IS〜world breaker〜   作:山嵐

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56:誰かに認められることは嬉しいもの

 

 

 

「では、本日の演習を始めます! 今回は一対多数の場合の戦闘ですね。相澤さん、自分が多の場合におけるメリットと注意点は?」

 

「はーい! 数で押せるのがメリットで、でも前に出すぎて統率を乱さないことです!」

 

「その通り! では一の場合は……篠ノ乃さん」

 

「はい。まず自分が圧倒的に不利であるという事実を認識し、増援が見込める場合はそれを待つこと。それと、戦うだけでなく退却という選択肢も頭に入れておくということ……です」

 

 おいおい、なぜ俺を見るんだ。

 お前に言っているんだぞと言わんばかりの目線が向けられ、なんだよとさらに目線で返す。

 もしかして、福音の時のことを言ってるのか? あれは仕方ないじゃないか。だって退却なんてさせてくれそうになかったし。  

 アリーナに整列し、山田先生の授業を受けている2組と4組。

 鈴は『なんで1組とじゃ……』とぶつぶつ言っていたが、願いむなしく現在は教室でIS理論について講義を受けている。

 しかし、ほとんど合同授業は1組とだったのでこの組み合わせはかなり新鮮である。

 特に――

 

「ねぇ、やっぱりいい体してるね……ふふっ」

 

「うん……すごい……はぁ……」

 

「あとでどさくさに紛れて胸当てよう……ぐへへ」

 

 なんだろう。いつもよりすごく危険な気がする。

 ちらりと横に目をやると、一夏が後ろの女子から背中をつんつんとつつかれて、そのたびに体をびくつかせていた。

 かわいそうに……完全に遊ばれてるじゃないか。

 箒が後ろを振り返ってこの光景を見たら、とんでもない表情になるだろうな。

 それはさておき、俺はというと人のことも言える立場にはなく。

 

「……なぁ」

 

「なに?」

 

「やけに近くないか?」

 

「えぇー? そうかなぁー」

 

 すぐ右にいるから、にこにことしているがかなり苛立っているのがひしひしと伝わってくる。シャルは確かに笑うとかわいいが、この笑顔は不思議なことに本当に怖い。

 

「間違いなく近いだろ。もう1センチもないぞ……」

 

「この。くらい。の。距離が。ふ・つ・う、ですわ。わたくしたちにとっては、そう、わたくしたちにとっては」

 

 なぜ二回言った。

 セシリアまた半歩ほど左から俺の方に近づくと、ぎりぎり先生には聞こえないが、周りには聞こえる程度の声で話していた。

 

「まったく、こいつらは男に飢えすぎだ。気を付けろ、どこから襲ってくるかわからん」

 

「そう言いながら後ろに下がってくるな。頼むから。真面目に」

 

 銀髪のラウラが動くと、ラベンダーのいい匂いが広がる。せわしなく周りを確認するので、首が左右に揺れ、もうラベンダー畑の真ん中に立っているのとほぼかわりない。

 なによりまずいのは、このまま下がってこられると完全に体がくっついてしまうことだ。

 それはまずい。非常に。

 ラウラの、その、あー……尻が、俺の……あの、当たると本当に退学させられる。これは間違いないと思う。

 

「信……おっきいね……」

 

「な、なにが!?」

 

「え……? 背中が、だけど……どうしたの?」

 

「……簪、お前はそのきれいな心のままでいてくれ。そして後ろに下がってくれ」

 

「そ、そんなこと、いったって……」

 

 簪の後ろには目が血走っている女子の大群が。

 どうにかして近づいてこようとしているところを、食い止めてくれているようだが、かわりに自分が俺とくっついてしまいそうになっているわけか。

 ありがたいんだか、なんなんだか。

 背中にちょっとひやっとするくらいの温度の手のひらが当たって、なんとなくどぎまぎしてしまう。

 

 そんな感じで四方を塞がれているのだが、山田先生は気にせず授業を進めていく。

 

「はーい、それじゃあ早速演習に入りましょう! 各専用機持ちを中心にグループにわかれてくださーい! グループはさっき出席番号で決めたものですよー」

 

「ほ、ほら。じゃあ俺のグループの人以外は離れてくれ」 

 

 今回の授業も疲れそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん、そんなことがねー」

 

 授業で多数の敵に袋叩きにされそうになった、という話を聞きながら、楯無は華麗に剣撃を避ける。

 対する信は女子たちにくっつかれていたという精神的な疲れもあってか、なかなか思い通りの一撃を加えられていなかった。

 突きもうまく的を捉えられず、楯無にうまく受け流されて額にカウンターをバッチリ加えられた。

 

「ぐっ! だ、だから今日は少し――」

 

「あれれー、日本男子足るもの手加減を要求するようじゃあまだまだ、ねっ!」

 

 空中での回し蹴りを右の手甲でぎりぎりガードすると、信はすぐさま『夜烏』全三機を攻撃体勢に切り替える。

 指示を受けてから素早く、ほぼゼロ距離にいる楯無めがけて頭を向け攻撃を仕掛けるものの、すでにその場から目標は離脱していた。

 まるでなんの抵抗も感じていないかのように宙返りをして避けた楯無の前に、初撃は三機が交差するように空を割くのみに終わったが、続いての追撃に移るのは信の方が早かった。

 

「そりゃ相手が最強の大和撫子じゃあそうなるでしょ!」

 

 ライフルタイプに変換されていた朧火から、短い間隔で二発のレーザー弾が放たれる。

 夜の闇を切り裂く光弾が続けざまに楯無に命中した。

 しかし、その表情は着弾の衝撃に歪むことはなく、むしろ不適な笑みを浮かべ、そればかりか体がゆらゆらとはかなげにうごめいた。

 ぱしゃり、という音と共に分身兼水の盾が二人の間で消えた。

 というよりも、消された。

 

「せいっ!!」

 

 大型ランス『蒼流旋』を構えて分身の裏側から突撃してきた楯無が、夜烏の補足追尾機能の反応が一瞬遅れるほどの速さで瞬光を貫いた。

 ように見えた。

 この一撃を脇にぐっと抱え込まれるかのように止めると、信はにやっと笑って逆側で自由になっている腕に朧火のエネルギーを集中させて、今度は剣の形へと変える。

 楯無は反撃を受ける前にランスを取り戻すことは不可能と判断し、蛇腹剣『ラスティーネイル』と背面にアクアナノマシンを使ったヴェール状の水の盾を展開した。

 直後、下から切り上げるような斬撃を受け止め、後ろでは水の盾に勢いよく突き刺さったアンロックユニット三機が、その液体から数センチ切っ先を除かせた。 

 そして、つばぜり合いをしながら、二人がにんまりした顔を付き合わせた。

 

「やっぱり一筋縄じゃあいかないわよねぇー?」

 

「そっちも、ですよ」

 

 そうして幾度となく攻め、守り。

 撃って撃って、斬って斬って。

 時には体勢を立て直すために相手から距離を取り、はたまたチャンスは逃さず瞬時加速で距離を詰める。

 もしこの二人の戦いを誰かが目撃していたら、思わず息を飲み、そして瞬きすら惜しんだだろう。

 

 そうして幾度となくぶつかった結果。

 

「はぁ、はぁ……あれ、何分経ちました?」

 

「ふぅー……え? あ……一時間」

 

「よっし! 耐えたぞー!」

 

 地上でにらみ合いをしていた信がどかっと腰を下ろして天を仰ぎ、瞬光を解除するとそのまま大の字で寝転がった。

 楯無はちょっと納得がいかないような、少し悔しそうな顔をしていたが、すぐにミステリアスレイディの展開を解除した。

 

「あぁ、もう。 思いの外早く引き分けになっちゃったわ」

 

 楯無と信が二人での戦闘演習訓練をはじめて、およそ二週間が経過していた。

 この訓練での約束は二つ。

 ひとつ、信は『越境の瞳』を使用しないこと。

 ふたつ、戦闘時間は一時間。それを過ぎたら引き分け。

 毎日毎日手合わせをしていたので、最初こそ信を下していた楯無ではあったが、段々と手の内やパターンを記憶されて対策を練られて、今日ついに互角までになってしまった。

 

「でもまだ勝ってないですから。くっそ、あそこで深く当てとけばなぁ」

 

「そんなことないわ。かなり優秀よ。ただし、どうしてもまだ夜烏の操作が雑ね」

 

「そうなんですよ。朧火と同時並行で使うと……うわっ!?」

 

 突然視界に入っていた星たちが楯無の顔に遮られる。

 いつの間にか近付いてきて、寝転がっていた信に覆い被さるように四つん這いになっていたのだ。 

 今しがた戦闘を終えたばかりだからか、少し疲れたようではあるが、楯無は大人っぽい静かな笑顔を浮かべていた。

 

「ま、とにかく。おめでとう、補佐官?」

 

「あ、ありがとう……ごさいま、す? 生徒会長?」 

 

 ぴったりと体の線に沿って作られたISスーツが、どうしようもなく女の子の体を信に意識させていた。

 ただでさえ反則級のスタイルなのにと内心で文句を述べたが、男である以上、信は楯無に色気を感じずにはいられなかった。

 

「ふふっ、顔が赤いぞ? 何を期待してるのかな?」

 

「い、いや、そんなことは……」

 

「嘘ついちゃ、だーめ。ほら、ちゃんと私のこと、見て?」

 

 首の後ろに手をまわしながら、楯無が猫のようにぐいっと体を伸ばした。

 もうあと数センチでお互いの色々なところがぶつかりそうだった。 

 

「……ご褒美、欲しくない?」

 

「ちょ、ちょちょちょ……!」

 

「……あなたに、私の名前を教えてあげる」

 

「……へ?」

 

 互いの額をこつんとぶつけて、楯無は目をつぶる。

 そのまま眠りに落ちてしまいそうな静かな呼吸が、自分の耳にも届いて、そして消えていった。

 鼓動が早くなるのを感じる。自分も、相手も。

 そうした数秒の沈黙の後、猫のようにしなやかに体を起こすと、月明かりを背にして少し恥ずかしそうに微笑んだ。

 

「刀奈。私は、更識刀奈っていうの」

 

 遅ればせに体を起こした信が、その顔をじっと見つめる。

 恥ずかしそうに身を縮ませる少女は、今の今まで生徒会長として隣にいた人物ではなかった。

 しかしかつて一度だけ、信は会ったことがある。

 学園祭の襲撃のあと、メディカルチェックを受け終えた時にわずかだけ、楯無が垣間見せてくれた。 

 

「楯無っていうのは……」

 

「更識家では代々の当主が名を継いでいくの。その名前が楯無。でもね……」

 

 すっと伸ばした手のひらが、頬に当たる。

 一拍おいて、もう一方がまた信の頬に添えられる。

 ひんやりと冷たい手がやさしく顔を包んで、刀奈の顔から視線を外させないようにした。

 

「あなたには……信くんには……そういうのじゃなくて、女の子の私も見てほしいから……ね?」

 

「……たて――刀奈、さん?」

 

 ゆっくり、二人の距離が詰まっていく。いや、どちらかが一方的に迫っているだけだろうか。

 でもそれはどちらでもいい。

 初めて現れた自分より強くて、優しい人。

 その目はいつもまっすぐで、でもたまに寄り道もして。

 近すぎて焦点が合わなくなってきた。

 そして――

 

「……なんてね! びっくりした?」

 

「へ? へっ!? た、楯無さん!」

 

「ふふっ! かわいい顔が見れてよかった。お姉さん大満足よ?」

 

 先程までのしおらしい女の子はどこかへ行ってしまい、代わりにいつもの人をからかうことを楽しむ女性が目の前に現れていた。

 どこからともなく『愉快』と書かれた扇子を取りだし、くすくすと肩を震わせている。

 結構覚悟を決めていた信としては、まったく愉快も何もないのだが。

 もっとも、心に余裕があればその扇子の後ろに隠れた本心も見抜けたかもしれない。

 

「あー、もう! こ、こういう冗談はたちが悪いからやめてくださいよ!?」

 

「はーい♪」

 

 まったくと赤い顔で文句をいいながら立ち上がった信は、座っている無邪気な笑顔に手を差し出す。

 その手に助けられて立ち上がると、楯無が口を開く前に信はさっさと背を向けて歩きだした。

 きっとまだ恥ずかしいんだろう。

 にやっとした顔で近づき、後ろから腕に飛び付く。

 

「今度は信くんから、キスしてくれると嬉しいなー?」

 

「なっ!? ていうか、さっきしなかったでしょ!?」

 

 じゃ今本当にしようか、なんて言いながら。

 真面目になんかなったら、そんなこと照れずには言えないから。

 もし、更識刀奈としてこういうことが面と向かって言えるのなら、そのときはきっと。

 早くなった鼓動を聞かれませんようにと思いながら、更衣室までの数メートルをゆっくり歩くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ 

 

 

 

 

 

「えいっ!」

 

「ほっ」

 

 右上から降り下ろした一撃を、半身になってかわされる。

 

「せい!」

 

「はっ」

 

 今度は避けられないように素早く横に薙ぐが、展開した武装で止められてしまう。

 

「やあっ!」

 

「とう」

 

 引いて手元に戻した武器を相手の正面に向かってつき出すが、逆に反撃を受けてしまった。

 衝撃で機体が後退させられ、立て直しに少し手間取った。

 

「くっ……!」

 

「簪、あんまり前のめりに突撃しても返り討ちにされちゃうぞ」

 

「わ、わかってる……で、でも!」 

 

 薙刀型武装『夢現』を構え直しながら、空中で輝く剣をくるくると回している信と向き合う。

 簪と、その専用機『打鉄弐式』の訓練は放課後の空いた時間で毎日行われていた。

 4組のみんなと仲良くなったおかげか、授業やこのような空き時間の練習にも快く相手を引き受けてくれる。

 が、簪も日本の代表候補として、やはり実力のある人たちと手合わせをしていかなければならない。

 そのため、こうしてたまに信や他の候補生にお願いして時間を割いてもらっている。

 

『信の言う通りよ。あんたの機体、機動力重視でしょ。踏み込みすぎてカウンターもらったらやばいわよ』

 

『立て直しが遅すぎる。今の半分……いや、四分の一の時間でやれ。それから、近接武器の扱いも練習しろ。それぐらいは一人でもできるだろう?』 

 

「は、はいっ……!」

 

 鈴とラウラの手厳しい指摘に背筋がぴんとのびる。

 正直、この二人の組み合わせは少し嫌だった。

 もしも『学園の中で戦いたくない人は?』という質問をされたら、簪は真っ先に二人を上げる。

 もちろん、苦手なだけであって嫌いなわけではない。

 鈴とは他愛のないおしゃべりで盛り上がるし、この前も一緒に料理を作って信に渡しに行った。

 ラウラは日本の文化に興味を持っているようで、簪の持っている少女漫画を部屋に読みに来ては赤面していたりと、かわいい一面があるのを知っている。

 

 が、しかし。

 この二人、勝負事にはとことん厳しい。

 相手のミスを鈴はストレートに言ってくるし、ラウラが誉め言葉を発することはまずない。

 本気でやってくれているのは十二分にわかっている。それに、指摘が的を得ていることもわかっている。

 それでも、簪も人間である以上、やっぱりたまには優しい言葉で励ましてもらいたいわけで。 

 

「はぁ……」

 

「ま、まぁあれだ。簪の得意な距離じゃないからな。それなりにでもできれば――」

 

『それなりにもなってないから言ってんのよ、バカ。いくら不得意でもね、やらなきゃいけないときもあるの。自分が苦手な距離で戦われたから負けました、なんて言ったら代表候補から降ろされるわよ』

 

『その通りだ。嫁は少し簪に甘いぞ。簪、お前も甘えすぎだ。このままでは戦力として数えられん』

 

「ご、ごめん……なさい」

 

 しゅんとした簪を見て、信はなんとか励まそうとあたふたするが、また下手なことを言えば鈴たちにつっこまれるので、なんと言葉をかけてあげればいいのかわからない。

 できるのは、こうして一緒に練習をすることだけ。

 簪には秘密にしているが、それは楯無からの頼みでもあった。

 本人が稽古をつけられれば一番なのだろうが、妹思い過ぎて本気でミスを指摘できないらしく、どうもなあなあになるのが許せないらしい。

 信は簪にばれないよう、鈴とラウラにだけ通信を開く。

 

『お、おい。二人がしっかりやってくれるのはわかるけどさ……ちょっときつく言い過ぎじゃないか?』

 

『はぁ? あたしは本国でこの百倍はしごかれたわよ』

 

『だから甘いというのだ。簪だって馴れ合って強くなれるとは思っていないだろう』

 

『いや、それはそうだけど……少し自信をつけさせてあげたいんだ』

 

『……あー、もう。わかったわよ。ラウラ、あれをやるわよ』

 

『……うむ。まぁ多少早い気がするが、これぐらいは許容範囲だ』

 

 二人は何やら打ち合わせ済みらしいが、等の本人は何も聞いていないはずなので、信はちょっとばかり不安を覚えた。

 とんでもない鬼トレーニングをさせられるのだろうか。

 今度はオープンチャネルで回線が開いた。

 

『簪。今度は二人一組での戦闘練習を行う』

 

 

 

 

 

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 地上で空を見上げていた鈴とラウラだったが、今度は簪たちと同じ目線に立っている。いや、浮かんでいるといった方が正しい。

 甲竜とシュバルツェア・レーゲンの装甲が夕日のオレンジ色を反射して輝いている。

 四人は戦闘開始の前に空中で一旦集まり、ラウラが演習に当たっての注意事項を述べた。

 

「ペアは私と嫁、簪と鈴だ。時間の制限はもうけない。いいな?」

 

「う、うん……」

 

 簪が緊張気味に返事を返すと、ふらふらとした足取りで規定の位置まで距離を開ける。

 これまでIS学園で専用機を組み立てるのに精一杯だったため、専用機持ちとのタッグマッチなど今回が初めてだった。

 ましてやパートナーが鈴という、天真爛漫というか、元気一杯の女子である。おとなしい性格の簪とは正反対といってもいい。

 付け加えてラウラは軍属だし、信に実力があることは十分知っている。

 急に不安要素しか浮かばなくなってきて、頭がくらくらしているような感覚に襲われた。

 

「ちょっと、簪!」

 

「は、はいっ!」

 

 上ずりそうな声で返事を返すと、鈴が腰に手を当てて大きくため息をついた。

 

「あんたが得意なのは確かに前衛じゃないわ。だからあたしが前に出る」

 

「は、はい……」

 

 ツインテールをなびかせて、鈴が簪に背を向けて、かわりに敵と向き合う。

 その背中は身長と比べて大きく見えた。

 

『準備はいいか? 始めるぞ?』

 

 信の声がオープンチャネルで直接耳に届く。

 いよいよだと思うと、一層心臓が締め付けられるような緊張の波が押し寄せてきた。

 ミスをしたらどうしよう。

 それで、負けてしまったら。

 悪い方向にばかり思いがめぐってしまう。

 

「り、鈴ちゃん……!」

 

「なに?」

 

「わ、私のせいで、その、ま、負けちゃったら……」

 

「……できないことを嘆くより、できることを実践する。あたしは、緊張したらそう考えるけど? それに――」

 

 鈴はにやりとからかうように笑っている横顔だけをこちらに向ける。

 その表情は簪と反対に、自信に満ち溢れているように見えた。

 

「あたし、あんたが足手まといなんて全然思ってないし。むしろ心強く思ってる。冗談抜きで、ね」

 

 予想外の言葉に返す言葉が見つからなかった。

 初めはそれが何を意味しているのか、飲み込むのに少々時間がかかった。

 だがそれを理解したとき、不安で覆い尽くされかけていた胸の中に、熱いものがぽっと灯った。

 鈴は信じてくれている。自分と二人で、勝とうとしてくれている。

 同時に、同学年のこの小さな少女に尊敬の念を抱いた。

 

「すごいなぁ……」

  

「は? なんか言った?」

 

「……私も、鈴ちゃんと一緒に戦う……!」

 

「……ふ、ふん。あったりまえでしょ」

 

 ちょっと照れたのか、顔は見せてくれなかった。

 かわいいと思ったところで、今度はラウラの声が耳に入ってきた。

 

『ではいくぞ……試合開始!』

 

 初めに動いたのは鈴だった。

 瞬時加速で一気に間を詰めつつ、両手に双天牙月を分離させた状態で呼び出す。

 左腕を大きく横に振りかぶり、信に攻撃を仕掛ける。

 右手に展開した朧火の剣がそれを受け止め、ちらちらとエネルギーの欠片を散らした。

 右腕に握った円月刀を初撃から遅れて反対側から叩きつけるように振るうが、これもまた信が同じように展開した朧火に防がれてしまう。

 お互いに二刀を持ってぶつかり合ったのも一瞬、すぐさま互いに突き飛ばしてスペースを作る。 

 

「右!」

 

 簪の声に反応し、顔は正面に向けたまま、双天牙月を右後ろに構えて衝撃に備える。

 斬り込んできたラウラのエネルギーブレードがそこに見事にぶつかった。

 そのあともう一撃踏み込む余裕があれば、鈴にダメージを与えられたかもしれないが、そんな時間はない。

 打鉄弐式の背中に搭載された速射荷電粒子砲、『春雷』の二つの砲門から粒子ビームが放たれたからである。

 二人の間を裂くように強烈なエネルギーが飛んでいき、衝撃砲が撃てるだけの間合いを開けた。

 少し下方に下がって回避したラウラに見えない砲撃を浴びせながら、体勢を建て直した信を迎え撃つべく、今度は分離させていた剣をひとつに合わせて構える。

 双剣を使った信の降り下ろしと横薙ぎ払いを受けきりながら、真上に一発砲撃を行う。

 三機の攻撃用ビットはそれを避けるためにちりじりになり、直撃コースから大きく外れて甲竜の腕と肩のアーマーを少しかする程度で上から下へ通りすぎていった。 

 

「あぶないっ!」

 

 腕を思いきり引っ張られて、大きく胸を反るような体勢になる。いつの間にか簪が近くに来ていたのだ。

 その瞬間、目の前を右から左へとレールガンの弾が流れて、鈴をひやりとさせた。

 

「ありがと、簪!」

 

 素早く礼を言ったあと、下方向に大きく距離をとって地面すれすれを這うようにして飛ぶ瞬光へ砲弾の雨を浴びせる。

 もうすぐ衝撃砲の射程から出てしまうと判断すると、近くにいるであろう簪に呼び掛ける。

 

「あっちお願い! あたしはラウ――」

 

 言い終える前に突如目の前に現れたラウラにぎょっとする。

 レールガンの間合いからここまで早く詰められるとは。

 エネルギーブレードを展開した手刀を受け止めるには二刀の大きさと重さを考えると間に合わない。

 ラウラが右半身を大きく後ろに引き、鋭い一撃を加える準備に入った。

 完全なタイミングで討とうとした瞬間、覚悟を決めた鈴の後ろ側から、すっと横に出てきた簪が見えた。

 春雷の砲門から炸裂したエネルギーが、わずか二メートルほどの近さにいたラウラを吹き飛ばす。

 簪が自分から注意を外した瞬間を見逃さず、ライフル状に展開した朧火から一撃が放つが、横から出てきた双天牙月の刀身が射線を遮り、エネルギー弾は弾かれてしまった。

 手に伝わった衝撃がじんわりと体を広がっていくのを感じながら、困ったように鈴が笑う。

 

「あんた、吹っ切れると強いじゃない」

 

「そ、そうかな……?」

 

『くっ……敵ながら素晴らしい一撃だ』

 

 ラウラが地上近くで腹の辺りをさすりながら、信とともに上を見上げていた。

 

『簪、一人で攻め込むことではなく、味方と共に勝つ最良の手を考えろ。 自分も味方も、戦いやすいように』

 

「ま、そういうことね。一対一よりも誰かとタッグを組んで戦う時の方が簪にはあってるってのが、あたしたちの意見。あんたが向いてるのは、自分も含めて味方全体の状況を冷静に分析して指示をする、いわゆる司令塔ってとこね」

 

「冷静に……分析……司令塔……うん。やってみる……!」

 

『さっきは不得意な状況で戦う必要もあると鈴が言ったが、それは最後の手段だ。まず考えるべきなのは、自分が得意な状況を作ること。いいか?』

 

「うん……! 頑張る……!」

 

「で、それを踏まえてあれを倒しに行くわけだけど……」

 

 少しだけ笑っているラウラを親指で指して、鈴はため息をついた。

 今までは教える側と教えられる側という認識だった。

 が、あの顔は『もっとこいつと戦いたい』という顔だ。

 つまり、だ。

 

「まず、言っとくわ。ようこそ、専用機持ちの戦場へ」

 

 簪は大きく頷き、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで時は過ぎ。

 秋模様だった空はすっかり変わり、葉を散らした木々が寒々しく枝を見せる11月の終わり。

 そろそろ初雪も近いとニュースで話題に上がるこのごろ、明日からはいよいよ12月である。

 

「うー、さみさみ……よ、おはよ」

 

 すれ違った女子に手を振ると、マフラーに顔を半分ほど埋めながら寮を出る。

 見上げた空には太陽はなく、厚い雲がどこまでも広がっていた。

 

「あ、信! おはよう!」

 

 振り返ると、シャルロットがにっこりとしながら駆けてきていた。

 

「おう、おはよう」

 

「ふふっ。そんなに寒いの? 顔、全然見えないよ?」

 

「背に腹は代えられないっていうか……あれ? ラウラは?」

 

「部隊の人と電話してるよ。一区切りしたら来るんじゃないかな」

 

「そっか……また変な知識入れられてないよな」

 

「えーっと……な、ないんじゃないかな……」

 

 シャルの表情を見て、思う。

 ああ、間違いなくその瞬間を聞いたんだなと。

 こればかりは友人でも止められないらしい。

 俺としては止めてほしいが。

 

「まぁそれは置いといて……寒いし、先に行こうぜ」

 

「そうだね。このままだと凍えちゃいそうだもんね、信が」

 

 くすくすと面白そうに笑っているが、そういう本人も白い息をはいていたし、この少しの会話の間に手を何回か擦り合わせていたのを見逃してはいなかった。

 俺が足を学校へと進め始めると、同じスピードで隣をシャルが歩く。

 少し早めに寮を出たせいか、周りには生徒の影はほとんどない。遠くに2、3人見える程度だ。

 

「そういや、手袋ないのか?」

 

「えっ? ああ、うん。どこかにいっちゃったみたいで……」

 

「この寒い中それはまずいぞ……絶対冷たくなってるだろ、手」

 

「そうだね……さわってみる?」

 

「ん? ああ」

 

 ポケットの中に入れていた自分の手を出すと、差し出してきたシャルの手を握る。

 その手は、さっきまで氷水に突っ込んでいたんじゃないかってぐらい冷たくなっていた。

 思わずこっちが身震いしてしまったぐらいだ。

 が、シャルはなんだかうれしそうに笑っていた。

 

「あったかい……」

 

「そっちが冷たすぎるんだ」

 

「あ、それこの前ラウラにも言われちゃった。でもね、『手が冷たいやつは心が温かいやつだ』って」

 

「じゃあ俺はその逆かな」

 

「そんなことないよ。信は手も心も、すっごくあったかい」 

 何言ってんだ、と笑うと、シャルは恥ずかしくなったのか、それとも少しバカにされた気がして怒ったのか、視線を外して顔を赤くした。

 なんだかその様子を見ると嬉しいような、楽しいような気持ちになった。しばらくこのままでいるか。

 しかし冷たいのはともかく、シャルの手もそうだが、女の子の手はなぜこんなにも白くてすべすべなんだろうか。

 なんだか、こうして手を握っているだけで気持ちがいい。

 シャルの方からは離す気がないようだったので、二人で手を繋いだまま、足を進めていく。

 ちょっと時間が空いたあと、シャルがふと思い付いたように口を開いた。

 

「そうえばあの話、聞いた?」

 

「あの話? どの話?」

 

「ほら、第1アリーナで最近夜中に何か光ってるって話」

 

「ああ~……でも別に、ほら、幽霊がなんとかってこともないだろ」

 

 まさかIS学園七不思議ってわけでもないだろうし、まず七個も不思議はないと思う。

 だいたいの不思議は監視カメラなんかが暴いてしまうだろうから。 

 あくまで噂、ということで俺も実際は見たことがないのだが、話としては単純だ。

 真夜中、それも皆が寝静まったころにアリーナから淡い桜色の光が漏れていることがある。

 その光はほんの数秒で消えてしまうのだが、とても綺麗だということ。

 あれは地獄から悪魔を呼び出したときに発生する光で、なんて冗談のネタになっているだけで、見ただけで幸運になるとか不幸になるとかそういう話ではないため、実際に見てみようと思う人は少ないようだ。

 それに、実際に確かめようとする人も。

 まぁ、噂話のネタバレでがっかりするよりも、嘘っぽいことを本当っぽく話しているのが楽しいというのもあるのかもしれない。  

 もっとも、完全に消灯時間なので、ベットを抜け出したのがバレたらきついお仕置きが待っている、というのが一番の抑止力だが。

 

「あのさ……信、じゃないよね」

 

 予想外の質問に目を見張る。

 

「俺? 俺がアリーナで何するって言うんだよ」

 

「その、なにか僕たちに隠して、秘密の特訓……とか。わ、笑わないでよ!」

 

 頬を少し膨らませて俺の肩を叩くと、シャルがぎゅっと手を握ってきた。

 

「ごめんごめん。でも夜中なんて、俺は寝てるさ。嘘だと思うなら、今日の夜、俺の部屋に来いよ」

 

「えっ……?」

 

「……変な意味じゃないぞ」

 

 その時、ちょっとびっくりしたような表情が、にんまりとした顔に変わった。

 なんだか嫌な予感がする。

 

「へー……変な意味? どんな?」

 

「……シャル」

 

「ねぇ、僕がどんな風な意味だと考えたと思ったの?」

 

「それは……あー、まぁ……」

 

「……えっち」

 

「な、なにも言ってないだろ」

 

「それとも……き、気付かないふりして行ったほうが……信はよかったかな?」

 

 指を絡めてきながら、恥ずかしそうに笑う姿にどきりとした。

 この表情は反則だ。

 もし仮に俺がどこかの欲望の権化みたいな男だったら、この場で理性を失いかねない。

 冷静に、冷静に。

 ていうか朝っぱらから俺たちは何を話しているんだ……。

 

「ごほん。とにかくだ。俺はばっちり寝ている。言いたいことはそれだけだ」

 

「ふふっ……そう。じゃ、本当に今日確かめに行こっと」

 

「勘弁してくれ……」 

 

 そんなに信用がないっていうのか、と言いたくなる。

 

 結局、なにがどうなっているのか様々な憶測を巡らせたり、部屋に来る来ないの問答をしながら歩いて、食堂の前まで来てしまった。

 ここまで来るとやはり生徒の出入りが激しく、席もまばらではあるがほどよく埋まっている。

 適当な場所を見つけて荷物を置くと、早速朝御飯を注文していく。

 カレーはやはりはずせない。

 

 ひとしきり空腹を満たしたあと、気になっていたことについてシャルに聞いてみた。

 

「そういえばさ、あれってどんな感じでやるんだ?」

 

「あれ?」

 

「ほら……学校説明会の」

 

 つい先日発表になった『学校説明会』なるものは、毎年12月に行われているもので、入学希望の生徒を集めて行われる。

 全世界から優秀な生徒を獲得したいIS学園側と、優秀な人材を育ててほしい国や地域の思惑が見事に一致したイベントといえる。

 呼ばれるのは各国の代表候補生のほか、現時点でのIS特性と学力が求める基準に達しているもの。その他にも、コネで……という人も結構多いらしい。

 実際、毎年定員の何倍もの人が訪れ、選定がかなり難航すると楯無さんが言っていた。

 選定されたあとでも学園全生徒の2倍以下の人数にはなったことがないので、学園祭ほどではないが、未来の後輩たちにいい姿を見せるいいチャンスだと、学園内でもちょっとしたイベントになっているとのこと。

 ただ、俺や一夏は参加したことが当然ないため、勝手が全くわからない。

 シャル達代表候補生は当然参加していたため、ある程度の見通しはついているようだ。

 

「去年はアリーナでISについての説明を受けたり、入学後のカリキュラムとか、卒業後の進路とか教えてもらったり……かな」

 

「ふーん……そこら辺はどこの学校でも同じなんだな」

 

「そうだね。でも人数が人数だし、大変そうだったよ」

 

 紅茶を静かにすすると、シャルはほーっと息を吐いた。

 まぁエリートが集まる学校だから、素行不良の手に終えない女の子なんて来ないだろうが、それでも多人数をまとめあげるのは骨が折れるだろう。

 そして、俺たちがなんでそんな話をなんでしているかっていうと。

 

「それで、僕たちは何をしよっか?」

 

「代表候補生が歓迎するのが習わし、って言われてもなぁ」

 

 俺は頭を抱えてため息をつく。

 

 IS学園の説明会には、他の学校と変わっている点がある。

 一年生の代表候補生が説明会の目玉プログラムを作る、ということだ。

 無論、先生や先輩のアドバイスは受けるが、演出や説明、その他もろもろの準備手順の大まかな流れは自分達で決めるらしい。

 これがとても大変なことだということは、学校説明会なるものに経験したことのない俺でもわかった。

 つまり、不安と期待でいっぱいで、目に入るあらゆるものに感動したり驚嘆したりで注意力が散漫になりがちの中学生の女子たちを、なんとかまとめあげて説明やらなにやらができる状態にするために、できるだけ魅力的な見せ物を用意しろということである。

 

「去年は『ISスポーツ鉄人のつどい』って題名で、バスケットボールのコートでゴルフクラブでテニスボールを打って、両脇にあるサッカーゴールに先にトライを決めた方が勝ちってゲームをISを装備した候補生がトーナメント形式で――」

 

「もういい、もういい。何がやりたかったのか迷走したのはわかったよ」

 

「でも以外と面白くてね、結構みんな食いついてたよ」

 

「うーん……難しい説明をされるよりも、娯楽要素があった方がいいのかなぁ……」

 

「そうだね。でもISの魅力も伝えるようにしなきゃ」

 

 結局この時間だけではいい案が思い浮かぶことがなく、また放課後みんなで集まって考えようということになった。

 俺たちに後輩ができる、なんてまだ実感がわかないが、なんだか少しだけ誇らしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです。
ほぼ一年近く更新しておらず、申し訳ありませんでした。
また、感想への返信も滞ってしまい、本当にすみません。

実はこの物語の最終決戦に向け、行き当たりばったりではいけないと思い、ある程度話にまとまりができてから更新を再開しようと思っていました。
ただ、時間は早く過ぎていくもので、一年というあまりに長い間更新を止めてしまいました。
今回はみなさまにこれ以上ご心配をお掛けするわけにはいかないと、再び最新話を更新させていただきました。
ある程度の終わりまでの道のりが整ってから、徐々に残りを載せていきたいと思っております。
よろしくおねがいします。
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