猫の耳と尻尾が生えている間は、殆ど俺の傍を離れさせなかった。だってよ、ナミが尻尾の為にって……後ろに何も無いみたいなパンツはいて、スカートで動き回るんだもんよ。
そんなに見られたいなら見せ付けてやれよって言って、少しばかり虐めすぎたのは自覚してる。でも、それさえ受け入れてくれちまうナミに、俺は甘やかされてる。
そうして散々苛めた挙句に、文字通り絡み付いて寝ていた俺をナミはただ受け入れてくれる。この甘さが、俺を駄目にするような気がしてならない。
それでも、傍に居てくれるだけで安心できるからと言い訳して、フランキーが見張りなのをいい事に俺はナミのベッドで惰眠を貪り続けていた。そんな中で、頭を撫でられる感触で意識が浮上する。
どうやら、起きたナミが頭を撫でてたらしい。俺に付けられた跡が遺る身体を気にもせず、ナミはベッドから抜け出して行く。
お気に入りらしいショールを肩にかけて行くから、蜜柑の世話じゃなくて航海士の仕事だと気付いた。蜜柑の世話する時は、無駄な物……ってか、枝に引っかかりそうな物は身に付けないナミだから、何となく覚えちまったんだよな。
今の様子から見て、俺を起こさないようにしてたから、問題発生って事じゃないのもわかる。まァ、ナミって何かにつけて俺の頭撫でちまうから、それで目が覚めちまうんだけどさ。
そんな所が可愛いと思う。問題はナミも俺を可愛いと思ってる所だな。
漸くスカートじゃなくなったんだなとナミの居なくなった室内で思う。それでも心配になって、追い掛けるように甲板に向かえば、見えて来た島を見詰めて瞳を輝かせているのに気付く。
つまり、危険はない島なんだな。俺がワクワクするような島だと、ナミは心配そうに瞳を揺らすから、今回みたいに喜んでるなら安全な島なんだろう。
そう思って少しつまらないような気持ちで視線を向けた島には、妙な物が見える。……樹が、倒れかけてるぞ!?
それだけでワクワクする俺は、きっとナミにまた困ったような顔をさせちまうだろう。それでも、楽しむ為に俺は海賊になったんだ!!
そう思って、俺と冒険しに行こうと声をかけようとした時、ナミの肩から布が飛んで行くのが見えた。海へと手を伸ばすナミの指先を掠めて空へと登ろうとするそれに、手を伸ばして取ってやれば何とかナミが海へ落下するのは防げたと気付く。
布の為に海に落ちるなよ。俺にはナミが海に落ちても、助けてやれねェんだから。
そう思ったからか、溜息が落ちる。近付けばナミの首には俺の着けた跡が大量にあって、なんか申し訳ない気持ちになりつつそっとそれを巻き付けてやった。
その布をどう縛れば良いんだろうかと試行錯誤してたら、布の端っこに麦藁帽子が刺繍されてるのに気付いて、つい撫でちまう。ナミって、本当に器用だよな。
「あ、ありがとう……」
「海に落ちなくて良かった」
この布が落ちたらきっと、ナミは取る為に飛び込む。俺が体力使い果たさせてるから、そのまま寝込んじまうかも知れねェ事を思えば、本当に良かったと思う。
「ふふ……」
「ん?」
突然笑い出したナミに首を傾げると、ナミは少しだけ幼い顔で俺を見た。いつもは大人の顔ばかり見せるナミだから、なんか嬉しい。
でも、笑った理由って何だろう。俺がそう思って見つめた時、甘やかな声でナミが笑いながら言う。
「私、甘ったれになったなぁって思って」
「……足りない」
何言ってんだよ!その程度の甘え方で満足してんなよな!
そんなんたまから、いつも俺ばっかりが甘やかされちまってるじゃねェか!俺はナミをもっと甘やかしたいんだ!!
そう言おうとして口を開いた時、ナミが突風に煽られて浮かび上がる。慌てて腕を伸ばした俺はそのままの勢いでナミを抱き締めて、連れて行かせねェぞと見えない敵を睨み付ければ、俺の腕の中でナミが小さく笑う。
「ナミ?」
「ルフィが、いつの間にか男の人になってるなぁって思って」
「……俺はずっと、男だぞ?」
産まれてから現在まで、女になった事ねェもんよ。何言ってんだろう。
……まさか、ナミは男になった事あんのか!?
あ、そういやイワちゃんは男を女にしてたな。そういう事か?
混乱する俺にナミは可笑しそうに笑う。無邪気な瞳で、俺を見つめながら。
「少し前までは少年だったのよ、ルフィは」
「……それは、イイコトか?」
俺は何も変わったつもりなんてない。でも、ナミが変わったと言うなら、それは、良い事なのか、悪い事なのかって少し考えちまう。
変化の内容も分からねェのに、戻れって言われても、戻れる訳もねェんだけどさ。でも、聞くだけなら聞いておきたいと願うのもわかって欲しい。
「大人になる事が必ずしもいい事なのかって聞かれたら、哲学的過ぎて答えに窮してしまうわ。でも、私はどっちのルフィも愛してる」
「ナミが良いなら、それで良い」
俺は俺の好きに生きる。それをナミが否定しないでくれるなら、俺はこの先も俺として生きていられる気がするんだ。
だからこそ、不安になる。ナミは、いつも誰かに狙われているから。
「何処にも、行くなよ」
「ルフィ?」
「目を離しても居ないってのに……すぐ、拐われちまう」
「ルフィ……」
「シキのおっさんにも、今の風にも、目の前で……」
俺が目を離せば、その度にナミは誰かに拐われたり傷付けられたりしちまう。目を離しても居なくても、簡単に連れ去る奴がいる。
二年前のあの日、目の前で連れ去られたナミは、自力で逃げ出して来た。その後また連れて行かれて……その時俺はナミを怒ったけど、本当は守られてたと知った時、どれ程悔しかったか。
どうして、皆、俺からナミを奪おうとするんだ。俺は……ナミが居ないと何処にも行けないのに。
「ナミ……」
「ルフィ、私はルフィの傍にいるわ」
「ナミの嘘つき。いつも、俺を置いてどっか行っちまうじゃねェか。必死で抱き締めてないと、すぐに……」
幼い俺達を置いて、シャンクスの事も捨てて、家族の為に、島の人達の為にって、死のうとしたナミは、再会してからも俺の事を突き放してアーロンの所へ向かっちまった。手を伸ばしても、振り払って死のうとして……。
仲間になってからも、俺が傍を離れる度に誰かに捕まって……傷付いて……。なのに、傍にいる間はずっと俺を甘やかすから……。
俺の頭を撫でて来る優しい手。それを振り払うなんて、俺にはできない。
でもそれなら……よし、決めた!今日はナミを俺が甘やかしてやる!!
「今日は、俺がナミを甘やかす!やりたい事言えよな!」
「やりたい事……。ルフィと過ごしたいわ。あ!二人で島に行く?」
「……なら、飯と買物か?」
本とか、種とか買い足したいのかもな。それともインクとかか?
どうしてもナミは文房具に拘るから、それかも知れねェ。途中飯くらいは俺に付き合って貰おう。
「そうね。ルフィの夏物少し買い足したいし、ルフィの帽子直すのに糸の追加も欲しいのよね。後はルフィ「ナミの買物しろよ!?」」
どうしたらナミを甘やかせるのかと思わされるのはこんな時だ。呼吸するように自然に俺を甘やかすナミに膨れると、さっきよりは随分と弱いけど、それでも強い風が吹き抜けた。
「さっきの強風が、春一番だったのかもね」
「春一番?」
「春になる時に強く吹く風よ。春を連れて来てくれる風って事ね」
「ふぅん……。なァナミ!俺、腹減った!早く島に行こう!」
「まだ到着もしてな「ンなもん!みんなにたまには任せてもいいだろ!行くぞ!」」
グルグルとナミを抱き締めて島へと飛び出せば、背後から仲間達の怒る声が追いかけてくるけど、今は何も聞こえない。ワクワクする新しい島があって、大好きなナミがいる。
じっとなんてしてられない。俺はこんな毎日が楽しくて仕方ないんだ。
屋台で売ってる物を買い食いしながら、色々な店を冷やかして回る。そんな俺の横に並んで歩くナミの指には、俺の贈った指輪が光っていて、それが俺の心を落ち着かせてくれた。
「にししっ!」
「何か楽しいものあった?」
「おう!ナミが隣に居る!!」
春一番が春を連れて来る風だと言うのなら、俺からナミを奪わないでくれよと思う。春の女神を思わせるナミだからって、風が俺の春を奪わないでくれ。
何処でも俺が連れて行ってやるから、勝手にどこかヘ行かないでくれ。そんな事を願って抱き締める俺に、ナミは優しく笑うばかりだ。