私が海に出る事は殆どない。それはまだナミが幼かった頃から、変わらない事実。
全く船に乗らない訳じゃないけど、幼い頃にこの島迄ベルメールさんと来た時以降は、極力乗りたくなくて忌避してる。それは多分、トラウマと呼ばれるものなのだろうと自覚もしてるわ。
ベルメールさん達とここに来た時は、嵐に合い死にかけたし、海に出たナミは帰らなくなって死んだんじゃないかと怯える日々を過ごした。そして……アーロン達が、海から現れ地獄のような日々が始まったのだ。
私の命も、大切な人の命も、いつも海が奪おうとする。だから私は見送りと出迎えでしか、海に近寄らないようにしてるの。
……でも、情けないわよね。海兵だった筈のベルメールさんも、私達を育てるようになってからは私と同じようなものだけど、きっとトラウマにはなってないのに。
同じ事を経験した筈なのに、寧ろ海兵だったんだからもっと多くの事を経験してる筈なのに。溜息1つで幸せ1つが逃げるなんて言うけど、それなら私はどれだけ幸せを逃がしてるのか。
蜜柑を鋏でパチンと取って、その香りに頬が緩むのを感じる。ナミがいなくなって、シャンプー等は自分で作るようになったけどやっぱり本物の蜜柑の香りが好きだわ。
「ノジコちゃん!!大変よ!すぐ港に来て!!」
町外れであるこの家まで駆けてくるのだから、余程の案件だろうとわかる。でも……この人誰だったかしら?
あ、そうだ……確か子供の頃私を揶揄った事で、ナミにボコボコにされた子のお母さんだわ。ナミの事があって、私もあまり村の人と懇意にはしなかったからなんだか久しぶりに見た気がするわね。
ナミは悪くないけど、私が村の人達と懇意にしてたらナミに勘づかれると思って……疎遠になってたのよね。あの子、変な所で鋭いから。
「何があったんですか?」
問いかけながらも蜜柑を家に入れてから港へと駆け出せば、小舟が1隻港に近付いているんだと言われた。それには、蜜柑色の長い髪の女が乗ってるって……。
「ナミ!?」
思わず叫び走る速度をあげれば、港に到着と同時に何故か頭上に兎の耳を生やした妹が居て……。何が起きてるのかとじっと見つめてしまう。
似合うか似合わないかなら、間違いなく似合う。でも、そんな事じゃなくて、変な物でも食べたのかしらと不安になるのだ。
そんな私を見て、名を呼びながら泣きそうな顔で笑ったナミが、いつもと同じように飛び付いてくる。それを抱きとめると、会いたかったと声を震わせるから……私は何も聞く前に、ただ1言……言葉を告げる事にした。
「お帰り、ナミ」
「ノジコ、ノジコぉー……」
「はいはい、何があったのかゆっくり聞くから、1度帰ろうね」
スリスリと猫のように甘えてくれる妹が愛しくて、でも1人で居る事で何となく理由がわかった気がしていた。……喧嘩でも、したのかしらね。
もし、里帰りでは無く別れたのだと言うなら、迎えに来ても手放しはしない。私の妹を泣かせるような男に、二度と触れさせるつもりは無いのよ。
……は!まさか妊娠でもさせられたの!?
それなら、挨拶に位来るべきよ。もしそうなら今この場に来てない時点で、もうナミは帰さないわ。
「ナミの事は、私が守るからね」
「ノジコ?」
「別れたの?」
「不吉な事言わないでくれる!?別れてないから!!」
「チッ……」
内心で残念だわと憎々しげに言った為か、舌打ちが抑えられなかった。そんな私の肩を叩いたのはベルメールさんで、クスクスと笑ってる。
でも、この様子なら妊娠でも無さそうね。ナミの子供なら可愛いと思うのに、そっちも残念だわ。
「ノジコも、シスコンよねェ」
「ナミ程酷くないわ」
「私、ノジコもベルメールさんも大好き!!」
呆れを隠さないベルメールさんに思わず言い返したら、何故か参戦して来たナミの言葉にその顔を見てしまう。満面の笑みでホワホワと笑っているから、妙な衝動に襲われて私とベルメールさんが同時にナミを抱きしめたのは不可抗力だろう。
それを嬉しそうに受け止めて、ナミは笑うからそれに癒される。……本当に、別れて帰ってきたんだったら良かったのに。
「ナミ、いつ別れても良いのよ。そうしたらまた、私達と1緒に蜜柑育てながら生きていけるわよ」
私の言葉にビクリと身体を震わせて、悩むような仕草をするナミと唆した私に拳が落ちた。犯人を見ればドクターで、何するの!?と声を揃えた私達に、ドクターは呆れを隠さない。
「それぞれ、姉妹離れしなさい!……さて、その耳について聞こうか」
そうして私達はゲンさんの駐在所にて話を聴く事になったんだけど、村の人達が当然のように覗いていて落ち着いた環境とは言えない。だけどナミは、それを気にした風でもなく言葉を口にするのだ。
この村の人達がナミに恩を感じて大切に想うのと同じように、ナミもまた村の人達を愛してる。だからこそ、気にしないのだと分かるからそれを咎めるつもりは無い。
その話を纏めれば、旅の途中でナミは霧に包まれてしまい、その影響で耳と尻尾が生えてしまった。けど、何よりも問題なのはその耳と尻尾により恋人の理性が切れてしまい、体力的に問題だろうと言う事で1時的に里帰りしたと言う話。
「それでね、どうせ帰るなら何かイベントって思って考えたのが、私も兎だし……イースターイベントなんてどうかなと思って」
イースターイベントと言われて思い出したのは、最新作の中で書かれていた春のイベント。卵と兎の料理や卵を飾り付けしたもので楽しむそれは、確かに兎となってるナミがいるなら最適かもと思えた。
だからそれに賛成したらベルメールさんがナミの本は全部読んでるものねと笑うから、少し顔が熱くなる。でも、家族が出した本なら目を通すのは当然だと思うわ。
そもそもそうやって笑ってる皆も、ナミの本は大抵揃えてるのだ。私だけおかしい、みたいな言い方されたくないわよ。
「ノジコ、知っててくれたのね。嬉しい」
「……今度、この駐在所をナミの出した本を置いとく為の図書館代わりにしようかって話が出てるのよ。特に大きな問題が起きる事も無いから、ナミの本を誰でも読めるようにって」
「それは、流石に少し……恥ずかしい、かも」
兎の耳まで赤くなってるのを見れば、笑いが起きたのも仕方ないと思う。それからゲンさんを筆頭に何人かの戦える男達が森に兎を捕まえに行き、戦えない男達が卵の収穫に向かう。
その間に女達がペイントや料理に使う物を揃えて、私達が料理のメニューを考え出す。そんな訳で楽しみながら準備を進めれば、準備段階から笑いが谺響する。
当初はゲンさん自慢の武器コレクションを飾ると言う話もあったけど、それは常に武器を誰でも手に取れるようになるからと無くなったのだと卵にペイントしつつ話す。それを受けてナミは、それなら本を置く方が良いわよねと肩を竦めて見せるのだからいい子だと思う。
そうして迎えたイベントの当日は料理が足りなくなりそうになりながらも、エッグハントやエッグレース等の遊びを混ぜる事で誤魔化してしまうナミの手腕に笑ってしまう。普段から子守りに近い事をしているからなのか、村の人達の扱いが妙に手馴れている。
「ナミ、愛してるわ。もう、何処にも行かないで」
「ノジコ……私、帰ってきちゃおうかしら」
「迎えが迎えでは無く、誘拐に変わりそうな会話は辞めておけ」
私とナミの戯れをゲンさんがそう言って止める。それに酷いわねと笑うナミは、ゲンさんが本気で言ってるのだと言う事に気付いていない。
迎えが来たら帰ってからまたイースターイベントやる約束になってるのよと笑うナミは、ナミを手に入れた男の持つ狂気に本当に気付いていないらしい。誘っておいてなんだけど、万が一にもナミが本気で里帰りを望んだら……私達共々誘拐して監禁する位平然とやりかねないのに。
何もわかってない妹は楽しそうに笑い、耳がその度に揺れるのを眺めた。そっと手を伸ばしたゆで卵の中身が黄色になっていた為に驚きの声をあげれば、ナミが笑いながら説明してくれるそれに、村の人達と共に耳を傾ける。
Happy Easter……。大切な家族と過ごせるならば、それに勝る暖かな祝日等無いだろう。
迎えの船が来るまでの期間は、村人と家族に囲まれる楽しい日々が続いていく。迎えなんて永遠に来なければ良いと半ば本気で抱き締める家族や村人に、迎えに来た男が脱力するのはそう遠くない未来。