甲板が騒がしいと思って出てみるとナミさんが天女に!ではなく、見た事も無い衣装で俺を悩殺……でも無く、謎の植物を抱えて立っていた。その姿が天女に見えて俺が勝手に悩殺されているだけだ。
手にしている植物は食用じゃァ無さそうだな。紙で作られた飾りが巻き付けられていて、可愛らしさと綺麗な印象を与える。
見覚えの無い服だが、あれば恐らくワノ国の衣服だろう。何故ナミさんがそれを着ているのかは定かでは無いが、恐ろしく似合っている事だけは確かだと言えるだろう。
「皆、ちょっとしたイベントしない?思い出した事があるのよ」
そう言って皆を集めたナミさんが〝七夕祭り〟とやらについて説明を始める。簡単に纏めると願い事を書いた紙、短冊を笹竹に付けて夜にそれを燃やして星に願いを届けてもらう事でそれが叶うと言うイベントらしい。
言われてみれば確かに夏の初めに、空を流れる川のように星が見える事がある。今日がそれの見える日かと思えばナミさんの言い分も良くわかる。
最近は大きな問題も無いが、だからこそ暇そうにしているのが何人かいるのでここらでガス抜きしたいのだろう。細かい所に気の付く人だと笑いながら、それならばいっそ宴にしたらどうだと言う意見を聞いて、ルフィがそれを断る筈も無いかと食事の支度をして来るとその場を去る。
仕込みを終えた頃キッチンにナミさんが入って来るから、飲み物でも取りに来たのかとポットに手を伸ばすとそれを視線で止められる。ではどうしたと言うのだろうか。
「サンジ君はまだ短冊持っていってないでしょ。どの色がいいかなと思って。……忙しいのにゴメンね」
下手に手伝うと邪魔になるからねェと困ったように笑うナミさんは、時々俺も知らないような料理を知っていて、それを振舞ってくれる。それと病人食を作るのが恐ろしく上手い。
毎月ロビンちゃんの為に作っているのを食べた、あの時の衝撃は忘れられない。その日のロビンちゃんの体調に合わせて、入れるものを変えていて、飲み物もそれに合わせて入れているのを見た時は声を失った。
そんな俺にナミさんは困ったように笑いながら、医食同源って言うでしょう。サンジ君ならすぐに出来るようになるわよ。なんて言っていたが、あれは医学知識が必要だろうと思える。
チョッパーが言うには薬剤師に近いらしい。医者と薬剤師の違いがよく分からないのでそれ以上は聞かなかったが、チョッパーはナミがいると助かるよなんて言っていた。
俺は青の短冊を手に取ると、ナミさんにお礼を言うつもりで視線を上げる。すると何故か納得した様子でそれを見ていた。
「どうかしたのかい?」
「ううん、サンジ君のイメージカラーだなァって思ってただけ。短冊は気晴らしと思って楽しんでね」
そう言ってから、ナミさんはくるりと背を向けたから咄嗟にその体を抱き寄せていた。抱き締めてその体や髪から溢れ出す蜜柑の香りを嗅いだ時、どうしようかと思ってしまう。
「サンジ君?何かあった?」
衝動的に抱き締めたなんて言ったら蹴られるか?
「……足元が危なく思えて、つい。驚かせましたか?」
「大丈夫よ。ありがとう」
そう言ってナミさんは俺から離れると優しく笑う。俺の嘘を信じたのか、それとも嘘と分かっていて受け入れてくれたのか。
「その着物、似合ってるけど何処で買ったんですか?」
「ああ、これは作ったのよ。ワノ国の物は時々出回ってるけど高いから」
1瞬思考が停止しかけた。ナミさんは万能過ぎやしないだろうか。
過去を考えれば、出来ない事がないのはある意味当然なのかも知れないが、やはり異常に思えてしまう。それにしても、良く出来てるし似合っている。
少し雑談してからナミさんを見送り、料理や仕込みをしていく。夕方になる頃には仕上げを残すだけとなったが、表は既に騒がしくなり始めているから、短冊を付けているのだろうと分かる。
1服しつつ自分の願いを考えるが、オールブルーの他に何かあるだろうかと思う。自力で見つけるつもりだから、誰かに祈るのもおかしいだろうと思うから、それを書けないだけなんだが。
その時ふとナミさんの何かに耐えるような笑顔が脳裏に浮かび、手が無意識に動いていた。
〝いつも涙を拭える距離にいたい〟
無理して隠して、皆の為ならと耐え抜く彼女。そんな人だから……。
いつも傍で護りたい。その、心も含めて全てを。
そろそろかと料理を運べば、全員の視線が集まる。ナミさんが即座に手伝い始めて、甲板にはすぐに料理が所狭しと並べられる。
そうなってしまえばルフィが耐えられないとばかりに、すぐに宴を開く為の号令をかけるから俺は笑顔でそれに混ざりながら短冊を笹竹に取り付ける。その直後ハープを鳴らしながらナミさんが歌うように語り出した。
語られる恋愛の物語は初めて聞くものだったけど、何処か優しい話に思えるのはナミさんの声が優しいからだろうか。周りを見れば反応は様々だ。
ウソップは何処か照れた様子で空を見上げているし、チョッパーは真面目な様子を装っているが内心は楽しくて仕方ない様子だ。ロビンちゃんは微笑みフランキーに視線を向けていて、それを受けたフランキーは酒を呑んでもいないのに酔っている。
マリモは興味無さげに、ルフィは楽しそうにそれを聞いていて、ブルックは恋の歌を演奏しましょうか等と言ってその場を盛り上げている。ナミさんは語り終えると果実水を飲むように果実酒に手を伸ばして、少し困った様子を見せる。
どうやらあまり体調が良くないらしい。基本的に酒はいくらでも受け付けるように慣らしてあるようだけど、根本的には得意ではないのだろうと最近見ていて気付いた。
だからこそ、体調が良くない時は酒を呑むと困ったような顔をしてから、何事も無かったようにまた何かを飲んで、周りに気付かれないようにしてから、夜中に1人で脂汗を滲ませている。チョッパーが知ったら怒るだろうなと、何度思ったか知らないが俺が近付けば何事もなかったように装うから、支える事も出来はしない。
酒の空き瓶に入れておいた果実水を持ってナミさんの元へ近付き、それを手渡すとそっと耳元に囁く。
「無理しないでください。それ果実水です」
俺の言葉に驚いたような視線を向けて来るナミさんに小さく笑って、フランキーが用意した入れ物で笹竹が燃やされるのを眺める。その中にナミさんの書いた物を見つけて、らしいなと思う。
〝皆の願い事が叶いますように〟
それならば、俺の願い事も叶えてはくれないだろうか。皆の視線が燃える笹竹に向いている今ならばとナミさんの唇を奪う。
それにナミさんは驚いたような顔をしてから、揶揄わないでと怒りを滲ませるけど、揶揄った事なんて1度もない。俺は常にナミさんに本気だ。
「俺はナミさんを本気で好きですよ。……ねェ、俺の女になりなよ。世界中の誰より、大切にするよ」
言ってから再び唇を合わせれば、今度は怒りを滲ませはしなかったけど……困惑が見える。どうしていいか分からないと言わんばかりのそれに、流されてくれていいのにと思う。
「……返事は今夜、ここの後片付けが終わったら教えて欲しい。俺にはナミさんだけが特別なんだ」
顔を赤くしてナミさんは、小さく頷くと聞こえたのが奇跡のような声で、言葉を口にした。
「……ちゃんと、考えるから。短冊、見ちゃってゴメンね」
……この可愛い生き物をどうしたらいいだろうかと、理性を保つのだけで精一杯となった俺は多分普通だろう。宴が終わり、後片付けが終わった頃、蜜柑の香りとと共に姿を見せたナミさんは、恥じらうように微笑んでいて……早くその声を聞かせて欲しいと、飢えたような気持ちでその唇を見詰めた。
夜はこれからだ。