カジノの奥に連なっている俺の居住スペース。その更に奥に、外と通じているのは中庭だけと言う隔離された部屋がある。
そんな部屋に軟禁しているにも関わらず、何も気にした様子を見せないナミ。それが気に入らなくて、何か不満の1つくらい言ってみろとは何度口にしたのか既に分からない程だ。
そんな部屋には、部屋から出なくて大丈夫なように水周りも全て揃えてあるが、だからと言って不満が無い筈は本来無いのだが……。ナミは不満の1つも言わず、時折欲しがるのは紙とインクの追加という有様だ。
そんなナミが夜中に1人で動き回っているのを見れば、何だろうと思って当然だろう。夜闇の中で俺の能力を見た奴等は普段の数倍恐れるのだから不思議なもんだと思う。
だから、ナミの前に能力で移動するのは昼間だけにしている。そんな気遣いをする自分が、もっとも理解出来ねェんだがな。
呑気に歌を歌いながら、ナミは何かを作っている。よく見れば団子のようなものを作っていると分かり、楽しいなら構わねェがなとそれを眺めていた。
歌が終わるのと同時に完成したらしい団子は、器用に盛り付けられ山のような形を作る。それが何処かピラミッドとも似ているように見えて、何かの儀式かと疑いそうになる程だ。
中庭に置いてあるガーデンチェアに腰を下ろしたナミが、目の前の机に酒と団子を置いた。その場所へ能力を使って目の前に姿を見せれば、怯えるだろうと思っていた予想を裏切り、1瞬驚いたような顔をした後で呑気そうに微笑んだ。
「クロコのその能力って、綺麗ね……。驚いちゃった。こんな夜中に、どうしたの?」
「ご挨拶だな、ここは俺の家だぞ」
そう答えてはいたが、怯える事も無く綺麗だと宣うその様子に、何かが溢れそうになったのを留めるので精一杯だった。これだからナミを誰にも会わせたくねェし、手放せねェんだ。
外が恋しくて月を見上げているわけではなさそうな様子に、どうしたのかと視線で問いかければナミは穏やかな笑みを浮かべて、お月見だと言い出した。遠い異国の文化だと聞いたと言うが、ナミのそれには情景の念を感じ取れるのだから、何かあるのだという事は分かる。
だが穏やかに見せていて、儚げに見せておいて、実際は気の強い頑固者だから……その心の内を見せる事もしないだろう事を分かっている。だから、ここは俺が引くしかねェ事も理解はしているんだが、納得は出来ねェ。
追い詰めてもひらりと躱すか、黙りを決め込むかだ。無駄と分かってて聞き出そうと努力する必要性もまたない。
基本的には穏やかで優しいという、本来なら近くに居るだけで虫唾が走るようなタイプだ。だが、いざとなった時の気の強さと気位の高さ、高潔な態度と屈しない精神が俺の心を掴んで離さねェ。
気丈さ故に苦しんだ事も多いだろうに、それを失う事の無かった所に好感が持てるのは確かな事。その時不意にナミが胸元から取り出したお猪口を、俺に差し出してきた。
何かを考えるより早くそれを受け取っていた俺は、当然の事として注がれる酒を眺める。香りだけで分かる程に、上質なその酒は何処でどうやって手に入れたのか。
……ニコ・ロビンにでも頼んだか?
初めは俺が命じたからだっただろうが、今では無二の親友とでも言わんばかりに共にいるニコ・ロビンを思い出せば、溜息の1つも落ちるというものだ。だがそれをナミは俺に何か悩みがあるとでも思ったのか、少し心配そうにその表情を歪めた。
「クロコ……何かあったの?」
「いや、何でもねェよ」
「なら、良いけど。お団子もあるから、味の保証しないけどそれで良ければどうぞ」
「……味の保証をしねェ物を俺に食わせようって?んな事するのはナミだけだろうな」
そう言ってクハハと笑えば、ナミも楽しそうに笑う。月明かりに照らされているから、他の明かりなんぞ無くともその表情はよく見えて、月にも価値があったかと嗤う。
差し出された団子を言葉に甘えて1つ摘めば、思いの外美味く思いがけない特技だなと思う。そう言えばナミは俺が居ない時1体何をして過ごしているのか、正確な所を知らなかったと思い、問いかける。
「普段は、何をして過ごしている?」
「楽器はあるから、譜面書いたり……後は資料貰って海図や地図を描いてるわ」
「それでインクと紙を求めてきてたのか。ニコ・ロビンなら用意するだろうから、不思議に思っていたんでな」
言えばナミは、それでも足りなくなるのよと困ったように笑う。それを受けて俺はそうかとだけ応えると、団子をアテに酒を呑む事を繰り返す。
互いに特に会話が有る訳では無い。他愛もない事を、時折ポツリポツリとやり取りするだけだ。
そんな些細なやり取りだけでも、共に居て苦痛に感じる事もなければ、疲れる事もない。何かあれば、守ってやろうと思う程度には、気に入っている。
「……ナミの事は、嫌いじゃねェ……と、普通なら言うところだが。それだと鈍さの女王には通じねェよな」
「……お気に入りの、オモチャ的な意味合いじゃないの?」
キョトンとした顔で、平気でそんな事を言うナミに呆れしか抱けねェ。この、俺が、嫌いじゃねェと言ってるってのに……。
こいつの恋愛脳は、明らかに壊死してやがる。煙を吐き出して、再び葉巻を咥えようとした所で思い出す。
「……今夜は月が綺麗だな」
これならば、文学に親しみのあるこいつには通じやすいだろう。そう思って言葉の後で姿を確認すれば、耳まで赤く染まったナミがいて……。
そういや、こいつまだ10代のガキだったかと思い出す。どんな会話にもついてくる上に、必要とあらば助言までして来るから忘れていた。
「……クロコの、隣で見てるから、私も……そう思う、わ」
言いながら顔を背けるナミはその項まで赤く染めていて、何時だったかナミが話していた事を思い出す。確か猿は視線の位置が尻に当たるから赤く染まるのは尻なのであって、視線が上がった人間は尻が赤くなっても見えないから顔が赤くなるのだと。
結果的に猿も人間も赤くなるのは誘っているからで、そういう意味では進化のない生き物なのかも知れないとか……なんとか。なんだってそんな話になったのかは忘れたが、確かに言われてみれば納得も出来る。
赤く染ったナミを見れば、喰いたいと思わされるのだから……。互いに理由は違えど、甘く囁くなんぞ出来る筈もない。
そう思った直後、ナミが俺を見詰めて告げたのは、恐らくナミなりに精一杯の言葉。普通に愛を語らう事の出来ない俺達には、ある意味で似合いだろう。
「月が綺麗ね、クロコ」
「あァ……これ迄に見た、どんな月よりもな」
ならば月にその力を借りた今、折角だから食い散らかしておくかと葉巻を床に落として踏み付けつつナミの唇を奪う。その先の事は、互いの想いを伝えるのに協力した月だけが、何が起きたのかを知っている。