ドアを開けると、俺の望みを忠実に再現したような艶やかな美女が立っていて、けれどもその顔色は少し悪い。咄嗟にその手を掴めば指先が冷たくなっていて、何故ナミはいつも無理ばかりするのかと思う。
俺を喜ばせたいとか、折角用意して貰ったからとか、そんな理由で着たのだろうが……確かに嬉しいし似合っているが、体調が悪いならそう言えばいいものをと考えた所で無理だよなと思い至る。ナミは助けを求める事が出来ない生き物だ。
それでも助けを多少は求めてくれるようになったと、昔1度手放したあの日を思う。……手放した事をどれ程後悔したか、きっとナミは知らない。
肩に入れられた魚のシンボルに、表情を無くした姿に、元より更に涙を見せられなくなったその状態に……俺達がどれ程……。それでも今はここにいるのだからと、掴んでいる手を引っ張って抱き締めると細い体が小さく揺れた。
冷たくなっている所を見ると、何か怖いものがあったか、トラウマを刺激されたか。隠してるつもりなんだろうが、俺やベックには全く隠せていない事を、ナミは知らない。
「……寒かったか?少し冷えてる」
「そう?シャンクスが暖かいだけじゃない?外にいたんでしょ」
誤魔化すのが上手いのは、確かなんだよな。だから俺は騙されたフリをするしか、道が無くなる。
明るく笑って、その震える体に気付かないフリをしてやるしか道が無い。無理に笑顔を作る必要なんかねェってのにな。
「それもそうか!さ、行くぞナミ!」
「って何処に?」
「ん?この島で祭りやってんだと。好きだろ?そういうの」
「……まァ、うん。好きよ」
「なら、行くぞ」
言ってから動くがどうにも遅いナミを抱きあげれば、キャッとか言って抱き着いてくる。自分を抱くこの腕が、何よりも危険な狼の腕だと気付かない赤頭巾。
そういや、赤頭巾もナミの作品だったかと小さく笑う。ナミは何でも創り出せる……美しく優秀な宝石。
もしもこの船を誰かが狙い、全員を抹殺したとしても、ナミは〝戦利品〟として持ち帰られるだろう。それ程に美しく、賢く、優秀な女だ。
今度俺の部屋に海楼石で鍵を作ろうとベックに話したら、壁を破壊されて終わるだけだと鼻で笑われたのをふと思い出す。……他に安全に守れる方法があるのなら教えてくれと言ったら、ナミを鍛えればいいと本末転倒な事を言われたが……確かにナミは戦えるんだよな。
ただし、その心が弱いだけだ。誰かを守る時、逃げる為、そんな理由でしか戦えないし、相手を傷付ける事は極力避けてしまう。
……本当に海賊には向かない性格してるよ。思わずナミの事を運びながら唇を奪えば、驚いたような反応をするものの抵抗はしない。
甘い声を微かにもらして、恥ずかしそうにするだけだ。甘いのは、性格だけじゃなくて全てかと、小さく笑って耳元で愛してると囁けば、顔を朱に染めて馬鹿と言って顔を背けられてしまった。
会場が見えてきた所で下ろしてやれば、ナミは俺の手をそっと握り不安そうに見つめて来た。なんだと思って視線を向ければ、困ったように笑われる。
「……幸せすぎて、不安になるわ。離さないでね」
「ナミが泣いて逃げても追い掛けて連れ戻してやるから、心配するな」
死んでも離すつもりは無い。そういう意味で言ったのにナミは上手いんだからと言って本気にしない。
……っとに、コイツは。
会場へ到着すると人混みは想像以上で、けれども慣れてるとでも言わんばかりにナミは泳ぐように移動する。人にぶつかる事も無く歩くのは、無意識的近くの人間全ての行動範囲を予想し、想定して動いているからなのだろうが。
……そう言えばナミは、昔から人混みで誰かにぶつかるような事をした事が無かったな。それだけでも十分驚異的な事だ。
戦闘において必要なスキルは持ち合わせているのに、上手く使えない。ならば不器用なのかと思えば、料理、掃除、洗濯、裁縫、楽器の演奏まで何でも器用にこなしてしまう。
あれだ、器用貧乏?いや、貧乏でもねェよな。すげェ額稼いでベックと相談して、必要に応じて船に使ってくれてるもんな。
「シャンクス……輪投げって得意?」
「は?輪投げ!?」
突然声をかけられて視線を向ければ、近くに輪投げ屋がある。景品は大した物では無いが、大きな物は遠くにあってナミの腕力では届かないかもしれない。
「……欲しい物があるのか?」
問い掛けると小さく頷かれる。視線を辿れば赤い鬣のライオンのぬいぐるみがあり、それもそこそこ大きい。
何故あれを欲しがるのかは分からないが、欲しいと言うなら取ってやるかと輪を貰う。ライオン頭の上に輪が綺麗に落ちたのを見たナミは嬉しそうに笑うから、それで十分な気がした。
「ありがとう!でも、他どうしよう?」
「欲しいのはそれだけだったのか」
まさかの言葉に俺は景品を見渡す。そして赤い石のついたネックレスが隠されるように奥にあるのを見付けて、それを取る。
店主は1発で取った俺を見て天を仰いだが、恐らくあの輝きは本物なんだろう。残りはと見て、近くにあった赤いショールを取れば店主に持ってけ泥棒と叫ばれた。
悔しそうに景品を寄越した店主に悪いなと笑ってから、ナミにぬいぐるみを差し出せば中々にレアな幼い笑顔を向けられる。そうだよな、年齢差考えたら俺の娘でもおかしくはねェんだよなと今更思う。
ぬいぐるみを嬉しそうに抱くナミの後ろからネックレスをつければ、驚いた様子で俺を見上げるから笑ってその頭を撫でる。俺の愛しい女神は、まだまだ幼い。
「首輪だ。すぐに何処かへ行くから、俺の色を身に付けてろ。それと……」
言いながらショールを肩から掛ければナミは少し恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに笑った。肌は俺にしか見せなくていいと言う思いを込めているなんて、ナミは気付いてなさそうだ。
「私が冷えてる訳じゃないって言ってるのに。でも、ありがとう」
そう言って笑うナミが、どうしようもなく愛しく思えて、けれども謎のぬいぐるみについては結局突っ込む勇気を持てなかった。その代わりに頑張ったご褒美を寄越せと言えば、困ったような顔をするから子供らしい姿はまたにして、大人なナミを所望してみる。
「今夜、寝られると思うなよ」
強くぬいぐるみを抱き締めたナミが、確かに頷いたのを見て俺は祭りを堪能させてやる事にした。どちらにしても、逃がしてやるつもりは無かったがな。
後にぬいぐるみについてベックに確認したら、俺のイメージなんだと言われ、何も反応出来なかった俺はおかしくないだろうと思う。