おつる中将からの命で、訓練生を率いてるのはナミさんだ。僕は、その護衛を任されたんですけど……。
海図や地図を描き始めたナミさんには話しかけるだけ無駄で、天候が荒れるまで何もできない。護衛って、こういう意味ですか、おつる中将……ガープ中将……。
その背を見ながら溜息を付けば、思い出すのは出発前の2人だ。突然呼び出されて、行われたのは事実確認だった。
「アンタ……コビーだったね?ガープんとこの見習いの」
「は、はい!!」
「取って食いやしないさ。気を楽にしな。……それでアンタを呼んだ理由だが……ナミと付き合ってるってのは、本当かい?」
「は、い!!告白13回目にして漸く理解して貰えまして、お付き合いを始めさせて頂きました!」
汗が流れ落ちる。いつもは厳しくても豪快に笑ってるガープ中将が、無言で立っているのがきっと大きな理由の1つ。
直立不動な僕に疲れたような声でおつる中将が言う。多分、ガチガチな僕ではなく、身近な存在であるナミさんを思っての反応だろう。
「ナミは、鈍いよ」
「知ってます!!気付いてもらうのに、物凄く苦労しましたから」
「……ナミは、儂らが保護して守って来た。泣かせないでくれ。いい子、なんじゃ」
ガープさんの言葉に息を飲む。それでも僕は頷けない。
僕は、ガープさんに嘘はつけません。ナミさんを泣かせないなんて、そんなのは大嘘になってしまいますから。
「すみません。約束出来ません」
「コビー!?」
「僕はナミに、泣いて欲しいんです。いつも我慢して、悲しそうに笑うナミを……泣く事も笑う事も僕がさせたいと願っています。だから、約束できません!!」
「……ガープ、アンタの負けだよ。……コビーだったね。今後何かある時、大佐であるナミは軍を率いたりする事もある。その時は〝護衛〟を任せるからね」
「はい!!」
そんな会話の後いつもサポートとしてつけてもらってる。雑用でしか無い僕が、大佐と呼ばれる地位についてる少女の横にいるのは意外と大変な事も多い。
けど……隣に居たいんだ。まだ、手を繋いだのが最高記録だけど。
カタンと音を立てて動き出したナミさんは、迷い無い足取りで甲板へと飛び出して行く。天候に何かあったのかと僕も慌てて後を追うけど、甲板に立ち込めた霧が理由でその姿を見失いそうになる。
そんな状態でも駆け寄り支えられたのは、ナミさんが蹲るように倒れたから。なのにナミさんは、僕の手を振り払おうとする。
抱きしめられるのは、まだ怖いとか……ですかね?
「今、コビーに甘えたら、もう……立てなくな「この程度、甘えには入りませんよ」」
僕に触れられたくないというのではなく、強がれ無くなるからと言うなら大歓迎です。なんて……口に出せたら、良いんですけど実際は、ただ無言で船内に運び込むしか出来なかった。
ベッドに降ろして、結果的に覆い被さる事になれば僕の方が動揺してしまい、慌ててナミさんから離れてしまう。ナミさんはよくわかってなくて……。
なんだろう、この無防備さ。僕を男として見てないんですかね?
「大佐なしで、ここから1番近い島まで向かって見せてください。それが本日の訓練です」
僕の指示で動き出した訓練生達は、どうやらナミさんが倒れたのを知っているらしい。……そうでなければ、僕の言う事を聞く筈もない事を知っている。
船内に戻り内心で少し落ち込んでいた僕に、ナミさんは笑った。そして、気分を切り替えろと言うかのように優しく言う。
「私、イースターのイベントやりたいの」
「イースター?」
「兎と卵のイベント。詳しくはWebで!」
「〝うぇぶ〟ってなんですか?」
「言い間違えたのよ。机に出版したくて書いたの置いてあるから、それを見てくれると助かるわ」
誤魔化すのが壊滅的に下手くそなナミさんに、それ機密事項だから気軽に口に出さないでくださいねと念押ししてから笑う。それにより顔を赤くしたナミさんに、頭撫でたら嫌がられるかなと思いながらそっと手を伸ばす。
でも、嫌がられなかったからそれが嬉しくて、情けない顔で笑ってしまった。そんな僕にナミさんが笑い返してくれて、ホンワカした気持ちになった時、ふわっとした感触が掌に出てうん?と首を傾げつつ手を離す。
折角触れてたのにと思えば少し勿体なく思うけど、生えてきた物を見ればそれどころじゃなくなる。なんだ、これ!?
「頭の上にあるものは……目の錯覚ですか?」
「え?」
そう言って不思議そうな顔をした後で近くにある鏡台に駆け寄り自らの頭上にあるそれに触れて、突然しっかりと着込んでいたコートやスーツを脱ぎ始めるから、奇声をあげたのは僕の方。でもそんなのに気付かないのか、ナミさんはお尻を気にしてい……お尻!?
「ナミさん!?」
「コビー……私、変なの……」
「変じゃないですから!可愛いですから!お願いします服を着てください!」
叫ぶように言う僕にナミさんは、可愛いとか可愛くないの話をしてないと怒り出す。けど、僕は泣きそうですよ!
結局ナミさんを宥める事に成功した僕は、直後に服をキッチリと着込んだその姿になんだか勿体ない事をしたんじゃないかと気付く。でも、もう今更かな?
「コビー、女性の見習い達に耳が生えてないか確認して来て。それと、どちらにしても男達には卵と兎を用意するように伝えて」
「え?はい、分かりました」
言われた事に素直に従い動き出せば、ナミさんは書物を広げて真剣な顔をしていて、その様子に苦笑してしまう。いつも人の事ばかり考えて、自分を蔑ろにするのは辞めて欲しいんですが……叶えて貰えるのは何時になるのか。
確認して回れば女性は全員耳が生えていて、混乱している様子だった。これをナミさんは見越していたんだろうか。
本当に、凄い人だ。そう思いながら、男性達に伝言を伝えて戻れば本から顔を上げたナミさんが笑ってくれた。
……綺麗だなと見惚れるようにその顔を見た直後、ナミさんは訓練生の元へと向かって行く。そこで海域の問題で耳が生えただけだからと言って皆を安心させてから、イベントやって気分を盛り上げようと言ってチーム分けをして卵のペイントや料理等の役割を与える。
それにより落ち込んだ雰囲気になっていたそれが霧散する。やるべき事があれば、やれる事があれば人はそれに意識を持って行かれて落ち込む隙を失う。
人と共に行う何かは、共に行う事で協力する多くのものを得る。仲間意識と友情と、そしてその時に交わす会話から相手の為人を知る事ができるのだ。
「ナミさんは、凄いなァ。だから、大佐にまで慣れてるんだろうか」
僕より2つ歳上なだけなのに、物凄く遠く思える。ねェナミさん、僕は貴女の隣にいても許されますか?
1人で立って居る貴女は美しいけど、不安定さだって見せないけど、本当は泣き虫で優しいだけの少女だと僕は知ってるんです。鳥の巣から落ちてしまった雛を拾っては、育てて自然に帰そうとするような人だと僕は……知っているんですよ。
「コビー!味見してー!」
「え?」
多くの兎の中心でエプロン姿で笑うナミさんが、僕を現実に連れ戻す。そして何故か青いゆで卵を差し出して来てる。
それを受け取るとムラなく綺麗に青く染まっていたから、どうするとこうなるだろうと内心で首を傾げる。そんな僕に、ナミさんは悪戯に笑った。
「お酢に漬け込んだから、味が変わってるかもしれなくて……毒味?」
「物騒な事言わないで貰えますか!?」
僕の反応を見てクスクスと笑うナミさんをそっと抱き締めて、顔を隠すようにしている髪を頬に触れながら払い除ければ……不思議そうに僕を見詰めてくれる綺麗な瞳。信頼を失うのは怖いけど、1歩踏み出しても良いでしょうか?
Happy Easter……。可愛い兎の唇を手に入れようと努力する少年は、訓練生が呼びに来た事でそれを断念する事となる。
この二人が、手を繋ぐより先に進める日が何時になるのか。それはこの日に復活したばかりの神の加護でもない限り、随分道程は遠い未来なのかも知れない。