IS〜world breaker〜   作:山嵐

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58:始まりの狼煙

 寮から学園までの道はもはや道があったのかわからぬほど瓦礫に溢れ、明かりがなく、いつも女子たちがしている秘密の話が静かに聞こえてくることもない。

 IS学園がファントムタスクに奪われてから、約半日。

 いつもの賑わいが明日も来ることはない。

 しかし時間は無情にも過ぎ、散らばった破片に月の光があたり影がのびている。

 

 唯一、といっていいだろう。 

 全く破壊がなされていない建物があった。

 そこは、学園長室がある建物であり、シンボルタワーを除けば一番高い建物であった。

 そしてその最上階、学園長が座っているはずの椅子に、少年は座っていた。

 年不相応な歪んだ笑みを浮かべ、インフェルノ・オウガの待機状態である赤いポケットナイフを暇そうに弄んでいる。

 後ろから差し込む月明かりが、ナイフに刻まれた、炎を焼きつけたような紋様を際立たせる。

 

「カイ……大丈夫か?」

 

「なにがだ?」

 

 エムの問いかけに、上の空で答えた。

 彼女の表情は険しく、けれども本当に身を安じているようだった。

 学園長室の壁に寄りかかり、静かに月明かりで本を読むスコールに、いらいらと体を揺すりながら床にべたりと座り込んでいるオータム。

 そして、きょろきょろと訳もなく首を動かし、足を投げ出すようにして座っている銀髪の少女。

 恐らくまだ数十歳にも満たないだろうという容姿の彼女は、部屋を見渡すのも飽きたのか、カイとエムをゆび指して大声をあげた。

 

「べた、べた! ずるい! わた、わたしー、も! なかはず、なかま、はずれ、や!」

 

「へぇ、シーラ。うまく喋れるようになったじゃないか」

 

「う、ん! カイ、ほめてほしい、から。れん、れんし、ゆ、した!」

 

 にんまりと満足そうに笑うと、銀色の短髪を撫で付けてごろごろと床を転がった。

 どうやら嬉しくていてもたってもいられなくなったらしい。

 

「っち! なんだよ、こりゃあ……ここは保育園じゃあねぇんだぞ! こんなガキ役に立たねぇよ!」

 

「まあまあ、オータム……それで、カイ」

 

「……ああ。問題ない」

 

 スコールの鋭い視線を真っ向から受け止め、さらりと言葉を放つ。

 

「そ。あなたが言うならいいわ……正直、今回の計画はあなた頼みだからね」

 

「ふん……あと5時間後に開始する。いいな」

 

 部屋にいる他の四人がそれぞれ反応を返す。

 それを見て満足したのか、大きく息を吐くとカイは静かに寝息を立て始めた。

 

  

 

 五人。

 たったの五人だけが、このIS学園にいる。

 少数精鋭とは言ったものだが、全世界を敵に回して、たった五人で迎え撃とうなどとは正気の沙汰ではない。

 

 

 

 だが数時間後、この五人を中心として、世界はファントムタスクによりかき回されることになる。

 そのことを今はまだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園から車で海岸沿いを数十分間ドライブする。

 そうすれば、周りの住宅やそこそこ高めのビルが見えていた景色が変わってくる。

 IS研究施設『アルテマ』。

 新しい技術、その恩恵を受ける人の国籍や性別など、すべてにおいて偏見という盾を構えず、平等な目で見る。人類の進歩のための新たな技術を研究、開発を行うのが目的の施設だ。

 無論、IS学園と同じくらいセキュリティは厳しい。そこは非常にガードが固い。

 表向きは研究施設とはなっているが、軍のISを使った屋外演習場があったり、IS学園に卸される最新重火器の一時保管場所があったりと、カメラを持ち込んで撮影ができないようなものがほとんどである。

 海に面して作られているのは、世界中から船舶で運ばれる高精度の部品や機材を直接受けとるのを目的としている一方、世界の広さを常に意識して仕事に励むためでもある。

 敷地の面積はIS学園よりも多少大きい程度で、高い建物でもせいぜい4階建てほど。

 さらに外装も派手さはなく、どれもこれも港の倉庫のような平たく広い作りであることがほとんどだ。

 しかしそれはあくまで外見の話で、地下には広大な実験場や戦闘演習場、ラボラトリーが広がっており、職員も数千人を越える。

 

 

 

 

 

 

 そんなアルテマの施設の一角で、その会議は始まった。

 

「では、現状を確認する」

 

 大型ディスプレイに映し出されたISの機体の映像が、数秒流れたのち、停止する。

 赤く血に染まったような機体だ。

 それに見覚えのある9人は、表情を硬くした。

 しかし、実際はその他にも、特に軍事関係者は顔をしかめていた。

 なぜなら、つい最近までこの機体による軍事施設への襲撃が絶えなかったからだ。国の威信をかけて、どの国も間違っても公表することはなかったが。

 

 この施設で一番大きな会議場を貸しきって行われているが、前から後ろにかけて一段ずつ高くなっている席には空きがほとんどなかった。

 8割以上が外部から集まったもので、その数はゆうに500人を越えている。

 

 一番前、闘技場のような作りの真ん中に立っていたのは、IS委員会の委員長である守我岸だった。

 

「昨日午後1時、この機体他四機による攻撃でIS学園が占拠された。幸い死傷者は出ていない」

 

 映像が変わる。

 今度は数十個の映像が区切られた画面に同時に映され、バラバラに停止していく。

 激しく画面が揺れているもの、ノイズによって飛び飛びにしか確認ができないもの、白黒のもの。

 だが、すべてに同じものが映っていた。

 

「最近多発しているIS関連の施設を襲撃した機体と、今回確認されたこの機体が酷似していることから……ファントムタスクによる犯行であると考えられる」

 

 ざわついた会場を手を上げて制すると、ミイラのように包帯を巻いた男は話を続けた。

 

「やつらはネットや衛生回線を通じ、世界中にメッセージを送った……これである」

 

 画面が暗転し、ちらちらとした細かいノイズが走る。

 

『我々はファントムタスク。インフィニット・ストラトスの殲滅が目的である。人と人とを争わせること、争うことは目的ではない。24時間以内に全世界に存在するISコアを差し出せ。要求が受け入れられないときには、実力行使に移る』

 

 ぶつっという音と同時に、画面がもとに戻った。

 

「これを受け、各国の代表たる諸君らが招集された訳だが――」

 

 生気のない目が全席を滑るように撫でた。

 一瞬だけ一番後ろに長く目を向けたようだったが、すぐにもとに戻った。

 

「ことの重要性を理解してほしい。これは国家を越えて協力すべき事案である」

 

 そのとき、やる気の無さそうな手がのろのろと上がった。

 椅子にだらりと背中を預け、あくびなどをしている。

 開いた口からは、とにかく面白くて仕方がないと言わんばかりの震えた声がでてきた。

 

「国家を越えて、なんていっちゃあいますが……そんな必要あるんですかい?」

 

「と、いうと」

 

「たった5機だぜ? ハッ! そんなもんウチだけでも余裕だっていってんですよ、委員長どの?」

 

 すると、またしても手が上がった。

 今度はそれなりにきちっとした挙げ方ではあったものの、先程と同様にやる気の無さそうな顔をしていた。

 しかし何よりも服装が目を引いた。

 フリルのついたワンピースにスカートに、カチューシャまで。

 ピンク一色で、口紅はやけに赤く、化粧は異常に厚塗りだった。

 

「あのぉ、えっとぉ、現存するISはぁ、467機でぇ、でもぉ、そこから――」

 

「用件は簡潔に素早くお願いします……ああ、それに、若作りもほどほどに。もう三十が近いと聞きますが」

 

「――向こうの所有する5機の他、実験用やその他の理由で使えないものを考えると現在使用可能なISは400機ほど。この圧倒的差が覆るには、こちらから寝返りが起こるとしか考えられないのですが?」

 

「どうも」

 

「あなたも中二病全開クソミイラファッション、やめたほうがいいですわよぉ」

 

「さて、必要なデータは送っておいた。最重要点のみ確認したい」

 

 暴言をしれっと無視して、話が再開される。

 相変わらず抑揚のない声は、感情の欠片さえうかがわせない。

 画面が切り替わり、あらかじめ配布されていた手元の端末にも機体のデータが表示される。

 インフェルノ・テンペスタの装甲データが出た瞬間、欧州代表たちが集まっている区画から呻き声が上がった。

 

「不満なのはわかる。だが、もはやこの機体は存在しない。今さら他国に見られたところで意味はないだろう」

 

 抗議の声が一気に上がるが、周りからそれを上回るヤジも飛んでくる。

 立ち上がって反論する大人たちはこれは国家に対する侮辱だ、許されないことだ、などと唾が飛ぶのを構わずに叫び、別の区画からは時代遅れの技術なんて見ても意味はない、この程度ならば簡単に撃墜できる、そんなことを口走っていた。

 本来IS関連の技術は門外不出。それが他の国家の技術者に渡るなど持ってのほか。

 もし国家間でIS同士が戦闘を行った場合、独自の武装にたいしてある程度どんな技術が使われているか予想し、対策が立てられるし、そうでなくても自国にはない技術と、もとからある技術を統合し、強力な装備が開発できるかもしれない。

 自らにメリットがないうえ、敵に塩を送る行為といってもいい。

 それが当たり前のようにやられれば、怒り心頭なのもよくわかる。

 周りは大したことないように涼しい顔をしている者が多いが、内心ほくそ笑んでいるだろう。他人事である以上は。

 ある程度議論が収まると、話が再開される。

 

「この機体は敵により改造がほどこされ、ある能力が備わっている。恐らく、どの国家も喉から手が出るほどほしい能力だ」

 

「この機体に、ですか? ふむ、失礼ですが……私どもであれば――」

 

「ええ、ええ。そうでしょう。そちらの技術力が結集すれば、くくっ、CDプレイヤーぐらいなら搭載できるでしょうね?」

 

 再び議論が始まる前に、守我岸が手をあげて制する。

 それは正解だった。

 もし彼が制していなければ、乱闘にでもなりそうな空気であったからだ。

 

「それは、ISの機能を完全に停止させる能力だ」

 

 会場が急に静かになる。

 振り上げた拳を宙に浮かべながら、きょとんとした顔でいるもの、背もたれにだらしなく寄りかかるのをやめるもの。

 信じられない、しかしこの話が重要であるのは間違いないといった雰囲気が会場を包む。

 

「この機体と交戦したことがある者から、一定期間の間、完全に制御不能に陥ったと報告があった。付け加えておくが、国家代表による正式な報告だ」

 

 先月のキャノンボール・ファストの様子が映し出され、会場であったアリーナのデータも同時に表示される。

 

「効果範囲はおよそ半径25キロ。これよりも内部であれば、ISの制御は失われる」

 

 それから先、ヤジも反論も、議論すら起こることはなかった。

 ただただ、作戦概要に耳を傾けるのみ。

 恐らくどの国も分かっていたのだろう。

 この技術を得るためには、作戦に参加するしかないと。

 

 ISの制御を完全に奪う。

 

 自国に渡れば、対IS用の最強武装ができる。他国に渡れば、防ぎようのない悪魔の兵器の驚異が襲いかかる。

 この作戦に各国が呼ばれた理由が、そのときわかった。

 

「……ふん」

 

 千冬は拳を握る。

 要するに、仲良く知らない技術を分けあおう、そんなところなのだ。

 自分も持っていたいし、反感をかわないためには他人に分け与えなければならない。

 それに、この技術はとてつもない可能性を秘めている。

 

「踊らされているのは、どちらなのだろうな……」

 

 ふと、いつものように微笑んでいる束の顔が頭に浮かぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、俺たちはどうする?」

 

 重々しい沈黙を破って、信が話を切り出す。

 昨日の会議で決まったことは数点。

 要求には応じない。

 IS学園はその内部にある技術ごと返還させる。

 恐らく戦闘が予想される。

 指示があるまで待機。

 そして今、各々が不安な夜を越え、約束の時間まであと5分をきっていた。

 話によればあの映像が投稿されたきっかり24時間後の午後1時に、交渉は決裂となるらしい。

 

「我々代表候補生は国からの指示に従うべきであろう。拒否権はない」

 

 ラウラが正論を述べるが、誰一人としてそれをよしとしているようではなかった。

 そう言った本人も不満そうであるのだから、仕方のないことかもしれない。

 

「指示って言ってもどうせ、戦闘に参加しろ、でしょ。まぁ、誰と戦うのかは知らないけどね」

 

「そうね。国をあげて協力、なんて言ってるけど、結局IS停止技術を渡さないよう、いがみ合ってる。本当の敵は、周りの国々なのよね」

 

 鈴がめんどくさそうに肩をすくめ、楯無は落ち着いた様子で湯飲みからお茶をすする。

 再び沈黙が訪れる。

 みな、あまりに急なことで思考が追い付いていないのだ。 

 なんだか霧がかかったようにやることが見えないし、これが現実なのかもよくわからない。

 そとの曇り空を見上げると、今にも雨が振りだしそうなくらい真っ黒だった。

 

「……私、自信ない……みんなの役に立てるか」

 

「簪さん……たぶんですが、わたくしたちは一緒に戦えませんわ」

 

「えっ……!? な、なんで?」

 

「今回、程度の差はあれ下されるのは『IS停止技術を持ち帰れ』という指示でしょう……であれば恐らく、協力など名ばかりで、実際は……その技術を独占するべく、国家同士が対立する形になるかと……」

 

 なるべく柔らかい言い方で簪に伝えようと言葉を選んだセシリアだったが、それが余計に不安を煽ってしまった。

 

「……みんな、バラバラになるのか」

 

「……そうよ、箒。個人として、あんたたちとは、あー、仲良くしてた、とは思うわ。でもね……国単位では、ライバルだと思ってる。だから……あたしは、今回みたいになっちゃうのも分かる気がする」

 

「うん……僕も。まだ世界とか国とか、正直よくわからないときもあるけど……ライバルには負けたくないもの」

 

「そう、だね……私も、今ならわかる。打鉄弐式が完成して、みんなと戦って……すごいなぁって思ったけど、でも、いつかは勝ちたいって、そう思ったの」

 

「ふっ……私もだ。ここに来たときの私には理解できなかったことだが、互いを認め、高めあうことができるというのはいいものだ。だが、最後は勝たなければならない。越えていかなければいけないんだ」

 

「手を取り合い共に進んで行くだけでなく、拳を交えて相手の先を行くことも必要……ということですわね。今回は、その規模が大きいだけ。そう思えば、いいのかもしれません……」

 

「ふふ、そうね。私も頑張らなきゃ。負ける気なんて無いんだから♪」

 

 各々が力強く、けれども少し寂しそうに向かい合う。

 本当は納得なんかしていない。したくない。

 みんなで手を繋いで、平和で幸せな学園生活が送りたい。

 それが箒にも痛いほどわかった。

 けれども、国を背負うという重みが、自分の想像がつかないほどのものだということも、同時に感じていた。

 彼女らはきっと、どこの誰よりも努力し、そして才能に溢れている。

 だから専用機を持ち、国家代表候補にもなった。

 力には、責任が伴う。溺れてはいけない。

 身を持って知っている箒には、かける言葉が見つからなかった。

 そのときぱんっ、と手を叩き一夏が立ち上がる。

 皆の視線が集まったその顔は、とても晴れ晴れとした笑顔を称えていた。

 

「そう、だな。よっし、みんな! 一緒に……は、無理だけどさ、とにかくなんとかなるって! 頑張ろ――」

 

 そこまでいいかけて、一夏の声は途切れた。

 突然、爆音が響き、空気と地面に大きな揺れを引き起こしたからだ。

 あまりにも突然過ぎて、体が揺さぶられているような感覚に襲われながら、全員が窓の外を見る。

 さっきまできれいな晴天が広がっていたはずの空は、見たこともない黒い煙のようなものによって侵食され始めていた。

 生き物のようにうごめいている黒雲は、みるみるその範囲を大きくし、円形に渦を巻くようにして広がっていく。

 雷のような光が走っているが、雷雲ではないことは明らかである。

 何故ならば、あの雲はどこからか流れて来たわけではない。

 窓の外、その先に見えているIS学園の、その場所から噴き出していたのだ。 

 高々と、そして凄まじい勢いで吹き上がった黒煙は、間違いなく異常な光景としてみなの目に映った。

 全員が確認した時計は、午後1時を示していた。

 

「みんな! 大丈夫か!?」

 

 一夏の呼び掛けに、皆が返事を返す。

 揺れ、というよりも振動といった方がいいかもしれないが、大気と地面が泣いて震えているような、そんなぴりぴりとした感じがあった。

 

「なに……あれ?」

 

 鈴が目を細める。

 

「わからないけど、いいもんじゃないだろうな」

 

 信が簪を助け起こしながら、返答する。 

 

 その時、全員のISが緊急アラートを鳴らした。

 中距離からのミサイル攻撃。

 着弾まで5秒であった。

 それだけの時間があれば、専用機が支給されている9人にとってなんの問題もなく離脱することができる。

 が、しかし。

 通知が提示されてから1秒後、一夏と信以外の展開したISが機能を停止した。

 この感覚に皆が覚えがあった。

 キャノンボールファストのときの、あの感覚である。

 白式と瞬光はこの事態を打破する案を提示し、それを二人が実行すると決断するまでに、およそ2秒。

 この時点で、窓の外からまっすぐ空を裂いて飛んでくるミサイルが肉眼でも確認できていた。

 

「一夏!」

 

 信が朧火を半球上に展開、女子全員を覆うバリアを形成する。

 雪羅の荷電粒子砲が窓ガラスを突き破り、その直線上を正面から飛んできていたミサイルを爆発と共に消し去った。

 爆風が散らばったガラス片を吹き飛ばし、全員の髪を激しくなびかせる。

 

「っ……みんな、大丈夫か?」

 

 信の問いかけに、女子達がうなずく。

 驚きや戸惑いはあるものの、しっかりと頭は働いているようだ。

 

「多分、今ここでまともに動けるのは俺と一夏だけだ。何が起こってるのかはよくわからないけど、みんなは千冬さんと合流してくれ。楯無さん、お願いします」

 

 第二射が雪羅から放たれると、1拍置いて爆音が響きわたる。

 どうやらミサイルを再び撃墜したらしい。

 爆風も爆音も、薄暗くなってきた室内にいやに響き渡っていた。

 

「わかったわ。気をつけて」

 

 軽く首を縦に振って了解すると、朧火の盾を解き、信が大きく空いた穴から外へと飛び出していった。

 一夏もすぐにそのあとに続き、後に残った6人はすぐに部屋の出口へ向かう。

 疑問が尽きぬままに、事態は動こうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦本部が置かれた場所から、直線距離でおよそ一キロ。

 その洋上に、インフェルノ・オウガがいた。

 両腕には巨大な槍と斧をそれぞれ握り、背中にはブースターを二基登載、足は鋭く磨かれた刃の如く光沢を放っている。

 穏やかな波の音と、IS学園から黒煙が吹き出す音以外は何も聞こえない場所で、ただじっと待っていた。 

 そして、その時がやって来た。

 

 放たれた一発のエネルギー弾が、左の方にそれて水柱を上げた。

 ゆっくりと顔を上げて、弾道から敵機の位置を確認する。

 黒と白。

 二色の機体がそこにいた。

 首をぽきぽきとならすように左右に傾けると、赤色の機体の関節から蛇の舌のように小さな火が出てきた。 

 その時点ですでに一夏たちは同じ高さまで急降下、それぞれが刀を構えて一気に接近していた。

 

「おらあっ!!」

 

「はっ!」

 

 二機が同時に斬りかかり、片方を戦斧が、もう片方を戦槍が止める。

 速さと勢いを乗せた一撃を、まるでものともせず片腕で止めて見せたのだ。

 後ろの円盤状の装備は相変わらず一定の速度で回転をし、センサーアイは機体色とは真逆に冷めていた。

 

「このっ……やろっ……!」

 

「よぉ、無駄な争いはしないんじゃなかったのかよ……っ!」

 

 三者の武器がぎしぎしときしみ、火花を散らす。

 二対一で優勢のはずが、有利だと思った数秒後には徐々に押し返され始めていた。

 わずかに反り返った背が前に傾き始め、信たちを丸め込むように押さえつける。

 雪片弐型を横に薙ぎ、一夏が左手の雪羅を起動させる。照準はしっかりと敵の中央を捉えていた。

 それとほぼ同時に朧火の武装が解かれる。今までつば競り合いしていた力が消え、戦斧を握った拳が空を泳ぎ、それを脇に回って腕ごと捻るようにして信が捕まえた。

 だがオウガは突き付けられた荷電粒子砲にも動じることがなかった。

 それどころか、やや短めに持っていた槍をすぐに柄の方に持ち変え、鋭く磨かれた刃の先端で流れるように一夏の左手脇から力を加え、照準を数十度右にずらす余裕すらあった。

 巨大なエネルギーのビームが海上を照らして、IS学園の方へ飛んでいく。

 敵の機体の左腕に小さな焦げあとがついた。

 

「くっそ、反応が早い……!」

 

 完全に捉えたと思ったのに。

 だが、信も一夏も大きく落胆はしなかった。

 あくまで攻めの一手がうまくいかなかっただけで、しかもその一手が勝敗を決定付けるものではないのを知っていたからだ。 

 しかしそれはオウガも理解しており、ここを防いで終わりという訳ではなかった。

 腕を押さえ込んでいた信ごと瞬時加速で体を回転させると、遠心力で無理やり引き剥がす。

 槍と斧を真上に投げ上げると、一回転して再び一夏と向き合った時には両腕から炎の剣が伸び、青いはずの海がその下だけ赤く染まっていた。

 

『さて、楽しませてくれ』

 

 左手から伸びた炎刃が一夏の喉元に襲いかかった。

 首から数センチずれたところをかすめ、シールドエネルギーが削られる。

 ほっとしている暇などなく、今度は左脇腹に凶刃が迫る。

 縦に回転させるようにして逆手に持ち変えた雪片で体を捻りそれを受け止め、クローモードに切り替えた雪羅で反撃に出る。

 アッパーのようにして下から上に勢いよく突き上げるが、体を後ろに反らしてオウガがかわすと、そのまま顎を蹴り上げられた。

 強制的に上を向かされ、視界は黒く染まりつつある空に埋め尽くされる。

 

「後退しろ!」

 

 信が叫んだのが聞こえたが、星の飛んでいる頭では理解が追い付かない。

 腹部に高熱源反応が感知され、次の瞬間には熱風と共に吹き飛ばされていた。

 

「くっ……! このぉ!」

 

 握った拳に朧火を纏わせ、威力をあげる。

 イメージを固める一瞬、エネルギー弾となって飛んできた剣を拳で砕く。

 炎片が宙を舞う中、左手にエネルギー・ショットガンを構え、至近距離で放つ。

 放射状に広がった無数の実体のない弾丸が敵機のエネルギーを削ろうと襲いかかるが、オウガの全身の間接から吹き出した炎がそれをすべてかき消した。

 あまりにも激しい炎風が信すらも吹き飛ばし、バランスを崩させる。

 瞬光のアラートに反応し、左側にエネルギー・シールドを構えると、炎の舌が激しくその表面を舐め回した。

 左手から鞭のように伸びた火を巧みに操りつつ、右手の手のひらに球状の赤いエネルギーが蓄えられているのを見つけると、信はすぐさま朧火のエネルギーを同じく右手の手のひらに集中させる。

 同時につき出された両者の手の中から、雪羅顔負けのビーム砲が発射され、衝突した。

 強大なエネルギーはぶつかるだけでは互いに互いを打ち消しけれず、大気を震わすほどの爆発を引き起こしてようやく消え去った。

 爆風が収まると、インフェルノ・オウガが上から降ってきた二種の武器を両手に一つづつ受け止め、だらりと脱力する。

 対する信は頬の辺りを流れる汗を拭い、一夏は焼け焦げた腹部の装甲が痛々しく目に映る白式と共に合流した。

 

『なるほど……こんなもんか』

 

「なにが『こんなもんか』だ」

 

『さすがはISを動かせる男子たちだ。それなりに訓練は積んでいる』

 

「まぁな。でもお前に誉められてもちっともうれしくねぇ」

 

 一夏が噛みつくようにして叫ぶ。

 

『そういきり立つな。お前らに敬意を払い、今何が起きているか教えてやろう』

 

『それには及ばないんだなぁ、こ・れ・が☆』

 

 白式のヘッドバイザーからホログラム映像が写し出される。

 もったいぶるように足元から、徐々に時間をかけてその人物の形が出来上がっていく。

 見知った声ですでに全員が気付いていたが。

 

『にゃっほー! 束ちゃんこと、天才束博士だよーん! てへっ☆』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 束を迎え入れた作戦本部では、嫌な緊張感と期待感が会議室兼指令本部を埋め尽くしていた。

 上空の黒煙についても謎がつきない中、ISの絡むありとあらゆることに関係している当事者が現れたのだ。

 常人ならば疑いもするし、興味もわく。

 

「さてさて、三人とも。束博士が来たからにはもー安心! 疑問や不安やその他たくさん! みんなの心の姉、束ねーさん略してたばねーさんが――」

 

「束、黙っていろ」

 

 マイクの前で指をばっちり立てて決めポーズをしようとしていた束を押し退け、千冬が通信を奪い返す。

 

「真宮、織斑。現状として稼働できるISは瞬光と白式のみ、キャノンボール・ファストと同じ状況だ。恐らくその機体が放つ特殊なエネルギー場が――」

 

「はいはい、長くなりそうだからチェンジねー」

 

「ふざけるな、たば――」

 

「ちーちゃん、分かってる。ここからはおふざけは少しだけ」

 

 マイクを握り締めると、束が声のトーンを一つか二つ落とした。

 千冬は数秒間その顔を見つめ、小さく頷いて後ろに下がった。

 

『束博士、か。会うのは……いや、会話をするのは初めてといった方が妥当か』

 

「さて、カイ君。君の素性はじゅーぶん調べさせてもらったよ」

 

『へぇ? なら、間違い探しでもしようか。オレとこいつら、ついでにそっちにいるやつ全員に聞こえるように回線を開け』

 

 回答の代わりに互いのやり取りをスピーカーにし、完全なオープンチャネルに切り替える。

 向こうでも確認したのだろう。満足げに鼻を鳴らした。

 

「史上最年少でファントムタスクに入団した二人のうちの一人、しかも男でISに精通している。コードネームはカイ。ここまではその辺の情報通ならよゆーで調べられる内容だね」

 

『そうだな。続けろ』

 

「まず君について、明らかにしたいことがあった。なぜ男であるのにISに精通しているのか。これを調べるために、ベターなことをした。出身地を調べたんだ。君は、真宮信と同じ施設出身だった」

 

 会場がわずかにざわつく。

 だが、千冬も束も、そして信の言葉通り千冬と合流していた専用機持ちたちは誰も騒がない。

 無論、通信を受けている向こう側でも何も動きがない。

 極秘に飛ばしていた通信カメラも、衛星からの超望遠映像も、それはしっかりと捉えていた。

 

「施設の名は『プロメテ』。今は南極に拠点を移し、表向きは武器工場として世界中にパイプを持っている。だけど過去には私の開発した技術を使って、ある実験が行われていた。ISを男でも動かせるようにする実験。しかも装備するのではなく、コアを直接人体に埋め込むことで操縦者自体の身体機能向上も目指していた」

 

「ちょ、ちょっと待ちたまえ! そんなことが許され――」

 

「ないって? それ本気? あんたがでかい椅子でふんぞり返ってる間に汚いことも見たくないこともたくさん起こってるんだよ。接待の予定組む暇があったら預金崩して全部募金してくれば?」

 

 発言をしかけた男性は思わず口をつぐむ。

 

「ったく、うちのお偉いさんじゃない。ふふふ……」

 

「あら? 同じ国の者として、あんな扱いをされたことに代表候補生としては怒るべきでは?」

 

「いやよ。あの親父、いっつも秘書の胸ばっかり見てるんだもん。ただのスケベジジィよ」

 

 セシリアがクスクスと笑うのを見て、鈴もさらに微笑みを広げた。

 こんなときなのに。いや、だからこそなのかもしれない。

 

「そこで君としーくんは成功例として同じように育てられた。ただし、別々に。君はしーくんよりも何歳か幼かったはずなのにしーくんと同じように様々なことを覚え、吸収していった」

 

『だがオレは隔離された。オレに埋め込まれたコアは完全に適合せず、オレは感情の制御が効かなくなっていったからだ』

 

「でも、しーくんは連れ出され、施設には君一人になった。そのとき――」

 

「そう。そのとき遂にオレは我を忘れた。記憶があるのは火の海と、崩れた瓦礫だけ。オレはただ一人、このインフェルノの目の前に膝をついていた。不思議と、オレはここでいなくなろうと思った。消えてしまいたかった』

 

 カイはたんたんと話を続ける。

 

『だがそこで、オレの中に何かが入ってきた。物理的にじゃない、精神的に何かが。今もそれが何なのかわからない。その何かの力はオレを呼び、オレに力を貸した。おかげでオレはまともな思考を取り戻せた』

 

 画面ではまっすぐに信を指差したインフェルノ・オウガが間接から炎をちらつかせた。

 今にも襲いかかりそうな勢いだ。

 

『その呼ばれた声にしたがって、プロメテのまだ生きていたデータを広い集め、自分についてよく調べた。そうして、こいつに入れられたコアと違って、俺のは他のISを受け入れるのを極度に嫌っているのがわかった。つまり、オレはISに乗れない』

 

『ま、待てよ! じゃあお前、インフェルノ・オウガは……?』

 

「そう、そうだよいっくん。明らかに彼が操縦しているその機体は一体誰が動かしているのか。無人機の線も考えたけど、それにしては動きが人間っぽすぎる。人間が乗っていないのは、不自然だよね。でも、生命反応はない。これは明らかにおかしい。だからひとつぶっ飛んだ仮説を立てたんだけど、聞きたい?」

 

 いつものような軽いノリではない。

 本当に聞きたいのか、本気で聞いている。

 束の今までを知っている千冬としては、異常極まりないことだった。

 

『……束博士、続けてください』

 

「おーけい、しーくん……って言いたいところだけどね、たぶん君の仮説と一緒なんだ。だから、話してみてよ」

 

『……わかりました』

 

 一拍置いたあと、信が話し出す。

 その声は年不相応に非常に落ち着いて聞こえた。

 信は頭を抱える。まるで、恥ずかしがるように。

 自分の考えが突飛すぎて、バカげている、とでも言いたげに。

 

『お前はISコアに自分の精神だけを入れることができる。ISを遠距離から操作している。そうなんだな』

 

 洋上は真っ暗になっていた。

 三人の駆る三機が自動的に光量の減少を認識し、ライトをつける。

 同時に、作戦本部が状況把握のために飛ばしたヘリからスポットライトのように光が降り注ぐ。

 今や真夜中になったような暗闇であった。

 

『その通りだ』

 

『そ、そんなのありかよ! ありえない!』

 

『ふん。隣にそのあり得ないやつと同じくらいあり得ない存在がいるというのに、おかしなやつだ。ああ、証拠は』

 

 右手で左の二の腕を掴むと、肩から先の腕の装甲をパージして見せる。

 本体にも腕にも、空洞しか広がっていなかった。

 

『……そうか』

 

 パージした装甲をもとに戻し、握ったり開いたりして感触をひとしきり確かめると、またギラギラとした視線を向ける。

 

『さて、共に同じ施設で育ったオレと真宮信、どちらが優れているのか……今ここで決めようじゃないか』

 

『んなこと――』

 

『どうだっていいか? お前は……わかるか? ひとり置き去りにされたオレの心が。日の光を浴びて歩く兄弟を、闇の底から眺めるオレの気持ちが。許せないんだよ……偶然も、運も、すべてが!』

 

 一夏と信がとっさに左右に開く。

 二人のいた場所の下から巨大な水の柱が立ち上がり、黒々とした空へ延びていった。

 そして、それが消え去ったとき。

 そこには一体のISが立ちはだかっていた。

 

『……おいおい』

 

『これ……って』

 

 黒い甲冑。巨大な剣。

 公開されている映像よりも操縦者が纏う装甲が多くなり、フルスキンアーマータイプにはなっていたが、その姿はより攻撃的で、そしてどこか英雄的だった。

 

『黒……騎士……!?』

 

 テレビの中でしか見ていないが、間違いないだろう。

 奇跡のヒーロー。変革をもたらすもの。

 いろいろ大袈裟な二つ名がつくのもうなずけるという立ち姿であった。

 黒騎士はゆっくりと首を信の方に向け、そのあと一夏に向ける。

 

『……さて、織斑一夏。お前は邪魔だ』

 

 カイが呟く。

 それに呼応し、水面を切り裂くように、低空で一気に近づいてくる黒い機体。

 一夏は雪片弐型で強烈な一撃を受け止めるが、あまりのスピードに抗うこともできず、つばぜり合いの形で奥へ奥へと押し込まれてしまう。

 

『いち――』

 

『おっと』

 

 あとを追おうとした信を遮るように、オウガが殴りかかる。

 拳を受け止めるが、あまりの熱量に装甲が数秒しか持たず、すぐに距離を取ることになった。

 

『くそっ……! お前!』

 

『いいだろう? VTシステムと無人機技術の応用組み合わせさ』

 

『……あくまでも俺と一対一でやりたいってことか』

 

『そうさ。あの機体にはIS学園の地下に保存されていた無人機と、お前の戦闘データをインストールしてある』

 

『……』

 

『これでようやくフェアになった』

 

 無機質な仮面が、にやりと歪んだように見えた。

 

 

 

 

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