「一夏! なんなんだ弾のおじいさんは! 織斑先生と同じものを感じた!」
「たしかにあの人の拳骨は千冬姉にも劣らない威力だからな」
あの日以来、弾の家に行くのが怖くなった。ていうか行かない。一人では行けない。
でもその問題はまぁ……置いておくしかないので、そうしておこう。
さて、今日はいつもと違って俺が一夏の部屋に遊びに来ている。
「何を震えているのだ。だらしがないぞ。男子たるものもっと強気で生きていくべきだ」
おいおい。女子に男子の生き方諭されちゃったよ。
一夏の部屋ということは当然、箒もいるわけだ。
この美女と二人きりとか……羨ましいやつだよ、織斑一夏。
すると、コンコンとノックの音が部屋に響いた。
「はーい、どうぞー」
「失礼しまーす……あれ? 真宮くん、何でここに?」
礼儀正しく部屋に入ってきたのは我らが副担任、山田真耶先生だった。相変わらず胸が……いやいや。決してそこだけみてる訳じゃないけども。
「俺がいると話しづらいことでしょうか?」
「ええっ!? 何で話があるってわかったんてすか!?」
「顔に書いてあります」
「ええー!?」
まったく、そろそろ慣れてくれてもいいのに。山田先生はよく俺がちょっと特殊だということを忘れるらしい。まあ、普通に接してくれるのは嬉しいんだけど。
いい方でも、悪い方でも、特別扱いされるのは苦手だ。悪い方は精神的に堪えるし、いい方は反応に困る。
「で、先生、俺たちに何の話ですか?」
「ええ。あっ、別に真宮くんが居ても大丈夫ですよ」
「そうですか? じゃあ、ここにいます」
「はい! 実はお引っ越しです!」
「「へ?」」
「……先生、先生。誰が、どこに、どうして移動なのか言わないとわかりませんよ」
「えっ!? あ、ああ! そうでしたね、すみません。えーと、篠ノ之さんが、別の部屋に、調整がついたので、お引っ越しです」
なんかこういうゲームあったな。いつ、誰が、何を、どうした、ってやつ。たまにとんでもないことになるのが面白いんだよな。
「ま、待ってください! それは今すぐじゃないと行けませんか?」
箒が突然の引っ越し話に動揺している。
『一夏と一緒がいい』か……恋する乙女だな、箒。それをもっと全面に押し出せばいいのに……。
「ええ。篠ノ之さんもくつろげないでしょう?」
「で、でも……」
助け船を求めて、一夏を見る箒。
ここで一夏が『俺と一緒にいろ』とか言えたら箒もかなり嬉しかっただろうに。そうでないにしても一夏が『俺は別に一緒でもかまわない』とか言えたらよかったのに。
だがそこは流石、織斑一夏。
「箒、俺なら大丈夫だぞ。箒がいなくてもちゃんと起きれるし、歯も磨くぞ」
子供か!
いや、まだ成人してないから子供なんだが、高校生がそれぐらい一人で出来なくてどうする。
「……先生! 今すぐ! 部屋を移動します!」
あーあ……怒らせちゃったよ。
箒はさっさと持ち物をまとめて、引っ越しの準備をすませた。山田先生は勢いに圧倒されながら、『じ、じゃあ部屋の案内をします』と箒の後ろをついていった。
後ろでどうやって案内するんですか、先生。
「一夏」
「なんだ?」
「俺はもうツッコまない」
頭に『?』とついている一夏を置いて、俺も自分の部屋に戻った。
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「そういや、箒は誰と相部屋になるんだろ……」
シャワーを終えて、髪をタオルで拭きながらポツリと呟いた。
ま、誰とでもいいか。もしかしたら『やっぱり一夏とがいい!』とか言って戻ってるかもしれないし。
「んなわけね――」
『つ、付き合ってもらう!!』
「……え?」
廊下からとてつもない言葉が聞こえたんだが……え?
ドアをわずかに開き、細い隙間から声の方向を見る。一夏の部屋の前に先ほど引っ越ししたはずの箒が、腕組みして立っていた。相変わらず凜とした横顔だが、かなり勇気を振り絞っているのがわかった。
勇気を出して『付き合ってもらう』なんて言う理由は一つしかない。
「今のは……告白? だよな……? そうだ! 絶対そうだ!」
うおお! 遂に自分から動いたか! 箒、この数日で随分成長したな。あの鈍いやつとは大違いだ。
廊下の奥の角でチラッと人影が見えたが、気にすることはない。
対して、『あの鈍いやつ』の姿は見えなかった。が、きっと照れていることだろう。あんな美人に告白されるなんて羨ましいぜ、一夏。
明日はなんて声をかけようといろいろ考えながら寝る準備をするのだった。
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翌日。
結局どんなふうに接しようか一晩中考え『やっぱり普通が一番』という結論に達した俺は、いつものように一夏と教室に向かった。
二人ともちやほやされるのは困るだろう。
俺は山田先生を見習うことにしたのだった。
「なぁ……信、本当に大丈夫か? 朝からずっとニヤニヤしてるけど……」
だが意外とこれが難しい。一夏にニヤニヤを指摘されたのは、これで七回目だ。
「ぜんぜんしてないって。何でもない、何でもない、まったく何でもない」
「本当か? なんか変だな……」
そんなやり取りをしながら教室に入ると、女子たちがいつものように様々な噂を楽しそうに話しているのだった。
「ねぇ、聞いた?」
「うん、聞いた! 本当なの!?」
「わたしも聞いた!」
「えっ! なになに? わたし、聞いてない!」
「ここだけの話だけどね、今度の学年別トーナメントで優勝すると……」
「えーーっ! お、織斑くんか、真宮くんと!?」
女子の会話の中に思いっきり俺たちの名前が出てきたので、なんかしたかな?と2人で顔を見合せる。
「俺と一夏が」
「何だって?」
ドキッ、という効果音が聞こえた気がする。それも、女子全員から。
「「「「「「「「「「な、何でもないよ!」」」」」」」」」」
「絶対なにかあるだろ。何だよ、別に隠すことないだろ?」
「へっ、あ、ち、ちょっと……」
俺は目の前の女子を捕まえて、目と目を合わせる。そのまま視線を固定し、ゆっくりと目の動きに集中する。
「あっ……」
「私は嘘をついている」
瞳にチラッと映った肯定の意思を、俺は見逃さなかった。
「やっぱり! 嘘ついてるじゃないか!」
「や、あの……だ、だって……」
「で? なんの噂話をし――」
「ストーップ!! これ以上の詮索はダメ! 真宮くん、これは女子同士の秘密なの! う、嘘だと思うんなら、た、確かめてみてよ!」
そう言って割って入った女の子はぐいっと顔を近付ける。
「ちょっと、何いい思いしようとしてんのよ!」
「そうよ! どさくさに紛れて近付こうなんて卑怯よ!」
「いいじゃない、早い者勝ちよ!」
ギャーギャー、わーわーという喧騒が廊下に響きわたり、いつの間にか俺の前には『私、嘘ついてます。確かめてください』という女子の列が出来ていた。
どんだけ嘘つきなんだよ、お前ら。俺は何を信用すればいいんだ。
ちなみに、もう少し長く見ないと『何のための』嘘をついているかは見抜けない。人間は誰しも必ず、無意識に抵抗するからな。一番大事な情報はなるべく守り通そうとするんだ。
だから、俺と一夏に嘘をついているのはわかったが、どんな内容かまではわからなかった。
そしてそれを確かめるための時間は一瞬でなくなった。
ビシッとした黒スーツのあの人がお出ましになったからだ。
「うるさい。とっとと席につけ。ショートホームルームを始める」
鬼教官の一声で一気に席につく女子たち。俺も一夏も女子の群れからようやく解放され、席につく。
「今日はなんと、転校生を紹介します!」
山田先生が嬉しそうに報告する。
転校生? 鈴に続いてまたか。こんなにポンポン受け入れていいのか、IS学園。
まるで『今週のゲストはこのかたです!』と言わんばかりに山田先生が手をスッとドアに伸ばすと、タイミングばっちりにドアが開いた。
そこにはもちろんIS学園の制服を着た、俺たちの知らない生徒が立っていた。
あれ……でもなんか違和感あるな……周りとちがうような……。
非常に優しそうな印象を受ける、にこやかな顔で挨拶、一礼する転校生。
「初めまして。シャルル・デュノアです。フランスから来ました。皆さん、よろしくお願いします」
「……お、男……?」
そう! それだ! なんか周りの女子と違うなーと思ったのはそのためだ。いやー、誰か知らないけどそれに気付いた人すごい……えっ?
男?
「はい、こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入を――」
「「「「「「「「「「きゃあああああーーーっ!!」」」」」」」」」」
鼓膜が割れるかというほどのクラスの女子たちの叫びが学園に響き渡る。
これは、アレだ。初日の織斑先生の人気ぶりぐらいだ。
「男子! 三人目の男子!」
「しかもうちのクラス!」
「ぐへへ! そうよね! 二人じゃ物足りないところだったのよ……!」
「あと一人で四天王が揃うわ!」
揃わねーよ。そして物足りないってなんだ。
それにしても、男子か。周りが女子だらけだから、そりゃ違和感もある……あれ?
でもまだなんか違和感あるような……俺の気のせいか……?
転校生の雰囲気がどこか自分や一夏と違うことに疑問を抱きながら、その日のショートホームルームは終了したのであった。
◇
「今日は二組と合同でIS実習だ。 各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。それと織斑、真宮」
「「はい?」」
「デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子同士だ」
なるほど、そうだな。わからないこともあると思うし、最初は大変だからな。経験者は語る。
「君たちが織斑くんと、真宮くん? 初めまして。僕は――」
「あーいいからいいから。とにかく移動が先だ。行くぞ、信」
「……あ、ああ。そうだな、移動が先だな」
なんだ? 信のやつ、あんなに真剣にシャルルの顔見て……そんなに転校生が気になるのか?
俺はシャルルの右手、信は左手を握り、小走りで教室を出た。
「俺たちはアリーナの更衣室で着替えるんだ。実習のたびこの移動だから、早めに慣れてくれ」
「俺たちって肩身せまいよな。なんとかならないかなぁ」
俺は移動する理由を話し、信は愚痴をシャルルにこぼす。
「う、うん……」
シャルルはさっきまでと違って妙に落ち着かなそうにしている。
「トイレか?」
「ち、違うよ!」
「……」
シャルルと反対に、信は妙に落ち着いてる気がする。というか、いつもよりちょっぴり静かだ。
(なあ、一夏。なんか違和感感じないか?)
小声で信が話かけてくる。俺も小声で返事をした。
(違和感? シャルルにか? いや、特に)
(そうか……)
「あっ! 噂の転校生発見!」
突然現れた女子生徒の大群によって、俺と信の会話は中断。
ていうかもう噂になってるの? まだシャルルが転校してきてから十分もたってないぞ。
恐るべし、女子の情報網。
「ああっ!? しかも織斑くんと真宮くんも一緒だ!」
「者ども、出会えであえい!」
あっという間に廊下が女子で埋め尽くされる。
「わあ! 男の子三人も絵になるわ!」
「しかも手を繋いでる!」
やばい。このままだと完全に遅刻だ。
「一夏」
「そうだな、信。シャルル、走るぞ!」
全力で廊下をダッシュ。
後ろで『ああっ!? 写真だけでもー!』と未練がましい声が聞こえた。
ゴメン。そんなことしてたら、俺たちの未来が鬼教官の鉄拳が頭に降り下ろされるというものになってしまう。それだけは避けたい。
「ど、どうしてみんな騒いでるの?」
「そりゃ今のところ男子でIS操縦できるのって俺たちだけだからだろ」
「……? あっ! うん、そうだね」
はて……何で『意味がわからない』とでも言いたそうな間があったんだ?
「……」
信はまだ口数少ないし。なんなんだよ、いったい……。
とりあえず後ろの女子軍団から逃げ切るのが先か。ていうかどこから沸いてきたんだあの女子たち。IS学園というのはよくわからないなぁ。
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「はぁ、はぁ……何とか振り切ったみたいだな……」
ようやく追跡から解放され、なんとか第二アリーナの更衣室までたどり着くことができた。
「ごめんね、いきなり迷惑かけちゃって……」
「迷惑なんてかけてないって。気にすんな、男同士だろ。な、信」
「おう。むしろ仲間が増えて嬉しいんだ、俺たち」
一人でも男子が増えると、それだけで心強い。さて、息も整ってきたところで自己紹介をするか。
「俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」
「で、俺が真宮信。呼び方は呼びやすいほうでいいぞ」
「じゃあ、信って呼ぶよ。二人ともよろしく。僕のことはシャルルでいいよ」
しそびれた自己紹介をして、俺は時計を見る。一瞬で汗が引いた。
やばい! ギリギリだ!
「すぐ着替えないと遅刻だぞ!」
「落ち着けよ、一夏。こういう時こそ焦らず――」
「遅刻したら千冬ね……織斑先生が――」
「急げシャルル! みんなで生き抜こう!」
事の重大さを理解したのか、信の服を脱ぐスピードが気持ち二倍になる。
「うわぁ!」
「どうしたシャルル?」
「し、信、き、着替えるなら、その……」
突然叫んだかと思うと、俺たちに背を向け、顔を隠すシャルル。
「どうしたんだよ、シャルル。早く着替えないと遅れるぞ?」
「う、うん。着替えるよ? でも、あっち向いてて、二人とも……」
「まあ着替えをジロジロ見る気はないが……」
「ああ、そういう趣味はない」
俺と信はシャルルの方を見ないようにする。
おかしなやつだ。そんなこと別に気にしなくてもいいのに。
「どうでもいいけど、早く着替えろよ?」
「な、何かな?」
「早っ!」
あれ……もう着替え終わってる。 信のツッコミももっともだ。
「着替えるの超早いな。なんかコツでもあるのか?」
「い、いや、別に? は、ははっ、はははっ」
なんかひきつってないか? 気のせいならいいんだが。
「ISスーツってさ、着るとき裸って言うのが着づらいんだよな、引っ掛かって」
「そうだよな。男の宿命というかなんというか」
信が隣で首を二回ほど縦に振る。
「ひ、引っ掛かって? ど、どういう……?」
「どうって……それはあれだろ。下ネタ的なあれがこう……」
「やめとけ、一夏。俺までバカだと思われる」
「な、なんだよ。男なら誰でもあるんだから気にしないだろ……な、シャルル? あれ? シャルルさーん?」
「へっ!? あ、ああ! ご、ごめんね! うん! そうだよね! 着づらいよね!」
シャルルが顔を真っ赤にしている気がする……そして最近気のせいが多い気がするんだが。いや、それすら気のせいなのか?
「ところでシャルル、そのスーツ、着やすそうだな」
「う、うん。デュノア社製のオリジナルなんだ」
「へー。オリジナルか、すごいな。あれ?デュノアって……」
どっかで聞いたような。
「フランスのISの会社だな。そっちじゃ、かなり大きい会社じゃないか?」
そうなのか。さすが信。よく覚えてる。
「で、お前もデュノアってことは……」
「うん、僕の父が社長をしてるんだ」
ということは自動的にシャルルは社長の息子さん? なるほど、どおりで。
「なんかシャルルって気品があって、いいところの育ちって感じがするもんな。納得したよ」
「……」
シャルルが視線を逸らす。何か触れられたくないところだったのだろうか。
あ……俺、悪いこと聞いたかな……ど、どうしよう……。
「……ほら、急がないと大変なことになるぞ。二人とも急げ! 鬼教官が金棒もって立ってたら俺たち地獄行きだ」
信が、雰囲気を変えようとしてくれたのだろう、冗談半分でそんなことを言う。
本当に信は頼りになるやつだ。
「行くぞシャルル! じゃあな、一夏。お先に!」
信はシャルルの手を握って駆け出した。
「う、うん。一夏、早くきてね」
「あ、おい! 待ってくれよ!」
俺たちは更衣室を後にし、急いでグラウンドに向かうのであった。
◇
正直言うと既に答えは出ていた。『なぜシャルルに違和感があるのか』という問題の答えだ。更衣室に入ったときに八割、そして、グラウンドに出るまでには確実な結論が出た。
出たのだが……。
それを信じられない自分がいた。
俺はシャルルが『何か』隠しているのはすぐにわかったし、同時に、違和感がそこから来ることもわかった。教室から更衣室までの移動中、シャルルを観察して『何を』隠しているのかわかった。
だが、『何のために』隠しているかはまだわからない。
「シャルル……あのさ……」
「?」
いや、やめとこう。ほんの僅かではあるが、俺が間違っているという可能性も無いわけでは無い。
俺は喉まで出かかった言葉を無理矢理心の奥に押し戻し、なんとか作った笑顔でこう言った。
「……後で俺の部屋遊びに来いよ。一夏と三人でいろいろ話しようぜ」
「うん! ありがとう、信。とっても楽しみだよ」
そうやって二人で手を繋いで走っていると、ようやく一夏が追い付いてきた。
「ふ、二人とも速いな……」
「お前が遅いんだよ。シャルル、遅刻したら一夏のせいにしよう」
「ふふっ、そうだね。一夏、そのときはよろしく」
「そ、そんな! 俺だけ織斑先生に殴られるのは嫌だぁー!」
いきなりスピードアップした一夏が俺たちを追い抜いていった。
俺とシャルルはその必死そうな後ろ姿を見て、ついつい笑ってしまう。シャルルの輝くような笑顔はとても嬉しそうだった。
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「本日から実習を開始する」
「「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」」
なんとか間に合った俺たち三人は一組と二組の女子と共に整列している。
一応言っとくが、鬼教官は金棒を持ってなかった。
「まずは戦闘を実演してもらう。凰! オルコット!」
鈴とセシリアが返事をし、前に出る……のだが、完全に『やる気ないです』って顔に書いてあるのが不安すぎる。
「お前ら少しはやる気をだせ。あいつにいいとこを見せられるぞ」
なんか織斑先生が二人の耳元でこそこそやってるな。何だろ? 注意事項とか話てんのか?
「やはりここはイギリス代表候補生、わたくしセシリア・オルコットの出番ですわね!」
「まあ、実力を見せるいい機会よね! 専用機持ちの!」
うん。注意事項じゃないな、絶対。そんなん聞いてテンションがいきなり上がるやつがこの世界にいるだろうか、いや、いない。反語。
キィィィン……。
ん? なんだこの音……上からか?
「ああーっ!! ど、どいてくださいぃ~っ!」
上空から空気を裂く音と女性の叫び声が聞こえる。上を見ると、ISに乗った山田先生が急降下、いや、落下してきた。
そして。
ドカーン!!
墜落。
立ち込める砂煙が晴れると、とんでもない光景が眼前に広がっていた。
なぜか一人だけ逃げそびれた一夏が、墜落した山田先生の上に覆い被さっている。しかも右腕が山田先生の胸の上にある。ぱっと見たときに生徒が教師を襲っている構図に見えないわけでもない。
「お、織斑くん? そ、そのですね……困ります、こんな……ああ、でもこのまま行けば織斑先生が義理のお姉さんってことでそれはそれでとても魅力的な……」
満更でもない顔をしながら妄想し始める山田先生。『このまま行けば』ってどこまで行く気ですか。
「うわぁ! す、すみま――」
ビシュン!
やっと我に帰って山田先生から離れた一夏に、ビームが放たれる。幸い当たらずに済んだが、先ほどまで一夏の頭があった場所を狙った正確な射撃だった。
「一夏さん! 少し見直して差し上げたというのに! へ、変態行為にもほどがあります!」
「い、いや! 誤解だ! これは仕方ない!」
「し、仕方ない!? こ、こんないかがわしいことをしておいて!? そ、それはわたくしも、もしも信さんなら嬉しい……はっ!? ん、んんっ!! とっ、とにかく! もはや言い逃れはできませんわよ!」
ISを展開し終えたセシリアが銃を片手に顔を真っ赤にしてかなりお怒りだ。もう雰囲気というか、そういうオーラが全身から溢れだしている。めちゃめちゃ怖いんだけど。
一夏、彼女は本気だぞ。
「いーちー……かー……」
「な、なんだ?」
「それはあたしへの挑発か!」
「何が!?」
「揉める胸はいいわよね! 魅力的よね! 悪かったわね! 小さくて!あたしをバカにしてんのかぁぁぁぁ!!」
鈴……気にしすぎだろ……。
セシリアとはまた違った意味で怒っている鈴は、近接武器
うわぁ……本気で命取りに来てるよ……怖い……。
ドンッドンッ!
突然の銃声。みんながその音に飛び上がり、そして振り向いた。
ちょうど山田先生がライフルを展開し、射撃を終えたところだった。双天牙月が銃弾に起動を変えられ、地面に突き刺さる。
そして、スナイパーはにこやかに笑った。
「織斑くん、怪我はありませんか?」
いつもと違う雰囲気を一瞬だけ放った山田先生に唖然とする一同。
あの体勢からここまで正確な射撃を行えるとは……人って見かけによらないね。
「山田先生は元代表候補だ。今ぐらいの射撃は雑作もない」
なるほど……納得。やっぱり代表候補生ってすごいな。
『む、昔のことですよ。代表候補生止まりでしたし……』と謙遜する山田先生を眺めていると、一夏が俺の隣に来た。
「酷い目にあった……」
「当然の結果だろ。先生を襲う生徒なんて初めて見たわ」
「襲ってねーよ……」
もはや言い返す気力もないようだ。やれやれ。
「お前は本当に『トラブルメーカー』って感じだな。いや『To loveるメーカー』か? ダークネスよりの」
「さて、小娘たち、さっさと始めるぞ」
下らないことを言っていると、織斑先生が鈴とセシリアに声をかける。
「え? あの、二対一で……?」
「いや、さすがにそれは……」
「安心しろ。今のお前たちならすぐ負ける」
相変わらず厳しさの塊みたいな人ですね、織斑先生。あ、人じゃなくて鬼か。
少しムッとした鈴とセシリアが山田先生と戦闘を始めるのを見ながら、織斑先生がシャルルに山田先生の機体の説明を求める。
「山田先生の使用されているISは――」
俺はあまり説明を聞いていなかった。覚えてるからな、そういう知識は。
それにしてもうまいな、山田先生。回避先を誘導して常に自分に有利な状況を作ってる。もっかい言うけど、さすが元代表候補生。改めて先生という立場が敬うべきところであるのがよくわかる。
鈴とセシリアも少しは見習っ……あ、終わった。
見事に回避先を誘導されたセシリアが鈴に激突、動きが止まったところを先生が見逃すはずがなかった。
そして、山田先生が放ったグレネードが二人に命中する。
花火のような綺麗さは微塵もない爆発が起こり、その煙の中から青と赤のISが落下してきた。
スドォォォォン!!
今度は地上から煙が上がる。鈴とセシリアは互いに互いを押し退けて立ち上がろうとしていがみ合っていた。
「あ・ん・たねぇ! もっとよく見て撃ちなさいよ! あのとき当たってたら勝てたわよ!」
「鈴さんが邪魔で撃ちにくいのですわ! あのときだって! まったくこれだから……!」
二人とも互いの言い分を言いあっているが、正直、みっともない。こいつら、本当に代表候補生か?
「これで諸君にも教員の実力は理解出来ただろう。以後は敬意を持って接するように」
俺は以前から敬意を持ってましたよ……織斑先生に対しては恐怖でしたけど。
「次にグループになって実習を行う。リーダーは専用機持ちがやること。では、分かれろ!」
こういうときの女子の行動は速い。あっというまに一夏とシャルルの周りには人だかりができた。
あいつらにあれだけ集まったんだから、もう俺の出番はないだろ。そう思って、振り向いた。
「真宮くん、教えて教えて~!」
「この前のオルコットさんとの対戦、かっこよかったよ!」
「真宮くんってどうしてそんなに強いの?」
「真宮くんはどんな女の子がタイプ?」
ないわけないか。
くそ……みんなあの二人に集中するから俺は楽できると思ったのに。
まあでも、みんな俺のこと慕ってくれてる証拠か……照れ臭いやら嬉しいやらで顔が赤くなった。
「あれー? みーやん顔あかーい」
「そ、そんなわけないだろ」
のほほんさんに見抜かれた。意外と人のこと見てるんだよな、この子。
「ほんとだ~、どうしたの?」
「もしかして私の美貌に見とれちゃった?」
「あんたのわけないでしょ! あたしよ!」
「違うわ! 私よ!」
「私よ!」
「いえ、私よ!」
「じゃあ、わたし~」
「「「それはない」」」
のほほんさんがみんなに全否定される。そこは『どうぞどうぞ』じゃないのか。この調子だとそのうち熱々のおでんが出てきそうだ。期待してる。
「うえーん……みーやーん……私かわいくないかなぁ……」
「ん? えーっと……俺は、まぁ……かわいいとは思うけどな」
「ほんとー? えへへー……みーやんにかわいいって言われちゃったー」
「……お前たち全員何をやっているんだ。グループは八人ずつだ。面倒だから出席番号順で分かれろ。次にもたつくようなやつはISを背負ってグラウンド百周させるからな!」
織班先生の鶴の一声で、俺に何か言いたそうにしていた女子たちもぱっと自分のグループに分かれた。一夏とシャルルの回りに集まっていた女子たちも同様だ。織斑先生ぐらい怖い人がいないと、こうはいかないだろうな。
「よし! じゃあ始めようか!」
指導するからにはしっかりやらないと。俺はグループの女子に声をかけて、早速実習を始めたのであった。