俺の言葉に従い飛び出して行ったマルコが連れて帰って来たのは、華やかな見た目の可愛い顔立ちをした1人の少女だった。まさかと思って見つめている俺の視線に気付かずに、少女はマルコを頼ろうとせずに自力で動こうとしているのが見えて少しヒヤヒヤする。
いくらマルコの炎が癒しを与えるとはいえ、飛んだ距離によってはそれはマイナスの効果しか生まないだろう事は、想像に難くない。それを示す様に崩れ落ちる体を、マルコがさっと支えてその場を後にする。
その様子につい、からかってやろうと見守っていたが、マルコの馬鹿がその少女1人をその場に残して立ち去るから、仕方ないかと思いつつお嬢さんの元へ向かい話し掛ける。その瞬間立ち上がろうとして失敗し、倒れ行くのを咄嗟に支えれば見た目以上に軽い事で僅かながらに動揺しちまう。
恐縮した様子を見せるのは、何処にでもいそうなお嬢さんのそれでしか無く、興味を引かれる所は特にない。何故マルコがあれ程献身的なのかわからないと思いつつ、いくつか言葉を投げ掛ければ、気持ちが分かった気がした。
これは……欲しくなるねェ。何処の国のお
賢く、優雅。無防備で、妖艶。
時折抜き身の日本刀を思わせる鋭利さを兼ね揃えて、それでいて素直な性格か。これはマルコに扱い切れるような女かねェ?
そんな風に思いながら見守っていれば、マルコを呼びに行った時に聞こえた会話。何でもない村娘だと本人は言っていたが、それはそうありたいと願っていたと言うだけに他ならないだろうと思う。
俺がこの船の全員を人質にされて、舞を舞い続ける事を強要されてるようなモンかねェ。だとしたら、どれ程の屈辱だろう。
手を抜く事も、死を選ぶ事も出来ないで、いいように扱われる。彼女の性格なら恐らく、死ぬほうが楽だった事だろう。
……だからこそ、恐らく彼女は矛盾を抱えて生きていて、美しい。マルコについて姿を見せた彼女は俺とサッチを見て微笑みを浮かべると、何事も無かったかのように挨拶して見せる。
俺達が話を聞いていた事に、気付いていて笑っていやがる。そう分かるからこそ、小さく舌打ちが漏れる。
親父の前で堂々とした受け答えをした上、マルコを庇うような女が存在したのかと驚きを持って見ていれば、話の区切りがついた時フラリとその体を揺らして倒れた。本調子じゃなくてこれかと思えば、本調子の彼女と話をしてみたいと思わされるのは、既に興味を持っているからに他ならないだろう。
無条件にマルコを信じている様子の彼女は、既にマルコにその心を傾けているのだろうか。だが……俺も、参戦させて貰いたい所だ。
そんな事を考えつつ過ごす、いつもと変わらないような日々の中で、ナミと名を呼べるまでになったがそれからは特に変化も無い。親父の元へと向かっては何か話し合いをしているらしい事は知っているが、それだけだ。
それを劇的に変えたのはある月夜。俺が見張りをしていたその日、甲板を足音も無く歩くナミが見えて視線を向ける。
辺りに人が居ないのを確認してから、ナミは腰に差していた扇を広げると楽も無いのに突然舞い始めた。洗練されたその動きは、長年それをして来たとわかるもので……。
「
思わず呟いた俺の声に反応して視線を向けたナミの表情を見れば、恐らくは誰にも見せるつもりの無かったものだと分かる。だとしたら、マルコも知らねェと思って間違いないんだろうな。
見張り台から降りてナミに近付けば、怯えたように後ずさる。何がそんなに後ろめたいというのか。
「……今、見た物は、誰にも言わないで貰えませんか」
「綺麗な舞だったのに?」
船縁まで追い込み両腕で逃げ場を無くしてから、笑いかける。それに肩を震わせて怯えを含んだ眼差しで、俺を見詰めるその瞳に我知らず息を呑む。
……本気に、なりそうだ。この瞳は不味い。
「家族も知らない事です。1人で、趣味の範囲でやってる事なので、忘れてください」
独学だとするならば、相当な才能だと思うが……それが許されるような動きでは無かった。厳しく仕込まれていなけれは、あの動きは出来ない。
「……俺と2人の時に、舞ってくれると言うなら、考えてやっても構わないよ」
「ありがとうございます!では、お部屋に伺いますので後程、都合の良い時を教えてください」
無邪気に笑うナミに、誰か男の部屋に気軽に入るなと教えねばならないかと思うが……今はそれでいい。部屋に連れ込めばこちらのものだ。
どんな舞であろうとも、舞は舞だ。そう考えてほくそ笑むと髪をひと房指に巻き付けて口付けたが、その瞬間背後から聞こえた声に髪から指を引き抜く。
「何、してんだよぃ。イゾウは見張りだろぃ」
「……マルコか。1人で甲板をフラフラしてたから様子見に来ただけだよ」
「そうかよぃ。……ナミ、帰るよぃ」
その1言でナミは俺に会釈してマルコについて行こうとするから、その腕を掴み唇に微かに触れる程度の口付けを落とす。驚いたような顔をするナミに笑いかける。
「約束、忘れないでおくれよ」
それにナミは頷くから、そっとその手を離せばマルコが忌々しそうに俺を睨み付ける。他の誰も知らないと言う舞姿を、俺だけに見せる約束を取り付けた。
それを持ってしても、恐らく先をいっているのはマルコだろう。だが……俺もこの戦い、引く訳には行かないんでね。
俺とマルコが睨み合うのを不思議そうに見ているナミは、恐らくマルコの気持ちにも、当然俺の気持ちにも気付いては居ないのだろう。それでも構いはしない。
月の輝く夜に舞姫となったナミの姿を知るのは、俺だけ。では星の輝く夜にでも、俺の愛を受け止めて貰おうかねェ。
逃がすつもりは既に無い。マルコにも、悪いとは思えない程心は既に囚われている。
「……マルコ、本気でいかせて貰うよ。覚悟しておきな」
「イゾウにも、渡せねェよぃ」
宣戦布告に受けて立ったマルコとの戦いは、今始まったばかり。戦利品は何もわからない様子で、俺達を交互に見詰めては首を傾げていた。
その決着は、後に七夕と呼ばれるイベントで着いたが、どちらがナミの心を射止めたのかは、ここでは内密にしておこう。なんでも詳らかに明かせば良い、とは思えねェだろう?