ドアを開けた瞬間ナミが立っていて、その服装に顔がニヤけそうになる。想像以上に似合っているというのもあるが、何も言わなくても着ていてくれた事に意味がある。
「良く、似合ってるよぃ。さて、今日の仕事は休みにして貰ったから、1緒に出掛けようか」
声を掛ければナミの顔が見る間に赤く染まる。そして、差し出した俺の手を恥ずかしそうに握るのだから、可愛さの余りに俺の方が茹だりそうだと思う。
手を握り甲板に出れば、何人かの視線が突き刺さったが気にならない。今日は親父にも話して、休みを取ったのだから。
……視線も集まるだろうと言うものだ。この国は和の国と交流があるから、祭り用にと売られていた浴衣セットの中で、ナミに似合いそうなものを吟味して購入したのだから。
それにしても、これを難なく1人で着てしまえるナミはどう言う生き物なのか。出来ない事等何も無い、と言わんばかりに何でもこなしてしまうナミは、時々恐ろしくなる程に遠くを見ている。
だからこそ、今日は楽しんでもらおうと連れ出したのだが……祭りの会場に近付くとナミの体が小さく震えて、突然抱き着いてきた。それを抱き留めると涙を耐えている様子で、何があったのかと問い掛けそうになり……辞めた。
恐らく声を掛ければ、演技をするだろう事は分かっているから。だから、何も言わずに抱き締めてやる。
「熱いねー!」
通りすがりの男共に冷やかされても、全く構わないと思えるのは、相手がナミだからだろう。暫くそうしていると、ナミが顔を上げて笑ったので、その頭を軽く撫でてから行くよぃと声を掛ける。
頷いて着いてくるナミは愛らしく、そして……愛しい。そんな愛しい存在に、理由を尋ねる事も出来ない己の情けなさが無意識で自嘲する形となり現れる。
「マルコ、ありがとう。なんだか懐かしくて、変な所見せちゃったわね」
「ナミの姿は全て見てみたいから、どんな醜態でも晒してくれて構わねェよぃ」
「あら、言ったわね!」
笑うナミに陰りの色は既に無い。その時屋台のひとつに扇屋を見付けて、俺はそちらへと足を進める。
並んでいるのは色とりどりの扇で、俺には区別が全くつかないがナミはその瞳を輝かせた。そっと手にしたのは赤系統の無地の扇と、青系統の扇で困ったように見比べている。
「どうしたんだよぃ?」
「……武器としては持ってるから、舞扇として欲しかったんだけど。舞扇のイメージって赤で、正確には紅とかなんだけど……ね」
「なら、その青は?」
問い掛けると扇よりも赤くなったナミが、小さく呟いた。それは、聞こえたのが奇跡のような小さな声で……。
「マルコの色だから、こっちの方が良いかなって……」
俺を、どうしたいんだろうねぃ。そう思うと襲わないように腕を組んで、にやけないように真剣な顔を作るしかなくなる。
「……ナミは、舞扇って言ったが、舞うのかよぃ?それなら……演目に合わせられるように2色持っていてもいいんじゃねェか?」
それに瞳をこぼしそうな程に見開いて、楽しそうに笑うから本当に愛しいと思う。結局黒、赤、青の扇から1本ずつ選んだナミが、それを大切にしまおうとしたところで声がかかった。
「あ、貴女、舞えるの!?」
「……嗜む程度ですが」
切羽詰まった様子の女がナミの肩を掴み、脂汗を滲ませながら言葉を続けた。それは絶対に逃がさないと言っている様子で、何事かと周り中から視線が集まる。
「倭舞とか楽蹲とか朝日舞とか……」
「巫女神楽ですね。それなら舞えると思いますけど……あの、何故?」
「見ての通り私、巫女なの!でも、腹痛が痛くて!代わりに舞える人探してたのよっ」
それを聞いた瞬間、漸く女が巫女服を着てる事に気付いた。勢いが強過ぎて全く気が付かなかったのだから、凄いものがあるねぃ。
それなのにナミは必要な演目を教えてくださいと言って、受けている。これはイゾウが見たがったかも知れねェなと思いながらも、知らせに行くつもりは無い。
それにしても、腹痛が痛いって……余程切羽詰ってたんだろうねぃ。そう思えば哀れで、ナミが優しく対応しているのも分かる気がした。
そのまま俺にゴメンねと言って引き摺られるように移動したナミが、舞台に上がったのを見てつい笑ってしまった。妙に堂々とした姿で、けれども何処か儚げで、視線をナミから動かせなくなる。
神様への感謝の舞いだと言って始まったそれは、胸が痛くなる程に美しい。その手にある扇は俺の色だと言っていた青の扇で、感嘆の声が多く聞こえてきた。
舞い終えた巫女装束のナミが、舞台から降りる迄にどれ程の時間が経過したのかさえ、俺にはよく分からなかったが、ざっと6種類舞ったらしいと知り、近くで冷たい飲み物を購入して待機する。浴衣姿に戻ったナミが駆けて来るので、飲み物を差し出せば笑顔で受け取ってくれた。
聞きたい事は沢山あるが、とりあえず赤く火照っているナミの耳元に囁きかける。古今東西、舞姫や歌姫を寝所に招く男の気持ちが分かった気がした。
「今夜は俺の為だけに、ひとさし舞ってくれるねぃ?」
それにナミは大きく肩を揺らして、小さく体を震わせながら、手加減してくれるならと可愛い事を言うので、つい声を出して笑ってしまった。だが……悪いねぃ。
手加減なんか、出来そうにない程に求めている。その謝罪の言葉を紡ぐ代わりに、俺はそっとその唇に触れる程度のキスを落とした。