たちのレース前最後のリラックスの機会でもある。

 

「オルコット! ぜってー勝てっからな! ぶっちぎれ!」

 

「は、はい! ぶ、ぶっちぎって見せますわ! ウェルキン候補生!」

 

 テニス部の先輩後輩でもあり、同じイギリスの候補生でもある二人がこんなやり取りをしていたり。

 

「鳳候補生、わざわざこのキャノンボールファースト用の装備を本国に手配したからには、わかっていますね?」

 

「も、もちろん! です! 勝って見せます!」

 

 中国の候補生管理官で鈴の担当をしている楊麗々(ヤン・レイレイ)が凄味の効いた目つきをしていたり。

 

「クラリッサ(の機体)の力をもらったんだ……負けないぞ、シャルロット!」

 

「僕だって! 負けないからね!」

 

 仲良し二人組が互いに激励しあっていたり。

 

「一夏、結局武装は使わないのか?」

 

「ああ! 零落白夜にまでエネルギーまわしてられないからな! その変わり、バッチリ体当たりをかましてやるぜ!」

 

「お、織斑くん……無茶苦茶だね……」 

 

 珍しい組み合わせで会話がなされていたり。

 

 

 ただ、皆がここにいてほしかった人物を忘れられずにいるのも確かであった。

 きっと信がいたら、もっと楽しく、もっと白熱した試合になっただろう。

 表情が未だ硬いのはそのためなのかもしれない。

 

「各員、準備はいいか?」

 

 二年生のレース終了の手続きを終え、千冬がブースの中に入ってくる。

 その目が一年生特別参加枠の面々の一人ひとりを映し、静かに頷いた。

 

「ではスタートラインに整列しろ。堂々と、な」

 

 簪に『頑張って……!』と言われてブースを出ると、晴天の陽光が選手たちを祝福し、ドットの集合した壁のように見える観客たちが波打った。

 三百六十度、見渡す限りの人、人、人。

 いざその様子を目の当たりにしてみると、押しつぶされそうな期待と高揚感に晒されている自分たちがとても小さく感じられた。

 観客席からキラキラと見えるのはフラッシュなのだろうか。それとも腕時計に反射した光なのだろうか。

 雰囲気に圧倒されつつも、専用機持ちたちが一列に整列し、眼前に広がる長くて広いコースに目を凝らす。

 一体どこまで続いているんだろう。

 そんなことを思っていると、オープンチャネルから唐突に鬼教官の声が入ってきた。

 

『そういえば、一つ言い忘れたことがあったな』

 

「言い忘れたこと?」

 

『せ、先生! ちょ、ちょっと待ってください! それ本当ですか!?』

 

『お、織斑先生……! ど、どど、ど、どこですか……!?』

 

 千冬の隣にいるのだろう、山田先生と簪の大声まで通信で聞こえてきた。

 面白そうにクスリと笑う声がすると、ゆっくりとした優しい口ぶりで千冬が言葉を紡いだ。

 

『お前たちの目の前、最上段の真ん中だ』

 

「「「「「「はい?」」」」」」

 

 わけが分からず、全員で顔を見合わせる。

 

『いいからズームしてみろ』

 

 言われたとおり、ハイパーセンサーでその場所をズームインしてみる。

 解像度を上げると、薄い水色の上着を羽織って深々と帽子をかぶっている観客を全員がその目で捉えた。

 じっとこちらを見つめている。まるで見つめられているのを知っているかのように。

 

 

 その時、柔らかく口元が緩み、帽子のつばでできた影の奥にちらりと二つの金色の光が浮かんだ。

 

 

 突然の出来事に一瞬思考が追いつかなかったものの、すぐに全員がその観客が言わんとしていることを理解した。

 ここにいるぞ。そう伝えてきたのだと。 

 

『全員、気合を入れなおせ……お前たちの仲間は、しっかりと見ているぞ』

 

 

 

 

 







やべーよ……筆が進まない……(- -;)
す、スランプか?
学校もなんかやけに忙しいし……。

つ、次こそはできるだけ早く!
……む、ムリかも……orz


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