IS〜world breaker〜   作:山嵐

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おひさしぶりです!

いやー今年も終わりますね……。

そんなわけで、どうぞ!



53:どれくらいがちょっとかは人による

「まぁ積もる話もあるけど、今は置いとく。いいよな?」

 

 オープンチャネルから聞こえる声に、全員が無言で返答を返す。

 本当に戻ってきたんだ。

 みなが嬉しいのと不思議なのと、そんな気持ちが入り混じりながらも、まずはこの状況を打開する策を考えていた。

 相手の数は二、こちらは七。だが、箒と信以外は機体にダメージを負っている。

 しかも相手の実力はよくわからない。

 

「信、ここは一旦下がるぞ……今無傷なのは私とお前だけだ」

 

「ああ。あいつらと真正面からやるつもりなんかないさ。だけど少し注意を逸らさないと……」

 

 箒はこくりと頷くと、一夏の肩に手をかけた。

 それを見て信は優しく微笑むと、もう一度敵に視線を戻した。

 

『……エム、オレたちも撤退するぞ』

 

「……! だが!」

 

『わかっている。だが目的はすでに達した……』

 

 残った片目をギラギラと輝かせたまま、行き場のない怒りで声が震えていた。

 そしてその怒りはまさに炎のように燃え盛っているのがわかった。放っておけば周りの人も、自らも焼き殺してしまう強い怒りだ。

 

『これ以上騒ぐのは無意味だ。今は耐えろ』

 

「……わかった」

 

 二機のISは地から離れ、大きく開かれた空へと上昇していく。

 ある程度の高さまで到達すると、一気にブースターに火が入り、深紅と青蒼の機体がどこへともなく飛び去っていった。

 終わったのかどうかわからないほどあっさりとした幕切れにみなが緊張を解けず、大空を仰ぎ見たままだった。

 

 

 そのため、一瞬何が起こったのかわからなかった。

 

 

 視線の端から蒼い矢が放たれたのが見え、それが敵を追うようにして飛んでいった。

 止める暇などなかった。

 誰もが考えていなかった自体が起こったのだ。

 一夏が頭のなかで刹那に写ったその姿を反芻し、思いついた可能性を述べた。

 

「今の……セシリア……か?」

 

「っ……! あのバカ!」

 

 鈴が顔をしかめて、天に向かって叫んだ。

 

「信! 頼む……!」

 

 その言葉は届いていたのか、箒にはわからない。

 だがしかし、すでに信は一筋の閃光を残して空に消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界が揺れる。焦点が合わない。

 今更何ができるのか。

 きっと、自分の無謀さは誰にも理解できないだろう。

 『スターライトmkー2』の銃身は完全に破壊され、トリガーを引いても弾はあらぬ方向に飛ぶだけだろう。いや、撃てるかどうかも危うい。

 それでも。

 セシリアは唇を噛んで、眼前に広がる空と、センサーに表示されている『サイレント・ゼフィルス』の一点を注視していた。

 

「あの機体はイギリスのもの……! わたくしの祖国の技術を、悪用などさせませんわ……!」

 

「ーー止められるか? お前に?」

 

「っーー!」

 

 ズン、と背中に鈍い痛みが走る。

 めきめきと悲鳴をあげるのは装甲なのか、それとも自分の体なのか。 

 上空から急降下してセシリアを蹴り落としたもう一体の蒼い機体は、冷めた様子で空中に静止した。

 

「安心しろ。ここにとどまったのは私だけだ」

 

 右腕に鋭い閃光が直撃した。

 シールドエネルギーを削られ、装甲が砕け散った。

 

「鬱陶しいやつめ……消えろ……!」

 

 展開された六つのビットが、一斉にセシリアに襲いかかる。

 まるで一つ一つが明確な意志を持つかのように不規則で、それでいて目的のあるルートを通って迫ってきていた。

 

「インターセプター……!」

 

 装甲を失った右手にブレードを握り、放たれたビットではなく、それを操る操縦者に向かって一気に加速。

 例え機体の性能が上であっても、間違いなくこの数のビットを操るためには相当の集中力がいるはず。

 今日の戦いでも確実に動きが鈍っていた。

 ならば、その機を逃す手はない。

 四方八方から放たれる青白い閃光に身を晒しながら、高速で動きまわる敵を見失わぬようにぴったりとついていく。

 しかし、傷ついた体に高速機動の複雑な動きの負担は相当堪えた。視界が霞み集中力を妨げ、機体の制御が難しくなる。

 直後、スカートアーマーの左側に青い閃光が被弾、機体のバランスが崩れた。

 

「ぐっ……! まだですわ!」

 

 お返しとばかりにビットの横を通過した瞬間、ショートブレードを突き刺して破壊。

 しかし、唯一の武器であった『インターセプター』を爆発に巻き込まれ、失ってしまった。

 それでも、セシリアの目は鋭く目標だけを見つめていた。

 

「いい加減に、堕ちろ!」

 

 一直線に飛び込んでくるセシリアに向かってスナイパーライフルの銃口を向けると、エムと呼ばれていた操縦者は素早く二回、引き金を引いた。

 体をひねるようにしてその間を通り抜けると、セシリアは機体の最後の力を振り絞り、最高出力で急加速。数十メートルあった距離を一秒ほどでゼロにした。

 左腕で構えられていたライフルを跳ね除け、そのまま巻き込むように相手の右手を絡めとる。

 そうして敵の自由を奪ったあと、『スターライトmk-2』を展開と同時に胸につきつけた。

 

「あなたの相方にお礼を言いたいですわね……長い銃身でこの距離の射撃は不可能でしたから!」

 

「ふん……その銃で射撃だと? できると思っているのか?」

 

「さぁ? やってみなければわかりませんわよ?」 

 

 これは賭けだった。と言っても、撃てる撃てないのことではない。

 もしエネルギーが出なければもはや敵を倒すすべはない。しかも仮に撃てたとして、それが致命傷を与えられるわけがない。

 ならば何に賭けるのか。

 それはーー

 

「この距離で……最高出力で暴発すれば、例え絶対防御が発動しても衝撃を完全に消すことはできません……!」

 

「……なるほど、確かに私でも意識を保てるかわからないだろう……だが、お前もそれは同じだ。その上機体状況も最悪……果たして五体満足で生き残れるか?」

 

 露出した右腕が小刻みに震える。

 怖い。どうしようもない。

 引き金が引けない。引いたら最後、どうなるかわからない。

 しかし。

 

「『サイレント・ゼフィルス』に! これ以上不要な争いをさせるわけにはいかないんですわ!」

 

 髪を振り乱し、やりきれない怒りをぶつけた。

 『ブルー・ティアーズ』に搭載されているBTシステム、それは不完全だ。

 より完全に近付けるため、セシリア・オルコットには『BTシステムの稼働データ収集』の任が与えられ、それをイギリス本国へ報告する義務がある。

 集められたデータを解析し、BTシステムをより上の水準へと高める。それが目的だ。

 これまでも数回にわたり、IS学園へ来る前も、国にとって有益なものになると信じてその責務を果たしてきた。

 その結果が反映された機体こそ、今目の前にある『サイレント・ゼフィルス』だった。

 

 

 なのに、どうして。

 

 

 そう思わずにはいられなかった。

 どうして、自分が必死に集めてきたデータが反映されたISが、人々に害をなすものとなってしまったのか。

 ここで止めなければ、いつかこの機体は取り返しのつかない過ちを犯す。

 それが操縦者の意思であれば。

 そんなことは絶対にさせない。

 

「だから……終わらせますわ! 今ここで!」

 

 震えが止まった。

 エネルギーの充填も完了している。あとは引き金を引けばいい。

 だが、エムは冷たく笑っていた。 

 

「セシリア・オルコット……大方、この距離では私が自分自身を巻き込む恐れがあるビットからの射撃を選択しないと踏んだのだろう?」

 

「ええ……あなたはわたくしを下に見ている……だからこそ、無傷で完璧な勝利を求めるだろうと、そう思っていましたわ!」

 

 甲高い、背筋が凍るような笑い声を上げ、エムがますますにやりと口を曲げた。

 

「その通りだ。多少お前をなめすぎていたかもな」

 

「わたくしを下に見るなど、随分と過ぎた傲りでしたわね……!」

 

「いいや、セシリア・オルコット……傲りじゃない」

 

 鋭い痛みが両肩に走り、槍で思いきり突かれたような衝撃が背部を貫いた。

 声を上げる前に、さらに二回、背中を痛みが襲った。

 セシリアの視界に写る世界が点滅し、前に体が投げ出される。

 そこに待っていたのは、待ち構えるようにして手を広げていた『サイレント・ゼフィルス』だった。

 もはやどちらが前で後ろかもわからないセシリアは、エムに情けなく体を預けるしかなかった。

 冷たく静かに、耳元でささやき声が聞こえた。

 

「ただの事実だ」

 

 横に伸ばされた右手、そこに握られていたライフルのトリガーが引かれる。

 銃口から飛び出した光は、大きく弧を描くようにしてエムとセシリアの周りを一周する。

 まるでどこに飛び込めば一番ダメージを与えられるか、それを見極めているようだった。

 そしてちょうどエムの背後で直角に曲がった一本のエネルギーの弾槍は、セシリアの頭を直撃した。

 バラバラと破片が飛び散っているのが見えたが、それがどこの装甲からなのか、わからなかった。

 

「フレ……キシブル射撃……? だとしても……こんな……!」

 

 こんなに正確で、精密な射撃。

 とても――

 

「貴様には真似できないだろう。残念だが貴様の考えているほど……私は貴様に似てはいない」

 

 伸ばした左手から、敵の体が離れていく。

 耳には風を切る音が聞こえる。

 青く広がる空が、浮かぶ白い雲がどんどん遠くなっていく。

 金色の髪の毛がばたばたと空中を暴れ、セシリアの頬を打つ。

 エムの姿はどんどん小さくなっている。

 高度が落ちているのだ。

 早く上昇しなければ。

 頬を伝うはずの涙が、空に昇っていく。

 

「……わたくしに……わたくしに力を……」 

 

 ――ぽすん。

 落下が、止まった。

 

「え……?」

 

 顔を下げると、腰から腹部に回された輝くラインの入った黒い腕が目に入った。

 がっちりと、でも優しく体を支えてくれている。

 暖かい。

 気づけば、ふわふわとして柔らかそうな光の粒子がセシリアたちを包んでいた。

 

「え……? えっ?」 

 

「大丈夫。セシリア、俺が隣で戦う。俺が力を貸すよ」

 

 すぐ側で、それこそ耳元だ。聞き慣れた懐かしい、ずっとずっと待ち望んでいた声が聞こえた。

 ゆっくり顔を上げると、信の横顔があった。

 思わず笑みがこぼれそうになるが、セシリアはこくりと無言でうなずき、目の前のやるべきことに意識を向ける。

 不思議だった。こんなに体が密着しても、心が落ち着いている。

 いつもだったら、なにも考えられないほど緊張してしまうだろうに。

 より強くセシリアを抱き寄せると、信は空いている左手を『スターライトMk-2』を握る手に重ねた。

 とたんに周囲に浮かんでいた光がセシリアの右手に集まり始める。

 数秒後には、破壊されたはずの銃身が再び、明るく輝く粒子で構成されていた。

 

「これでいけるか?」

 

「……ありがとうございます……信さん……!」

 

 返事の代わりに、信はぎゅっとセシリアをさらに強く抱き寄せ、上空に浮かぶ蒼い機体を見上げた。

 向かい合うようにして体を寄せ合う二人。エムはそれから目が離せなかった。 

 なぜかはよくわからない。

 だが、これ以上視界に入れておきたくなかった。

 

「真宮信……! 貴様は!」

 

 エムは追加で二つのビットを呼び出す。

 セシリアに破壊された一つを除き、全七機すべてに二人への攻撃を命じた。

 各ビットが一直線に飛んでくる。

 しかし、セシリアの心は水面のようにさざなみひとつ立っていなかった。

 

「撃て、セシリア」

 

 信の静かな声が、心に一滴の滴を落とした。

 もう大丈夫。

 隣には、世界で一番……大好きな人がいるのだから。

 

「……はい!」

 

 引き金を引く。

 刹那、体中を暖かい力が駆け抜けた。

 それはすべて右手へ集まり、握られた銃へと向かい、その先から青い閃光が飛び出した。

 凝縮されたエネルギーは細く鋭い軌跡を描き、正面から迫っていたビットを貫く。

 爆煙の狭間から垣間見たセシリアの強い眼差しに刺され、エムは反射的に叫んでいた。

 

「し……シールド!」

 

 その言葉を叫んだ本人自信が一番驚いた。

 ビットに攻撃を命じ、確実に捉えられる距離にあの二人はいる。

 今すぐに動けば、この程度の銃撃はかわせるはずだ。 

 そんなことはわかっている。 

 なのに、なぜ。

 ビットは三機で一組、三つの頂点を持つ三角形のエネルギー・シールドを形成。エムとセシリアたちの間に二枚の強固な、しかし淡い青色の透き通った壁が二枚出来上がった。

 『サイレント・ゼフィルス』は『ブルー・ティアーズ』の集めたデータをもとにして完成した。

 エムはもちろんそれを知っている。

 だからこそ、セシリアの放った銃撃はシールドを二枚も貫通するほどのエネルギーを持っていないことも把握していた。

 だが。

 ひとつ、エムは把握しそこねた。

 操縦者の、セシリア自身の成長を。

 

「ティアーズ、わたくしに応えなさい!」

 

 セシリアの声はしっかりと届いた。

 銃弾が大きくその軌道を変え、シールドの手前で右へ動く。

 しかしすぐに左へ軌道が修正、一枚目のシールドの裏を通り過ぎ、二枚目の盾の端の空間までくると、そこから再び『サイレント・ゼフィルス』を襲う直線上に飛び出した。

 本来なら直線にしか進まない弾丸。

 それが、操縦者の意思で変化し、弧を描くようにして敵を狙う。

 

「フレキシブル射撃……! このタイミングで身に付けただと!?」

 

 苦渋の決断ではあったがエムは衝撃を覚悟し、左手を体の前に出して防御の構えを取った。

 

「残念でしたわね……わたくしの方が一枚上ですわ!」

 

 エムの差し出した左手に当たる直前、エネルギー弾が再びその起動を変えた。

 なにかに引き上げられるかのように上にそれた弾は、『サイレント・ゼフィルス』のバイザーを直撃した。

 頭に強い衝撃が走り、天と地が逆転を繰り返す。

 ようやく体の回転が収まり、バランスを取り戻したときには、すでにセシリアたちの姿はなかった。

 

「っ……! 貴様らぁぁぁぁ!!」

 

 激しい怒りは空しく青空に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……久しぶりだったから疲れたな……」

 

 待合室のふかふかのソファに座って、俺は大きく息を吐いた。

 キャノンボールファストへの謎の襲撃からはや数時間。

 あのあとセシリアは精根尽き果てたようで、ぷっつりと糸が切れたように気絶してしまい、慌てて近くの病院まで運ばれることになった。

 もちろん運んだのは俺だが、少しばかり運びかたがまずかったかもしれない。

 手首を目の高さにまで上げると、黒の地に細い黄色の線が入ったブレスレットがしっかりとはめられていた。

 

「……どーなるのかなー……」 

 

 慌て過ぎて、そのままISで飛んできてしまった。

 基本的に市街地での展開は禁止されてるし、戦闘なんてもってのほか。

 どっちも破ってしまった俺は一体どんな処罰を……。

 しかも俺はIS委員会なるお偉いさん方に相当目をつけられてる。

 特にあのミイラみたいな人。

 もしかしたら今度こそ退学で、専用機も取り上げられてしまうかもしれない。いや、多分確実にされる。

 でもあれだ。

 緊急事態だったし仕方ない……はず。

 そんなわけで、俺は今キャノンボールファストの会場となったアリーナに一番近いと思われる病院にいる。

 

「真宮」

 

「あ……織斑先生」

 

「今はその呼び方でなくてもいい。別に授業をしにきたわけじゃないからな」

 

 うなだれていた顔を上げると、目の前には相変わらずびしっと黒いスーツを着こなしている美人がいた。

 それとなく隣をあけると、俺のすぐ横に千冬さんがすっと腰かけた。

 

「……お前は学園にいなくてもこうなるのか」

 

「み、みたいですね……なぜか」

 

 ひきつった笑みを返すと、目頭を押さえて今度は千冬さんがうなだれた。

 や、やばい。

 なんかとても苦労をかけている気がする。

 

「そのー……すいません」

 

「……いろいろ言いたいことはあるが、まずはお前がどうしてそれを取り戻せたか……それを教えろ」

 

 俺の右手を掴み、じっと鋭い目線を投げてくる。

 なんとか直視しようとするが、あまりの鋭さに目が泳いでしまう。

 

「教えろと言われても……俺にもよくわからないんですけど……」

 

「ああ。だが私よりはわかっているだろう? 推測や憶測でいい……お前の考えを言ってみろ」

 

 最後に付け加えた言葉は優しかった。

 俺はゆっくりと、自分で自分の言ってることを確かめるように言葉を繰り出す。

 

「……この前の学祭の事件のとき……一夏と白式に起こったこと、覚えてます?」

 

「ああ……剥離剤による副作用で遠距離展開をしたと更識から報告を受けている」

 

「多分、それと同じかと……」

 

 ふと、脳裏に夏のできごとがよみがえる。

 あのときのあれは間違いなく剥離剤だったのだろう。薄々は感じてたけど。

 そうでなければ俺がこんな風になることはないはず。

 うちの両親も変な道具作るよな、まったく……。

 千冬さんはなにか考え込むようにして黙ったあと、小さくうなずいて再び口を開いた。

 

「……ではもうひとつ、なぜお前はあの場に入れた? アリーナ内部への通路はすべて封鎖されていたはずだ」

 

「うーん……そこが一番謎なんですけど……なんていうか、呼ばれた気がしたっていうか……」

 

「呼ばれた?」

 

「いや、自分で言うのもあれなんですけど……ほら、俺って……少し変でしょ?」

 

 千冬さんが眉間にしわを寄せる。何を言っているのかわからないとでも言いたげだった。

 どういう風にして伝えればいいのかちょっと迷ったが、最終的にとんとんと胸の真ん中を叩いて見せた。

 そして千冬さんのあきれたような、疲れたような表情を見るに、どうやら意図が伝わったらしい。

 

「……お前自身も、ということか?」 

 

「まー……そういうことにしとかないと納得できませんし」

 

「凰が言ったそうだな、『デタラメだ』と。まったくその通りだ」

 

「好きでデタラメなわけじゃ……」

 

 口を尖らせて愚痴ってみる。

 俺だってあのときいろいろ大変だったんだ。

 いざアリーナに入ろうとしたらどこも開いてないし、まず入ったところでなにしようとか考えたり、足元がぐらぐらしてるし。

 

「……まぁいい。それより、オルコットが目を覚ましたそうだ」

 

「そうですか……よかった」

 

「本来ならすぐにIS学園内の病棟に移すが……本人の意識もはっきりしているからな、私がなんとかしておく」

 

「へ?」

 

「私が医者やその他面倒なやつらの相手を引き受けてやる。お前もオルコットも、今日は予定があるんじゃないか?」

 

「……あ、一夏の誕生会」

 

「もし都合がいいようなら出てやれ。あいつはああ見えて、そういうのを楽しみにするからな」

 

 立ち上がった千冬さんは、そのまま病院の外に出ていった。

 その後ろ姿が完全に見えなくなるまで、ぼーっとしてからふと思った。

 

「誕生日プレゼント……買ってなかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後、夕日が残光を残してビルの間に消えていく。

 患者用のベットから体を起こしてそれを見ていたセシリアは、頭に巻かれた包帯に手で触ってみる。

 

「おおげさですわ……」

 

 頭には外傷もないし、先に行われた検査の結果を見ても脳にも深刻なダメージはない。

 少しばかり額が痛むが、数時間で収まるだろう。

 そんなことを思っていると、軽いノックの音が部屋に響いた。

 特に拒む理由もなかったので、入室を促す返事を返し、扉が開ききるのを待った。

 

「失礼しまーす……よ、セシリア」

 

「ふふっ……気分はどうですか? 信さん?」

 

「まあまあかな……あれ? それ俺の台詞じゃないか?」

 

 困ったように笑いながら、信が静かな足取りで部屋に入り、ベットの横の椅子に座った。

 夕日はもう病室からは見えないが、まだ互いの顔が隠れるほどには暗くなかった。

 セシリアはくすくすと笑うと、頭の包帯を触って見せた。

 

「わたくしの気分はあまり優れませんわ。大ケガをしてしまいました」

 

 それを聞いて、信はにやりとしながら立ち上がり、腕を体の前で泳がせて深々と頭を下げた。

 

「俺がセシリアを羽交い締めにして、あいつを追撃するのを止めなかったのが悪かったんです。どうか許してください」

 

「わかっているならよろしいですわ」

 

 すっと再び椅子に腰かけた信を見て、セシリアも同じようににやりと笑った。

 

「……こんな風に信さんとお話するのも久しぶりですわね」

 

「だな。ずっと電話だったから、少し変な感じがする」

 

「でも……嬉しいです」

 

「そう言ってもらえると俺も嬉しい限りだ」

 

 いつ見ても変わらない優しい眼差しに、セシリアはやっぱり鼓動を早くしてしまう。

 ここには邪魔する者は誰もいない。

 今自分は、意中の人を独り占めにしている。

 そんな優越感を感じているから、ついつい欲が出てしまう。

 相手の返事がどう返ってくるか気になって、視線を落として手をもぞもぞと動かす。

 

「では……もうちょっとだけ、二人きりでお話しても?」

 

 ちらちらと信の様子をうかがうと、初めは驚いた表情をしていたが、すぐに消えた。

 信は変わらない柔らかな表情を浮かべ、セシリアをじっと見ていた。

 

「ちょっとでいいのか?」

 

「……いじわる」

 

「な……別にからかってるわけじゃないって」

 

 わざと不機嫌そうに顔を背けると、信が困ったようにため息をついた。

 本当は嬉しかった。

 セシリアとしても、ちょっとなんて言わずにずっと話していたかったから。もちろん、二人きりで。

 無理やり『仕方がないから』という口調を作ったが、口元がにやけてしまったかもしれない。

 

「なら、わたくしの気が済むまでとことんお話させてもらいますわ。よろしくて?」

 

「……ダメなんて言うわけないだろ?」

 

 信は肩をすくめて、困ったように笑った。

 小さくため息をつくと、セシリアはなんとなく持て余した右手を美しい金色の髪の上に持っていく。

 

「……信さん、あの機体……『サイレント・ゼフィルス』のことを知っていますか?」

 

「ん……前にラウラからちらっと聞いたぐらいだ。あれ、イギリスの機体なんだってな」

 

「ええ……『ブルー・ティアーズ』で採取したデータから、BTシステムの性能をさらに向上させた発展機です」

 

 言葉を口から出す度に、セシリアはどんどん気持ちが沈んでいった。

 心に少しずつ、確実に重しが乗っていく。

 そのことを目の前にいる信はわかっているようで、ただ吸い込まれそうな瞳で見つめてくるだけだった。

 

「あの操縦者は……わたくしが思っているほど、自分はわたくしに似てはいない……そう言いました」

 

 冷たく突き放すような口調がはっきりとよみがえる。

 まだずきずきと頭が痛む。

 できることならこの痛みと一緒に消えてほしい。

 

「それを言われたとき気付きました……わたくしは知らない間に、彼女の力量を自分と同等と考えていたのだと……」

 

 辺りからはすっかり明かりが消え、暗闇が広がっている。

 

「わたくしができないことは彼女にもできない、わたくしが彼女ならどうするか……自分を相手側に置き換えて……そうやって、戦っていたんです」

 

 うなだれているから、髪の毛が横顔を隠してくれている。

 だから、信の顔が見えなくても仕方がない。

 同じようにセシリアの顔も見えていないはずだ。

 つまり、視界が滲むほど目に溜めた涙も、少しこぼれ落ちて頬を伝う雫も。

 

「信さん……わたくしは自分が許せません……!」

 

「……セシリア」

 

「わたくしが祖国のためを思ってしてきたことは、一体なんだったんですか……! どうして、彼女よりもわたくしは弱いんですか……!」

 

 今の気持ちを正直に吐き出し、震える唇を必死に硬く結ぶ。

 今まで自分が頑張れてこれたのは、国に対する義務や責任があったからというわけではない。愛国心や、世界の発展に貢献することができる喜び。

 そういう誇りを持っているから、どんなに辛い訓練でも乗り越えられた。セシリアはそれをよく知っている。

 だからこそ、なおさらに許せなかった。

 自分がしたことは結局、この世界に新たな火種を生み出す手助けに過ぎなかった。そしてその火種を消し去ることは、自分にはできない。

 まばたきをすると、白い布地に涙がぽろぽろと落ち、本当に小さな音をたてた。

 

「セシリア……?」

 

 少し戸惑ったような、そんな声が近くで聞こえる。

 どうやら泣いていることに気付かれてしまったようだ。

 もぞもぞと居づらそうに体を動かす衣擦れの音と、座り直したときに椅子の足が床を引っ掻く音が聞こえた。

 多分、隣ではどういう風にして慰めたらいいか、信が頭を抱えているのだろう。

 くすり、とセシリアは涙ぐんだ顔を伏せたまま笑った。 

 

「信さん……」 

 

「なっ、なんだ?」

 

「もう一度……少しだけ、信さんの力を貸していただけますか……?」

 

 セシリアが上体をゆっくりと信の方に傾ける。

 こつん、とがっしりした肩に包帯を巻いた頭が当たった。

 眠るように目を閉じて心地よい暗闇を楽しんでいると、背中に優しい感触が伝わってきた。

 ただ、後ろに手を回して抱き寄せて、肩を貸す。それだけ。

 それだけで、なんだか安心してしまう。

 包み込むような暖かさに本当に眠ってしまいそうだ。 

 頭の上で、静かな声が聞こえた。

 

「……一夏の誕生会だし、ちょっと遅刻しても文句なんて言われないだろ」

 

「……ちょっとだけ、でいいんですか?」

 

 さっきの言葉をそのまま本人に返すと、信の肩が面白そうに揺れた。

 

「怒られるぞ?」

 

「ふふっ……そうかもしれませんね……けどわたくし、もっとこうしていたいです……」

 

 不安と恐怖に向き合いたいから。

 その二つを打ち破る勇気と強さが欲しいから。

 言わなくても信にはきっと、伝わったのだろう。

 信はただ無言でそのまま、セシリアに力を貸し続けたのだから。  

 

 

 

 

 

 




と、いうわけで今年もありがとうございました。
来年もよろしくお願いします!


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