IS〜world breaker〜   作:山嵐

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59:成長の片鱗はいつも突然に

 真っ暗な闇の中、赤い炎と、仄かな黄色の光が互いに軌跡を残しながらぶつかり、弾ける。

 瞬光はその名の通り、一瞬の光が駆け抜けるがごとく敵と切り結ぶ。

 アンロックユニットである夜烏を完全に防御に回し、信は朧火を剣の状態で構えていた。

 対するインフェルノオウガも同じように獄炎を剣に変え、攻撃のすべてをその片手で受け止めて楽しげにくるくると逆の手首を回している。

 大きく炎剣を横に薙ぎ払うと、散らばった火の粉が無数の弾丸となり瞬光めがけて飛んでくる。

 まるで怪談話に出てくる火の玉のようなその攻撃は、恨みが籠っているようにも見えて、どこかおどろおどろしい感じがあった。

 信がすぐさま空いている方の手を前に出すとその合図を受け取った三枚の夜烏が、直撃コースで飛んできていた野球ボールほどの火球の何発かを受け止めた。

 そこまで届かず海面に落ちた炎は信の足元の海水を一気に蒸発させ、無念と言いたげに水蒸気を置き土産に消えていった。

 不快な熱さと湿気に思わず顔をしかめ、信は顔を腕で覆う。

 白く染まった前方の視界のその先から、瞬光が高熱源反応を捉えた。

 すぐさま夜烏の三枚の羽を花弁のように束ね、さらに朧火で表面をコーティングする。

 その準備が終わるのとほぼ同時に、辺りの空気を焼き払う凄まじい赤い光が盾を直撃した。

 通り道の真下の海水はえぐりとられるように蒸発し、瞬光の装甲すら赤く染まっていた。

 

「くっそ……! どこから――」

 

 こんなエネルギーが。

 その続きを言う前に、がくんと機体が傾く。

 左足を海面から伸びる腕が掴み、下に引きずり込もうとしていた。

 すでに捕まれた部分の装甲の融解が始まり、海水越しにインフェルノオウガの鬼のような面がゆらゆらと獲物を待っているのが見える。

 朧火を両手に展開し、ダブル・エネルギーマシンガンを足元の赤い影めがけて放つ。

 だが水飛沫が細かく上がるだけで、オウガの手は全く離れない。

 信は思いきり左足を蹴りあげ、掴んでいる敵機ごと自分の正面に持ってくると、エネルギーを集中させてその手に槍を作り出す。

 気合いの叫びと共に肘の関節辺りめがけて突きを放つも、刺さる寸前のところでアーマーをパージされ、かわされる。

 片腕を失ったままの赤い鬼が、オーバーヘッドを決めているような体勢の信の上に覆い被さる。

 残った手で拳を握り、溢れ出る熱で滴る水滴を消し飛ばすと、信の腹部の辺りに炎をまとった拳を叩きつけた。

 意識が飛びそうになる衝撃が体を巡り、続いて海面に背部がぶつかり、そして全身が海へと沈んでいく。

 左足をつかんでいた腕がようやく離れ、持ち主へと戻っていくのを感じながら、信は歯を食い縛る。

 海中で一回転し体勢を整えると、瞬光に敵機の位置情報を提示させ、そこに向かって強力なエネルギービームを放つ。

 太さは直径2メートルほどもあるだろうか、その攻撃が一瞬だけ海水を押し退け、パイプのような道を示した。

 オウガは片手に集中した炎でその攻撃をかき消していたが、その姿を信ははっきりと捉えることができた。

 くすぶる炎を纏い、つき出されている手が戻されるよりも速く、瞬時加速で一気に拳が届く位置まで距離を縮める。

 半身を思い切りのけぞらせるように奥に引き、ありったけの力を右の拳に籠める。それに呼応するかのごとく朧火が吹き出し、その腕から先を纏う。

 飛び散った海水が丸い雫になって空中に浮いている。その一粒一粒が二人を鏡のようにして映し出す。

 時間が止まった空間を眼でとらえながら、信は部分的に瞬時加速を発動させる。

 胸部のアーマーに拳が激突した瞬間、周辺の大気が震え、水滴が空中を波のように伝搬して弾けていく。

 オウガは数メートルほど後ろに滑り、止まった。その胸には間違いない強力な一撃の跡が残っているが、全く意に介していないようだった。

 

『ふ、ふふ……ははっ……なるほど。やはりお前は一筋縄ではいかないな。だがそうでなければ、オレが越えていく意味がない』

 

「……言っとくけど、お前の都合に振り回されるつもりはない。だから――」

 

 一気に加速し、展開した朧火の剣を横に薙ぐ。

 確実に首をとらえた攻撃だったが、赤い装甲の表面で切っ先が止められた。

 だがそれは予期していたこと。信はまったく動じず、すぐさま後ろに後退して相手の出方を伺った。

 

『だから? オレを本気で倒すと? わかるぞ、お前の考えが』

 

 インフェルノ・オウガが一瞬、体を震わした。

 しかし、その震え方はおよそ人間のものではなく、なにかが体の内側から叩いて叫ぶような、おぞましいものだった。

 じわじわと黒い炎が、滲み出てくる。

 和紙に墨汁を垂らしたときのように、関節からじわじわと。広がり方は均一ではなく、植物の葉脈を思わせる、細く網目を描くように。

 鋭い爪を覆うようにして、針のように尖った黒炎が。背中の輪は回転を止め、輪郭をなぞって黒く染まる。

 

『まだ勝てると思っているんだろう? めでたいやつだ』

 

 黒い炎はオウガを覆う強固な鎧に変化し、なおも燃え続ける。

 暗闇に溶け込むような黒は、存在するだけで大気をこがし、熱に耐えきれず足元から絶えず出てくる蒸気が異常なほどはっきりとその姿を映し出した。

 

「なんだ……?」

 

『そう、そうだ……もっと、もっと……よこせ! 力を!』

 

 瞬光が緊急事態を知らせる。あまりに強大な熱とエネルギーで視界が歪む。

 信は朧火の弾丸を敵に向かってばらまきつつ、可能な限り距離を取ろうとする。

 最初は様子見のつもりだった。

 半ば牽制のような攻撃で相手との適切な間隔を空け、次の手を決める。

 しかし。

 

『何を……しているんだ?』

 

 純粋な疑問。まるで理解ができないといった調子でカイが話す。

 バチン、という音がして弾丸が弾ける。

 それは着弾ではなく、蒸発の音だった。

 あまりに高密度なエネルギーのため、弱い方がかき消されてしまうのだ。

 充分に距離を取っても感じる圧力はいまだかつて感じたことのないものであった。

 その目が向けられたとき、信は内心ぞっとした。

 それが機械を通して向けられたとはいえ、何か得たいの知れない黒い渦のような感情を感じたからだ。

 ゆらりと陽炎の奥から伸ばされた手が信を指差した。

 

『ふっ』

 

 短い吐息。

 ろうそくの火を消すかのごとく弱く、小さいものだった。

 が、指先から放たれた細い糸のようなビームは瞬光に全く回避を許さない早さで突き刺さった。

 当たり前のように絶対防御が発動するも、着弾した右肩の骨にひびが入るのがわかった。というのも、瞬光が信と同時に悲鳴を上げた気がしたからだ。

 思いきり片側を吹き飛ばされ、上も下もわからなくなるほどの強烈な勢いで回転し、水切りの石のように海面を何度もバウンドする。

 何が起こったのかも把握できぬままに飛びそうな意識をなんとか保ち、瞬光のシステムが体勢を建て直そうとするのに気付く。

 海面に足を下ろしてブーストをかけると、なんとか数十メートル滑っただけで止まれた。

 確認するまでもなく右腕の装甲は砕けちり、バチバチと嫌な音と紫電を走らせてはいたが、なんとか腕は体から離れずに済んだようだ。

 右側腕部装甲大破、という情報が表示される。

 

『ま……みや! 無事……!?』

 

「な、んとか……!」

 

 ノイズ混じりの回線が開き、千冬の声がくぐもって聞こえた。

 この近さでも通信状況が悪くなっているということは、何かしらの妨害電波が発生しているのだろう。

 もしかするとオウガの放つ謎の波動の余波によるものかもしれない。

 仮にそうだとすれば、自分がここで勝つ以外に回復させる手立てはない。

 黒に染まった手を不思議そうに見ながら、カイが満足気に口調を弾ませる。

 

『ふん、オータムが言っていたな……狙いが定まらない武装ほど強力だと……的を外すのはあいつの力量不足だと思ったが、そうでもないらしい』

 

「やばいな……」

 

 増援を頼もうにも通信がこれでは無理だ。

 何よりIS自体が封じられている今、期待するのは無駄と言うものだろう。

 瞬光の残りエネルギーもそう多くない。どうするか決めるなら、ここを逃したら次はない。

 撤退か、それとも継戦か。

 

「……まぁ、どうやっても見逃してくれないよな」

 

 痛みで上がらない右腕をだらりと垂らしながら、左手にエネルギー・スナイパーライフルを展開する。

 カーソルが目の前に表示され、敵の姿をとらえると、緑から照準が合ったことを知らせる赤に色が変わった。

 もはやオウガの装甲は自らの熱とエネルギーに耐えきれず、焼けただれてボタボタと液体に変わっていっていた。

 その顔は作りかけの泥人形のように片側が欠けて、代わりに黒いエネルギーが半分を補っている。

 引き金を引くと、ほぼタイムラグなしに敵に弾が着弾する。今度は先程牽制に使ったエネルギーよりも強いエネルギー弾にしたため、なんとか蒸発は避けられた。

 しかし、確実に頭を射抜いたと思ったのだが、右手の甲でガードされていた。

 オウガはなんとも気だるそうにその手で信を指差す。

 スナイパーカーソル越しにそれを見ると、イグニッションブーストを使い真横にずれる。

 ビームの当たった海水が蒸発し、弾け飛んだ。

 潮の匂いが混ざった爆風に吹き飛ばされながらもスナイパーライフルで敵を狙い、攻撃を続ける。

 接近戦になれば片腕が使えない自分が確実に不利になる。

 無論、遠距離だけで勝負を決めようとは思ってはいないが、斬り込むとすれば確実に一発で決める必要がある。それだけのチャンスは何とかして作り出さなければならない。

 しかも、とどめをさせるだけのエネルギーを捻出する必要がある。

 

『――考え事か?』

 

 速い――。

 すでに打つ手はなかった。

 どこからか涌き出るように現れたオウガは、振り返った信の顎を思いきり殴り飛ばした。

 脳が揺れ、視界は歪む。

 海面に叩きつけられると、沈む暇もなく左肩を強引に捕まれ、引き上げられる。

 もちろん、助けあげられたわけではなく、オウガは容赦なく腹部に強烈な回し蹴りを放つ。

 視界が霞み、腹の底から熱い湯が沸き上がって来るような感覚に襲われる。

 夜烏の3機すべてに残り少ない朧火のエネルギーを回し、自動防御に設定して追撃をいくらかでも弱めようとするが、オウガはそんなこと意にも介さない。

 立ちはだかった盾をハエを追い払うように簡単に凪ぎ払って吹き飛ばすと、腕から垂直に延びた鎌状の黒炎のブレードを発現させ、瞬時加速で切り抜ける。

 辛くもかわしたものの、瞬光の脇腹の装甲にはぱっくりと切り取られた傷口ができていた。

 加速の時の衝撃波で波立った海面はすぐさま蒸発し、水蒸気はさらに視界を曇らせる。

 

『ふん……拍子抜けだな』

 

 白く染まった霧状の空間から、左手にエネルギーを纏わせた拳が飛んでくる。

 黒い悪鬼はそれを避けることはせず、真っ向から受け入れた。

 もはや信には対抗する手段が思い付かず、加えて冷静さよりも焦りが勝ってしまった。

 接近戦に持ち込もうとしたのもこれといった理由などなく、ただ突っ込んだだけであった。

 ぼたぼたと熔解した金属を滴らせながら、オウガが右頬に押し当てられた拳を掴む。

 たちまち瞬光の装甲が鼻につんとくる匂いを出しながら赤くなり、煙を上げて溶け始めた。

 同時に機体から緊急アラートが鳴る。操縦者自身の体にも、ISの防御性能を越えた熱が襲いかかってきたのだ。

 瞬光の左腕を形成していた金属は当てられた力に屈し、溶けながらどんどんと押し込まれていく。

 一ミリ近付くごとに堪えきれないほどの熱量が直に伝わってくる。

 自分から出る痛々しげな悲鳴に、信は耳を塞ぎたくなった。

 

「く……そっ……!」

 

『ふ、ふふ……やっと……!』

 

 伸ばした手のひらが信の頭を掴もうとする。

 捕まれた腕の装甲が溶けきり、直に体を燃やすのはあと何秒後なのだろうか。

 もう逃げる気力すらなかった。

 段々暑さも感じなくなる。

 視界が黒くなる。

 何も感じない。

 そして、信が意識を失った瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 バチッ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 オウガの手から電撃が走ったかと思うと、その手が溶け落ちた。

 銅像のように動きを止めたオウガの目から光が消える。

 自らの纏う圧倒的な熱とエネルギーに、ついに自分自身が耐えきれなくなったのだ。

 操縦者がいたならば間違いなく死んでいる。

 ここまで戦えたのは精神だけが動かす操り人形としての機体だったからなのだ。

 しかし、その糸も限界を越え、人形は形をぼろぼろと崩していく。

 瞬光の腕を掴んでいた手も無念そうに消え、その操縦者は大きな傷を負ったまま海面へと落ちていく。

 オウガの真っ赤に熱せられた装甲は血のように炎の中から液体となって流れだし、あとに残ったのは黒い炎だけ。

 それすらも数秒揺らめいて消えると、最後に一つだけ、オウガのコアだったものが空中で一瞬留まり輝くと、下へ落ちていった。

 小石を水に落としたような情けない音を立てて、コアは沈み、そして見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水面が波立ち、風が頬を切る。

 IS学園が小指の爪ほどの大きさになり、周りには暗闇と広い海。

 ようやく鍔同士が離れたときには、遠くに光る赤い炎しか戦闘の様子が確認できなくなっていたり

 慣性にしたがって、突き放されてからいくらか後退させられるが、すぐに体勢を整えて雪片弐型を正面に構える。

 ここまで連れてきた理由は何なのか考えてみて、最悪の事態を予想する。

 だが周りに機影の姿はなく、ただ小波が立つだけだ。

 答えがないのを承知で、一夏は問う。

 

「おい、俺と戦うつもりか?」

 

 闇に溶け込むような黒い機体は身に纏った鎧のような装甲を動かさず、ただ脱力したまま片手に身の丈以上に大きな剣を握っている。

 だが一夏はびりびりと肌を突き刺す緊張感を感じ取っていた。

 気を抜けば一瞬で切り捨てられる。

 本能が警鐘を鳴らし、涼しいはずの水の上で汗が顔を伝う。

 遠くで、本当に小さな音ではあるが、何かがぶつかり合う音が聞こえる。

 もう信は戦闘を開始したようだ。

 大きく息を吸い、そして吐き出すと。

 一夏は目の前にいる黒騎士のようにだらりと脱力した。

 もちろん、気を抜いているわけではない。精神は尖らせ、だが肉体には必要以上に力を入れない。

 緊張というのは、戦いやスポーツの試合、学校の試験においてもだが、ある程度必要だ。

 しかし同時に持ちすぎてもいけない。時としてそれが妨げになり、思うような結果が得られないこともある。

 一夏はそれを学んでいた。

 

「なぁ……俺はなんで今ここにいるかわかんねぇんだ」

 

 誰ともなく、独り言を言う。

 それはもしかしたら、自分に言い聞かせているのかもしれない。

 

「ていうか、俺たちはなんで戦わなきゃいけないんだ? 俺とお前が戦って、信とあいつが戦って、結局どっちが勝とうが、何か変わるのかよ」

 

 海風が横から顔を撫でる。

 もしも目の前に武装された兵器が居なかったら、まさか今から争い事が起こるとは夢にも思うまい。

 

「……でもな、わかんないけど……お前らが何をしたいのか、それがどうなるのか、わかんないけど……」

 

 みんなの顔。 

 信、箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、楯無さん、簪……。

 悔しいけど、どうにもならないことを我慢するあの顔。

 みんなで一緒に、全員がうまくいくようにと。

 そうじゃなきゃ本当は嫌だと叫びたいが、そうできないから。だから、笑っていた。しょうがないよね、と。

 どうしてだろう。今まで全然気にならなかったはずなのに。

 ほん数十分前ほどの出来事だったことだが、とても引っ掛かっていた。

 

「俺は……あのとき……」

 

――よっし、みんな!

 

――とにかく頑張ろう! それぞれやることをやれば、なんとかなるって!

 

「……本当は大っ嫌いなんだ。そんな理不尽も大人の都合も……振り回される自分も」

 

 今まで、自分がどれだけ小さく弱かったのか、一夏は痛いほど感じていた。

 福音事件のとき。一撃必殺で仕留める? 偵察も戦闘も実力的に不可能で、それ以外にできることがなかった。その上、それすらもうまくできなかった。

 キャノンボール・ファストのとき。結局、最後の最後で白式に願ったのは自分が強くなる方法ではなくて、共に戦ってくれる人物だった。

 その他にも、小さいことをあげればきりがない。

 だから強くなろうとした。そして、男と男の約束をした。

 互いが互いの目標であろうと。

 今のところ、信の方が一歩リードを続けている。

 自分は負けっぱなしだ。

 少し自嘲気味の笑みがこぼれる。

 

「……だからさ」

 

 ゆっくりと雪片弐型を体の前に再び持ってくる。

 だがすぐには構えず、そのまま目の高さまで持ってきてまっすぐ敵に向ける。

 さながら予告ホームランをしているようだ。

 黒騎士も剣を腰に置き、抜刀の構えを取る。

 

「もう、負けたくないんだ。悪いけど……」

 

 にやり、と笑った。

 もしも相手に感情があれば、あまりに不敵な笑顔に体を固くしただろう。

 まるで負ける可能性など一欠片もないと言わんばかりの顔で、一夏は背中のウィングブースターに火を入れる。

 

「お前に勝つ」

 

 ブースターのくすぶっていたエネルギーを一気に爆発させると、体が前のめりになりそうな勢いで機体が飛び出す。

 うまくバランスを調整して速さを剣に乗せると、迷いなくまっすぐ縦に降り下ろす。

 その速さたるや居合いの構えをとっていた黒騎士もどきですら対応することができないほどで、左腕を切り落とした。

 が、しかし。

 白式の肩の装甲にも鋭く深い傷ができ、さらに片方のブースターには敵の剣が突き刺さっていた。

 緩く弧を描くように減速し、海面を波立たせた白式は、排熱を行うとともに次の一手を提示する。

 雪羅をクローモードへと移項させると、再び攻撃を仕掛けるために敵に近付く。

 瞬時加速はエネルギー効率を考えると乱発できないため、先程よりはスピードが落ちてはいるが、それでも充分な速さだ。

 鋭いエネルギーの5つの刃が、無表情の黒い機体の喉元に迫る。

 残った右手で軌道をそらすも、敵の頬には文字通り爪痕ができ、瞬間的に近付いた一夏が横目で睨む。

 刺さっていた剣を黒騎士が抜き取り、刺し傷から青白い電が何本か飛び出した。

 逆の手に持ち変えていた雪片弐型を体の奥から大振りで横から持ってきて、後退を開始していた偽物の黒騎士へと追撃を加えようとする。

 しかし、あと数センチのところで伸ばした剣は届かない。

 雪片弐型の切っ先を弾きあげ、一夏の腹部に蹴りが入り、互いに距離ができる。

 

 その時、白式が急激なエネルギーの膨張をとらえた。

 2時の方向。信がいるところだ。

 

「信……! 誰か! 状況は!?」

 

 ノイズと、『通信不可』の表示だけ。

 一夏の声は誰にも届いていない。

 

「くそっ! なんなんだ――」

 

 突如、上空に巨大なエネルギーの反応が現れる。

 白式がこれまでと比べ物にならない何かに震え、警鐘をならす。

 見上げると、ちょうど黒騎士の真上の黒雲が渦を巻いて細長く伸びて来ていた。

 敵は逃げることもなくただ空を見上げ、竜巻に巻き込まれた。

 ブースターを一気に点火し、黒い竜巻の暴風圏から離脱を図る。

 竜巻は海上へと足を下ろすと、中へとその根を伸ばしていき、白い泡を出しながら渦潮を作り出す。

 だが何かがおかしい。

 強烈な引力が空気中の塵や海水を引き込むはずが、それに抗って後ろへ進んでいるはずの白式の加速はいつもよりももっと早く、エネルギーの消費が少ない。

 つまり、あの黒柱からは自らから回りのものを遠ざける力が出ているとしか考えられないのだ。

 だがそれはあくまでおまけのようなもので、本当の目的は上空から何かを送り込むことにあるのだと、一夏は感じていた。

 真っ黒な柱が成長し、一瞬膨れたかと思うとわずかにその姿が揺らぎ、また一瞬で消えた。

 徐々に弱まることはなく、最初から何もなかったかのように跡形もなく。

 

 そして、一夏はその機体を見据えていた。

 

 その機体も一夏を見据えていた。

 

 頭には三本の角。額からたなびく髪のようにすらりと後ろに延びる一本。側頭部から一本ずつ同じように後方へ通る、計二本。

 瞳は見えず、兜を深々と被るようにして顔が隠れているようだ。だが明確に意識が自分に向いているのがわかった。

 それ以外のパーツは何かに取りつかれたように鋭くなり、独特の怪しい光沢を放っていた。

 どことなく面影はあるが、かつて身に付けていた機動力重視のアーマーではなく、防御に特化したような厚い装甲のためにより大きく力強いフォルムに見えた。

 左手に握った刀は細く長い刀身を持ち、黒色の鎧が目立つなかで唯一、銀色の輝きを持っている。

 

「騎士っていうより……武者、だな」

 

 かつて黒騎士だったその機体は、新たな力を得て再び立ち塞がった。

 狂気すら感じられるほどの、闘争心と力強さを持って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 束の飛ばしていた超小型無人探索機。

 その大きさは小指の爪程度のもので、映像、音声、気温などすべてを記録し、主人の元へと伝える。

 作戦本部に到着する前、IS学園周辺に何百と放っておいたそれが役に立ったのは、ようやく通信が復旧したあとだった。

 ファントムタスクの襲撃を受け、緊急で集まった各国の代表、IS学園の生徒たち。

 その全てが一つの部屋に収まることはできないが、束がいる作戦本部から、各々が最短距離、時間で集まれる部屋へと現状を伝えることは可能だった。

 千冬はインカムを使い、鋼の心で不安と怒りを押し込め、冷静に淡々と現状を述べた。

 

「先刻の襲撃において出撃した真宮信が負傷、直ちに救出に迎え。敵は自壊し、ロスト。織斑一夏は依然交戦中、各国代表、代表候補問わず増援を急げ。専用機の無いものはその場で待機。追って情報を伝える」

 

「……いやー、こういうときのために二人に発信器やらなにやらつけといてよかったねぇ」

 

 背を向けた束は画面と相対しつつ口調は変わらない。

 千冬も同じく画面を見てはいたが、二人の背中からは近寄りがたいオーラが発せられていた。

 部屋には束が何やらよくわからない難しげな数式やら情報やらを処理するために動く衣ずれの音や、操作音しか聞こえない。

 

 部屋には各国のIS関係者が数百人、そして守我岸がいたが、誰一人として言葉がない。

 それはもちろん、今さっきISが使えるようになった代表候補生たちが壁面を破壊して外へ飛び出して行ったのを目の当たりにしたのもあるが、何よりも頭がついていってないというのが大多数の本音であった。

 ISという抑止力があったここ数十年、世界にはさほど大きな混乱を起こす事件が発生していなかった。

 しかし今、世界中のISを無効化する技術を敵が保有していることを目の当たりにし、さらに謎の襲撃で15歳の男子2人しかそれを迎え撃つことができない。

 大人たちはなんと無力なのだと、当の本人たちもそう思っていた。

 

『織斑教官! 信を発見、救出しました!』

 

「ああ、こちらでも映像を確認した。ラウラ、今そこに山田先生が向かっている。信を彼女に任せたら、お前も一夏の方へ増援へ迎え」

 

『はっ! 了解しました!』

 

 シュヴァルツェア・レーゲンの腕に抱えられた信からは海水が滴り、ぐったりと力がない。

 幸いにも瞬光のエネルギーが残っていたため、操縦者の生命維持装置が働き、息はある。

 山田先生が泣きそうな顔で駆けつけたのは、通信が入ってから2秒もたたないうちだった。

 

「束、切り替えろ」

 

「あいあいさー」

 

 千冬の言葉を待ってましたと言わんばかりに、右上に小さく表示しておいた映像を拡大し、モニターの中心へと持ってくる。

 その回りにも様々な角度、距離から映した一夏と黒騎士・大和《やまと》――束が命名した――が表示される。

 

 上段の構えからの強烈な一撃を剣の腹で受けると、一夏が左手の雪羅を敵のがら空きになった腕の下、胸の辺りへ突きつける。

 エネルギーが爆ぜるまでおよそ0.5秒、黒騎士が後ろへ吹き飛び、撃った本人も反動と爆風で飛ばされる。

 体勢を建て直した敵は、今しがた攻撃を受けた体を見せつけるように一夏に向き合う。

 そこにはとても直撃したとは思えない、かすり傷程度の跡しか残っていなかった。

 

『ちっ、無駄に硬いやつだ!』

 

 束が白式の機体システムに侵入し常に回線をオープンにしているため、細かな息づかいも言葉も映像とリンクして再生される。

 

 一人毒づくと、今度は自分から瞬時加速し、一夏が斬り込んでいく。

 それを黒騎士はかわそうともせずに真っ正面から攻撃を体で受け止め、鈍い音が響いた。

 しかし、首の付け根辺りに降り下ろされた刀はその下へと食い込むことなく、装甲との強い接触で火花を2、3散らしただけだった。

 実体剣の状態では無理と判断した一夏が零落白夜を発動、その場で体を回転させ横に一閃を繰り出す。

 出力は普段よりも少し上程度ではあったが、IS学園での演習で戦うクラスメイトたちを十分に切り伏せられるエネルギー量だった。

 敵の腹部に浅い切り傷ができる。高々1センチほどだ。

 

「束、あいつの装甲の解析は」 

 

「しなくても十中八九『イージス』だろーね。ただ零落白夜であのくらいの傷って、尋常じゃないエネルギー流してるよ、あの機体」

 

 小さめの通知音がなる。

 

「んーと、解析の結果……あの機体を電池にしたらISを5体24時間フル稼働させられるぐらいのエネルギーは流れてるね」

 

 キャノンボールファストの会場で使用されていた『イージス』の装甲はもともとの強度も高いが、素材にエネルギーを与えることでさらに強度を高めることが可能である。

 そしてそれは加えるエネルギー量に比例し、大きくなる。

 

「零落白夜をフルパワーで発動させればいつも通りには戦えるだろうけど、それじゃあもって30秒。先にいっくんのほうがギブしちゃうねぇ~」

 

「ならどうすれば――」

 

「篠ノ野箒の絢爛舞踏でエネルギーを常時供給させながら零落白夜を発動させるしかないわけだ」

 

 守我岸がゆったりと腰かけた椅子からさらりと言葉を吐いた。

 その声はごく普通の声であったはずなのに、かなりの範囲に届いた。もちろん千冬と束にも。

 

「……まー、それが一番かな。今出ていけるISは、箒ちゃんたちぐらいしかいないでしょ」

 

「そうだろうな。他の機体はまだ例の装置の余波で動けそうもない」

 

「仮説だけど、一回あの停止能力を受けてるから耐性がついたんじゃないかな? ほら、風邪ひくとそのあと免疫つくでしょ? たぶんそういうことだよねー♪」

 

「ここであの機体のコアを持ち帰ることが出来れば、ファントムタスクについて何か分かるかもしれない。ここでみすみす見逃すのは得策ではないな」

 

「とゆーわけで、ちーちゃん! 判断よろしくー★」

 

 やけに息があっているようなやり取りだったが、今はそこを指摘している場合ではない。

 インカムを軽く押さえ、千冬は画面に向き直る。

 一夏と黒騎士が互いを斬りつけ、弾かれ、そしてぶつかっていた。

 しかし両者の様相は対称的だった。

 白式はアーマーの至るところにひびが入り、満身創痍という言葉を体現しているようだ。操縦者である一夏も肩で息をしており、かなり疲弊している。

 黒騎士の方は特に目立った傷もなく、ほとんど変わっているように見えない。

 勝敗は目に見えていた。

 一旦攻防が止まり、両者が距離を取った瞬間、千冬が指示を出すために通信を繋いだ。

 

「一夏、聞こえるか?」

 

『はぁ、はぁ……あ、あぁ。聞こえてる』

 

「今そこへ篠ノ之たちが向かっている」

 

『箒が?』

 

「ああ。到着次第――」

 

『わかってる。絢爛舞踏でエネルギーを回復させてもらって、フルパワーの零落白夜で戦えばあいつを倒せる』

 

「なに?」

 

『千冬姉。俺に戦わせてくれ』

 

 確かに息は上がっていたが、その言葉には強い決意が聞き取れた。

 守我岸の言った通りの戦法を取ろうとしていることにも驚いた千冬だったが、それ以上に一夏の口からそんな言葉が出たことが意外であった。

 

「……一夏。はっきり言おう。お前が独りで戦っても勝率が低い。相手の力は未知数だ。数で圧倒し、倒す」

 

 束が不満の声を上げたが、千冬は鋭い目線を投げて黙らせる。

 しかし、一夏ははっきりと言った。

 

『いや、俺独りで十分だ』

 

 両手で剣を構えた一夏が、少し微笑む。

 その表情は姉である千冬でさえも見たことがなかった。

 ただの希望や夢を見ているのではなく、その場を冷静に分析し、事実を述べているだけ。

 そう言いたげで、自信に溢れていた。

 

「……勝算があるのか?」

 

『ああ』

 

 なんとも言えない沈黙が全員を覆う。

 今度は冷たくはないが、ひどく動揺と混乱を誘うものだった。

 たかだか高校生が何を言っているのか、男子のくせに、そんな空気が大きくなってきた、その時。

 

 束が大声を上げて笑った。

 

 腹を抱えて床に倒れこみ、転げ回った。

 そして満足したような顔をして、上を見上げた。

 

「おもしろいよ、いっくん!」

 

 たったそれだけ。

 そして、千冬の真下にごろごろと転がっていくと、仁王立ちしている彼女の顔を下から、というより床から仰ぎ、にんまりと笑った。

 

「ねー、いいんじゃない? 本人がやりたいって言ってるんだし。もちろん、周りに遊軍機は待機させてさ」

 

「彼は自分にかけられた期待に応えようとしている。それを否定するなど、無粋なこととは思わないかい」

 

 反論しようとしたとき、後ろの方でばっと女性が立ち上がった。

 その顔に千冬は見覚えがあった。確か、某小国の国家代表だ。

 最近めきめきと力をつけ、頭角を表してきている。

 

「おい! ちょっと待てや! ただの高校生に任せてられると思ってんのかよ!」

 

「……その通りだ! 確かにまだ我々の保有するISは動作が確認できないが、恐らくすぐに機能が回復する。それを待つんだ!」

 

「待機の命令を出せ! 時間稼ぎをしろ!」

 

「いや! 撤退させろ! 子どもなど信用できない!」

 

 一度不満が口をついて出れば、それは止まらない。

 今まで静かだったギャラリーが急にぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。

 決壊したダムから水が流れ出すように、我先にとこぞって意見を叫び、糾弾する。

 あまりにうるさいその声を、束が冷たい目でそれを聞いているのが見えた。

 千冬は、そちらの言い分はもっともだ、だから少し落ち着いてくれ、と言うつもりだった。

 しかし。

 

「あんなろくでなしの男の中でも特に弱そうなやつに任せられるか!」

 

「ガキは帰れ! どうせ役立たずだろう! さっきの男と同じだ!」

 

 誰が言ったのかは分からないが、千冬は確かに聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

「私の生徒をバカにしたのは、どいつだ」

 

 

 

 

 

 

 一瞬で、部屋が静まり返った。

 明らかに言い過ぎた、と気付いてももう遅い。

 例え言ったのが誰であれ、それを助長し引き出した空気を作ってしまった、その場の全員の背筋が凍った。

 一方で、束は満足そうににやにやとした笑顔を千冬に向け、守我岸も黙って腕を組んでいた。

 はっと我に返った千冬は、深く深く深呼吸してから口を開いた。

 

「……失礼。しかし、子供だからといってもIS学園での訓練を積んでいる生徒です。 簡単には負けません」

 

「し、しかし、真宮信は例の機体に負けて……」

 

 勇気か無謀か。

 意見を述べようと立ち上がっていた国家代表は尻すぼみの台詞を残して、千冬のきつい視線を一身に受けながら静かに席に戻った。

 

「ではあなた方の誰かが単機でインフェルノ・オウガに挑んで、確実に勝利できたと自信を持って言えるのですね」

 

「そ、それは……」

 

「言い淀むのであればあなたに彼を責める権利はない。それに、信は負けていない。オウガを無力化し、無傷ではないが生還した」

 

 誰も反論しない。

 相変わらず束がにやにやしている。

 わかっている。ここまで大見得を切ってしまったら仕方がない。

 千冬は大きく深呼吸をして、再び一夏へ通信を繋ぐ。

 

「ひとつだけ命令を守れ」

 

『……? わかった。何を守ればいい?』

 

「勝て。それだけだ」

 

 背中を押すのは姉であり、教師であり、家族である自分の役目。

 いつの間にか成長した一夏の背中が、無言で返事を返してくれていた。

 

 

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