図書室と呼ばれるこの部屋は、本を取りに来る人間と机に向かうナミの他は、風呂に行く途中経由地点又はナミに用事のある奴しか来ないらしい。だからと言う事で俺の居室代わりに使わせてもらっている。
本来ならば男部屋を共にとの話だったが、ナミと黒足屋が声を揃えて耐えられないと思うと言うのだから従うべきだろう。アクアリウムも良さそうだと思ったが、ナミが恋人の逢瀬を邪魔しちゃダメよなんて言うから、大凡の所は理解できちまった。
何故か寝るのに困らない物が常備されている図書室には、恐ろしい程の蔵書がある。その中に、医者達が目の色を変えて、出版されるのを待っている宝玉の医学書が全て揃っているのを確認した。
そうなれば、トニー屋がどれだけこの船で大切にされているのかが分かろうというものだ。見た事の無かった宝玉の医学書を見付けて手にした瞬間、歌声が聞こえて来た。
これを読むのはまたにするかと本棚に戻そうとした時、その1つ下の段に明らかに古い手帳のような物を見付けて代わりにそちらを手に取る。それを確認してみれば海賊王のクルー、それも船医だった男の名が持ち主の名として記されている事が分かり眉が寄った。
どうなっているのかと中を開けば、付箋が大量に貼り付けられており、その付箋には細かく色々と書き込まれていた。そしてその文字には、嫌という程見覚えがる。
明らかにトニー屋ではなくナミの字だ。ナミが医学にも通じている等と言う話は、終ぞ聞いた事が無い。
それでもこの書き込み方は、少なくとも勉強している事が窺える。……トニー屋が仲間になる前まで、船医の真似事をしていたと言う可能性も有るだろうが、その程度の人間がこの手帳を保管できるとは思えねェ。
それに、それならばその後はこの手帳はトニー屋が使うべきであり、邪魔な付箋は捨てられていて然るべきだ。だとするならば、海賊王の船医が見込んだだけの医術をナミが持っていて、それを隠しているのか?
……いや、それは無い。これまでの事を考えて、思い出してありえないと結論づける。
いくら悩んだところで答えは出そうにも無いからと、手帳を片付けてから歌声の主の元へ向かえば、歌声がちょうど止んだタイミングだった。それから間を置かずに船内から出て来たナミは甲板にあるベンチまで進み、そこで1人腰を下ろした。
月光に照らし出されたその姿は何処か幻想的で、それはこの船の構造も相俟って居るのだろうが現実感を失わされる。そこへこの船の船長たる麦藁屋が姿を見せる。
当然のようにナミに近付いたと思ったら、ナミが作ったであろう物を貰い美味い美味いと言いながら食っている。だがその眼差しがナミから離れる事は無く、ナミが向ける慈愛の眼差しとは異なる種類の熱を確かに感じさせる。
どれ程ナミに執着しているのか。だがそれは……俺も人の事は言えねェかと自嘲しつつ階段を降りる。
麦藁屋とナミの視線が俺に向けられて、ナミは微笑み麦藁屋は威嚇して来る。だがな麦藁屋、忘れて貰っちゃ困る。
元々ナミは俺のモノだ。それは13年前から決まっている。
「ローちゃんも、1緒にお月見する?」
「月見?」
「今日は中秋の名月だから、お月見団子とお酒を用意したのよ。ま、お団子は今消滅したけど」
「そうみてェだな」
笑いながら近づきナミの隣に腰を下ろせば、胸元から取り出したお猪口を平然と渡して来る。どうしてこいつはこう、無防備に男を煽るんだと溜息を落としてからそれを受け取れば、すかさず酒が注がれる。
酒鏡かと月が映るのを眺めていれば麦藁屋がナミに俺の分は無いのかと訴え始めた。それに対してナミは困ったように笑っている。
「ルフィに呑める?少し強いのよ、これ」
「俺をいつまでも子供扱いすんなよな」
「ごめんって、どうしても6歳のルフィが可愛かったから……つい、ね」
そう言ってナミは麦藁屋を撫でてから、自らのお猪口にある酒を差し出す。それを無造作に受け取った麦藁屋は1気にそれを流し込み、カライなと言いだす。
辛口の上物だ、当然だろうと思うが、そんな僅かな酒でも麦藁屋にはキツかったのか、それともそう装っているのか。ふらふらと体を揺らしてからナミに倒れ込むように抱き着いた。
それを笑って受け止めるナミには、恋愛のレの字だって見えはしねェが、不愉快だ。慈しむようなその眼差しが、胸を締め付けてくる。
「ナミ」
声を掛ければ即座に酒を注ぎ足してくれて、美味しいでしょと笑う。それに短く肯定の意味で答えれば、満足そうに頷く。
「月が、綺麗だな」
俺が言えばナミは驚いたような顔で俺を見て、麦藁屋を撫でるその手を止める。見ればいつの間にか本当にナミに抱きついたまま眠っているらしいと気付き、これは厄介だなと思う。
本気でナミを自分のモノだと、信じて疑ってねェ証拠だ。その時ナミは俺から視線を逸らして、小さく頷いた。
それは意味をわかった上での反応だと分かるから、この後どうしてやろうかと、邪魔でしかない麦藁屋をシャンブルズで男部屋に送ってから距離を詰める。男部屋から怒号が飛び交っているのは聞こえているが、今はこの手に漸く落ちてきそうな女の事で、俺の頭はいっぱいになっていた。
その時観念した様子でナミが言葉を紡いだ。それは、ある意味で待ち望んでいた言葉。
「月が綺麗ね、ロー」
この件が落ち着いたら、医学書についても問い詰めさせてもらおうかと内心で笑う。微かな怯えを孕んだ瞳で見詰めてくるナミの唇に、そっと己の唇を重ねれば、それが返事になるだろう。
そのまま騒がしくなりそうな気配を感じて図書室へと能力で2人揃って移動してしまえば、誰にも邪魔をされずにすむ事だろう。もう、2度と手放さねェ。