「はぁ……学校説明会も近いと言うのに……」
独り言を呟きながら、がやがやとうるさい教室に千冬が入ると、たちまち空気が変わる。
席を離れて適当にぶらぶらと話歩いていた生徒はすぐさま最短距離で自分の机に戻り、窓の外を眺めていた生徒は視線をまっすぐ教壇に向ける。
後ろについてきた真耶の姿を見て、多少は和むことはあるが、それでも背筋はぴんと延びてしまう。
「さて、諸君。もう知っているかと思うが、明日から一週間の間、IS学園は臨時で休校することとなった」
千冬はみんなの顔を見渡す。
心の中でガッツポーズする者が多すぎる。そんなことを思った。
「この期間、学園内のセキュリティ強化のために大規模なシステムチェックが行われる。生徒はもちろん、ほとんどの教員はこの敷地内に入れなくなる。学生寮も例外ではない」
秋の大会――キャノンボール・ファスト――での襲撃事件を受け、IS委員会上層部が下したのは『IS関連施設のセキュリティ強化』というものだった。
それはIS学園以外の研究施設も例外ではなく、例えば軍の施設も適用される。
無論、今でもハイレベルのセキュリティは施されているのだが、先の福音の暴走事故や、IS関連施設への謎の襲撃事件がここ最近頻発していることを受け、さらに上の警戒へと引き上げるということなのだろう。
そのとき、びっとラウラが手をあげた。
「教か――先生! 具体的にセキュリティの強化とは何が行われるのでしょうか?」
「お前たちの想像の及ばないこと、と言っておこうか。まぁそうだな……無人のISを門番に置いたりな。ふっ……」
しーん。
珍しく、渾身のウケ狙いだったのだが。
「ご、ごほん! と、とにかくですね! 今日ここを離れたら、一週間は荷物を取りにこれませんので、くれぐれも忘れ物の無いように! いいですね?」
山田先生の苦しい助け船に乗ったと思うと、より悲しくなる。
慣れないことをするものではないとはよくいったものだ。
「そういうことだ。だが諸君、学園の外に出ても君たちはここの生徒であることにかわりはない。間違ってもはめを外さないよう。いいな」
もう一度、クラスを見渡す。
嬉しそうにひくひくと口元が緩むもの、きりっと前を向くもの、熱心に耳を傾けるもの、などなど。
それらを確認して、千冬が満足げにうなずく。
「では、課題を配ることにしよう」
教室のどこかで『げっ』という声が聞こえたのは、気のせいではないだろう。
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「織斑先生?」
千冬が机の上から必要な荷物を取っていると、真耶が申し訳なさそうに後ろから声をかけた。
振り替えれば、背中に大きなリュックサックを担いだ小柄の女性が一人。
「……山田先生、整頓は日頃からすべきですよ」
「お、織斑先生だって人のこ――あ、すいません。何でもありません、はい……」
「……それで、なにか?」
「は、はい! その、もしよければ……またご一緒に一杯どうですか?」
くいっと口の前に持ってきた手を動かすのを見て、オヤジくさいとは思ったものの、あえて言わなかった。
親しき仲にも礼儀あり、というやつだ。
いや、むしろここで言ってやったほうが今後恥をかかずにすむのかもしれないが。
「ふむ……そうですね。今日は特に予定もないですし、行きましょうか」
「本当ですか!? やった!」
「ふっ……余計に子供っぽいですね」
「ひ、酷いです! これでもお酒は飲める年齢ですよ!」
ぶーぶーと不満を言いながら、千冬の後に続いて職員室を出ていく真耶は、さながら親の後ろで駄々をこねる子供のようである。
最後に学園をあとにするにあたり、一通りの安全確認のために校舎を見回りに出る。
といっても、この階以外は他の教員がすでに行ってくれたので、二人でほんの数分間散歩するようなものだが。
「でも学園長も大変ですね……今ごろ南極ですか」
「出張とはいえ、あんな場所に出向かれるとは……難儀なものだな」
「でもどうしてあそこにあんなものを建てたんですか? IS学園みたいにどこかの国に建てたりすれば……」
「いや、それは無理だな。武力を独り占めするのとそう変わりない以上、どの国も反対するだろう」
「でも、それならこの学園も似たようなものじゃ……下手をすれば他国よりもISの数も乗り手も充実してるじゃないですか」
「……そうしなければいけない理由があるのさ」
そうして施錠を確認し、電気も消し、二人は学園の門の外に出た。
ふと、千冬は足を止めて後ろを振り返った。
なんだろうとつられて真耶も目をやると、IS学園のシンボルタワーが天高く伸びているのが見えた。
「どうかしましたか?」
「いや……なんでもないさ」
ほんの一週間の間、留守にするだけだ。
随分と長い時間この学園にいたせいか、それとも何かを感じているのか。
千冬はこの景色が二度と見れないような気がしていた。
◇
「だから! あたしがあんたたちをバッタバッタ斬り倒していって、ISのすごさを見せつければいいんでしょ!」
「鈴さんが目立ちたいだけじゃないですか! わたくしは反対です! そんなものより、わたくしが丁寧にISの操縦のコツを説明する方が何倍もおもしろいですわ!」
「いや、座学だけでは退屈だ。恐らく我々のプログラムに至るまで、その手のことは散々やられるだろうからな。ここは戦闘時における有用な武装の使い方や戦術を実演するのはどうだろうか」
「い、いきなり武装のこととか、作戦を話されても……ま、まずは普段のIS学園のこと、もっとわかってもらわなきゃいけないんじゃないかな? みんなの訓練とか授業の様子を映像で見せたらどう?」
「あっ、あの……せ、整備の様子とか、ISの構造を、見てもらって……それから、えっと。ふ、深く知ってもらうていうか……」
「……はぁ」
あまりにもまとまりが無さすぎて、箒がため息をついた。
臨時の休みを利用して、信の家で設けた話し合いの機会だったが、各々の意見が噛み合うことなく出っぱなし。
議題である『学校公開での出し物』が全く決まらない。学祭のように軽いノリで決まれば一番いいのだが、学校の評判がかかっているとなるとそうはいかないのだ。
自由に考えていい、というのが一番不自由だったりするのでは、と箒は思った。
「あー、みんなの意見はわかった。わかったけども……」
まとめ役にいる信も、みんなが言いたいことを理解してはいるものの、何をどうしてあげれば全員が満足するのかは分かりかねているようだ。
助けを求めるような視線が箒に飛んできたが、目をそらしてしまった。
別に拒否したわけではないのだが、胸が妙にざわつくのだ。
その時、玄関の方からようやく一夏がやってきた。
「ごめんごめん。遅れちまった」
まったく。
大して悪びれる様子もなく入ってきた男子は、適当な場所を見つけて席についた。
といっても、気に止めたのは箒だけだったが。
「どうだ、やっぱり決まらないのか?」
「あ、ああ。そのようだ」
小声での耳打ちに体を固くしてしまう。
少し体を横にずらすと、ちらりと信を一瞥する。
見られてはいないだろうか。
そんなことを考えた自分にどこか嫌悪感を覚えた。
「だよなー。シャルロットや簪はともかく、他のやつらはなぁ……なんていうか、なぁ?」
一夏はその様子に少しも気付く素振りを見せず、みんなの会議を蚊帳の外で見ながら腕を組んでうんうんとうなずいた。
そうして、いかにも思い付いたと言いたげに人差し指をピンと立てる。
「ここはさ、箒。ずばっとお前の意見をだな……」
「ない」
即答。
「えぇー……だってさぁ」
「毎年考えるのは『代表候補生』だろう? 私たちは専用機は持っているが、代表候補ではない」
「だから義務はないって? それは――」
「と、一夏は考えてると思ってな」
「そうなん――へ? い、いやいや! 思ってないし!」
「図星か……」
ますますため息が重くなる。
なんだその目は、なんて隣で一夏があたふたするのを見ると少しばかり面白くなった。
「無責任なやつだな、お前はまったく。いや、前々から感ずいてはいたのだがな」
「きつっ! 酷い! 鬼!」
「……ふっ。冗談だ」
ふと、笑みがこぼれた。
そういえば、一夏の前で笑えたのはいつぶりだろう。
学園祭のときからずっと、不機嫌そうな顔を見せていた気がする。
ああ、よかった。
胸をほっと撫で下ろした。
横を見ると、一夏がきょとんとしてこちらを見ているのに気づいた。
あまりにも凝視されているので、一気に怪訝な表情になってしまう。
「な、なんだ?」
「じょ、冗談って……箒、お前が? ぷっ!」
「なっ!? なぜ笑うんだ!?」
「だ、だってさぁ、箒が『冗談だ』なんて……意外でさ。そんなところもあったんだな。かわいいやつめ」
「~~っ! このっ!」
にこにことしている一夏の足を思い切り蹴飛ばすと、長いポニーテールを鞭のようになびかせてそっぽを向いた。
隣で悶絶している男子に赤くなりかけた顔を見せまいとしていたが、どうにも顔はにやけてしまう。
だが、信の横顔が目に入り、すぐにふわふわとした気分も吹き飛んでしまった。
一夏にかわいいと言われて喜んでいる自分を見たら、信はどう思うのだろう。
信を無意識に目で追ってしまう自分を見たら、一夏はどう思うのだろう。
そうやって考えてしまう自分が嫌になる。
「いってぇ……足折れたかも」
「その台詞がはけるなら心配はいらないだろう」
「は、はは……そうなんだけどさ。それはともかく、どうなんだ?」
まだ騒がしく意見を出しあっているのを見て、肩をすくめた。
「まったく……纏まらないものを一つにするのは難儀なことだな。いっそのこと、纏めない方がいいのかもしれないな……」
「纏めないって、お前……」
「仕方ないだろう? 無理矢理ひとつのことに従わせても必ず不満が出る。ならば各自でやりたいことをやればいい」
「って言ってもなぁ……」
「もちろん、結果や目標は同じ出なければならないが……小さく纏まらせようとして、大きな目的を忘れては――い、一夏?」
突然一夏の雰囲気が変わった。
真面目で、真剣で、何よりも近寄りがたく思うほどの集中力がにじみ出ていた。
「待てよ……? 小さく纏まらせようとするんじゃなくて、全体を広く捉えたときに、一つのことを目的とするなら……細かいところを考えずに、大きく考えて――っ!」
何かが弾けたように、一夏がとびあがる。
「そうかっ!」
「うおっ!? あ、一夏!?」
話し合いを進めていた全員が、こちらを振り向く。
そんな様子など気に求めず、嬉しそうに一夏が目を輝かせていた。
「い、一夏? 急にどうした?」
「箒、ありがとう! ようやくわかった! 気がする!」
「な、なにがだ?」
「いろいろさ! あ、出し物ってなにすんの?」
「「「「「それを決めてるの!!」」」」」
みんなにつっこまれながら、一夏は笑っていた。
◇
一面が白銀の世界。
日の光が海と、辺りを多い尽くす氷に反射して、目映く視界を多い尽くす。
「寒いな、ここは」
「ええ。なんといっても、世界の最南端ですから」
女性はもうすぐですと言って、少し高いところにあるドーム状の大きな建物を指差した。
「あれが……」
「ええ。『プロメテウス』、私たちの住まいです」
南極に建設された『プロメテウス』というこの施設は、通常の環境以外でのISの動作を中心に研究をしている。
それ以外にも、一般市民が到底踏み入れることができない地域であるため、騒音や爆発による苦情がないという利点を生かし、ISの武装のテストも行われている。
そこから得られる研究データは貴重であり、極秘事項である。
IS学園を次世代の乗り手を育てる場所とすれば、プロメテは次世代の技術を産み出す場所なのだ。
職員は数百名。みな、各国を代表する研究者や、技術者である。
建物の中に入ると、体に付いた雪を払い、いかにも重量のありそうなリュックを下ろす。
頭に深々と被っていた帽子と、視界を確保するためのゴーグルを外し、施設の関係者らしき女性は長くて美しい金髪の髪をあらわにする。
一方、後ろについてきていた男性は白髪の髪を困ったように撫でた。
「いやはや、年を取るとどうしてもね。雪を被ってしまって、という言い訳は通らないかね?」
「ふふ、そんなこと気にせずに。年を重ねるということは、それだけ学び、熟成すると言うこと。恥じることなどありません」
「そう言ってもらえると、なんだか楽になるよ。ありがとう」
「いえいえ……ではさっそくこの施設を案内しましょう。轡木重蔵さん」
女性はそういうと、エレベーターへと十蔵を導き、最下層行きのボタンを押した。
扉がしまると、静かに下降が始まる。
エレベーターは少し特殊な作りになっており、全面が透明で外が見えるようになっている。
そのため、中の二人は密閉された空間にいながら、まるで空中を移動しているかのようであった。
重蔵は外に見える景色に驚き、しかし騒ぐことは決してせずに、ただ目を見開いただけであった。
その目に映ったのは、所せましと置かれた武器の数々であった。
それもただの武器ではない。IS専用の武装だ。
目算ではあるが、一国が保有できる量は軽く越えているであろう。
爆薬、銃身、ブースター、物理シールドにミサイル……。
下降している間にも、遠隔操作で動いているのか、クレーンが上から何かの箱をつかんで別の区画へ運んでいった。
「いかがですか?」
言葉を失った十蔵に女性が微笑む。
「いや、失礼。これほどとは……こんな大規模な武器工場が、南極の地下に……」
「今現在、ISの武装を製作している会社は多々あります。しかしそのほとんどがここ、プロメテに作業を委託して大量生産を実現しています。無論、オーダーメイドであっても対応可能であり、そのような注文も日にいくつか届くこともあります」
「なるほど……しかし、注文は企業だけからなのかね?」
女性は少し口元を緩めた。
赤く塗られた唇が、なんとも悩ましげであった。
「守秘義務があるので」
「例えば……そうだな。ファントムタスク、という名前は聞いたことはあるかね?」
「学園長。今日は見学ということで伺っていますが、他に目的がおありで?」
エレベーターがスピードを落とし、停止する。
階数の表示が点灯し、ドアが開いた。
どうやら最下層に付いたらしい。
促されるままに地下に足を踏み入れて大きく深呼吸すると、重蔵は女性の方に振り向いた。
「いや。ただ、もしファントムタスクと繋がっているならば……」
「どうなさいますか?」
「……目的も定かではない集団に武器を与えるなどという危険な行為を、見過ごすわけにはいかないのだよ」
女性は微笑みながら重蔵に近付くと、ただ優しく微笑んだ。
「正義感がお強いんですね」
「いや、そんなこ――」
その時突然、周りから数人の男たちが現れた。
見たところみな若く、屈強な体つきをしている。
手には銃を構え、とても歓迎的なムードではない。
重蔵がその面々を一瞬で見渡すと、目の前から頭に銃口を突きつけられた。
「だけどよぉ、シジィ。ヒーローぶってっと痛い目見んぞ?」
急に汚い言葉使いになった女性に呆気にとられつつ、ゆっくりと手を上げる。
包囲網が静かに狭まっていく中、女性は見下したような目線を向ける。
「ファントムタスクと繋がってるだぁ? バカ言え、クソ野郎」
にやり、と。
優しさの欠片もない、残酷な笑みが浮かぶ。
「このプロメテウスこそ、ファントムタスクの施設なのさ」
女の高笑いが武器庫に響き渡った。
◇
「ふぁ……」
五反田食堂ののれんを出しながら、看板娘が大あくびをする。
昨日の夜は学校の友達とついつい長電話してしまい、夜更かししてしまった。
寝たのか寝ないのか、気付けばもう空は白んでいたので、そのまま携帯をいじったり、ボーッとしたりである。
「雨、降るかな」
空は曇天。見事なまでだ。
つい数時間前までは雲ひとつなかったのに。
五反田食堂は年中無休。無論、雨天決行で店は開く。
家の中に入れば雨なんて気にならないと言えばそれまでだが、やはり日の光がないと気が引き締まらない。
「らーん! 悪いけど弾を起こしてきてくれるー?」
厨房から母の声が飛んでくる。
間延びした返事を返すと、雲に覆われた空を一瞥し、店の扉をくぐった。
足をのせる度にきしむ階段をゆっくり登り、兄の部屋へと向かう。
「ったくもー、ひとりで起きるぐらいできるようになりなさいよね……」
軽く拳を握り、扉の前に立つ。
ノックをしよう、と思ったその時だった。
勢いよく部屋から弾が飛び出し、蘭の前に現れたのだ。
大きな音を立てて開かれたドアが鼻をかすり、一瞬で眠気が吹き飛ぶ。
「ら、蘭……!」
「お、おにっ、お兄!? 危ないでしょ!? かわいいいもう――」
「てっ、テレビ……!」
「はぁ? 何? 朝っぱらからそれでテレビ見てたわけ?」
手に持った携帯を見ながら、なにやってんだかとため息をつく。
外出先ならまだしも、自分の家なのだから、テレビぐらいもう少し大きな画面で見ればいいのに。
「おまっ、違う! 違わないけどそうじゃなくて! テレビ見たのか!?」
「み、見てな――ちょっと!」
どたばたと横をすり抜けて、弾は階段を大きな音をたてて下っていく。
なんなんだと悪態をつきながら、蘭もそれに続く。
下に降りると、祖父である厳が険しい表情で腕を組み、母は洗い物の途中だったのか手にタオルを持ちながら、兄はぼさぼさの寝癖だらけの頭で神妙な顔をして座っていた。
どうやらテレビ画面を見ているようだ。
蘭は回り込むようにして三人の後ろに回る。
画面には、いつも通りにニュースキャスターが何人か映っているんだろう。
そう思っていた。
しかし、そこに映っていたのは予想外のものだった。
燃え盛る学校。
IS学園だった。
そして、聞き慣れない、機械を通して変えた声が画面から流れ出した。
――我々はファントムタスク。これより、インフィニットストラトス殲滅を開始する――
お久しぶりです(--;)
忘れられていても仕方がない訳ですが、ここを見てくださってると言うことは、読んでいただけたということだと思うので本当に嬉しいです。
またゆっくりやっていきますので、よろしくお願いします。