防災の日(麦わらのルフィ)
いつもと変わらない平和な海の上。突然聞こえて来たのは、優しいピアノの音。
何か曲が完成した時と、クラシックって言うのを時々ナミは演奏する。それ以外は基本的にブルックが弾いてるだけのピアノ。
ブルックの昔の仲間が使ってたらしいそれは、ナミがどうにかならないかとフランキーに頼んで運び込んでいたのを覚えている。それに対して、ブルックが泣きながら喜んでいた事も。
ナミはお化けとか怖がる癖に、ブルックの事は早々に受け入れていた。それに……ブルックもナミを〝特別〟に思ってるのを知ってる。
勿論、俺とかゾロやサンジが抱く〝特別〟とは種類が違うけど、この船では形は違っても皆ナミを〝特別〟に想ってんのに、その事をナミは自覚してねェ。ロビンの親友で妹のような、それで居て母親や姉のような立ち位置のナミ。
チョッパーの姉で、憧れの作家。ウソップの姉で親友。
フランキーの妹で……恋人の妹。ブルックにとっては、何だろうな。
同じ作曲家仲間だろうか。ブルックはそういう意味では少し読めない。
でも構わない。皆がナミを好きで、大切なんだって事だけは間違いないから。
そんな事を思った時、歌声が始まって今回は練習とか音の確認じゃなくて、新曲ができたらしいと知る。でも、その歌詞が少し悲しくて……でも、俺への想いを歌ってるのは伝わって来て……邪魔にならねェようにそっとアクアリウムへと向かった。
何度も繰り返される〝醜い私〟って言葉に、ナミが本気でそう思ってるのが伝わる。俺を愛してると言うその唇で、捨てられると今も信じてるのが伝わるから悲しくなるんだ。
もう少し、俺を信じてくれよ。俺には、ナミを手放したりする気はねェんだから。
優しくも悲しい歌声が、サニーに響き渡る。俺達は新曲を楽しみにしてるけど、こういう心の籠った歌声を聞く度に俺はナミの中でまだまだ信用されてないんだって事を痛感させられちまうんだ。
必要としてと願うナミに、どうしたらナミがいないとダメなんだって伝えられるんだろうかと考えちまう。その時歌が終わって、曲が終わって、俺が部屋にいるのに気付かないで立ち上がったナミを咄嗟に強く抱き締めていた。
「必要としてる」
「うん、ありがとう。私も防災の日は必要だと思うわ」
……今、ナミはなんの話ししてんだ?
防災の日って事は、防災訓練とか言うのやりたいって事かもな。確かに船だし、何があるか分からねェから、それは大切かもだけど……そうじゃねェよな!?
向けられる笑顔は可愛いけどよ。……いや、ここで負けたらナミのペースだ、頑張れ俺!
その時キョトンとした感じで首を傾げるナミに、可愛いなと内心で悪態をつく。可愛いって言葉が悪態になるなんて、俺は今まで知らなかったぞ。
「それも必要だけどよ」
それよりももっと必要な事があるだろうと、言葉の代わりに唇を重ねる事で、俺は伝える事にした。ナミはいつも、蜜柑の香りで俺を誘っている。
魚達が見てるとか、そんな事を言って恥ずかしそうにしてるナミにドアは閉めてきたと伝えて、ソファへと押し倒したのは当然だろう。抵抗しないナミは、本当に俺に甘いと思うけど……今はその甘さに溺れていたい。
賢いのに馬鹿で、周りの事は何でも分かるのに自分の事は分からない。なんでも出来るのにドジで、優しくて甘いのに気が強いから危なっかしい……俺の大切な指針。
その翌日、フランキーと話し合って何か作ってたナミは、途中ロビンやウソップも巻き込んでソレを製作していた。いつも緊急時みたいな状態で食事と治療してくれてる二人には、今更頑張って貰わなくても何とかなると言って、ナミが休憩しててと笑ったのが印象的だ。
俺はそんな訳で暇してるチョッパーとブルックを相手に遊んで居たけど、サンジは結局休む事無く飲み物とか休憩用にとお菓子とかを作ってくれていた。それがありがたいとナミは笑うけど……俺の相手はしてくれねェ。
カーディガンを羽織って、胸元隠してる他は何も変わらない様子のナミが、フランキーが作り出す色々な物の原案ってのを出してるのはわかってる。そして、妙な言葉も聞こえて来た。
「この〝水蜘蛛〟と呼ばれる道具は、ウソップの狙撃に使いやすいかと思うんだけど……侵入系の道具だからそんなに使い道は無いかも」
「……水の上を歩くんじゃないのか?」
不思議そうに問い掛けるウソップに、ナミは首を横に振る。俺も興味があって覗くけど、丸い板をドーナツみたいに真ん中くり抜いて、そこに海賊らしくバツが入ってるそれは確かにそう見えるけどな。
「これはこっちの道具を足につけて、この板は浮き輪代わりに使うの。この部分に銃を置けば、銃が濡れないでしょ」
なんて絵の1部を示しながら説明するナミに、フランキーとウソップは興味津々。ロビンは面白い事考えたわねと笑う。
何か、賢そうな話して、楽しそうにしてる。俺の事は構ってくれねェのに。
「でね、今回作って欲しいのは服の下に装着できる浮き輪なのよ」
水に触れるとポンっと膨らんで沈まなくなると言うそれは、悪魔の実の能力者が多いこの船では有効だろうって話してて……正直つまんねェ。ナミは作ってる訳じゃねェんだから、俺と居てくれてもいいのに。
そう思ってうねる髪を引っ張ってみたり、その髪に指を絡ませてキスしてみたりする。そしたら、それだけで赤くなったナミが可愛くて、その首にキスをしようとした時……サンジに蹴り飛ばされた。
ちぇーって思って彷徨いていたら、サンジが警戒して睨んでくる。でもよ、ナミは俺のだぞ!
そうだと思って、ずっと静かだったゾロを発見して近付くけど、トレーニング中でやっぱり構ってくんねェ。仕方ないからとチョッパーを捕まえて一緒に釣りを開始したけど、なんにも捕まらなかった。
そんなつまんない日を過ごした翌日。完成したらしい防災グッズを手にして、ナミが何か説明していた。
服の下につけてくれたらなんて話してて、沢山あるからと思って、とりあえずそれを足首に取り付けてみた。そのまま動いてみら、特に違和感が無かったからそのまま船縁へ向かう。
ちっちゃな浮き輪って事だから、これ付けてたら沈まないんだよな?
足首につけたそれを見て、なら試しにと海へ入ればいつものように力が抜けて……ゴボガバゴボ!!ってなる。確かに沈まねェけど、浮いてんの足だけで、呼吸も出来ねェ!!
身体から力が抜けてるから、足が浮いてるせいで逆さまになっちまってるしで、全然安全じゃねェよ。ナミ……!!
その時やっぱりいつもみたいにナミが飛び込んで来て、俺の身体を支えて海面に顔を出させてくれる。それを見て皆が何してんだよと呆れを見せるけど、これは俺のせいじゃねェ!!
「ナミ!ゲホッこれ、どこが、防災グッズなっ……だよ!!」
「……説明最後まで聞かないで勝手に使うからそうなるのよ!!もう、お馬鹿ね」
そんな事を言いながら俺をサニーに連れ戻してくれたナミは、何だか困ったように俺を見てる。見ればチョッパーやロビン、ブルックが肩にそれをつけているらしいと気付いた。
今はそれをむき出しにしてるけど、服を上に着てたらつけてんのもわかんねェかもって思う。試しにって入った皆は楽しそうに遊んでいて、浮き輪より動きやすいとチョッパー達は楽しそうにしてるけど……。
「念の為びっくりプールで試して貰う予定だったのに、ルフィが勝手な事するから……心配したでしょ」
泣きそうな顔でそんな事を言われたら、俺も流石に悪かったかなって思う。にしても、これ凄ェな。
「なんで、俺だけ逆さまになったんだ?」
「身体に付ける浮き輪なんだから、つけてる所が浮くのよ。足に着けたら足が浮くから、逆さまになるに決まってるじゃない」
足に着けたら、海の上に立てると思ったんだと言えば、ナミにルフィはおっちょこちょいだから無理よって言われちまう。空のペットボトル使えばそれも出来るらしいけど、波がある海では難しいだろうって……。
でも、そんな事を言われてても、俺の傍にナミが戻って来てくれたからそれでいいや。防災グッズなんて頼んなくても、俺にはナミがいる。
仲間がいるから、そんなもの必要無いと心から思う。俺が助けられる時は俺が助けるし、俺が出来ないところは皆が助けてくれる。
それで十分だろうと心から思って、俺はにししって笑った。そんな俺にいい加減にしとけよって毛布投げつけて来たフランキーは、何故かその頬っぺたが赤く腫れ上がっていて、それが何時からだったのかも覚えてない事に今更気付く。
「フランキー、それ、どうしたんだ?」
「……スーパー気にすんな。試作品をロビンに試して貰ったら、ロビンにスーパー殴られただけだ」
「ロビンに何したのよ」
「待てこらナミ!俺様が殴られたって言ってんだろ!?」
「ロビンが無意味にそんな事をする訳無いじゃない!フランキーがロビンに何かしたのよ!!」
そう言って怒り出すナミを見て、後でフランキーに何やったか聞いて俺もやってみようかなと思う。ロビンはフランキーに怒っても、ナミは俺を怒らねェから。
まさか俺には難しい事をフランキーがしたなんて知らなかった俺は、そんな事を考えながら防災訓練にならないじゃないと嘆くナミを見て笑ってた。今日もやっぱり、俺の周りは笑顔と愛で満ちてる。