任された仕事の帰りに、少し足ならぬ羽を伸ばして空の散歩をしていた時、偶然見付けた少女。東の海にいる雑魚とはいえ、1人で打ちのめしたその手腕には感嘆の息が漏れる。
舞うように戦う姿が己のそれとは違い過ぎて、視線を外せなくなったのだ。何より……致命傷を与えないその甘さがどうしても目に付いた。
無意識の内に追い掛けて様子を見ていれば、奴隷として扱われていると知る。その流れで助け出した時に見付けた拷問道具の多彩さに、これを使われても正気を保っている少女が欲しいと手を伸ばした。
そうして手に入れた少女を女にしたのは、手に入れた直後だった。強気な瞳が美しく、だが弱った姿に唆られる。
「虐め甲斐のある女だ」
そんな事を呟いた時、霧が発生した。それは妙に濃く、下手に船を動かすのは不味いかと気付く。
その時船内から飛び出して来た蜜柑が1粒。雪兎ならぬ蜜柑兎だろうか。
そんな事を考えていれば、突然蹲るように倒れるその姿に心臓が冷える。駆け寄り支えたその身体は、初めて暴いたその時より僅かに軽くなっていると気付き眉間に皺が寄るのを自覚した。
……単純に、気に入っているだけのつもりだったんだが、認めたくなかっただけなのかも知れない。そう気付くのと同時にあえかな抵抗されて、何が気に入らないのかと無言で睨み付けてしまう。
「これ以上、甘えられ、ない、から……」
いつお前が甘えたんだ。これ以上って事は、以前に甘えた経験があるとでも言いたいのか。
俺には、甘えられた記憶なんぞない。そう言いそうになり、魚人を討ち滅ぼした時の事かと当たりを付ける。
あれは……俺がナミ欲しさにやった事だ。そのついでに拷問道具も珍しい物を手に入れられたから、気にする必要等ない。
そう言ってやれたら、少しは違うのだろうか。だが、それを言う事ができないでいる。
「この程度、甘えには入らない」
自分で驚く程に優しい声が出た。だと言うのにナミから泣きそうな顔で見詰められては、俺の立つ瀬が無いと何故分からないのか。
そっとナミを抱き上げて船内に運び入れると、船のメンテナンスをする為に少し途中の島に立ち寄ると連絡を入れる。それにより是との返答があれば、肩から力が抜けるのを自覚させられた。
これでナミを休ませてやれる。無防備に信頼を向けて来るナミに、心が癒されるのを自覚して居るんだ。
「何処か、寄るの?」
「体調が落ち着くまでは、航海士としての能力も発揮できないだろう」
「そんな事……!!」
「心配なんだと、そう言わないと分からないか」
何を言ったのか。自分で驚く。
だがナミは、それを受けて赤くなるとありがとうと笑ったから……とりあえずそれで良いかと思わされる。厄介な病にかかったものだと自分に苦笑した時、ナミが珍しい事を口にした。
「私、イースターのイベントやりたいの」
「イースター?」
「兎と卵のイベント。詳しくはWebで!」
「〝うぇぶ〟ってのなんだ?」
「言い間違えたのよ。机に出版したくて書いたの置いてあるから、それを見てくれると助かるわ」
誤魔化すように口にしたその言葉に引っ掛かりを覚える。そう言えば、こいつは……。
壊したくなくて俺の手では拷問をしなかったが、耐えてきたであろう道具は見た。それの中に貴重な物もあったから回収したが、もし素直に吐かなければそれらをナミに使うしかないのだろうか。
……いや、無駄か。ナミはアレを使われて、これ迄生きてきたのだから。
……それでどうしてここまで真っ直ぐに人を見て、人を愛するなんて愚かな事を出来るのか。いや今はその前に。
「執筆とは、何の話だ」
「あっ……!話して、無かった?」
「海図を描くのが天才的な能力であるのは認識しているが……それは執筆とは言わないだろう。素直に話して貰えると、信じている」
場合によっては俺のコレクションで、ナミを破壊するしか無くなるだろう。俺はナミを……壊したくない。
大切にする方法等、誰にも教えられずに来た。壊す事、傷つける事だけを学びながら生きてきたのだ。
その事に、初めて後悔する。傷付けずに口をどうしたら割らせられる!?
「私、作家として活動してて……」
「……作家?」
「そう。生活費とか稼ぐのに、色々書いてたのよ」
「……家族を養う為か。成程な。それで、そのペンネームは?ナミなんて作家は知らん」
問い掛けるとナミはビクリと身体を震わせて、それから恥ずかしそうに俯くと小声で言った。宝玉、と。
それにより思考が止まる。それが真実なら、どれ程の価値があると思ってるのか。
「それは、囚われて当然だな」
天才的な海図や地図を描く能力に加えて、天候を肌で感じる航海士としての優秀過ぎるその腕。更にそこに、誰にも正体が掴めなかった宝玉である真実。
宝玉は医学、料理、音楽、園芸に関する書物を販売している。つまりそれに関わる知識を持っているという事だ。
「アーロン達は知らなかったわよ。知ってたら村を取り返す金額を貯められるって判断されて邪魔されちゃうもの」
「……俺に話して、良かったのか」
話さなければ拷問にかけるつもりだったのに、俺もよく言う。だがこれは、禁秘して然るべきだろう案件だ。
だと言うのにナミは笑う。信頼してるとその瞳で伝えながら。
「キングには報告義務も有るだろうし、必要なら使ってもらって構わないと思ってるの。大した名前じゃないけど、それなりに役立てるとは思ってるのよ?」
自分を知らないにも程がある。そう思いつつ、そっと息を吐き出した。
そしてそっとナミの頭を撫でてやれば、よく分からないという顔をされるが……正直、拷問して壊すような事にならなくて良かった。身体を壊さない限り、ナミの場合効果なんぞ認められないだろう事は容易に想像がつくからな。
その時手に慣れない感触があり、そっと手を離せばその場所からピョコンと生えてきたものに視線が集中する。これは……何事だ?
「頭の上にあるものは……目の錯覚か?」
俺の言葉に反応して鏡の所へ向かうその背を見送れば、姿の見えなくなったその場所で悲鳴が上がるのを聞き対応を考える。連れ帰って誰かに調べさせるか。
いや、ナミを誰かに触れさせるのは気分が悪い。だとするなら、自分で調べるか……いや、ニュースクーに調べさせるか。
通常ならばニュースクーもそのような事しないだろうが、宝玉にニュースクーが懐いているのは有名な逸話だ。試す価値は十二分にある。
「キングー……どうしよう、私、変な事になってるのー……」
だがそんな思考も、顔を見せたナミのその姿により崩壊する。色々確認する為だろうが、ビキニ姿で泣きそうな顔で姿を見せられれば、理性を崩壊させたとして誰にも責められる謂れは無い。
「ナミ、問題ない。……可愛いぞ」
「今、可愛いとか、可愛くないとかの話してない!!」
「そうだな。今は、目の前にいる兎を食べる許可だけ……与えてくれ」
「へ?」
「兎と卵を食べるイベントだったな。ちょうどいい。兎になったのだから、食われていろ」
俺の言葉にまだイベント始まってないとか、そう言うイベントじゃないとか色々言い出すが……甘いな。そんな抵抗ではなんの価値も無い。
始まってないならば、始めればいい。そんな話をしていないなら、そんな話をすればいいだけだ。
「イベントは今始まった。兎を食べるイベントだと言ったのはナミだろう。その上で兎になったのだから、喰われたいと思われて当然だ」
「あれ?そうなの、かな?」
眉間に皺寄せて首を傾げる。賢い頭脳もこんな時は発揮できない残念さが愛しい。
……いと、しい?
自分の思考に混乱し、息を飲む。そんな馬鹿なと叫びそうになり、それを誤魔化す為に言葉を口にした。
「そうだ。嫌なら兎にならなければよかっただけだろう」
「そう、かも……?」
「そうだ。さァ、来い」
押しに弱いのか、言いきられると弱いのか知らないが、案外簡単に丸め込めるナミにそう言って可能な限り優しく抱き締める。兎になったのは本人の意思では無いどころか、原因さえ不明だ等と言うのはどうでもいい。
俺はこの兎が愛しいし、兎は美味そうだ。これで食わない理由はどこにも無い。
Happy Easter……。後に正気に返って文句を言う兎を、黙らせるという名目でまた貪るのはある意味予定調和だろう。
2人がワノ国に帰るのが遅くなりすぎて、カイドウ総督から怒りの連絡が入るのは少しだけ先の未来。そうとは知らずに睦み合う2人は、ある意味誰よりも幸せな事だろう。