IS〜world breaker〜   作:山嵐

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7:女心は難しい

「ん……?」

 

「……目が覚めたか」

 

 織斑先生が目の前にいた。

 ボケッとした頭で状況を確認する。

 俺の服装はISスーツ。ここは……保健室か? ベットがやけに清潔だから、たぶんそうだろ。

 

「まったく……無茶はお前だ……だがまぁ、勝ちは勝ちだ。安心しろ」

 

「……俺、どうなったんですか?」

 

「私にもわからん。部隊と共に駆け付けたときにはボロボロになったIS一機とお前が倒れていた」

 

 ISを吹き飛ばして、誰かの声が聞こえて、苦しくなって、気絶。自分でも訳がわからないなんて、情けない。

 そんな自分をひとしきり嘆いたあと、一番大事なことを思い出した。

 

「一夏! 一夏は!?」

 

 織斑先生は無言でちょいちょいと隣を指差す。

 指を辿って視線を伸ばすと、カーテンの隙間から一夏の顔が見えた。どうやら寝ているようだ。

 

「……一時的な眠りですよね」

 

「私の弟がこんなことで永眠などするか、馬鹿者が」

 

「ですよね~……」

 

 ひきつった笑い顔を作る俺。

 そうか、無事だったか。よかった……。

 小さく息を吐いてベットに身を預ける。

 

「……がとう」

 

「へ? なんですか?」

 

 いつになく小さな声の先生を不思議に思いながら、聞き返す。

 

「お前は弟を助けてくれた。ありがとう。感謝する」

 

 そう言って頭を下げる先生を見て、一瞬思考が停止する。

 一瞬。本当に一瞬で、俺の思考が再開される。

 

「や、やめてください! 一夏を助けたのは鈴です!」

 

「……凰には『お礼なら信に言ってください』と言われたぞ。まったく、私は誰に感謝すればいいんだ?」

 

「……それじゃ、一夏に言えばいいんじゃないですか? 『よく頑張ったな、お前は私の自慢だ』とか」

 

「怪我の具合は随分いいようだな。グラウンドを三百周くらい走れば、体が暖まって、より早く回復が進むんじゃないか?」

 

「……」

 

 くそ、鬼め……! 照れ隠しとわかっていても、本気でさせられそうで怖い。

 話題を変えるか。

 

「そ、そう言えばアリーナの扉の修理とかどうすんの……か……な~……」

 

 俺は発言途中で墓穴を掘ったことに気付く。

 扉壊したの、俺だ。

 ぐあぁぁぁぁ! しまった! 自分から罰則を受けるような話題をふってしまった! ふわふわした感じで忘れてくれてたかもしれないのに!

 

「ああ、『未確認のISの流れ弾が当たって壊れた扉』か。修理に時間がかかるが、なんとかなるだろう」

 

「いや、あれはほんの出来ごこ……はい?」

 

「借りは作ったままだと気持ちが悪いのでな。私なりの感謝の印だ。まぁお前がいらないと言うなら――」

 

「いえ! 有り難く頂戴いたします!」

 

 どうやら今回は目をつぶる、ということらしい。断ったりしたら、とんでもない量の反省文を書かされる。その上さらに罰則を食らうに違いない。主に肉体的な。

 噂によれば織斑先生と足腰が立たなくなるまで組み手……だとか。それは死ねる……。

 

「それでいい。人の感謝は素直に受けとるべきだぞ?」

 

「へ~い……」

 

「まだ時間があるから、もう少しそこで休んでおけ。いいな?」

 

 織斑先生は立ってカーテンを開ける。最後にこちらを見て少し笑ったかと思うと、カーテンを閉めてスタスタと立ち去ってしまった。

 あれ……なんで笑われたんだ?

 しばらくボーッとしていると、突如眠気が襲ってきた。実は結構疲れてるのだろうか?

 

「あ……そうだ……鈴とセシリアにも……お礼を……言わ……ないと……」

 

 俺は襲ってきた眠気に身をゆだね、再び眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 性格に似合わず、鈴は控えめに保健室に入る。数歩足らずのところに一夏の寝ているベットがあった。

 そーっと近付き、顔を覗き込む。

 

「まったく、気持ちよさそうに寝ちゃって……」

 

 近くにあった椅子を引き寄せて、腰かける。

 少し沈み始めた夕日が二人の顔を照らし、鈴は眩しさに目をしばたかせる。わずかに顔を伏せ、ほーっと長く息を吐いて、肩の力を抜いて、また顔を上げる。今度は夕日の輝きに負けずにしっかり一夏の顔を見ることができた。

 

「きっと起きてるときには、言えないから……今言うね?」

 

 言いたくても言えなかった自分の気持ちは、驚くほど自然な声でハッキリと言うことができた。

 

「あたし、一夏が好きだったよ」

 

 一夏は答えない。

 寝ているんだから当たり前か、と鈴はクスリと笑う。

 

「でもね……あたしとあんたは……やっぱり、このままが一番いいんだと思う……ずっと、仲の良い友達で……」

 

 昔の頃の記憶が甦る。一夏と帰った道、一夏と受けた授業、一夏と駆け回った公園……そして、一夏と笑った毎日。

 楽しかった。

 ただただ、楽しかった。

 

「……あたし、一夏しか見てなかった。見えてなかった……見ようとしなかったの……だから、友達としての好きと、男の子として好きの境界線が曖昧で………」

 

 ちらり、と奥のカーテンに目をやる。隣のベットとの境になっているそれの奥には、恐らくまだ眠っている男子がもう一人いるのだろう。

 鈴のその目はひどく優しくて、柔らかで、喜びに満ち溢れていた。

 

「でも、わかったの。その境界線。今度は、今度こそは、自信をもって言えるよ……あたしは……」

 

 そこまで来て言い淀んだ。寝ているとはいえ、一夏に言うのが何となく憚られる……というわけではまったくない。単純に照れ臭いのだ。というよりも恥ずかしい。好き、という言葉を好きな人に使うのが。

 

「……とにかくそういうこと……って言っても聞いてないのよね……」

 

 ふぅ、とため息をついてやれやれと首を振る。

 自分は何をやっているんだか……。

 

「……俺は聞いてるけど?」

 

「はひゃっ!?」

 

 カーテンで仕切られた向こう側からの声に思わず大声を上げてしまう。黙って聞いていたことに対する怒りと、聞かれていたことに対する羞恥で顔が赤く染まっていく。端から見ればタコよりも赤くなっているだろう。

 鈴は居ても立ってもいられず、素早く一夏の隣をあとにすると、仕切っていたカーテンをバッと開く。そこにはきっとニヤニヤと面白がっているような顔があると思ったのだが。

 

「あ……」

 

「よう」

 

「……」

 

 想像以上に優しい、そう、まさにあのとき見せた顔があった。

 信の目を見つめ返すと鈴は大きくため息をついてカーテンを閉め直す。ここにも椅子があったので、それに腰を掛ける。ちょうどベットから上半身を起こしている信の目線と同じくらいの高さになった。

 しばらくの間、オレンジ色の光に身をさらす二人。鈴にとっては顔の赤みが引くまでの隠れ蓑、信にとっては心地よい暖かさに眠気覚まししてもらう静かな時間。

 

「……どこから聞いてたの」

 

「きっと起きてるときには~の辺りから」

 

「さ、最初から!? ってことは……!」

 

「う、うん。まぁ……ね?」

 

「あ、あんたねぇ……!」

 

「仕方ないだろ。起きたらそういうことになってたんだから……」

 

 決まりが悪くなったのか、それとも鈴が右手に作った拳を見たくなかったのか。信は窓の外に目をやる。

 空は薄い茜に染まり、ポツポツと白い雲がなんとも幻想的な演出を加え、俗に言う『いいムード』というものなのかもしれない。実際、信も鈴もそれは感じ取っていて心は穏やかであった。

 だからこそ、普段聞けないことも聞けるわけで。

 もう一度、互いの顔が向き合う。

 

「……これでよかったのか?」

 

「……うん」

 

「……あー……前のあれは一夏を諦めろって意味で鈴に言った訳じゃなくて……なんていうか……一夏を好きでもいいんだぜ?」

 

「……友達として、あたしは一夏が好き。それが今のあたし」

 

「……そっか」

 

 いつもより静かに紡いだ言葉は遥かに強く、深く、説得力があった。

 それなら何も言うまいと信はまた空を見上げる。

 不思議なもので、時間など止まっているかのようにそのままの光景が広がっていた。

 

「……まぁ、そんなもんなのかもな」

 

「え?」

 

「誰だって、何だって、昔があるから今がある。でも、少しずつ昔から今に変わらなくちゃいけなくて……そうやって前に進んで行く。きっと、そんなもんなんだよ」

 

 鈴はしばらくキョトンとしていた。そして、ちょっと微笑むとすぐさまやれやれ顔になる。

 

「……あんた、詩人? 変なの……」

 

「ばっ……! う、うるせぇよ! あーもう! 結構いいこと言ったつもりだったのに台無しじゃないかー!」

 

「ふふっ。ばーか」

 

「ふ、雰囲気だよ、雰囲気!」

 

 堪えきれなくなってクスクスと笑い出す鈴に安心したのか、それとも諦めたのか、信はつられて赤い顔で少し笑っていた。目に涙がたまるくらい笑ったあと、鈴はまだ笑い足りなそうに口元を緩めつつ信と向き合った。

 雰囲気がそうさせるのだというならば、自分だってそれに乗っかってやろうじゃないか。そんな強気を笑顔の中に秘めて。

 

「ねぇ、信はさ……あたしのこと、どう思ってる?」

 

「は、はぁ? なんだよいきなり……」

 

「その、こ、今後の参考……というか……」

 

「参考? 何の?」

 

「なんでも! いいから答える!」

 

 少し、いや大変理不尽な質問に困った様子の信だったが、鈴の必死の形相に突き動かされたのか、腕を組んでうーんと考え出した。

 それを固唾を飲んで見守る鈴。

 ちょっとしてから『あ!』という納得の声を上げて信がにっこり笑いこちらを向く。

 

「元気の塊?」

 

「……はぁ!? 何それ! どこの回復アイテムよ!?」

 

「ショップで買えない貴重な品だよな」

 

「何の話!?」

 

 ガタリと勢いよく椅子から立ち上がり、ベットに手をついて前屈みになる。

 信は少し驚いたようにまばたきをしていた。

 その様子がますます鈴の心に火をつけた。

 

「あたしはそういうことを聞きたいんじゃなくて! こう、女の子としてあたしのことを……」

 

「え……? お……女の子として……?」

 

「あ……」

 

 信が鈴の顔を覗き込む。

 気付けばもう距離は数十センチほどしかなく、少し勇気を出せばそれこそキスできそうな距離だった。

 ドキドキが止まらない。

 『興味がない』とか『考えたこともない』とか言われたらどうしよう。やっぱり、友達止まりなのかな。

 そんな不安が頭をよぎる。

 しかし。

 

「えっと……その、かわいいと思う」

 

「ふぇ?」

 

「だ、だから……まあ、鈴はかわいい。俺はそう思う」

 

 一瞬事態が飲み込めなかった。日本語がよくわからないままに頭に響いていて、理解が追い付かなかった。

 けれど、追い付いてからはそれはそれは早かった。稲妻が走ったかのように体中が熱くなり、喜びに震える。聞き違いじゃないだろうか。

 

「な、なんだよ……自分で聞いといて照れるなよ……」

 

「てっ、てててて、照れてなんかないわよ!? あ、あんたが変なこと言うから………」

 

「い、いや、だってそれしかなくて……」

 

「でっ、でも……う、嬉しい……ありがと……」

 

「お、おう……あ、あはは……な、なんか俺も恥ずかしいな……」

 

 夕日の輝きが隠しきれるレベルを通り越した真っ赤な顔を引っ提げた二人は、互いにうつむいてしまう。

 と、その瞬間。

 バシュッという圧縮空気の解放音がして、保健室のドアが勢いよく開く。

 

「一夏さん、信さん! 具合はいかが?」

 

「う……うん? あれ? ここどこ?」

 

 セシリアのちょっと大きめの声に、隣で寝ていた一夏も目を覚まし、驚いた鈴は反射的にカーテンをすべて開け放つ。

 『あ、鈴。おはよう』などと間抜けな挨拶をする一夏にため息をついていると、入り口でニッコリしているセシリアと目があった。するとその笑顔はどこへやら、混乱した表情でセシリアが鈴に詰め寄る。

 

「な、なんであなたが!? なんであなたが信さんと一緒にいますの!? しかも人目につかないようにカーテンまで閉めて……!」

 

「ちょっ……! な、何想像してんのよ! このむっつり!」

 

「むっ、むつっ!? し、失礼なっ! 下品ですわ!」

 

「お、おい、二人とも落ちつけって……」

 

 ギャーギャーとやっている2人を止めようとする信を横目で見つつ、さりげなく箒も保健室に入ってきた。そして、ちゃっかりと一夏の隣に座る。

 具合はどうだなど二言三言言葉を交わすと、一夏が声のトーンを落として質問してきた。

 

「なぁ、箒。あの三人、いつの間に仲良くなったんだ?」

 

「……知らん」

 

 箒は少し笑みを浮かべて答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園の地下五十メートル。限られた人間しか入ることが許されない、隠された空間。未確認の無人ISはここで解析が行われていた。

 完全に機能を停止した無人機が台の上に乗せられ、遠隔操作のアームが止まることなく解析作業を行っている。

 

「解析、終了しました……やはり、登録されていないコアですね…」

 

「そうか」

 

 画面の解析結果を見ているのは山田先生。その後ろで腕を組んで立っているのが千冬だ。

 

「真宮くんの撃破したISは完全に解析不能でしたが、恐らくそちらも……」

 

「ああ、たぶん同じだろう」

 

 千冬はいつもより更に厳しい表情、その目はすでに最強のIS操縦者のそれだった。

 

「やはりな」

 

「心当たりでもあるんですか?」

 

 確信じみた発言に山田先生は怪訝そうな顔をする。

 

「いや、ない。今はまだ……な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 未確認ISの襲撃から一夜開けた今日。それに対しての学園側からの詳しい説明は特になく、いつも通り授業は行われた。

 聞いたところによれば、リーグマッチがどうなるかもうやむやらしい。

 そんな今日この頃、俺は鈴に呼び出しを食らっていた。屋上に。

 まさか『決闘だ!』とかそういう流れでもないし、理由もないので、ちょっとしたことだと思うが……。

 なんか怒らせるようなことしたかな? あれか? かわいいって言ったのが間違いだったか? いやでも、それ以外に浮かんだのが『迷える子羊』だったしなぁ。そっちのほうがまずいよなぁ……考えれば考えるほどよくわからん。

 首をかしげながら屋上のドアを開ける。するとそこには先客が三人。

 

「遅いわよ! 五分遅刻!」

 

「ごめんごめん……で、なんで箒とセシリア?」

 

「こっちが聞きたいくらいだ」

 

「そうですわ。いきなり呼び出しておいて鈴さんは何も言わないんですもの」

 

 俺たちは鈴の方を向いて、さっそくその理由を聞いてみる。すると、ふふんと小さい体を精一杯大きく見せようとするように、鈴は体をわずかにのけぞらせた。

 あー……そういや、一夏が言ってたな……鈴に言うと怒る言葉。この二人と並ぶとまた……。

 いや、やめておこう。

 

「……あんた、今変なこと考えなかった?」

 

「……ベツニ?」

 

「……まぁいいわ。今日はそれぞれに言いたいことがあるの」

 

「言いたいこと……? なんだそれは」

 

「まず、箒から。あんた、今の一夏が好き?」

 

「「!?」」

 

「お、おい、鈴?」

 

 なんでここで? せめて俺のいないところでやってくれないか。反応に困るんだが……仕方ないから適当に目を泳がせておくか……。

 

「……き、嫌いじゃない」

 

「今の一夏が好き? イエスかノーで答えなさい」

 

「な、なんだというのだ!」

 

「いいから!」

 

「……い、イエス、だ」

 

 鈴の大声にビックリしたのか、箒は蚊の鳴くような声で返事をした。

 あーあ、あんなに真っ赤になって……鈴、やめたげて……。

 

「ならいいわ。あたし、箒のこと応援するから」

 

「は? い、いや、鈴は……」

 

「それは昔の話。今は違うの。あんたもあたしみたいにならないようにね」

 

「ど、どういう……」

 

「次、セシリア」

 

「……なんですの?」

 

 やけに険しい顔してる。言われる言葉は大体想像ついてるみたいだな。俺にはさっぱりなんだが。女子同士ってたまにわけわかんないくらい意思疏通がすごいときがあるって聞いたけど、それか?

 

「……あたし、負けないから」

 

「……望むところですわ」

 

「……なるほど、そういうことか……」

 

 なぜ揃いも揃って俺を見る。なに? 本当になんなの?帰りてぇ……。

 

「最後、信!」

 

「なんだよ……」

 

「……なさい」

 

「は?」

 

「あ、あたしの作った酢豚を毎日味見しなさい!」

 

「はぁ?」

 

 俺は意味がわからず聞き返してしまう。

 もちろん、箒もセシリアもポカンとしてる。

 そんなのお構い無しに鈴はびしっと俺を指差してぷるぷると震えている。一世一代の大勝負に出た人みたいだ。

 毎日酢豚を味見しろ? 料理がうまくなるまで付き合いなさいってことか? それとも鈴の家が中華料理屋だからか?

 でもまぁなんにせよ、女の子の手料理を食べるのは男の夢だからな。むしろ是非にとお願いしたいくらいだ。

 

「いいけど……たまには酢豚以外も作れよ?」

 

「……! うん!」

 

「し、信さん! ならばわたくしも!」

 

「ダメ! 信は『あたしの』料理を食べるんだから! ねっ!」

 

「うわっ!? く、くっつくな、鈴!」

 

 幸せそうに笑いながら、いきなり鈴が飛び付いてきた。右腕に女の子特有の例のあれの感触が伝わる。

 くそっ、一夏っ! 無いわけではないじゃないか!

 

「信……一夏と同じにならないように気を付けるんだぞ」

 

「は、はぁ? と、とりあえず箒、助けて!」

 

 鈴とセシリアの言い争いに挟まれ、箒には呆れ顔で見られ……俺はいったいなんなんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 波乱万丈の入学から幾日かたった今日、待ちに待った休日がやってきた。IS学園に入学してからは初めてゆっくりできる機会だ。今まではいろいろ手続きとかで忙しかったからな。

 というわけで、貴重な休日をどこで過ごしているかというと……。

 

「楽しそうだよな、お前ら」

 

「どこがだよ。なぁ、信」

 

「まったくだ! 弾、理想と現実はまったく別物だ……ぜ!」

 

「ぐあぁぁぁぁぁ! この距離で奥義とか逃げられないだろぉぉぉぉ!」

 

 俺は中学からの友達、五反田 弾(ごたんだ だん)の家に遊びに来ていた。

 この前、弾に信のことを話したら『ぜひ一度会わせてくれ!』と言われたので、今日は信も一緒に来ている。最初こそ互いに気を使っていたものの、俺がトイレでいなかった間に何があったのか、すでに名前で呼びあうまでに打ち解けていた。

曰く、『同じ悩みを抱えるもの同士、共感し合うものがあった』らしい。

 悩みってなんだ? 二人とも無さそうだが。

 今は三人で格闘ゲームの対戦中。

 

「これで決まりだぁぁ!」

 

 

 

 ドォォォン!!

 

 

 

「「な、なにぃぃ!?」」

 

 二人同時にKOされて、嘆く俺と弾。

 信は最初の数回ずっと俺たちに負けまくっていたが、今はトップに立っている。

 くそっ! 短すぎるぞ、準備期間!

 

「はっはっはっ! これで何連勝目かな二人とも?」

 

「強すぎだぜ、信……さすが天才」

 

「天才じゃねーって。弾もかなり強いじゃないか」

 

「あー……こいつはゲームしかしてないからな」

 

「一夏! そんなこと言ってくれるな、悲しくなる」

 

 あはは、と三人で笑いあう。

 やっぱり友達は多いほうがいいな。今度、鈴も連れてくるか。鈴も中学時代は俺たちとよく遊んでいたし、きっと弾にも会いたいだろう。

 

「いいなーお前らは。ゲームとかする暇もないほど女の子に囲まれてるんだよな。毎日楽園だろ? 招待券ねえの?」

 

「「あるあ……ねえよ、バカ」」

 

「出た! ダブルノリツッコミ!」

 

「でも鈴が転校して来てくれて助かったよ。話し相手本当に少なかったからなあ」

 

「ああ、鈴か。鈴ねえ……ま、本当に話し相手までランクが下がっちまったわけだ」

 

「は?」

 

 弾と信がニヤニヤして顔を見合わし、ガシッと握手する。

 

「弾さん、お互い苦労しますなぁ」

 

「そうですなぁ、信さん。悩みがつきませんなぁ」

 

 本当に今日あったばかりか二人とも。すでに息ぴったりだぞ。

 俺が突っ込もうとしたとき、ドアが勢いよくドカンと開いた。

 

「お兄! お昼できたよ、さっさと食べに――」

 

 俺の一つ年下、弾の妹である五反田蘭(ごたんだ らん)が足をつきだして立っていた。ショートパンツにタンクトップの機能性重視の格好、かなりラフだ。

 だが、ラフな格好の女子が普通に廊下を歩くIS学園の寮で暮らす俺と信はこういう格好を見ることに慣れてしまった。慣れって怖い。

 

「い、一夏さん!? き、来てたんですか?」

 

 一瞬俺の視界から消え、再び出てきたときは心なしか服装がただされていた。

 

「ああ、今日はちょっと外出」

 

「そ、そうだったんですか……あ、あの……こちらの方は……」

 

「あ、はじめまして。真宮 信です。よろしくお願いします。えーと……」

 

「あっ、ご、五反田蘭ですっ! あ、兄がいつもお世話になってますっ!」

 

 わりと丁寧な自己紹介をされたので少し焦ったらしい。深々と頭を下げる蘭。

 

「そっか。よろしく、五反田さん」

 

「ぶはっ!? ご、『五反田さん』て……信が『五反田さん』て……なんか気持ち悪い」

 

「なにぃ!? ほんの数時間前までお前も『五反田さん』で呼んでたじゃないか!」

 

 蘭が状況を上手く呑み込めず、キョロキョロしている。

 ドタドタと格闘技を掛け合っている二人を横目に俺が説明する。

 

「こいつら今日あったばかりなんだよ。俺が信を連れてきたんだ」

 

「そ、そうなんですか!? 私、てっきりお兄の友達の方だと……そうですよね! 一夏さんのお友達のかたですよね、やっぱり!」

 

 蘭は妙に納得したらしく、首を大きく縦に振る。

 

「やっぱり、類は友を呼ぶのね……イケメンの友はイケメンだわ……」

 

「ん? 類がなんだって?」

 

 隣で『お前、お兄って呼ばれてんのか? 可愛いな、おい!』とか『うるせー! 五反田さんてなんだよ、鳥肌たつわ!』とドタバタやっている二人にかき消されてよく聞こえなかった。

 

「な、何でもありません! 一夏さんたち、お昼まだですよね? あ、あのよかったらどうぞ」

 

「そうか。じゃあ、いただこうかな。おーい、信!」

 

 振り向くと二人は大の字になって寝そべっていた。

 

「はぁ、はぁ……へへっ……やるじゃねえか」

 

「お前もな……」

 

「「あっはっはっはっ!」」

 

「ほら、そういう小芝居はいらないから。信、蘭が昼飯どうかだってさ」

 

 信と弾は肩で息をしながらムクリと上体を起こす。

 

「信、食べてけよ。どうせ残り物だろうけど。あと蘭、別に呼び方『蘭』でも気にしないよな? 信が気持ち悪くて耐えられない」

 

「えっ!? ま、まぁ、いいけど……」

 

「気持ち悪いとはなんだ。まぁ俺としてもそっちの方が呼びやすいからいいけどさ……ごほん。それじゃよろしく、蘭。お昼、御馳走になるよ」

 

 信がニコッと笑いかけると、蘭は赤くなって足早に『じゃ、じゃあ先に下に行きますから』と言って部屋から出ていった。

 

「いい妹じゃないか。お前が悩むのもわかるぜ」

 

「……信、今また悩みの種が増えた……」

 

「なに!? 本当か!? また一夏か!?」

 

 何で俺が出てくるんだよ。しかも『また』ってなんだ、『また』って。

 

「お前も一夏と同類だコノヤロー!」

 

「はぁ!? 突然なんだよ! 俺が何したんだよ!」

 

「うるせー! なんだよ、お前らチクショー!」

 

 あーあ、また始まったよ……。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――

――――――――――

 

 

 なんとか二人を落ち着かせ、下に降りるまでに二十分ぐらいかかった。

 ちなみに、やっぱり仲直りは『やるな……』『お前もな……』的な感じだった。

 弾は最後に『絶対お前らを弟になんかしないからな!』とか意味不明なこと言っていたが、何で『お前ら』だったのだろう。俺は関係ないのに。きっと言い争いしすぎて頭がおかしくなったんだな。どうするんだ、弾。ただでさえバカなのに。

 テーブルに座ると、蘭が水を持ってきてくれた。

 

「ど、どうぞ……」

 

「あれ? 着替えたのか、蘭。どっか出かけるの?」

 

「あ、いえ、これは、ですねっ」

 

 さっきまでのラフな格好はどこへやら、髪をおろし、半袖のワンピースを着ていて、その裾からは躍動感溢れる脚が伸びている。いわゆる外出用のおしゃれな格好だと思ったのだか……。

 

「一夏、察しろ」

 

 信の隣で弾がうんうんとうなずく。

 ピカーン!

 そうか!

 

「デート?」

 

「違いますっ!」

 

 あれ……違うの?

 テーブルを叩いて即時否定された。

 

「弾……」

 

「言ってくれるな。もう、慣れたさ……」

 

 信と弾はなんか悟ってるし。お前ら打ち解けすぎだろ。

 

「ごめんな、蘭……あとで一夏ぶっ飛ばしとくから」

 

「はい……大丈夫です……」

 

「その服、すごく似合ってるぞ。可愛さ二倍って感じだ。だから自信もてよ?なっ」

 

 信にそう言われて頭を撫でられた蘭は恥ずかしそうに手を組んで、もじもじしていた。

 

「あっ、ありがとうございます……」

 

 

 ビュゴォォォォォ!!

 

 

 

「あ、あぶなっ!」

 

 突然飛んできたおたまを素晴らしい反射神経で信がキャッチする。

 いやそもそも今の音は完全におたまが飛んでくる音じゃないのでは、というツッコミは俺の心の中で済ましておいた。

 

「おう……悪いな、兄ちゃん……手が滑っちまってねえ……」

 

 そう言って厨房から現れたのは五反田家の頂点に立つ最強の男、五反田厳(ごたんだげん)その人だった。弾と蘭の祖父であるが、蘭にだけかなり甘い。蘭に男が触れようものならば、その拳骨ですべてをなぎはらうだろう……。

 信、やっちまったな……。

 今も顔こそ笑顔だが、完全に漫画とかで見かける怒りマークが二個ぐらいついている。俺でもわかるんだから、信なら尚更だ。

 一目見ただけで、この人に逆らわない方がいいと感じたはず。

 

「そ、そうですか……お、お仕事ご苦労様です」

 

 そこで止めとけばよかったのに、何とか機嫌をよくしようと選択した言葉が悪かった。

 

「い、いやあ! 蘭さんはきっと美人なお嫁さんになりますね! 相手の方が羨ましいなー、な、なんて……」

 

 

 

ビキビキッ!

 

 

 

 ヤバイ……マークが10個ぐらい増えた。

 やめろ信! 本気で死ぬぞ! 一緒に生きて帰ろう!

 

「そうかい……そうだろ……羨ましいだろう……俺も羨ましいよ……」

 

「で、ですよねー……」

 

「さっきは悪かったな、兄ちゃん……また手ぇ滑らすかもしんねぇから気を付けてくれ……今度は包丁使うんでな……ヘッヘッ……」

 

 再び厨房に戻る厳さんを見ながら、信は青い顔をして固まっていた。

 

「一夏……お前らきっと、すぐ仲良くなったんだろうな……」

 

「うん? まあ、弾ほどではないけどな。何でだ?」

 

「似てるからな……鈍いところが」

 

 その後はありがたく昼食をいただき(信は常に厨房の厳さんを気にしていた)、俺たちは街に出てゲームセンターに行ったり楽しい時間を過ごした。

 あとで弾から聞いたのだが、蘭はあのあと『お嫁さん……美人の……』と一日中夢心地で独り言を言っていたそうだ。よほど嬉しかったんだろう。

 ただ信はもう厳さんの前に立てないな、きっと……立つ前にぶん殴られるし……大変な運命を背負ったものだ。

 俺は信に同情しながら、寮への帰路についたのであった。

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