猫の日(麦わらのルフィ)
いつもと変わらない日だと思っていた。なのに、その日は随分大変だったと思う。
本気でナミが居なかったら、いくらサニーても沈んでたんじゃねェかなって思うような天気で、魚捕まえたりする余裕も無くて、どこかで食料を補給しないといけないって話になった。俺でさえヘトヘトなのに、皆が元気な訳も無い。
そんな中でナミは海を見詰めて、的確な指示を飛ばす。だから皆で少し休めって騒いでやっとの事で寝かせて、なのに、その直後に島が見えて来た。
タイミング本当に悪いと思う。ナミ、休ませてやれねェじゃんか。
その島に到着するのと同時に、インクが無いのを理由に買出しに飛び出したナミは、明らかに港にいる猫に夢中だった。その後は、いくら待っても帰って来ない。
その内にナミが買った物だけがサニー迄届く形になれば、手分けして探す事に決まるのは当然の事だった。現在俺の足元では、猫が楽しそうに駆け回っているばかり。
「ナミっ!!何処だ、ナミ~!!」
嫌な予感がする。何だろう、見付けないと酷い事になるような、そんな気がするんだ。
ナミを喪うような、そんな気がする。指先に血が通ってないような、頭が真っ白になるような、変な感覚。
そうして探し回れば、酒場が見えて来た。その時フワリと感じ取れたのは、ナミの香り。
ナミなら酒場に顔くらい出してるかもと思って近付く。けど、これだけ呼んで、近くにいるのに出て来ないなんてあるか?
「どこだ?……近くにいるのはわかるんだが……」
なんて言っても、酒場に近付く程にナミの香りが強くなる。緊張してる時の、香りだ。
動けない状態なのか。怪我してるなら、血の匂いもすると思うけど、それは無い。
「にゃー……」
声につられて視線を向ければ、蜜柑色の猫が見えた。珍しいその色は、ナミっぽくてつい足を向けてしまう。
でも、近付いたら逃げちまうかな。ナミと似てるから、逃げられたくない。
「猫……?似てるな。……おいで」
無駄かなと思いながら手を伸ばす。そうしたら猫は真っ直ぐに俺の方へかけてきて、手に擦り寄るから連れ帰る事を誓う。
この猫なら、きっと皆も喜んで受け入れるだろ。なんかナミと似てるし……似て、え?
思わず猫を抱き上げて、じっと見つめちまう。……似過ぎだろ。
香りもナミそのものだ。だけどよ、ナミは悪魔の実の能力者じゃねェ筈だ。
なのに、何でかナミにしか思えない。可愛いからナミに思えんのかな?
その時俺を見てる瞳の色までナミだと気付けば、声は自然と紡がれていた。だってよ、その俺を見詰める眼差しがナミだったから。
「あれ?ナミ?」
「にゃ!」
元気よく猫が頷くと、その小さな身体が光って見る間に身体が大きくなっていく。猫がナミに戻るのを見て、ちゃんと服着てる事に内心でホッと息を吐き出していた。
ただし、なんか、その頭と尻に猫の時の名残が残る。……うん、可愛いな。
悪魔の実のでも食ったのか聞こうとした時、向けられた笑顔。あどけないそれに合わせて、ピクピクと動く耳と尻尾が妙にかわいい。
「わかってくれてありがとう。気付いて名前呼んで貰わないと戻れなかったみたいなのよ」
「……そうか」
それから自分の耳に触れて、その存在を確認してるナミを眺めていれば、元々少ない語彙力は死滅したかのように使えなくなる。だって、ナミ、可愛い。
「この耳とかも暫くあるみたいだから、その間この島に停泊して貰える?安全の為に」
「……わかった」
困ったように言われて、不安そうに見詰められて、それだけで断れる訳がない。勿論、航海士無しで進めないんだから仕方の無い話だとも言えるんだけどな。
「ありがとう!」
満面の笑みを俺に向けて、それから何かを考え始めたナミ。尻尾が視界の端で揺れてるのが、恐ろしい程に気になる。
そんな俺の手を握って、ナミは笑う。その仕草が愛しくて、耳触ったら怒られるかなって思うから頭を撫でて誤魔化してみた。
頭はいつもと変わらないけど、無防備にも瞳を閉ざすナミに俺は理性との戦いを強いられる事になる。でも、少しくらい良いよな?
そう思ってナミの腰を腕で抱き寄せると、そのまま唇を重ねた。それに驚いた様子を見せたのは1瞬だけで、結局当然のように受け入れてくれるナミに、溺れるのはいつも俺の方だ。
そっと唇を離せば、真っ赤になったナミが気恥しそうに俯くからそこで漸く街中だったと思い出す。こんなに可愛いナミの顔、他に見せたくないな。
帽子で隠そうかと思ったけど、耳があるからそれもできない。仕方ないから、連れ帰って隠しちまおう。
「はやく、サニーに帰ろう。皆待ってるし、探してたから」
「うん。そう、ね」
「明日、二人で島の冒険しような!」
皆をまずは安心させないとと思って言えば、ナミはパッと顔を上げて嬉しそうに頷く。それが何だか妙に嬉しくて、俺もつい笑顔になっていた。
手を繋いで帰る事にしたのは、どちらか先だったのか。自然と絡み合う指が、ナミの不安を伝えて来る。
「ルフィ……見つけてくれて、ありがとう」
「ん?……猫でも、兎でも、ナミはナミだから多分分かるぞ」
「え?」
僅かに輝いたような顔をするナミ。それが可愛くて、ついナミを抱き寄せる。
誰にもナミを見られたくない。見せたくない。
そんな事を思いながら、口にしたのは他愛ない言葉。俺の中では当然の言葉。
「美味そうな匂いするし」
「私は食べ物じゃないっ!!」
「……違うのか?」
甘くて美味そうな匂いがして、優しくて温かくて、誰よりも美味いと思うのに。それに、長い期間食わないでいるのが無理なくらい依存させられてる。
なのに、どうして。ナミは、食いもんじゃないなんて言うんだ?
「ナミ美味いのに」
「……ルフィの馬鹿っ!!」
突然怒り出したナミは尻尾を膨らませて、俺の腕をすり抜ける形で駆け出していく。それを慌てて追い掛けて、でも、元々すばしっこいのに更に猫になって速度上げられるとキツい。
ただ、人を困らせるのを良しとしないナミだから、見失ったけどサニーに帰るのはわかってるからと先回りして待ってればそれ程しないで帰って来て……。あ、尻尾が落ちてる。
「あらあら、ナミも被害者なのね」
「ロビン、被害者ってなんだよ」
「最近この島では猫の日に合わせたかのように、猫になったり、猫耳と尻尾を生やした人が増えてるらしいのよ。それにしても、ナミはなんか落ち込んでるわね」
やっぱり落ち込んでんのか。たとしたらあの尻尾、ナミの心が見えるからこのままずっと生えてて欲しい。
それにしてもなんで、落ち込ませたのか分からない。美味いって褒め言葉と思うのに。
「だけど……多分、俺のせいだな」
「何したの?」
「ナミにキスして、恥ずかしがってたナミに美味そうって言ったら、食いもんじゃないって言うから、随分変な事言うんだなって思って、ナミは美味いぞって言った」
俺の言葉を聞きながらコメカミを押さえたロビンは、困ったように笑った。その仕草が、表情が、ナミと重なる。
いつも傍にいるから、似たんだろうか。ロビンとナミって、似てないようで結構似てると思う。
「……ルフィ、あなたは〝お肉の匂いがして美味しそうだから食べたい〟って言われたらどう思う?」
「うーん?……俺、不味いと思うぞ。ゴムだから」
のびるし、多分食いにくい。あ、そっか……ナミもそういう意味でとったのか。
食肉って意味で、俺は言ってなかったけど……そっか。そうだよな、ナミって案外素直だし。
「ナミが美味いのは、そういう意味じゃ無かったんだけどな」
「……そこは、流石にわかったと思うわよ」
呆れを隠さないロビンが、ちゃんと謝っておきなさいと言う。そうしないとナミに避けられるって言われたから、よくわかんなくなる。
でも、ロビンが言うならそうなんだろうなと思って素直に頷いた。そして、俺を見付けて船の下で尻尾をピンッと立てて動きを止めてるナミに、文字通り腕を伸ばして抱き寄せれば泣きそうな顔で俺を見詰めてきた。
萎れた耳が、叱られるとか、捨てられるとか思ってるんだと伝えて来る。俺はナミ無しだと生きられないって……いつになったら理解してくれるんだろう?
「ナミ、ごめんなさい」
「……ルフィ、私も、ごめんね。突然怒って……折角探しに来てくれたのに」
「ナミって……本当に、良い子だよな」
思わず口から飛び出した言葉は、ナミを少しだけ復活させたらしい。耳をピンと立てて首を傾げる。
こんだけ動くなら感覚とかもあるよな。元々ナミは耳弱いし、弄ったら怒るかな?
「どういう意味?ルフィより私歳上なんだけど?」
「なんか、海賊っぽくねェって意味。でも、それがナミだもんな」
笑って言えば複雑そうにされるけど、とりあえず芝生の甲板にナミを押し倒して、そのまま抱き枕にしてやる。こうしたら逃げらんねェし、俺はナミに引っ付いて居られるから最高だ。
そんな俺の頭を撫でてくれるナミに、やっぱり好きだなと思う。どんなに怒っててもそれが持続しなくて、いつも甘くて……。
「ナミ、好きだぞ」
「うん、私もよ」
「……ナミ、なんか歌ってくれよ」
「今は無理だから。楽器もないし、ルフィが引っ付いてたら演奏できないし、それに……」
言葉が不自然に止まる。それが不思議でナミを見たら、少し照れた様子でナミが視線を俺から外して、小さな声で続けた。
「ルフィから、今は離れたくないの」
「……ナミは、俺をどうしたいんだ?」
「へ?」
「部屋、行くか。よし、行こう」
「なんで!?どうしてそうなるの!?」
慌てて逃げようとしたナミを捕まえようと動き出したら、少し遅れていたナミの尻尾を思いっ切り踏んじまった。その瞬間、ナミの悲鳴が谺響して……。
「ルフィの馬鹿馬鹿っ!!今度、ルフィの大切な所噛み付いてやるんだからっ!!」
「ずびまぜんでじだ……」
半泣きなナミにボコボコにされた上で、この勢いで叱られた。でも、涙目のナミも可愛いなと思った時点で反省なんて程遠いんだろうな。
フシャー!にゃんにゃんにゃん!
本当は人間の言葉で怒ってるのに、違って聞こえる。あ、掌に肉球無いんだな……なんて、そんな事を上の空で思う。
俺の猫は怒りながらも手荷物を漁り始める。そして、俺の頭にどこかで買ってきたらしい猫の耳がついたカチューシャをつけて来るから、なんか嬉しくなって笑っちまう。
「何が可笑しいのよ」
「嬉しいんだよ」
「え?」
「猫耳、お揃いだな」
赤くなったナミが、小さく頷く。そう言えば、さっきロビンが今日は猫の日だって言ってたな。
そう思えば、島には猫の耳を生やしたやつが沢山いると気付く。それでも、やっぱり世界中探してもこんなに可愛いのは、俺の恋人だろう。
「世界中探しても、ナミより可愛い猫はいないと思うけどな」
「この、天然タラシ」
「ナミ?」
よく分からなくて首を傾げたら、ルフィも似合うわよなんて言われる。俺の頭にある黒い耳は動かないけど、なんか本当に嬉しいんだ。
そんな今日が猫の日だと言うのなら、俺は俺の猫を甘やかしたい。俺だけの猫を独占したいと願って、何が可笑しいだろう?