そろそろ支度もできた頃かとドアを開けると、そこには良い意味で、予想を裏切ってくれたナミが立っていた。おつるさん協力の元用意されたそれは、驚く程に似合っていて……。
「あー……なんだ。……閉じ込めていいか?」
「……良い訳ないでしょう。これ、何の為に用意したんですか」
「客寄せの為だけどさ……。あー……まァいいか」
「良くないです。ほら、サボらないで行きますよ!私達が主催なんですから!」
夏祭りを主催して、民間人との交流をはかり、民間人からの信頼を得る事を目的に…………夏祭りを海軍が開催する。んな訳で能力的に俺は、かき氷屋の氷作りを任された訳だが……。
「面倒だ……」
「心の声ダダ漏れですからね、クザンさん」
呆れたような声と態度で言うナミだけど、本当の所は俺を心配してるのがわかっちまうから頭をかきながら動くしかない。いつだったか、めんどくさいという意味もあるからと思って、怠いと言ったら心配して甘やかしてくれて……。
色々な意味で猛毒だった。だらけきってる正義に理性が働いてくれる筈も無く、ナミを氷像にして飾りたいとさえ思わされた程だ。
勿論、それをしなかったから今ここにナミがいる訳だが……。クルクルと表情を変えるこの生き物が、ただ可愛いだけの女では無い事は、普段背負う正義の2文字を見れば明らか。
それでも、1般人よりは強い程度で、結局は事務方、内勤の子だから……隠してるのに狙われる。ナミは見た目が良すぎて、頭も良すぎるんだよなァ。
その上お人好しで、無駄に良い頭を悪事には変換できないと来てる。海賊と渡り合う職業において、善人すぎる思考は諸刃の剣だ。
内勤と、こんなイベントだけを行っていられるのならば、ナミ程この仕事に向いてる人間は居ないだろう。浴衣姿も似合い過ぎて、変な虫に集ってくれと言ってるようにしか思えねェ。
「……どうしました?具合でも?」
「いんや、似合うなと思って見てただけだ」
ぼーっとしていたからか、心配そうにするナミにそう声をかけて俺はそのまま腕を掴んで歩き出す。勤務中だと言う事で、敬語で話すナミが少し、悲しかった……なんて感傷、今更だよな。
広場には組み立てが終わったばかりの屋台が並び、ナミはかき氷屋の売り子を行う。俺はたた氷を作り、刻む事がミッションだが……。
ナミは明るく微笑み販売するのだろう、誰とも知らない相手に笑顔を振り撒いて。無駄に手を握ろうとする野郎共を全員氷像にしたら、涼しくなりそうだとは思わないか?
それを実行出来ないのが俺の立場と肩書きで、だからこそナミの手を握られようと嫌だと言う権利も無い。それでも……俺の彼女でしょーよ。
「クザンさん、本当に大丈夫?氷だけは作ってもらわないとだけど、他は私1人でも良いのよ?」
周りに聞こえないように注意しながら、恋人ととして心配してくれるナミに俺は微笑む。あァ俺はこうしていつも、手玉に取られる。
だが、こんな所に可愛い恋人1人を残せる筈ねェでしょうよ。少し位はその頭の良さを自衛に使いなさいな。
「いやァ、熱くてキツいだけだよ。俺氷だから……」
「なら、少し早いけど氷作るようにしましょ。氷が近くにあるだけで随分違うから」
そう言って笑ったナミは、そっと俺の額に口付ける。いつ、凍らされるか分からないからと、怯えられる事も少なくない俺に……。
俺ではなく能力でしか見ない奴らも多いと言うのに、ナミは初めから〝能力者である俺〟を見て、その上で『能力の制御に失敗しないように気を付けてくれてるの分かってるのに、どうして怯える必要があるのよ。それに、加減を間違えて人を凍らせた時に傷付いてるのは青雉の方じゃない』そう言って微笑んだ年若い娘。
人の傷に敏感で、弱い者に優しくて、悪い相手にはどれほど強大でも立ち向かってしまう。それが……自分の命を危険に晒すのだとしても。
そんな子だからこそ、村人の為だけに人生の大半を犠牲にして来たんだろう。今でも食事は自分で作った物以外は食べる時毒味するし、眠れば悪夢に魘されるのに……な。
「ナミは、優しいよ……。俺の自慢の彼女だ」
言葉にしてみると、何とも嘘くさいが本心だ。それが分かるのかナミは顔を赤くして小さく頷くから、俺は口の端を上げて氷を作り始める。
かき氷屋は暑い盛りだからか盛況で、休む事なく働き続けるナミは偉いなと思う。俺は氷を作るのも特に何か消費する訳でなし、呑気なものだ。
削るのが大変そうだから氷を必要な量削って入れ物に入れるところまではやるが、それも能力で可能な範囲の仕事で、必要なのは注文された数を確認しておく事だけ。それに対して、接客販売と、シロップ掛けを行うナミの多忙さはない。
……なんだって2人だけなのよ。これだとナミが休憩も取れないじゃない。
そんな事を思って不機嫌になる俺の耳に、ナミに絡む男の声が響く。ナミが断っても、拒んでも無理に連れ出そうとするそれの足元を凍らせれば勝手に転んでくれて、俺は少し溜飲が下がる。
「……あー、お前さん、人の彼女に…………忘れた。いいやもう」
「いや、良くねェだろ!」
どこかから突っ込みは入ったが、とうのナミはそんな態度の俺にクスクスと笑いながらも、ありがとうと言う。
「ナミはさ、歳上で、横着で、間違って殺されるかも知れなくて、言葉足らずな恋人に……満足してるのか?」
不意に思った事を口にすれば、ナミはキョトンとした顔で俺を見てから小悪魔的な笑みを浮かべた。その表情1つで、喉が鳴るのを自覚しちまう。
「……部下としての答えと、恋人としての答え、どっちを所望してるのかしら?」
その眼差しは魔性と呼ぶに相応しく、俺は簡単に白旗を上げる。建前なんかどうでもいい。
俺はおつるさん達に叱られるのを覚悟で、売り子の唇を塞ぐ事にした。2人きりで全てやらせようとしたそっちの責任もあるだろうと、責任転嫁しつつ。
早く終わりの時間が来ないと、理性が暑さで溶けそうだとナミを抱き締めながら本気で思う。海兵に1番向いているのがナミならば、1番向かないのが俺だろうと詮無い事を考えながら。
祭りなんか大嫌いだ。今すぐナミを堪能したいと心で呟いた筈が、声に出していたと気付くのはほんの少し後の事だった。