体格差もあるから、手加減されてても痛みがあって当然だと思ってる。でも、世間では鬼だ悪魔だと呼ばれるこの人は……案外優しい。
「ナミ……お前は、離れていくなよ」
「カイドウ?」
「親子らしい事をした事が無いのは確かだが、ひとり娘にさえ背を向けられているからか、そういう意味では自信なんかねェんだよ。……いや、アイツは息子だったか」
深い溜息混じりに呟かれた言葉を受けて、つい笑ってしまう。この人は、こんなに大きな身体なのに、変に気が弱い所がある。
私に漏らしてくれるこんな弱音も、嘘とかではなく本気なのだと知ってるから余計に愛しい。きっと、この人は優しさの意味を何処かで履き違えてるんだわ。
「それを認めてあげてるだけ、いいお父さんだと思うわよ」
簡単に言えばニューハーフになると宣言した娘を尊重して、息子として扱っているという事になる。それは中々できる事じゃないもの。
人として生きる上で、定められた枠組みから大きく逸脱するような行為を認められる親は、どうしたって少ない。無意識の内に、自分の跡を継いで欲しいとか、自分のように生きて欲しいとか、親は願ってしまう。
それは、人は自分の人生以外の人生を体験も経験もしてないから。自分が歩んで来た〝失敗していない人生〟と言う道標を使い、安全に生きて欲しいと願うからなのよね。
「カイドウは、優しいわ」
「俺にそんな事を言う阿呆は、お前くらいだ」
いつの間にか震えているのは私では無く、カイドウになっている。いつも強くて、絶対的な王者だからこそ、弱さを見せられないのだろうと知ってしまった。
普段見せられないからこそ、酔った時にその弱さが表に出てしまう。問題は、心の弱さは露呈しても、その強靭すぎる肉体で理性も落として見せてしまう事で手加減も忘れてしまう所にあるのだろうけれど。
「カイドウって、可愛いわよね」
「……本気で頭が心配になる発言すんの辞めろや」
「だって、カイドウが大きいのは身体だけじゃない。中身はまだまだ少年なんだもの、可愛く思えて当然でしょ」
「ほお……。そうするとナミは、その少年に可愛く鳴きながら哀願してた気がするが、そうなるとナミは幼女か?」
カッと頬が熱を持つ。でも、言われっぱなしでは居られない。
私は、ふふんっと笑ってから、カイドウを揶揄うように言葉を紡ぐ。新年早々何してんだ、なんて突っ込む人もここには居ない。
「カイドウって、ロリコンだったの?」
「……大人の女と呼ぶには、ナミはまだねんねだからなァ?だが、いつも悦ばせてやってるだろ」
「なっ!?……カイドウは中身がいつまでも少年だから、加減を知らないんじゃないかしらね」
「ウオロロロロロ!!」
何が楽しいのか、私の精一杯な返しにカイドウは笑い声を上げる。経験なんてカイドウしか無い私が、そっちで太刀打ち出来ないからってそんな風に揶揄う事ないじゃない。
んべっ!てやってからカイドウの腕から抜け出せば、何故か感心した様子を見せるカイドウに首を傾げる。そのまま伸ばされた腕を見て、その顔を見て、逃げた。
いや、だって、今カイドウは明らかに私をベッドに引きずり込もうとしたからね!?
「俺からこうも簡単に逃げるとはな。中々に凄い事してる自覚持っとけよ」
「それ以前に、元日にそういう事しようとしないで」
「俺の部屋に、俺の女がいて、俺はヤル気だ。何故駄目だと言われるのか理解出来ねェ」
「元日はそういう事しちゃダメなのっ!!」
心底不思議だと言わんばかりのそれに怒鳴れば、またもや不思議そうな顔をされる。どうやらこの男、本気で理解できないらしい。
「誰が決めたか知らねェが、俺をルールで縛れると思うなよ」
「……これから、宴じゃなかったかしら?」
意識をそらす為に言ったけど、これは案外効果的な手法なのだ。カイドウは私が素足を見せるのさえ嫌がるから、人前で私を辱めたりはしないのもこれを選択した大きな理由なのよね。
その証拠に、今も舌打ちしながらもカイドウはのそのそと動き出したので、私も漸くお正月らしい装いに着替え始めた。有難い事にワノ国であるから、和服は種類が豊富なのだ。
髪の色を考えたら黒とか紺とか良いんだけど、顔立ちが可愛いからそういった落ち着いた色合いの和服は似合わないのが残念。その上肌も白いから、顔色悪く見えるのよね。
帯を変えれば何とか使える和服は確かにあるけど、柄によっては使えない物もあるから難しい。世界が違うから、常識も違うと言われる可能性もあるけどね。
そんな訳で、悩みながらも明るい色合いに蜜柑の花が散りばめられてる振袖を着てみたけど……この柄、珍しいと思うのよ。でも、なんか、これを着たいなって思ってしまった。
「……似合うな」
「カイドウ、まだ居たの?」
「着てる姿を見てから、会場に向かおうかと思ってな。オロチに用意させた甲斐が有る」
「……え、これ、カイドウの特注なの!?」
「肌が白いから、赤が映える。それに、ナミは蜜柑だろう」
なんと答えていいのか分からなくて、でもありがとうと言ってからその腕に絡み付くようにすれば軽く抱き上げてくれる。大人と子供どころか、既に巨人と小人だと思うけど……こんな些細な事が嬉しい。
嬉しさの余りに、カイドウの腕にスリスリと顔を埋めれば、擽ったいのかピクピクと動く腕の筋肉が、何だか妙に楽しい。ここで擽ったり突っついたら怒られるかな。
そんな事を考えながらチラリとカイドウを見てみると、悪戯しようとしてたのがバレたのか唇が降って来た。それを甘受していたら咳払いか聞こえて、私は慌ててカイドウの顔を押すけど離れようとしない。
「んぅっ!!んーっ!?」
「いい所なんだ、邪魔するな」
「鬼が妖精を苛めていれば、声くらいかけると思いますが?」
「ヤマト……その妖精が自ら鬼に〝私を食べて〟と言ってるんだ。食わない鬼がいる筈ねェだろ。……ああ、そろそろ〝嫁〟が欲しくなったのか?」
「黙れクソ親父!!」
そのまま棍棒で戦い始める二人に、私を巻き込まないでー!!と叫んだけど無意味。それどころか、この喧嘩をこれから始まる宴の余興だと思われたのか、皆が喜んでしまうので止まる気配すらない。
巻き込まれたら大怪我してしまうと思い、隙を見てカイドウから離れてスピードの所へ行けば、可笑しそうに笑われる。けどね、私の行動は何もおかしくないからね。
そう思って膨れれば、フグみたいと皆から笑われてしまう。カイドウの部下達は、カイドウと敵対してた人も多いのに意外と仲が良いから最初は戸惑った事を思い出しつつも、差し出されたお酒を受け取っておく。
親子の戯れが終わると、カイドウも総督として皆に挨拶を開始して、そのまま宴に突入した。けど、こんな形で1度離れてしまえば、中々カイドウの傍に戻るチャンスがない。
カイドウの周りには、今宵だけでも……って感じで妖艶なお姉さん達がひしめいてる。それでも私は、恋人と呼ばれる存在ではあるから近付く権利はあるけど……やっぱりそっちの方面では満足させられてないと分かるから、二の足を踏んでしまう。
「ナミ、カイドウ様が取られちゃうわよ」
「……うるティ~!!」
揶揄うように、けれども心配して声を掛けてくれたうるティに抱き着いたのは条件反射。だって今、頼れる人が他に居ないんだもん。
「ちょっと!!懐かないで!!私がカイドウ様に殺されたらどうしてくれんのよ!?」
「だって、だって~!!」
「ナミ」
うるティに抱き着いていてそのままスリスリしてたら、背後から聞こえて来た声。それに振り向けば、顔を見るより早く帯を掴まれて持ち上げられてしまった。
UFOキャッチャーのぬいぐるみって、こんな気分なのかな。アームが強過ぎて落ちる気がしないけど。
「抱き着くなら、俺にしとけ」
「カイドウ、忙しそうだったし……私から離れたのに、戻るのもどうかなってお「ナミは、俺の猫だろ。好きにしていて構わねェ」」
カイドウの中で私は恋人枠ではなく、ペット枠なのね。そんな事が少しだけ脳裏を掠めたけど、多分言ったら本気で泣かされる。
防衛本能がその質問はしちゃダメって言うから、素直に従う事にする。多分これを無視すると、多分私はベッドから出られなくなるわ。
「どうした?」
「……普通に抱っこして欲しいな」
「良いだろう。部屋に戻るぞ」
「なんで!?宴は!?」
「今ナミが、抱いてくれと言ったんだろう。叶えてやろうってのに文句言うな」
「抱っこしてって言ったのよっ!!この馬鹿っ!!」
ギャーギャーと喧嘩をすれば、笑いが起きる宴の会場。火祭程の規模では無いけど、充分すぎる人数が集まるその場で起きる笑いは既に爆音に近い。
それでも私とカイドウの声は良く通る。私は歌うし、天候によれば指示も出すから当然と言えると思う。
それに対して、カイドウは体も大きく腹筋もあり過ぎる。だから私とカイドウの喧嘩はいつも、皆に筒抜けになってしまうのだ。
「よーくわかったわ。私、宴に参加出来ないなら、ご飯暫く食べないからね!」
「そんなに俺を喰いたいのか」
「すぐそっちに持ってくの辞めてよっ!!」
「自分の女に欲情して何が悪い。若いのにナミが枯れ過ぎてんだ」
「体格差考えろ!恥を知れ!このスットコドッコイ!!」
うがぁ!!と叫ぶように言えばヤマトが笑顔で手をふるから、それにより少し気持ちが穏やかになる。その直後、ヤマトか言う。
「親父殿、僕の嫁について先程お話がありましたよね。折角のお言葉でしたので、僕はナミを嫁にします」
「誰がそれを許すかっ!!」
「僕に嫁を娶るようにと言われたのは、父上でございましょう?」
明らかにわざとカイドウを煽るヤマトちゃんに、私はハラハラしてしまう。まだどう足掻いてもカイドウには勝てないし、カイドウは娘だからと手加減はしてるけど、生きてさえいればいいと思ってるのか、骨を粉砕する事とかを厭わない。
だから本当にやめて欲しい。実の父と娘で、血で血を洗う戦いなんてして欲しくないわ。
「父親の恋人を奪おうとするなっ!!」
「なら、その恋人を困らせるような事してんじゃねェよ!このクソ親父っ!!」
そうしてまたもや暴れようとする二人に拳を落として、大人しくしなさい!!と言い放てば静まる。この二人、妙なところ似てて、血の繋がりを強く感じるのよね。
見た目は似てないのに。ヤマトちゃん、恐ろしく可愛い見た目なのに勿体ないわ。
けれども私のそんな思考はお構い無しに、二人が喧嘩を辞めた事で起きる拍手。そして注がれる尊敬の眼差し。
……え?
何、その、キラキラした視線。私、何もしてないわよ?
「ヤマトがマザコンなのは理解したが、ナミは俺の女だ。諦めろ」
「恋人でしかないなら、譲ってくれても構わないと思うけどな?」
「二人とも、辞めなさい!!そもそも私の意思はどうなるのよ!!……仲良くして、ね?」
互いに、大切だから素直になれないんだと知ってる。父親に構って欲しいのかなとも思うし、娘にどう接していいのか分からないのかなとも思う。
だからこそ、私は仲良くして欲しいと願ってしまうの。だって、私にとっては皆大切な人だから。
「私は二人に喧嘩なんかして欲しくないわ。二人の事が、大好きだから」
そう言ってヤマトを抱き締めてからカイドウに飛びつけば、カイドウは二人纏めて抱き締めてくれる。それが何だか本当に嬉しくて、私もヤマトごとカイドウを抱きしめるように腕を回した。
そうして私は、大切な人達に囲まれながら、Happy new year!!と言葉を紡ぐ。愛しい人達を他の誰にも触れさせない為に強く抱き締めている。