ピンポーン。
インターフォンの音がみなの話し声の合間から、かすかに耳に入った。
「お、来たみたいだな!」
一夏がぱっと立ち上がり、どたどたと玄関まで駆けていく。
がちゃりとドアを開けると、信とセシリアが腕を組んで立っていた。
「よ。誕生日おめでと」
「おめでとうございます。一夏さん」
「ああ! ありがとな! ま、とりあ――」
どさどさどさっ!
リビングのドアから雪崩のように崩れ落ちてきた三人がセシリアをびしっと指差し、慌てて叫ぶ。
「ちょっと! セシリア!」
「わかってはいたが!」
「抜け駆けはダメだよ!」
その後ろからやれやれと疲れた表情で箒が、面白そうに扇子を広げながら楯無が現れる。
いつもの面々が揃っているのをみると、やっぱり遅刻してしまったらしい。
信が自由な方の腕を軽く上げて挨拶しようとしたが、逆の腕に接している柔らかな感触にどうしても意識が向いてしまう。
「あら~? なんのことかしら~?」
にこやかに返答すると、セシリアはさらに強く信の腕を抱き寄せた。
「い、一夏! そういえば他に誰か来ないのか?」
「え? ああ、このあと弾と蘭に……あ、のほほんさんと虚さんも来るっけ。まぁ、そんな感じかな」
「……数馬は?」
「……呼んでない」
「素晴らしい判断だと思うぞ」
あんな変態を記念日に呼んでもろくなことはない。特に美女が集まっているときには。
二人とも深く頷き合うと、にやりと笑った。
「だーかーらー! あんたもいつまでくっついてんのよ!」
「さっさと中へ入れ! 聞きたいことが山ほどあるんだからな!」
「もちろん言いたいこともたくさんあるからね! 覚悟してよ!」
「あらあら……やっぱり大人気ね、信くん?」
「仕方がありませんわね。なんといっても一月も待っていたんですから」
半ば引きずられるようにしてリビングに連れていかれる信の後ろ姿を見ていた一夏は、ふと箒と目があった。
今日はまた一段と厳しい表情をしている。
「……」
「箒?」
「……なんでもない」
長い髪を揺らしてきびすを返すと、再び部屋のなかに戻っていった。
「なんでもあるだろ、その顔……」
どこかで機嫌を損ねるようなこと言ったかな、と一夏はため息をついてから、箒の後を追うのだった。
◇
さらさらさら。
開けた窓から、満月の光と柔らかい風が入り込む。
「もう夜風が冷たくなって来ましたね……」
真宮遥がふと読んでいた小説から目を上げ、隣で空を見上げている男性に話しかけた。
「そうだなぁ……秋も終わりに近付いているらしい」
月明かりの下、髭の生えた顎を撫でながら、真宮誠が静かに答えた。
「あの子、大丈夫かしら」
「大丈夫に決まってるじゃん♪ なんてったって真宮信くんなんだし? 友達もめっちゃいるし? もーチョベリバ? ヤバくなーい?」
「そうだね。もう信は一人じゃないんだから」
「ええ……」
「……そこはもっとびっくりしてくれてもいいんじゃないかなーって束さん思うの」
ひょっこり窓から飛び出した女性が、口を尖らせながら文句を言った。
『よいしょっと』などと言いながら手をかけていた窓をよじ登り、病室に侵入すると、束はどこからともなく大きな椅子を取り出した。
ド派手なピンク色で、背もたれはどうやらウサギの耳をモチーフにしているようだ。
そこにどかっと腰掛け、束は足を組んでふんぞり返った。
「いやぁ! 束さんとくーちゃんが集めてあげたパーツのおかげで、いい機体ができたね! どう? なーんか束さんたちに言うことがあるんじゃないの~?」
「……君はこうなることを予期していたのかい?」
「そうか~、わからないか~。なら、ヒントいーち! 最初の文字は『あ』!」
「だからこそ、信が黒騎士として戦う理由を作り続けた……そうよね?」
「さらにさらに! ヒントにーぃ! アリが十ぴき! つまり?」
「黒騎士が現れる時は必ず何らかの不具合で周辺からの連絡、応援が断たれていた。かつ、絶対にISコアが絡んだ事件だった」
「つまり、剥離剤による遠距離展開……それをコア同士が行い、信と黒騎士を危機が迫る自分のもとへと呼び寄せていた……ということなのかしら?」
「ううーん! まだわからないかぁー! 仕方ないヒントさ――」
「会話をしろ、バカ」
束の座っていた椅子を蹴飛ばして倒すと、千冬がいらいらとした表情で腕を組んだ。
「夜中にお騒がせしてすみません。先程の質問に答えさせたらすぐにつまみ出しますので」
「ひどい! ひどいよちーちゃん! 天才束さんもね、凡人からの感謝の気持ちはそこそこ嬉しいんだよ!?」
「うるさい」
ぱたぱたと腕を羽ばたかせるように動かしながら抱きつこうとする束を片手で押さえながら、千冬がびしっと静かに一喝した。
駄々をこねる子供のように頬を一瞬膨らましたが、束はすぐに嫌々ため息をついて『わかりました』と言いたげに肩をすくめた。
「まー、だいたいあってるよ。プロトタイプコアは2つで1つ。片方が欠けてちゃ、もう片方が不安定な状態になるからね。遠距離からの応援要請も楽々対応できちゃうわけ。2つ揃ってる通常の時は無理だろうけど」
「ならば、もう信が黒騎士になることはないということか?」
「それはわからないけど、こんな感じでなることはもうないだろうね」
なにかを隠したような不思議な言い回しに、千冬が眉を潜めた。
しかし、誠たちは顔色ひとつ変えない。
束はそれを見て、一層冷たい視線を投げた。
「すいぶん落ち着いてるね。ま、そうだよね。親って言っても血が繋がってないんだもの」
「束! お前……!」
「確かにそうだな」
激しい怒りを表した千冬をなだめ、ゆっくりと誠が口を開いた。
「確かに、君の言う通り落ち着き過ぎているのかもしれないね。私たちは」
「けどね、束ちゃん。私たちはあなたの倍以上生きてきたから、わかるのよ。あの子はもう、子供じゃないんだって」
遥の寂しげな笑みが、月明かりに照らされて輝く。
ただの笑みではなかった。
覚悟と確信を持った人間の、強い意思のこもった顔だった。
「私たちは血では繋がっていないかもしれない。だけど……いや、だからこそ、ね。より強い心で繋がっている」
「君がいつか言ったろう? 私たちが考える幸せと、信が考える幸せは違うと」
千冬には確かに、二人の目に光るものを見た。
だがそれは涙ではない。
かつて全世界の猛者を退け、頂点に立った千冬にはわかった。
それは、再び燃え上がった闘志の炎だった。
「あのときの私たちはそうだった。でも今は違うの」
「ありきたりな表現をするとね……息子の幸せが私たちの幸せだと、わかったんだ。ならば、全力で息子の幸せを手助けするまで、だ」
「……ふーん。ほんっとー、凡人ってバカだね」
挑発的な口調にさらに拍車がかかる。
だが、二人はくすくすと顔を見合わせて笑った。
「でもこうして、君は私たちと会話をするようになっている。こんなバカたちとね」
「あくまで予想だけど……あなた、本当はそんな人たちが大好きなんじゃない? バカだけど、嫌いになれないんじゃない?」
「あー、はいはい。ねぇ、ちーちゃん。不愉快だからもう帰るー」
背中越しに手を降り、束はまさに兎のような跳躍で月が見えている窓に飛び乗る。
どうやらこと天才には、ここが地上から何メートル離れているかとか、警報器が設置されているとか、監視カメラがあるとか、そういうことは一切気にするに値しないことらしい。
「……束」
「なーに?」
「『誰かを助ける人間は必ず、誰かに助けられている。あなただけが特別な存在じゃない』」
ぴたっと夜風に揺れていたウサギの耳が止まった。
次に発せられる言葉に全神経を集中させているようだ。
「お前が私にそう言ったことを、覚えているか?」
振り返った束の顔はちょうど月明かりの影に隠れ、表情は見えなかった。
「束さんには関係ないよ……誰も助けてなんかいないんだから……今も昔も、ね」
綿毛が空中に飛んでいくように、束の姿はふわりと消えていた。
◇
「はぁ……やっと解放された……」
「みんなに質問攻めだったもんな」
一夏が俺の方を見てにやにやとしている。
このやろう、他人事だと思って。
誕生日会だというのに、主役そっちのけで本当にただひたすら俺が質問攻めだったから、さすがにもう疲れた。
だから、ちょうど『どこでなにしてたの』という質問が来たときに『五反田食堂の人に聞けばわかる』と答え、注目を蘭に集めてから家をすっと出てきた。
年上に囲まれてあたふたしてたな、蘭。あとでなんかおごってやろう。
もちろん、ただ逃げ出してはいない。
話しまくって喉が乾いたから、近くの自動販売機で飲み物を買う、という立派な目的があるのだ。
俺と同じように話しまくっていたみんなも喉を潤すものが欲しいだろうから、全員分買っていこう。
そして誕生日会の主役も同じ考えだったらしく、ちょうどいいタイミングで外に出てきた一夏と二人で街灯に照らされた道をすたすたと歩いているのだった。
「でもみんな嬉しいんだぜ? また仲間が戻ってきてくれて」
「ああ。わかってるよ」
それはひしひしと感じている。
何て言ったって、俺だってまたみんなに会えて嬉しいんだから。
「ところで一夏、あのときなんて思った?」
「ん……ああ、あのときか。なんかこう……ひとりで戦いたくないって思った」
「ふーん……」
「でも別に助けてほしい、とかじゃなくてさ。あー、なんていうか……俺も全力で戦うから、一緒に全力で戦ってくれっていうか……ま、そんな感じかな。言葉で言えって言われると難しいんだけどさ」
「いや、なんとなくわかった。確かにただ助けてくれって思ってたら俺はあそこに行けなかっただろうしな」
右手首についている、黒を下地に金色のラインが通っているブレスレットに目をやる。
ただ一方的に助けるのはもうやめた。
隣で戦う誰かと一緒に戦うため、俺はまた戻ってきた。
みんなにとっての俺は便利屋じゃないし、俺にとってのみんなは荷物じゃない。
お互いが対等で、力を貸し合う存在なんだ。
助け合う、というのが妥当なのだろうか。
「まぁとにかく……これからはひとりで突っ走ることもないようにしろよ」
「世界中で誰よりも一夏には言われたくない気がするけどな」
軽く握った拳で肩を叩くと、一夏がお返しだとばかりに俺の足を蹴ってきた。
もちろん、お互い本気じゃないから全然痛くない。
なんとなく。そんなバカバカしいやりとりができる日々が戻ってきたことを実感したかったのかもしれない。
自販機の前までくると、一夏がなんの種類の飲み物を買おうかと目を横や縦に動かして品定めをし始めた。
その様子を見ながら、なんとなく引っ掛かっていたことを言葉に出していた。
「だけどいくらなんでも対応が早すぎないか?」
「そんなことねーよ」
「いや、あるだろ。たった数時間でする決断じゃないはずだろ? ほら……いろいろごたごたしたし」
「考えすぎだって」
やや語調が強くなった。
なるほど。やっぱりか。
一夏のやつ、なにか隠してるな。
問い詰めるべく足を一歩大股に踏み出した、そのとき。
奥の街灯で照らされた地面が、ゆらりと動いた。
「伏せろ!」
「は? おいバカ押すな――!」
反射的に動いた直後、ちょうど一夏の頭があった場所から火花が飛び散った。
ぱらぱらと透き通ったガラスのような破片が辺りに落ち、自販機の電灯が今にも死にそうな微かな点滅を繰り返す。
アスファルトにくっつけていた顔をゆっくり上げると、気だるそうな拍手を携えて街灯の下へ現れる人影が見えた。
「さすが。それでこそだ」
「誰だ!」
頭に手を当て、いらいらとした様子で髪をかき乱すと、人影が後ろを振り返ってあきれたような声を出した。
「なぁ、エム。誰だ、だとさ。どうせわかってるくせに」
「仕方がない。カイ、その姿で面と向かうのは初めてなのだろう?」
「お前ら……!」
威嚇するように二つの影を睨み付けると、一夏は俺の手を振り払い、拳を強く握って立ち上がった。
靴が地面を踏みしめる音を二、三立てて街灯の真下へ進み出た謎の人物は、そこでようやく姿を表した。
「……やっぱりか」
「ああ、そうさ。真宮信、お前が考えていた通りさ」
少年は俺の方を見てにやりと笑った。
こいつに見覚えがあるのは当たり前だった。なにしろ、学園祭のときにいた怪しげなやつだったからだ。
赤い服、白い髪……そして何も映していないかのような黒い瞳。
「ファントム・タスク……だよな?」
「それ以外のなにがある?」
バカにしたような口調で返事が返ってくる。
そのとき、一夏が隣から俺に小さく耳打ちした。
「今日襲ってきた赤いやつだ」
「わかってる」
ほとんど唇を動かさずに答えると、一夏が短くうなずいた。
見下すような視線を投げている謎の少年の後ろ側にはまたもう一人、誰かが暗闇に隠れている。
それが誰なのか目を細めてみるが、はっきりと確認する前に少年が口を開いた。
「さて……質問はあるか? 例えば、オレが誰なのか、とかな」
「……カイ、とか言ったよな? お前が誰なのかも気になるが……なにしに来た?」
「オレはなにもしないさ……ただ、こいつがどうしてもっていうからな」
カイが横に一歩退けると、ゆっくりと後ろの影が街灯の下に進み出た。
そこに現れたのは、少女だった。
整った顔立ちに、凛としたたたずまい。
見たところ俺たちより年は下のようだが、その身に纏う雰囲気は恐ろしく大人びている。
いや、恐ろしさを通り越して奇妙だった。
なぜならばその姿形、そして雰囲気はまるで。
「千冬姉……?」
そう。
世界最強の女性、織斑千冬にそっくりだったのだ。
まさに生き写し。
子供のころの千冬さんが目の前に現れたようで、一夏共々戸惑いのあまり体が固まってしまう。
少女の口元が苦痛を感じているように歪んだ。
「違う。私は……織斑マドカ、だ」
刹那、少女の右腕が真っ直ぐ一夏に向けられる。
その手に握られた拳銃が鈍く光を放つと、辺りに強烈な爆音が響いた。
◇
「……ここでは自由に発砲してもいいのか?」
『シュバルツェア・レーゲン』を展開したラウラが、真っ直ぐ一夏の胸に向かって飛んできた銃弾を睨み付けながら冷たく言い放った。
停止結界に捉えられた鉛は、空中で身動きが取れなくなっていた。
「ファントム・タスク……お前たちには聞きたいことが山ほどある」
「だろうな。だが、こちらには話すことなどなにもない」
少女は素早くISを展開させると、カイを腕に抱えて数秒で空中に舞い上がった。
しかも八つのビーム・ビットを同時に制御し、そのすべての銃口を信と一夏に集中させながら。
いくらラウラといえども、二人を守りながら敵を捕らえるのは難しく、リスクが高い。
なによりも信の目が『行くな』という強い制止を含んでいたこともあり、敵の姿がビットと共に見えなくなるまで一ミリも動くことはしなかった。
「……行ったか?」
「レーダーに反応なし……大丈夫だろう」
一夏が大きく息を吐くと、疲れたように首を回した。
「なんなんだよあいつら……意味わかんねぇ」
「今に始まったことじゃないだろ」
夜空に目を凝らしながら、信がそっけなく言葉を返した。
その間にラウラはISを待機状態に戻すと、停止結界で勢いを完全に殺し地面に落とした弾丸を拾って、自分のポケットに入れていた。
「それにしても助かった。ありがとな、ラウラ」
「……信」
つかつかと歩み寄ってきたラウラに信が向き合う。
すると突然、びしっと立てた人差し指が信の鼻先に突きつけられた。
「いいか。黙っていなくなるな。みんな心配する」
「は、はぁ……?」
「私だけがお前を探していたと思うのか? 一夏の家にいた全員、嫁の捜索に出ていったぞ」
「捜索って……そんな大袈裟な」
信が困ったように笑顔を作るが、ラウラはにこりともせずに、むしろむっとしたような顔でさらに話を続けた。
「みんな不安なのだ……お前がまた、どこかへ行ってしまうのではと」
「あー……わかったよ。気を付ける」
そう言って、信が首を縦にふる。
それを見てもまだ腑に落ちないような表情をしていたものの、ラウラは同じくうなずき返し、語調をやや柔らかくした。
「それならいい。帰るぞ、二人とも」
飲み物を買うつもりだったが自販機がこの有り様では仕方がない、と理由と言い訳を考えて自分を納得させると、信と一夏は歩き出した。
が、その頭からは先程見た光景が離れないでいた。
そして、疑問がもうひとつ。
あの少女と、織斑千冬。そして織斑一夏はどんな関係なのだろうか。
◇
「えー……みなさん。今日はみなさんにお知らせがあります!」
山田先生のにこにこ笑顔がさらにパワーアップして、教室のみんなを照らす。
がやがやとしていた一年一組のみんながぴたりと話をやめる。
全員が、今日はなんだかおかしい気がしていた。
確かに昨日のキャノンボール・ファストの事件はいろいろと騒がれていたから、その試合に出ていた専用機持ちたちが意気消沈していたり、機嫌が悪かったりするのはわかる。
が、なぜだかわからないが、全くその逆。
セシリアは自分の席でずっと鼻唄を歌っているし、シャルロットはスキップして教室に入ってきた。加えて『あの』ラウラが窓の外をみながらにやにや独り笑いしている。
さらにさらに、二組からはとても爽やかな鈴の笑い声が聞こえてくる。
箒だけはいつもの仏頂面だが、そわそわと体を揺らしている。
しかし極めつけは、一夏が朝六時には着席していたことだ。
「今日はなんとですね……なんと、ですね……!」
「おい、入れ」
頭を抱えた千冬がドアに向かってそう言うと、溜めに溜めていた山田先生ががっかりした顔を向けた。
扉がぱっと横にスライドし、誰かが教室へ入ってくる。
なんだ、また転校生なのか。
そんな考えがよぎったのもつかの間、すぐにそんな考えが吹き飛ぶ。
教壇の横に立った人物は短く咳払いをすると、目を丸くしているクラスのみんなに向かって恥ずかしそうに笑って見せた。
「えー……ご心配をお掛けしました。なんとかまたここに戻ってこれました」
信がIS学園の制服を整えると、軽く手を上げた。
「また……よろしくな?」
その数秒後、彼が割れんばかりの拍手で迎えられたのは、想像に固くないことだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――
――――――――――――
「また質問攻めだった……」
「当たり前でしょ。あたしたち以外はだーれもなーにも知らなかったんだから」
鈴が昼食を口に運びながらしれっと信に向かって言った。
その信はというと、非常に疲れた様子でテーブルに突っ伏している。
なにしろ『戻ってきました』宣言から今の今まで興味深々の目をした女子たちが捕まえて離さなかったからだ。
いつものように千冬はすっと消えているし、山田先生はなんだかよくわからないが『じゃあ特別に授業を真宮くんへの質問タイムにしましょう!』とにこにこを崩さなかった。
「とにかくよかったじゃない。無事に戻ってこれて」
「その通りですわ」
シャルロットの言葉に、セシリアはにっこり笑って頷いた。
「嫁、今日からお前の部屋で寝る。わかっているだろうな?」
「初耳だしお断りするよ」
疲れた顔で信が返事をすると、ラウラは拗ねたように反論した。
「なにを言っている。昨日のように襲われたらどうするのだ」
がちゃん。
食器の上にスプーンやらフォークやらが落下する。
なんとなく嫌な予感が信の胸をよぎる。
そして見事にそれは当たった。
「へぇー……僕、それは聞いてなかったなぁ」
「ですわねぇ……」
「あたしも右に同じー……」
「な、なんだ!? 別に隠してた訳じゃないぞ!? タイミングがなくて……な、なっ!? そうだよな、一夏!?」
白身魚のふっくらした身を口に運びかけていた一夏が一旦手を止め、箸を静かにテーブルに置いた。
「あー……そうだよな」
「お、おい一夏! お前も関係あるのか!?」
箒が二人の顔を見比べながら、突然の出来事に驚いてあたふたとし始める。
「まぁな。俺たち、銃撃された」
「銃撃!? お、おま、お前を!? なぜだ!? い、いや、誰が!?」
「うーん……話せば長くなるかな」
「そんなこと構うか! 話せ!」
胸ぐらを掴むと、まるでそうすれば答えが出てくると信じているように、箒がものすごい勢いで一夏の体を揺すった。
「わ、わ、かっ、た! よ、よ、よ、夜! し、し、信の、へ、部屋に! あ、あ、集ま、集まろう!」
「ちょっと待てよ!? 勝手に――」
「「「「了解!」」」」
とてつもなく重要な任務を受諾したかのごとく叫んだ四人に押され、渋々信は頷いた。
とりあえずこの話題を終わらせようと、昨日からずっと気になっていたことを聞くことにした。
「ところでさ、簪は?」
昨日の晩、簪は誕生会に出席していなかった。
◇
ふかふかの応接用のソファ。
目の前にある机もかなり豪華で、なんだか輝いて見える。
ことん、という軽い音と共にコーヒーが置かれると、簪はさらに身を固くした。
「大丈夫?」
「は、はは、はい……ありがとうございます、虚さん」
軽く笑みを返すと、虚は生徒会室の奥へと消えていった。
気を使ってくれたのだろうか。
だとすれば助かったような、助からなかったような。
ちらりと目線を上げると、『驚愕』と書かれた扇子で顔を隠している生徒会長……すなわち楯無が見えた。
「あ……あの、その……ごめんなさい……」
「にゃひ!? なにが!?」
「えと……突然押し掛けてきちゃって」
「そ、そんな! 全然ちっともまったく構わないのよ!? だって私たち……その……姉妹、でしょ?」
扇子を下にずらし、様子をうかがうように簪を見る。
一瞬目をそらしたものの、すぐにまた目を合わす。
ここで逃げてはいけない。
膝の上に置いた拳を強く握りしめる。
「わ、私……! お、おお、おね、お姉ちゃんにお願いがあるの!」
できる限りの大声を出す。
自分の強い意思を伝えなければ。
「き、昨日、ね……と、友達が頑張ってたのに……! わ、私だけ、戦えなかった……! だから……!」
悔しい。
年が変わらない専用機持ちたちがあんなに勇ましく戦いを挑んでいたとき、自分は椅子に座ってデータ解析をしていた。
もう見ているだけは嫌だ。
自分もみんなに負けたくない。強くなりたい。
そのために一番越えなければいけないのは、弱い自分だ。
「お願い、お姉ちゃん……『打鉄弐式』を完成させたいの……! 私に力を貸して……!」
言いきった。
あとは答えを待つだけ。
簪はぎゅっと目をつぶって顔を下に向ける。
はたして姉はどんな風に返事をするのだろうか。
待つ時間が何分、何時間にも感じられる。
「っ……!」
ぱん、という激しい破裂音が沈黙を破る。
簪は一瞬、自分が叩かれたのかと思った。
しかしそれにしてはおかしい。なぜなら頬がまったく痛くなかったからだ。
恐る恐る顔を上げると、ぷるぷると体を震わせながら閉じた扇子を胸の前に持っている楯無がいた。
「お、お姉ちゃん……?」
その瞬間、ぶわっと楯無の目から涙が溢れて次々とこぼれた。
「お姉ちゃん!? え、な、なに!?」
「だっ、だってぇ……お、おねぇ、お姉ちゃん、なんて、いつ以来……」
「だ、だからって……」
「も、もう、簪ちゃんに嫌われてたと思ってたからぁ……! 嬉し、嬉しくて……!」
器のように広げた手に顔を埋め、溢れ出た感情の波を押さえようと楯無は必死だった。
まさか。まさかまさか。
簪が自分で会いに来てくれるなんて。
「わ、私は……お姉ちゃんのこと、嫌いになんて……その、わ、私は……」
今度は簪の目からぽろぽろと涙が落ちる。
「私、こそ……お姉ちゃんに心配かけてばっかりで……! 私はお姉ちゃんに嫌われてるんじゃないかって……!」
「そんなことない……そんなことないわよ……簪ちゃん……!」
すっと簪の側へ移動し、楯無が頭を優しく抱き寄せた。
しばらくそうして、互いの気持ちが収まるのを待つ。
まるで今まで感じていた確執がまったくの妄想だったかのようだった。
楯無が鼻を短くすすると、簪の手を握って立ち上がる。
「そうと決まれば仲間を集めないとね!」
「な、仲間……?」
「簪ちゃんの専用機を一緒に完成させてくれる人たちのこと!」
「お姉ちゃんは……て、手伝ってくれるの?」
楯無は再び優しく簪を抱き締める。
「当たり前でしょ……かわいい妹のためだもの」
そうして、まだ赤い目でにっこりと簪に微笑んだ。
「大丈夫! 当てならたくさんあるわ! でもまずは……」
さっと携帯を取りだし、楯無が片手で素早く電話をかける。
「……あ! もしもし! 今どこ!? ……部屋ね! わかったわ! そっちに行くから! 簪ちゃんと!」
「あ、あの……お姉ちゃん?」
「そうよ! あの! あの簪ちゃんと! 私の妹と! ……え!? 他の子達もいるの!? なら好都合よ! 引き留めといて! 簪ちゃん紹介するから!」
「ね、ねぇ……だ、誰……?」
簪がおろおろと質問するが、興奮した楯無にはまったく聞こえず。
結局、そのまま電話をきってしまった。
「行くわよ! 簪ちゃん!」
「ど、どこに……?」
楯無は嬉しそうにウインクを返した。
「私の補佐官のとこ♪」
訳もわからず、簪は姉に手を引かれるまま廊下に飛び出すのだった。
はい、てなわけでですね……かなーり原作から離れました。
薄々お気付きかと思いますが^^;
ここから完全にオリジナルで話が進みますm(__)m
恐らく、このまま終わりまで突っ走ると思われます^^;
今までも『はい? なんじゃこりゃ!』となるとこ、『いやいや、それは無理があるだろ!』というとこ、多々あったと思います。いや、ありました。
これからは更に一層拍車がかかるかと思いますが、よろしくお願いします!