何となく夜中に目が覚めた。サンジも戻って来てるし、今日の見張りはロビンの筈だから男部屋にはそうなると全員揃ってる。
とりあえず水でも飲んでくるかと、特に渇いてる訳でも無いのにハンモックから降りて部屋を出た。部屋のドアを閉めた時、微かに声が聞こえて来てナミが歌ってると解る。
いつでも、どこに居てもナミの姿と声だけは、すぐに分かる。真似されると間違える事はあっても、本人をニセモノだと判断した事はねェ。
少しでも似てると、すぐにナミかと思っちまうのは、常にナミを意識してるからなのかな。声はキッチンから聞こえて来ていて、何となく腹も減った気がする。
言えば何か簡単な物なら作ってくれると分かるけど、何となく歌ってるのを聞いていたからか声をかけにくい。その時トラ男が甲板に降りてくるのが分かって、視線を向ける。
同盟を組む事は俺が決めたし、トラ男は俺の命も助けてくれた。イイ奴だと思うし、感謝もしてるし、このまま仲間になればいいとも思う。
だけどよ、駄目なんだ。どんなに良い奴でも、ナミだけは絶対に渡せねェ。
トラ男もずっと前からナミを想ってるんだってのは、言葉とか行動とか、視線ですっげェ伝わる。それでも駄目なもんはダメだ。
そもそもナミが鈍すぎるんだよな。無防備に幼子に接するように、自らよりも背も高くて年齢も上の男に接して、優しく微笑むんだからさ。
その微笑みは、その眼差しは、俺にしか向けられていなかった筈のもので……どうして今更それを他の男に向けるんだと、何度叫びそうになったかわからねェ。可愛い弟、可愛い息子、そんな枠に多分トラ男を入れている。
その証拠にナミは、トラ男をローちゃんと呼ぶから……。愛しげに呼んで、そっと抱き締めるから……俺にはそれが苦痛だ。
歌声が止んで、ナミが甲板に出てくる。俺にもトラ男にも気付かずに木の所にあるベンチに座って、月を見ている姿は、なんでか悲しい。
その姿は綺麗だけど、なんでだろうな壊れかけてるように見えるのは何故だろう。2年離れて、ナミは確かに強くなった。
攻撃を躊躇わなくなったし、大切な相手以外にはちゃんとその力を発揮するようになった。でもよ……トラ男も大切な人の中にいるんだろ。
抵抗を出来ないのは、大切な人を傷つけたくないという甘さからだとは分かっていても、基本的に攻撃するべきかとナミが迷った時には、ほぼ手遅れ。そういう意味ではナミの判断力は物凄く遅い。
知識も、使える技も増えて、離れてる間に稼いでくれたらしくて航海は恐ろしく順調だ。だけどよ、肝心な所が変わってねェ。
そっとナミに歩み寄れば、トラ男も同じタイミングで歩み寄ってきていて、ナミは渡さねェぞと睨み付けてから声を掛ける。
「「ナミ」」
声が重なる。それを受けてナミは顔を上げると俺を見て嬉しそうに微笑み、トラ男を見てクスクスと笑い出す。
それは他愛ない事なのだろうけど、俺には少し苦く感じた。だから、思わずナミを抱き締めると囁きかける。
「こんな夜中に、1人で何してたんだ」
「……っ!耳元で喋らないでよ。お月見しようと思っただけで、何も悪い事はしてないわ」
「……月見?」
トラ男がナミの言葉に反応する。それにナミは小さく頷いて、微笑みを浮かべた。
それが気に入らなくて強く抱き締めれば苦しいと訴えて来るけど、分かってんだよ、そんな事は。
「……麦藁屋はいつもこうなのか?」
「まぁ、そうね。でも、多分言葉にできない何かがあるのよ」
そう言って押さえ込んでいなかった手を動かしたナミは、俺の頭を撫でて来る。求めていたものとは何か違うけど、これはこれでいいかも知れないと少し思う。
その撫でる手から、優しさと愛情が伝わって来るから。何処にも行かないと、傍に居ると伝えてくれるから。
「……甘やかし過ぎじゃねェのか?」
「そうかしら?普通だと思うけど」
そう言ってトラ男の問いかけに不思議そうな様子を見せるナミは、本気でこれを普通だと思ってるのが伝わって来る。トラ男はわかりやすく溜息を落とすと、俺にだけ殺気に似たものを向けて来る。
でもな、元々ナミは俺のだからよ。睨もうと、殺気立とうと、その事実は変わらねェんだ。
トラ男に顔を向けてにししと笑えば、小さく舌打ちしてその場に座った。それを見て俺もナミを解放すると、いい匂いの元について質問する。
それによりナミは食べていいわよと可笑しそうに笑って、お月見だからお団子。喉に詰まらせないようにねなんて言う。
そのついでみたいに、トラ男には胸元から取り出したお猪口を差し出して酒を注いで居たけど、何故俺には酒を渡さねェんだよ。不満を顔に出したらナミは少し揶揄うように笑った。
「ルフィには、からいんじゃないかしら?」
「お前、シッケーだな。俺だって酒位呑めるぞ!」
「なら、とりあえず味見してみる?」
そう言ってナミは、自分の呑みかけを平気で差し出してくる。この家族枠みたいなのが、何とも言い難い気持ちにさせられる。
それでも、とりあえず差し出された酒を呑めば確かにナミの言う通り少しからい。そんな俺の感情を読み取ったように笑うナミは、団子を摘んで差し出して来る。
それをナミの指ごと食べてついでにその指も堪能すれば、ナミが息を詰まらせたのが分かる。油断してるからだ、ナミのばぁか。
「……っ!ルフィ!!」
「美味いな、団子。もっと食わせてくれよ」
「っ!い、や、よ!自分で食べてちょうだい!」
そう言うナミの顔は赤くて、こんな時ナミは俺のだって認識する。俺以外にやられると赤くなる以前に張り倒すもんな。
トラ男はそんな俺達を忌々し気に見て来るが、いや、俺を……だな。仕方無ェだろ、ナミが可愛いんだからよ。
団子は美味くて、食べ尽くした頃には酒も減っている様子で何となく解散的な雰囲気になる。それでもまだナミは月を見てるから、つい言葉を口にする。
「月が綺麗だな」
だけど、俺を見てくれよ。
「あァ、綺麗だな」
何故か返事をして来たのはトラ男で、なんでお前がと睨んだ瞬間に、ナミが咳き込んだ。酒を気管に入れるなんて珍しい事もあるもんだと思ってその背中を摩ると、トラ男が嫌そうな顔でナミを見た。
「おいナミ、お前今変な想像しただろう。偶然だ、他意はねェ」
「何が偶然だよ、俺の言葉に普通に返事した癖によ」
俺がふて腐って答えればナミは何故か肩を震わせ始め、それから笑いだした。
「や、ヤダもう。1部の人達は喜びそうだけど……。ローちゃん、発言は気を付けないと、ルフィは分かってないと思うから」
「あァ、今後は気を付ける。……今夜は寝る。またな」
トラ男はそう言って立ち去るけど、俺には何がそんなにおかしいのか分からない。なんだってんだ?
「ルフィ」
名前を呼ばれて視線を向ければ、笑いのおさまったらしいナミが少し困ったような顔で俺を見る。それからそっと俺の頬に触れて来る。
「月を見て、綺麗だと言うその言葉に、愛してるって意味を込めた人がいたのよ。だから、聞き方によってはルフィとローちゃんが、愛を語ってるようにも取られかねない会話だったの」
そう言ってからその手をそっと離して、スっと立ち上がったナミは、分かったら早く寝なさいなんて言う。でもそれなら。
「それなら、俺は元々ナミに言ったんだから、構わねェだろ。月が綺麗だなって、ナミに話しかけたんだ」
その瞬間月明かりから影になっていても分かるくらいにナミが赤く染まる。なんで、何度も抱いてるのにたった1言でこうなるのかイマイチわかんねェけど、そんな所も可愛いとは思う。
「ルフィ……私も、アンタと見る月は綺麗だと思ったわよ」
言い捨てるようにして駆け出したナミを、俺がそのまま逃がす筈も無い。腕を伸ばして絡み付けば、そこから先は2人の体が離れる事なんて有り得ないだろう。
「逃がすかよ」
「っ!……月が綺麗ね、ルフィ」
「あァ、綺麗だな、ナミ」
そうして見つめ合えば自然と唇は重なる。その後はただ、熱い吐息がもれるだけ。