船内から人が出て来るのはいつもの事だが、それが和服となればいつもの事ではない。吸い寄せられるようにその人物を見ればそれはナミで、初めて見る和服に何処で購入したのかと問いたくなる。
手にしているのは笹竹かと思えば、何がしたいのか全くわからない。マルコを見付けたらしいナミが笑顔で話し掛けているのを見て、苛立ちが募る。
そのままマルコと姿を消したナミは戻って来ると宴が開かれる事になったと言われるので、どうやら親父の元へと行っていたらしいと分かる。マルコが指揮を取り始めたのを見て、俺はナミを手招いた。
それに気付いたナミは素直に俺に駆け寄ってくるが、着物を着慣れてるのか危なっかしい動きでは無い。近くまで来たナミの腰を抱いて、そのこめかみに唇を落としてから問い掛ける。
「この着物はどうしたんだい?」
「あれ?イゾウさんなら浴衣って言うかと思ってた。これは、自分で作ったのよ」
そんな言葉を返された俺は、驚いてナミを凝視する。浴衣と着物の区別がつくだって?
それよりも、何よりも、作った?浴衣を?
「……あの、何処かおかしいですか?」
何も俺が言わないからか、ナミは不安そうに俺を見てくるので、笑ってそれを否定する。こんな顔させたかった訳でもねェからな。
「いや、綺麗に出来てるから、驚いちまってね。不安にさせて悪かったね」
そうなると帯も手作りかと感心しつつナミの頭を軽く叩けば、その髪結いにも驚く。正式な結い方では無いが、1人でも簡単に結えるように考えられていると分かるもので、正式な場でなければ十分通用しそうだ。
そんなふうに考えている俺にナミは短冊を差し出してきて、願いを書いて欲しいと言う。ワノ国にも似たような催しがあったような気もするが、残念ながらよく覚えていない。
俺に渡した後はそそくさと他の場所へと移動して行くつれないお
〝俺の部屋に移動して欲しい〟
いつまでもマルコが手放さないが、もしもナミが俺を選べば俺の部屋への移動でも構わねェ筈だよなと思いながら願いを書く。これでもし、願いが叶ったら……少し真面目にまじないの本でも読んで見たいところだよなんて、独り言ちながら。
夕刻になるまで動き回っていた俺の元へ隊員の1人が走って来て、宴が始まると言うので甲板に出ると皆は既に揃い始めていた。これから燃やされる予定の笹竹の傍に腰を下ろしているのは、ギターを携えたナミで本当に何でも出来るなと思いながらそれを眺める。
隊長格が全員揃ったのを確認して、ナミは甘やかな声で歌うように弾き語りを始めた。それは星の姫と星の男の恋物語。
恋により盲目とならぬようにと言う戒めも込められているであろうその物語では、最後に感謝の意味を込めて願いを叶えてくれるようになったのだと言って終わった。そこで1礼して去ろうとしたナミに、折角だから何か恋の歌でも歌ってくれと言い出したのは新人の1人だ。
それは隊長達に可愛がられている謎の女が気に入らないと言っていたなと、そんな事を思い出して助けに入ろうとしたらナミはそれに対して微笑んだ。それから、どういった恋歌が宜しいですかと尋ねる余裕ぶりを見せるのだから堪らない。
これは見物だと俺が腰を下ろしたのとほぼ同時に、他の位置でも似たような行動を取っている兄弟の姿が見える。揶揄うつもりで言っただけだったらしい新人は、困った様子を見せるがそれこそ助けてやる必要を感じないねェ。
それを見てナミは困ったような顔で微かに笑って、小さく呟いた。
「これも、恋愛ソングに該当するかしらね……」
聞き取れたのが奇跡かと思うような声でそう言ったかと思うと、ギターを鳴らし始めた。それから微かな笑みを浮かべて題名を口にする。
「アイネクライネ」
聞いた事のない旋律で始まったその歌は、確かに恋愛ソングのようだったが何故か全く違うものにも聞こえる。どうしてと繰り返すその歌詞に、悲痛な叫びを聞いた気がした。
歌い終えたナミは僅かな時演奏を続けて、それを終えると立ち上がり再び1礼してその場を去る。そして恐らくはギターの持ち主にそれを返してから、笹竹に短冊を取り付けた。
〝皆の願い事が叶いますように〟
何を抱えて、何を考えてその願いを書いたのか。思わず駆け出してナミを背後から抱き締めれば、体を大きく震わせた後、大きく深呼吸してから声を出した。
「どうかしましたか?」
「あァ、話があって呼びに来たんだよ」
それに対してナミは再び深呼吸すると、体の震えをも止めて俺の腕の中で体を反転させる。そして微笑みを浮かべて何ですかと問い掛けてくる。
その深呼吸は、気持ちを消化する為のものかと分かればそれをさせずに本心を聞きたいと、その心に触れたいと思ってしまった。だから無言のままに瞼に口付けてから、想いを口にする。
「俺の部屋に移動して欲しい。……恋人として、な」
それを聞いたナミは驚いたような顔をしてから、伏し目がちな表情で微かにまつ毛を震わせる。その直後、小さな声で答える。
「私には、何の価値もありません。望んで貰えるような何かを、持ち合わせていません。イゾウさんなら、他にもっと「替えのきくような話をしているつもりは無いよ。俺が嫌なら、ハッキリとそう言いな」」
己を卑下する言葉を聞きたくなくて、咄嗟に遮って言葉を紡げばナミはその肩を大きく震わせてから、頭を横に振る。そしてゆっくりと俺に視線を合わせると、少し潤んだ瞳でゆっくりと唇を開いた。
「イゾウさんを嫌だなんて、そんな事ないです!ただ、私は……」
そこで言葉に詰まり、困ったように視線を外すからその唇に吸い付く事にした。戸惑っているだけなら、奪わせて貰おうか。
……どうやらナミは忘れているようだが、俺も海賊なんだって事を思い知らせてやらないとねェ。そうして俺がナミを丸め込むのに、時間はさしてかからなかった事だけは感謝したいね。