夕方から少し眠っていた俺は、夜になって嫌なものを感じて飛び起きた。脂汗が滲んで、どうにも苦しくて耐えきれないと思った俺は気分を変えようと表に出た。
その時、何処かからナミの歌声が聞こえて来た。その声に導かれるように進めばキッチンにその姿を確認出来た。
俺は確かにその姿と歌声に癒されつつ、自然と浮かぶ笑みを抑えようとした。だが俺は、同時に寒気にも似た何かを感じ取っちまう。
……人間、嫌な予感は当たるものと言うが、病的な所を疑うのが本来だろう。それにしても、この寒気は何だと言うのか。
風邪やインフルエンザ等のウイルス性感染症にはなり得ない事を考慮すれば、これは心意的なものである可能性が高い。小さく舌打ちして、念の為にナミの事を視界に入れておく為にキッチンの近くで待機する事にした。
この船において失えない存在は多く居るが、失う事で航海が不可能になる程の相手は、俺とナミだろう。航海術や測量、海図や地図描く事はナミが教えてくれているのもあり、全く問題無く機能するだろうがサイクロンの発生を予知する事はナミにしか出来ず、それに頼っているから機材が足りていない。
それの機材を用意する位ならば、医療器具や医療機器をその分用意したいと思って来た結果だ。多くの物を出版するナミは、その売上で必要になればこの船に援助もしてくれている。
戦闘能力は高くも無いが低くも無い。だがその特異な戦闘方法は、これまで何度も多くの仲間を助けて来た。
戦闘能力と医療技術でこの船の中で俺にかなうものは無く、そうなれば俺無しでこの船が先へ進めるかと言われれば、それはノーと言うしかないだろう。コラさんは、そんな俺とナミの心の支えに近いから、どうしても失えない訳だが……。
それを言い出せばどのクルーだとて、喪えない大切な存在ではある。……口に出して言うつもりは無いが。
ならばこう言った時誰の傍に居て守るべきか、守れる位置に居るべきかと考えれば自ずと答えは出て来る。戦闘能力は低くねェが甘過ぎるから守るだけだ、決して惚れてるからとか愛してるからだなんて理由じゃねェ。
内心で言い訳しつつ歌声に耳を傾けていれば、ナミのそれは唐突に終わった。その直後に表に出て来たナミは甲板に1人で腰を下ろし、月を見上げている。
その直後、有り得ない強さの覇気を感じて咄嗟にナミの前に飛び出すと背後に庇ってはみたが、もう遅い事は誰の目にも明らかだろう。その同じ時、船内から人が倒れる音がいくつも聞こえて、遅れてコラさんが飛び出してきたのが振り向かなくとも分かった。
だが……俺の目の前にいる男は飛び出してきたコラさんには興味を抱けないとでも言うかのように、射竦めるようにナミへとその鋭い視線を向ける。それに対してナミは状況を理解出来ていない様子で、俺の背後で首を傾げているのを感じたが、今はそれに応えてやる余裕がねェ。
「……随分と、懐かしい顔が揃ってるじゃねェか。なァ、ロー、ロシー……いや〝2人のコラソン〟とでも呼ぶべきかァ……?」
体に力が入る。ドフラミンゴの恐ろしさは、身に染みてよく分かっている。
それでも、俺とコラさんは分かるが何故そんな殺気を込めてナミを見るのかがわからねェ。呼吸さえ気を付けなければいけないような、張り詰めた緊張感が辺りを包む。
そんな中でドフラミンゴは、記憶の中のソレと同じように、いつもの様子を崩さぬまま独特の笑みを浮かべてフッフッフッフッフッと笑う。だから俺は無意識の内に、鬼徹を握る手に力が入るのを自覚する。
そんな状況下でナミは何やら考えているようで、背後でブツブツと言い始めたのが聞こえた。このモードに入ったのならば、思考の渦から抜けると同時に戦力になるだろうが……今は全力で守るしかなさそうだなと内心で息を吐く。
ドフラミンゴは俺とコラさんに声をかけておきながら、視線はナミから離れる事が無い。俺がナミを大切にしているから、なんて理由でも無さそうだよな……。
「……あの雪の日、お前達を助ける為に俺の前に立ちはだかり、忽然と姿を消した女が、ソレだな?」
確認のていを取っているが、ドフラミンゴの中でそれが確定事項であり揺るがない事は明らかで……。それにより睨みつけているのだと分かれば、何か対抗策をと考えるが今いるのが船の上だという事が問題の大きさに拍車をかける。
ドフラミンゴ対策は念入りに計画を練っていたと言うのに、どうしてこうなる。これでは対応出来る筈もない。
その時、背後からのブツブツが止まり、そっと俺の左腕に触れてからナミが前に出て来た。その姿が気高く見えたのは、惚れた欲目だけでは無いだろう。
「お初にお目にかかります。私はナミと申します。ドレスローザ国王ドンキホーテ・ドフラミンゴ様とお見受けします。なればこそ、私と貴方様は初対面である事をここに宣言致します」
「初対面だと……?」
ドフラミンゴはナミを睨み付けているのに、何故か余裕の表情で優雅に挨拶してみせる。その違和感に、俺は寒気にも似た何かを覚える。
本来ならばコラさんにも協力を仰ぎたいが、今は他のクルーの為にあの場から動けない事も分かっているから、無理強いは出来ねェ。どうする、俺だけが残り潜水させて中の樽と入れ替える形で逃げ出すか。
いや、俺が中に入り損ねる事はなくとも、糸で潜水艦を切り刻まれればその時点で終了だ。そんなリスクは犯せねェ。
「えぇ、キャプテンやロシーからも〝その方〟と私が似ているとは聞いておりますが、私は14歳の時からこの船に乗船しており、それから普通に成長している為、年齢がそもそも合いません」
ドフラミンゴはナミの言葉に確かに動揺を見せて、それから頭の先から足の先までゆっくりとその姿を見てから、確かに少し幼いなと言う。他人の空似で許されるようなものではなく、あの時助けてくれたナミの過去である事は明白だと俺もコラさんも思っている。
それでもその事は、情報の少なすぎるドフラミンゴには分からない事だろう。そう考えれば〝似ている〟と宣言したのは間違いとも言えねェどころか、正解の可能性がある。
「今宵は中秋の名月。覇気は抑えて頂いて、共に月見酒等如何でしょうか?今、その為にお酒と団子を用意して来た所なのです」
悠然と微笑み平然とそんな言葉を口にするナミに、声を失ったのは当然だろう。だが、これは確かに使える。
断れば〝帰れ〟と言える上に、受ければ〝静かな宴会〟を受け入れる事になる。どちらに転がろうとも、この状況を脱する事は出来そうだ。
「……賢いな。だが、そうだな。俺も調べてからまた出直そう。その時はゆっくりと酒でも呑みながら、語り合おうじゃねェか。なァ?」
それからまたフッフッフッと笑い、ドフラミンゴは雲を伝って飛んで行く。それを見送った直後にナミがふらりとその身を揺らしたので、慌てて支えればコラさんも飛び出して来て他のクルー達も意識のある者が飛び出して来る。
小さく体を震わせながら、ナミはホッとしたような顔を見せてコラさんに団子を押し付けるように渡す。
「……折角のお月見が台無しね」
気丈に振る舞い余裕を見せていたのはどうやら演技だったらしいと分かれば、仕方ない奴だと笑っちまう。だからこそ、単なる宴会になりそうだと分かっていながら、甲板での月見を許可する。
クルー達は盛り上がり、コラさんは受け取ったその団子をペンギンに渡してからナミをそっと抱き締める。それに胸が傷んだ気がした。
「俺を、庇ったな?」
「コラさんが近くで彼と会えば、容赦無く殺されるでしょう。なら、当然よ」
その笑顔は明るくて、少しの愁いさえ感じられない。俺はそんな2人を眺めながら、全員が無事で良かったと息を吐く。
その時ナミが俺やコラさん、クルー達を見て言った。優しげな微笑みを浮かべて。
「月が綺麗ね、みんな」
その言葉が意味する所を考えてみれば、恋愛系の愛しているでは無いと分かるが、やはり嬉しいものがある。ただ今その言葉尻に上った対象を……これ迄成り行きを見守っていた眩しいだけの月を、俺は多少の苛立ちを込めて睨み付けちまう。
それから、何1つ大切な者を喪わなかった奇跡に感謝する。だがまァ……ナミには後で多少の説教は必要だろうと内心で思ってはいるのだが。
そんな俺達を月は、変わらずに照らし続けている。