お月見(麦わらのルフィ)
何となく腹が減って、部屋にサンジが居るのを確認してから、俺はキッチンに忍び込もうとそーっと足音を忍ばせて歩いていた。その時人の声が聞こえて、ビクリと立ち止まったのはそれがつまみ食いメンバーじゃなくて叱る側の人間の声だったからと言うのが大きい。
だがその声がキッチンから聞こえて、しかも歌ってるらしいとなればそっと明り取りの窓から中を覗いてみたくもなる。ナミは髪を揺らしながら何かを作っていて、歌声は低いけど声そのものは相変わらず優しい。
歌の歌詞なんて今はどうでも良くて、ナミが歌っている事と何かを作っている事の方が重要だ。誰の為に作ってるんだろう。
美味そうだな。腹……減ったな。
つまみ食いの為に来たのだから当然の事だけど、腹がぐぅーっと鳴って、作られているそれを食いたいと主張する。俺が言えば多分、誰の為に作っていたとしても、ナミはそれを俺にくれるだろう。
でも、それだと何かイヤなんだよな。違うんだよ、食える事は同じだけど、何か違うんだ!
そんな事を考えていたらナミが暑そうに、額の汗を拭ったのが見えた。作られてる物も欲しいけど、作ってるナミが欲しいとか言ったら殴られるかな?
でもなァ……なんでもないような無防備な姿が、その笑顔が、昔からずっと好きなんだ。やっと俺の仲間としてこの手に取り戻せたし、恋人の立場も手に入れたけど……全然足りねェ。
腹が減ってるのか、心が飢えてるのかは分からねェけど、ナミの全てが欲しい。遠くを見て、微笑んでねェで、俺を見ろよ。
海を見てる凛々しい姿も、机に向かってる真剣な姿も好きだけど、やっぱり笑った顔が1番好きだから、作った笑顔じゃなくて、素直な笑顔を見せてくれとその後ろ姿に想う。優しく俺の名を呼ぶお前が、大切なんだ。
その時ナミが歌い終えて火を止めた。使っていた物を片付けながら、此方に近付いてくるから少しドアから離れていれば俺に気付かないで、静かに表に出てきた。
月明かりに照らされた甲板で、ナミは1人で空を見上げる。それは凄く綺麗なのに、泣きたくなるのはどうしてだろう。
空を見上げるナミとナミを照らす月明かりが、互いに求めあっているように見えるからだろうか。巫山戯んな、ナミは昔からずっと俺のものなんだよ。
自力で光る事も出来ねェ癖に、俺のナミを取ろうとするな。ナミも、焦がれてるみたいに見上げんな!
思わず大股で近付いてナミの腕を掴むと、1瞬驚いたような顔をしたナミが、すぐにふわりと笑った。その顔が幸せそうで、1気に毒気を抜かれる。
「ルフィ……こんな時間に起きてるなんて珍しいわね。どうしたの?」
優しく穏やかな声で、慈しむように微笑むナミ。こんな顔他には誰にも見せないんだから、それだけで満足しとけと頭のどこかで誰かが言うけど……嫌なんだ。
俺は男として、見て欲しい。俺を男として、求めて欲しい。
「ナミは、何してたんだ?」
「お月見よ。あんたも呑む?」
言いながら胸元から取り出された小さな器に、何処から出してんだと呆れの溜息を落としつつ受け取ると楽しそうに酒を注いでくれた。そのまま甲板に腰を下ろしたナミは、さっき作ってたと思われる物を甲板に置いて、手招く。
「食べていいわよ。味の保証しないけど」
「……誰の為に作ってたんだ?」
「誰って言われると困るわね。お月見と言えば、酒と団子とススキってだけで用意した物だから。……ススキは無いけどね」
「ススキって、美味ェのか?」
俺の問い掛けにナミは首を横に振る。それから少し不思議そうに、その瞳を瞬かせた。
「……そう言えば日本のそういうので食べられない植物使うのって珍しいわね。取り敢えず、ススキは食べられない筈よ」
それから小さな声で毒消しの効果も無いし、本当に珍しいなんて1人で呟いてるけど、なんだって……。しまった!
この状態に入ったナミはなかなか他の事に意識を向けてくれなくなるんだったと、慌てて視線を向けたが時既に遅し。ブツブツと言いながらメモを取り始めたナミに、何やってんだ俺はと頭を抱える羽目になっちまった。
1人で納得したりし始めたナミに俺を見ろ、構えと声を掛けても既に無駄。だから仕方ねェよなと言い訳して、ナミの唇に自らの唇を重ねる。
そうして漸く俺の事を見たナミは、驚きはしても抵抗しねェから少しそのまま堪能しとく。……なんだってナミは、考え方とかだけじゃなくて全てが甘ェんだろう。
微かに漏れるナミの声が俺に火をつける。月明かりがいい加減にしろと咎めるように俺達を照らすけど、嫌ならお前が消えろよ。
出逢ったあの瞬間から、ナミは俺のだと決まってたんだ。ナミが俺を見て、驚いたような顔をした直後に愛しげに微笑んだあの時から、誰にも渡さねェと決めていた。
唇を離した時、ナミが言った。囁くような声で。
「ルフィと見る月だから、綺麗に見えるわ」
「……俺は月なんか嫌いだ。それに、ナミの方がずっと綺麗だ」
「うん、通じないとは思ってたけどね」
そう言いながらも恥ずかしそうに目尻を赤く染めたから、可愛いなと思う。いつも歳上なんだって事を言われなくても認識させられる事の多いナミだけど、恋愛に関してはどうにも奥手というか……鈍いというか……馬鹿と言うか……。
うん、変な奴だよな。そう思ったら笑えて来て、今更団子に手を伸ばす。
口に入れたらすっげー美味い。なんだコレ。
酒じゃなくてお茶が欲しい。緑茶が良いな。
「美味い」
「あら、良かった。これで良ければまた作るわよ。簡単だし」
「今度は酒じゃなくて、緑茶にしろよ」
俺の言葉にナミはおかしそうに笑った。それが妙に可愛くて、照れ隠しのように団子を1気に平らげてからその体を抱き締める。
でっけーのが胸にあるから、そんなに細いって思えなかったその体が、抱きしめると細いんだって気付かされる。こんな細身で、風車のオッサン達全員の命を抱えて、俺を背に庇って、傷だらけになっていたのかと思うと……苛立つ。
俺を庇うな。今度からは、もう2度と庇わせねェ、必ず俺がナミを守るんだと心に誓う。
取り敢えず今は、どうやってナミを説得して食らいつくかだけが悩みどころだ。腹は団子で満たされても、心がナミを求めて飢えている。
それなのにナミは、変わらない様子で優しげに微笑みを浮かべながら酒を口に運ぶと、俺を見て言う。歌うように、幸せそうに。
「月が綺麗ね、ルフィ」
その言葉の意味を知ったのは、暫く経ってからだった。……そんな難しい事、俺が知ってると思うのが可笑しいだろ!