実体剣で切り結んでも、らちが明かない。
敵は付かず離れず、絶妙な距離で一夏を狙う。
鋭く振り抜かれた一閃を刀で受けるも、衝撃に手が痺れる。
指先の感覚が消え、握力もなくなってきているのか、こちらの攻撃は敵に狙いを定められない。
伸ばしてきた手が白式のアーマーに覆われた腕を掴み、装甲に爪痕が刻まれる。
みしりと嫌な音を聞いた時には腕が抜け落ちるのでないかというぐらい、強引に引っ張られ、投げ捨てられる。
「なんっ、なん、だよ!」
立て直しを図るまもなく、高速で距離を詰めてきた黒騎士に雪羅の爪を向ける。
降り下ろされた刃を受け止めると、ばちばちと火花が散り、まばゆさに顔をしかめた。
関節が悲鳴をあげる。肉体も、白式も、それは同じだった。
雪羅を発動している左腕を支えるように右手を添え、押し込まれないようブースターの出力をあげ、各部位のパワーをさらに上げる。
それでもなお余裕に見える黒騎士は、容赦なく刀を突き立てた。
数十秒ほど互いの力が拮抗した後、一夏が斜め下へと力を逃がして攻撃を交わすと、チャージをしておいた荷電粒子砲を至近距離で放った。
敵を吹き飛ばす際に生じる爆風に乗って後退、ようやく大きな空間ができる。
「ぶっ!? はぁっ、はぁっ!」
急な苦しさに襲われ、そのとき初めて呼吸を忘れていたことに気付いた。
酸欠で頭が痛い。視界が霞む。
新鮮な、とは言いがたいかもしれないが、爆煙が比較的少ないところから空気を思いっきり肺へ取り込む。
最悪なことに晴れた視界には、ちょっとすすがついてより黒くなったか、という感じの黒騎士もバッチリとらえられた。
「もう一発っ……!」
無理だ。チャージが間に合わない。
白式が提示した時間は五秒。
そんなに待ってはいられなかった。
ぐっと力をためるように黒騎士が屈むと、案の定バネに飛ばされたように急激な加速で近づいてくる。
粒子砲の充填を始めつつ、雪片弐型で剣撃を受け止めると、体を支えきれずに吹き飛ばされた。
反応できない。
そう思った瞬間、鬼の面のような顔が目の前に表れた。
大きく振りかぶった腕をしならせ、握った拳が一夏の胸を直撃した。
「が、ふっ……!」
視界が真っ白になったが、これは火花か何かが散ったのだろうか。
そんなことを思わなければ、意識が飛んでいくところだ。
叩きつけられた背中から、凍るような冷たさが全身を巡り、視界がまた曇った。いや、ぼやけた。
何に叩きつけられ、何でぼやけたのだろう。
ああ、そうか。
海の中にいて、海面が遠くなっていってるのか。
日の光がなく、青か黒かわからない水の中。
まぶたが重い。呼吸が苦しい。
水圧がどんどん強くなる。いずれ傷だらけの白式がカバーしきれなくなるほどになるだろう。
負けたくない。
全力で、倒す。
「びゃ、白、式……!」
敵の位置情報が表示され、同時にチャージ完了の表示。
ご丁寧に弱めの電気ショックまで与えてくれた。
びりびりとした感覚に眠気や痛みもぶっ飛び、一夏は海中でばしんと両頬を叩き、さらに気合いを入れた。
「サンキュー、白式。まだ行けるよな……!」
瞬時加速のエネルギーがブースターに集まる。
角度は計算済みだ。
タイミングは、今。
水の中で鈍い音が弾ける。
それを感知した黒騎士が刀を体の前で構えると、一夏は海水を滴らせ、背中側に現れた。
首だけ振り返ると、目の前に手のひら。
五本の爪が、ガッチリと頭をホールドした。
「文字通り、食らっとけ」
荷電粒子砲が炸裂し、一夏が反動で左半身から吹き飛ばされる。
黒騎士も大ダメージとはいかないまでも、表面には火傷のような跡が残った。
だが、両者の差はとても埋められるようには見えなかった。
それは一夏にもわかったし、だからこそ、箒を待っているのだ。
左肩を押さえて黒騎士に向き合うと、後ろから援護射撃が飛んできた。
「一夏!」
箒の声に振り返ると、みんなが横一列になって飛んできているのが見えた。
「箒ちゃんは一夏くんの回復を! みんな、行くわよ!」
楯無が先頭を駆け、後ろから代表候補生たちが次々と黒騎士にぶつかっていく。
2、3度剣が交わり離れると、甲竜の衝撃砲とブルーティアーズのフレキシブル射撃が敵を後退させ、さらに追い討ちをかけるリヴァイブと打鉄弐式のホーミングミサイルの攻撃。
時間はできた。
一夏と箒が向かい合う。
「よかった……生きているな」
「ああ……かろうじて、かも。信は?」
「っ……だ、大丈夫だ! あちらには別動隊が援護に向かっている!」
箒の口からとっさに嘘が出る。
動揺させてはダメだ。今は一夏を目の前の敵に集中させなければ。でなければきっと、一夏までもやられてしまう。
幸い箒を初めとした女性陣がISに乗り込めていることに、一夏は気づかなかったようだ。
つまりそれはインフェルノオウガが倒れたという事実を隠せるから。
倒したのに信がここにいないことを聞かれては、さすがに答えられない。
「そっか……よっし、頼む」
「あ、ああ!」
箒が意識を紅椿に集中させ、単一能力である『絢爛舞踏』を発動させる。
金色の光が赤い機体を染め上げ、一帯を明るく照らし出す。
白式の腕を掴むとその光がすぐに伝わり、減少したエネルギーを回復させていった。
問題はここからだ。
絢爛舞踏で上限いっぱいまでエネルギーが復活したのはいいが、一夏は零落白夜を常時展開して戦う必要があるため、すぐにまたガス欠を起こしてしまう。
エネルギー増幅は何らかの形で紅椿に触れていなければできないため、どうにかして敵の隙をついて補給をし続けなければならない。
もしくは付かず離れず共に戦えればいいのだが、その場合今回の鍵となる機体が二体とも撃墜の危機に陥ることになる。
そうなれば本格的に勝ち目がない。
「一夏、箒!」
遅れてきたラウラが二人の前で止まり、現状を把握する。
さすがは特殊部隊といったところで、アイコンタクトをするだけで箒の言わんとしていることを読み取ってくれた。
「信の方は問題ない。教官が何とかしてくれる」
「こっちには増援は来ないのか?」
「わからん。連絡がないところを見ると、どの国家が出撃するかもめているのかもな。にしても……」
ずいっ、と一夏へ詰め寄る。
ISを装備していて、かつ空中のため、いつもの身長差は全くない。
冷ややかでもあり、心配でもありといった目付きで見られると、思わず顔を少しだけ引いてしまう。
「独りであいつと戦おうなど、大きく出たものだ。わざわざ数で勝っているのに、どうしてそこまでこだわる?」
「……みんなに助けてもらえるのは本当に嬉しいんだ。でも、試してみたい。自分が今、どこまで戦えるようになったのか。俺もみんなの力になれるのか、見せてみたいんだ」
それに、と続けて、一夏は相変わらず余裕の動きを見せている黒騎士を視界で捉え、目を細めた。
「あいつは千冬姉のコピーなんだろ? 勝てないのは本物だけで十分なんだよ」
「……つまり個人的な理由しかない、ということだな?」
「そうだ」
ラウラの目をまっすぐ見返す。
小さく息を吐くと、今度は箒に顔を向けた。
「箒、お前は私たちが全力で守る。どんなタイミングだろうとすぐアビリティを使用できるようにしておいてくれ」
「わ、わかった! 任せておけ!」
『みんな揃ったわね!』
今しがた上空で黒騎士に一太刀浴びせた楯無がここぞとばかりに距離を詰めながら、回線を開いた。
『一夏くん! エネルギー量が危なくなったらすぐ箒ちゃんのところへ戻りなさい! 回復してる間は私たちが――』
「いえ、必要ないです。箒ありがとな。みんなと一緒に下がっててくれ」
静かに呟いた言葉に、全員が一夏を見た。
黒騎士の剣撃を左手の『ラスティーネイル』の刃で弾くと、右手に展開した槍で黒騎士を退ける。
再び牽制射撃の嵐が始まると、余裕ができた楯無が自分を見上げている一夏の方に目を向けた。
『あなたの機体のことなんだから、今さら説明しなくてもいいはずよね? 途中でエネルギーが足りなくなるのは目に見えているわ』
「大丈夫です。持たせます」
『持つわけないでしょ!? バカなの!?』
『一夏さん! 勇気と蛮勇は違いましてよ!』
鈴とセシリアが引き金を引きながら回線に割り込んでくる。
とてもじゃないがそんなこと許さない、といった感じだった。
『織斑くん、無理なことは無理……あなたの戦い方では、エネルギーが五分と持たない……!』
もうもうと立ち込める爆煙の中で、無傷の状態の黒騎士が姿を表す。
自分の中のヒーローの象徴でもあったその機体に、簪は恐怖を感じていた。
『僕も賛成できないよ。とてもじゃないけどサポートなしで勝たせてくれる相手じゃない!』
シャルロットにしては珍しく強い口調でそう言うと、ミサイルポットを機体から切り離し、両手にマシンガンを展開、再び射撃を始める。
「……みんな、私からも頼む。やらせてみてくれないか」
その言葉に誰よりも驚いたのは一夏だった。
まさか自分よりも先に、彼女が動くとは思わなかったのだ。
「一夏、勝算があるのだろう? 私は手出しはしない……だから」
唇をぎゅっと結び、顔を真っ赤にして箒が一夏に近付く。
戦闘音が鳴り響く不思議な空間で、初めて。
初めて、自分に素直になった。
箒は自分から、一夏の手をぎゅっと握りしめた。
「無事で……お願いだから……」
顔を伏せると、ぐいと体が前に引き寄せられた。
声をあげるまもなく、がちゃがちゃとISの金属装甲同士が擦れ合う。
一夏の首からふわりと汗と男の匂いが、胸板から力強い鼓動が聞こえる。
顔が熱い。頬に黒々とした髪の毛が当たり、くすぐったい。
「い、いち、か……お、おい」
蚊のなくような声だったが、一夏には絶対に聞こえたはずだ。なにせ耳元で言ったんだから。
早鐘のように脈打っていた心臓は徐々に落ち着きを取り戻し、一夏はようやく、優しく箒の体を引き離し、赤くなった顔でにっこりと笑った。
「……そんなこと言われたら、勝つしかないじゃないか」
「え、あ、そ、そうだ! だからそうだと――」
「……あのー、そろそろいいかしら?」
二人がはっとして声のする方を向くと、6人が顔をひきつらせながら同じ目線まで下がってきていた。
「なんだかいい感じのとこ悪いんだけど」
「さっさと」
「していただいても」
「いい……かな?」
「あいつの動きを止めておくのも限界があるんでな」
ちょうどそのとき黒騎士が各機体から放たれた対IS捕縛用特殊電磁ネット六枚重ねのうち三枚目を引きちぎった。
なんとなーく甘い雰囲気になることを察した候補生たちはタイミングを見計らったように表示された、しかも装備した身に覚えのない武装を敵に放っていた。
束特性!なんて注意書がなければそんなこともしなかったのだが。
作成者的には本来なら一枚でも引きちぎるのに五分はかかるはずという言い分なのだが、やはり規格外の機体というのは恐ろしい。
恨めしげにこちらを見ている敵は、あれだけの砲撃を受けたにも関わらず何も変わっていないようだった。
時間にしておよそ1分持ったかというところだったが、その貴重な時間を使ってまさか目の前でイチャイチャされるとは、と一同は思うのであった。
四枚目が破かれると、楯無が目の前のいちゃつきに文句を言いたいのをグッとこらえながら口を開いた。
「それで? どうするつもりなのか、それぐらいは教えてくれるわよね?」
「は、はい。奥の手を使います」
「奥の手ぇ? なんなのそれ?」
「第三次移行《サードシフト》する」
ごくごく当たり前のように鈴の質問に答えを返した一夏を、全員が目を丸くして見つめる。
「い、一夏……? それ本気なの?」
「もちろん、本気だ!」
「に、任意に発動可能なんですか!? そ、そんなことが……」
「ま、まず……第二次移行から先を成功させた、なんて……聞いたことない……」
「実戦では初めて使うから、出力が押さえられるかわからない。だから、みんなは少し離れててくれ」
一夏はいよいよ最後の一枚にまでその手を伸ばした黒騎士に、再び戦いを挑むべく飛び上がった。
その後ろ姿は今までにないほどに大きく力強く見えたのは、果たして箒だけだったのだろうか。
いや、誰一人後ろを追おうとしないのを見ると、全員同じ気持ちだったのかもしれない。
◇
「よ、待たせたな」
自分でも驚くほどの軽い挨拶だった。
黒騎士を縛っていたネットは完全になくなり、晴れて自由の身となって気だるそうに刀を肩に担いでいた。
「ったくよー、本当はこんな感じで使うつもりなかったんだぜ? どうしてくれんだよ」
体の奥から熱いものが込み上げる。
心臓が血液を送り出している音が大きく聞こえていた。
さっき箒に抱きつかれてから数分もたってないのに、またドキドキしてやがる。
今度は別の意味だけど。
俺は頭の中まで熱い何かが巡ってくるのを感じながら、にやにやとした笑いが押さえられなかった。
ああ、ダメだ。
笑っちまう。
申し訳なかった。
千冬姉にも、箒にも。
鈴にも、セシリアにも、シャルロットにも、ラウラにも、簪にも、楯無さんにも。
それに、顔もよく覚えてない偉い人たちにも。
いろんな人に迷惑とわがままをかけてしまった。
なのに。
嫌だった。
適当に触ったらISが動いて、しばらくしたら女だらけの学園に入れられて、自分よりもずっとずっと立派な男に出会って。
いつも負けて、悔しくて。
だから強くなるために頑張って、でもあいつにはまだ勝てなくて。
なのに。
怖かった。
こいつに俺は勝てるのか。
ここで負けたら、本当に今までやって来たことが無駄になってしまう気がしていた。
なのに。
なのに、今は。
今だけは。
「そんなこと……どーでもいいんだ……」
目の前につき出した雪片弐型を、その切っ先を真下に向ける。
そしてその手をゆっくりと開いていく。
最後の指が離れたら、剣は下に真っ逆さまに落ちていくだろう。
きらりと光った雪片の刃に男の顔が映った。
俺、今こんな顔してるのか。
参ったな。
やっぱり、こうなると我慢できない。この第三次移項を練習で使ったときもそうだった。
ったく、もうちょっと深刻な顔してろよ。
じゃないと。
「楽しくてしかたねぇって、バレちまう」
落ち始めた剣先が、俺の足元で吸い込まれるように消えていく。
その様子は、武装がただ展開粒子に戻り、ISの格納領域に戻っていくようにみえただろう。
剣全体が消えていくのと一緒に、白式のエネルギーバイパスが急激に活性化、血管が浮き出てくるかのようにはっきりとその姿を装甲表面に表す。
ほんのり桜色の光が機体を照らし、白い体が幻想的に浮かび上がる。
ブースターの羽は大きく開き、内部パーツはより大容量のエネルギーを排出するべく動き出す。
機体からこぼれ落ちる無数のエネルギー粒子は桜色の雪のように舞っている。
「さぁ、いくぜ……!」
第三次移行。
それは機体が大きく形を変えるのではなく、機体の持つワンオフアビリティの進化。
「零落白夜……仙桜刃!!」
◇
「……第三次移行を成功させた、という事実は記録には記されていない。だが……」
守我岸が目を細め、画面に写る一夏と、その機体である白式を見つめる。
先程まで暗闇に閉ざされていた空間に、柔らかな桜色が満ちている。
白式全体を駆け巡るエネルギーバイパスが熱を帯び、光源となり、自らとその周りを照らす。
本来ならば見えることのないエネルギーの残影が舞い落ちる粉雪のようにゆらぎ、ふわりと漂っている。
束が激しく白式の状態を解析し、興奮気味に肩を揺らしている以外、この場で動いているものはいなかった。
「軍用の機体ですら、ここまでの能力を秘めているか……」
千冬はこの状況をなんと説明したらいいか、よくわからなかった。
あれが本当に一夏だというのか。
解析などしなくてもわかる。あれは、明らかに異常だ。
異常なほど、美しく、そして恐ろしい。
その顔は喜びと自信に溢れ、新しい玩具を与えられた子供のようである。
『……きれい』
戦闘空域にいる誰かがそう呟く。
まったくその通りだ、と言わんばかりにどこかで熱っぽいため息が聞こえた。
「各員につぐ。速やかに白式の周りから撤退せよ」
『へ……? で、でも!』
「これは命令だ。君たちも、彼の巻き添えを食いたくはないだろう」
画面に映る映像からの光で、全員の顔が桜色に染まる。
実戦で使えるかどうか。
それを確かめたいということだろう。
使えると判断されれば、一夏は白式ごと研究の対象になる。
技術欲しさにどこの国もおべっかやらなにやら使って近付いてくる。
だが、それは無駄なことだ。
第三次移行はワンオフアビリティーの進化であり、その機体固有の力をより色濃く反映させるものだ。
すなわち、より独特の力に昇華させる、ということ。
多くの単一能力がそうであるように、発現したとしてもその性質はパイロットと機体の組み合わせや状態に左右される。
十人十色とは言ったものだが、発現方法も持続時間も、もちろんその能力もすべてに適用できる基準はないのだ。
だから、一夏と白式を分解して調べたとしても、第三次移行の技術を応用できる可能性はゼロといっていい。
「まぁ、そんなこと百も承知か……」
一夏はどこの国家代表でもなく、しかし専用機が与えられている。
それが強力な力を手に入れ、さらに特別な存在になって、いつ何時誰かが彼をそそのかして牙を向けてくるかわからないのだから。
もちろん、今すぐではない。しかし、看過するほど悠長にも構えていられない。
だから自分達の監視が及ぶところに置いておきたい。対策と、牽制が行える位置に。
そういう意味では、各国の優秀な若い人材を派遣できるIS学園は最適だったのかもしれない。
◇
舞い落ちる桜色の雪。
目を開くと白式の光で辺りが柔らかく照されていて、肌からは熱くたぎる強いエネルギーを感じていた。
第三次移行、零落白夜・仙桜刃。
強力な力はそう長くは持たない。
あと数分でエネルギーが尽きてしまう。
「さーて、と。いっちょかましますかー……」
いつになく軽く、わくわくしている口調で。一夏は首を左右に倒し、腕を伸ばす。
それを見ていた箒は眉をひそめる。
なぜならばその姿は、いつかの自分と同様に力に酔っているように見えたからだ。
さきほどの千冬の指示により、随分と前線から後退した箒たちでは合ったが、まだまだ彼の姿と音声はハイパーセンサーのズームとオープンチャネルの通信技術によって確認できていた。
「なんか、雰囲気……違うね」
簪が呟くと、皆が頷いた。
「なんというか……急にバカっぽくなったわね」
「そ、それは……うん。言葉は悪いけど、そうかも……」
「バカ、と言うよりも……子供になったと言うべきかしらねぇ……」
やれやれと言いたげに楯無は首を振り、もとからその節は有ったけども、と付け足した。
そんな会話が遠くで行われていても、一夏はにやにやとした笑みを崩さず、黒騎士・大和は警戒を解かない。
いつ切り込んでこられても対応できる、そういう心構えであるように見えた。
無論、機械に心が存在すればの話ではあるが。
数十メートル先で、一夏がそろそろ始めますとのんきに手を振った。
黒騎士のAIは確かに相手からの協力なエネルギー反応は危険を察知していた。しかし、まだ白式が得物を出してこないのを見て、まだ余裕があると判断を――
「よっ、と」
警戒は。
解いていない。
のに。
懐に入った一夏の強力な裏拳が、確かに黒騎士の横っ腹を強打した。
みしみしと嫌な音をたてる装甲と、比べ物にならない瞬時加速の性能に、AIは即座に理解した。
もはやこの機体は先程の機体とは別物である、と。
吹き飛ばされた方向にセンサーアイを向けてると、一夏が裏拳を放った方の拳を握ったり開いたりして感触を楽しんでいた。
「どうした? まさか、零落白夜がエネルギー消すだけだと思ったか?」
再び加速。
しかし今度は接近する桜色の影をしっかり捉えていた。
振りかざされる拳を騎士がその手で受け止めようと――
「やめといた方がいいぜ」
「――!!」
がくり、と半身が傾く。
一夏の敵への助言は、少し遅かった。
切り落とされた肩から先の腕が、くるくると回って下へと落ちていく。
残された体は急に失った片腕の重さに戸惑い、バランスを崩した。
先程まで刃をほとんど通さなかった鉄壁の防御が突如として破れ去ったのを見て、一夏以外の全員が目を見開く。
当の本人はというと、その驚く様子を知ってか知らずか、得意気に腕を横に振りさばく。
そこには、機体と同じ桜色に染まったエネルギーの刀が握られていた。
形は雪片弐型とそっくりだが、実体剣の部分がない。
信が扱う朧火のように粒子を固めて形作っているにしては造形の細かいところがぶれるようにぼやけていて、時たま刃の部分から小さくエネルギーが吹き出している。
「ほっ」
短い息使いで腕を胸の前につき出すと、剣が吸い込まれるように短くなり、拳の中に消えていった。
もったいぶるように小指から親指まで順に一本ずつ拳をとき、手のひらを見せると、にかーっと笑う。
いかにも『びっくりしただろ?』とでも言いたげな表情だ。
「い、一夏っ! ふざけてるのかっ!?」
たまらず箒が叫ぶ。
それもそうだ。
あれだけ大見得切って独りで戦いに臨んだくせに、なぜそんなに下らない子供じみたことをやっているのか。
手品のような無駄な動きをしている間に、敵には距離を空けられている。
隙だらけの一夏は、さらに箒の方を振り返って大きく手を振った。
「箒ー! お前のお陰だ! お前の言葉がヒントになったんだ!」
「わっ、私のっ!? というか前を向けっ!」
「あー、大丈夫だってー」
背中側の大きく空いたスペースから、片腕で大きく振りかぶった黒騎士が一夏に斬りかかる。
危ない、という声の代わりに箒の口から出たのは悲鳴だったが、斬りつけられた一夏は声ひとつ出さなかった。
振り向くこともせずブースターのエネルギーを解放すると、蝶のような羽が生えたかと思うほどの広範囲に光が一瞬で満ちた。
生じた風圧が黒騎士を意図も簡単に吹き飛ばし、斜め上へと飛んでいった。
「無駄だっての! ったく、もーちょい遊んでやるか!」
ぐっと力を溜めるイメージで、次は弾け飛ぶイメージ。
そんな適当な考え方でも、白式はしっかりと応えてくれる。
ブーストをかけて、速度は初速の時点でとっくにトップスピードに近い。
周りの景色が飛び去り、世界を置いていくような感触。
真っ黒い空。
IS学園から延びる黒煙。
どうでもよくなっていた。
きっと、目の前の敵を倒せば何かが変わる。
何かが。
「てなわけで、よろしくなっ!」
転校生にするようや軽い挨拶と共に、拳を振るう。
黒騎士は小型物理シールドを手の甲から肘にかけて展開し、それを受け止める。
強く打ち付けられる金属同士が重低音を奏で、響く。
盾を使ってガードはしているものの、明らかに押されているのは黒騎士だった。
一夏は打楽器を撃ち鳴らすように両手の拳を交互に叩き込み、その一撃一撃をより強くしていく。
使っていて、不思議に思わなかった。
そういうものだと思っていたから。
けれども、箒の言葉がヒントになった。
『纏めようとしない』
それがきっかけだった。
エネルギー消費が激しい白式が零落白夜を使うと更に燃費が悪くなるのは、なぜなのか。
単純にシールドエネルギーを攻撃のための力に変換するから、その攻撃力と引き換えになっているのだと思っていた。
雪羅のシールドやクローに使うこともできている。
雪片弐型の剣も、斬れぬものなどそうそうない。
しかし、本当にそのように出力すべきなのか?
つまり、わざわざ体を取り囲むエネルギーを変換して、ある一部分へと出力する必要があるのか、という疑問だ。
もともと体全体に分布しているシールドエネルギーを変換して、別の場所へ移し、ある決まった形にする。
一夏は零落白夜の急激なエネルギーロスがこのプロセスにあるのではないか、と箒の言葉で思い付いたのだ。
シールドエネルギーを纏めようとしない。
ある決まった形に押し込まない。
シールドエネルギーをその場で変換し、そのままの場所で、いつもと同じく身に纏う。
それが、零落白夜・仙桜刃。
一夏の仮説は正しく、ロスを極限までなくし、エネルギーの減少も押さえることができた。
発動している間は、全身が武装であり、盾でもある。
さらに、活性化したエネルギーはその場で弾け、押し出し、推進力となる。機体のすべて全身がブースターでもあると言っても過言ではない。
殴ることに飽きたのか、今度は回し蹴りで敵を薙ぎ払おうと体を回転させる。
後ろに後退するように一撃を避けると、黒騎士は攻勢に回るべく刀をその手に呼び出す。
空をなぞった脚をぶらぶらさせると、一夏は握られた刀を見てにやりと笑う。
「とーうっ!」
空中で飛び上がり、体を大の字に広げて相手に向かっていく。
黒騎士が片腕に握った刀を一夏に向け、敵が真っ二つになるよう振りおろす。
ばしんという音と共に頭の上で合わせられた手のひらは空を叩き、体の中心を真っ直ぐとらえた剣筋は額から数センチというところまで迫ったものの、やはり桜色の光がそれ以上の接近を許さない。
「っちゃー、白羽取り失敗?」
困ったように笑うと、足を使って敵の腕を絡めとるように掴んだ。
掴んだ、というよりはぶら下がる感じであるだろうか。ナマケモノが木の枝でのんびり過ごしているような形、という風に見えた。
しかし、その判断と行動はのんびりからはほど遠く、黒騎士の反応する前に事は起こった。
「んじゃまぁ、もう一本いただきますか」
金属がきしむ音がしたかと思えば、肩の関節に亀裂が走る。
抵抗虚しく配線を空中に撒き散らしながら、ばきばきとねじ切るようにして奪われた、残された最後の腕。
操縦者がいれば悲鳴が上がるところだが、中につまっているのは幸い機械の体のみである。
無理矢理奪った腕の付け根を、望遠鏡を覗くかのごとく不思議そうに見ている一夏。
片腕を切断、もう一方を剥ぎ取られ、残された両脚を使いバランスを取る黒騎士。
興味が失せたのか、腕を脇に、というよりも空中に放り投げると、一夏は首を左右に倒し、大きく延びをした。
「んー、さて! そろそろ終わりだな」
左手を高く空へ掲げる。
雪羅を装備しているその手のひらから、桜色の光柱が伸びる。
それは荷電粒子砲よりも細く、しかし雪片弐型のリーチよりも明らかに長く。
天を貫き、夜のように暗い世界へ一筋の光を呼び込んだ。
空いた穴を埋めようとうごめく黒い雲が、柱を中心に渦を巻き、形が変わる。
もはや見渡す限り黒く染まった空であったが、一夏のいる場所だけは降り注ぐ陽光がスポットライトのように当たっていた。
暗闇に慣れていたセンサーが、急激な光量の変化にノイズを発生させ、視界が曇る。
再び機能が回復したときには、一夏の左手は伸びていた光を閉じ込めるように固く握られ、一際強く桜に色づいていた。
それを黒騎士に見せるように差し出す。
エネルギーがあふれでる源を突き付けられ、システムがレッドアラートを奏でて、後退する時間がないと告げる。
自爆装置を作動させ、騎士は一夏へ突撃する。
もはやこの宙域から逃げ出すことは叶わない。
ならばいっそ相討ちを狙うしかない、そういう機械なりの判断だった。
最後に黒騎士が見たのは、笑顔だった。
さっきまで浮かべていた楽しさでもなく、愉快さでもない、別種の笑顔。
日本人には、特有の美学がある。
桜を特に美しいと感じる時期は、咲き始めや満開の時ではない。
散り際なのだ。
それは、終わりに対する美学。
一夏の笑顔は哀しく、けれども優しく、満足げに咲いていた。
まるで、敗者へのせめてもの手向けと言わんばかりに。
手のひらがゆっくりと開き、中に閉じ込めていたエネルギーがほとばしる。
一夏も黒騎士も、まばゆく照らされ、その光は包み込んでゆく。
「――終ノ一太刀・桜花爛漫」
巨大な光の球体が、二機のいる空間ごと、全てを照らし出した。