ルフィとの再会と同時に訪れたナミとの再会。そして僅かな期間ながらも共に行動する事が決まったその日の夜に、それは起きた。
相変わらずルフィを甘やかしているナミと、甘やかされながらも何とか想いを伝えようと奮闘するルフィの攻防を見ていると、俺の想いが全く伝わらないのも分かる気がした。それでも諦めきれないのは、幼い頃から想い続けているからだろうか。
存在を否定される事にばかり慣れて、罵倒され暴行を受けて、だからこそ強くならなければ生きられなくて……そうして得た暴力的な強ささえ、ナミは笑って受け止めてくれた。乾涸びていた心に優しく水を注いで笑うナミは、それが本来ならば有り得ない位の愛情で、溺れそうな程の深い愛で包んでくれるのに、それを返させようとはしない。
与えるだけ与えて、包むだけ包んで、そして……突如消えてしまう。幸福と絶望を、希望と孤独を、同時に与えて来た女は今、誰かのものになる事も無くただ明るく笑っている。
その笑顔が最近までは失われていたのだと、ルフィの仲間の1人が教えてくれた。だから、睡眠妨害だけはしてくれるなと。
そう言われたばかりだと言うのに、川を登る船の上で夜中に彷徨いている俺は随分とダメな奴だろう。僅かな期間共にいた後は、また離れなければならないというのに、その想いの欠片さえ持って行く事をナミは許さないつもりなのだろうか。
行き場の無い想いが苦しくて、空を見上げればいっそ鬱陶しい位に眩しい月が見える。それに小さく舌打ちした時、焦がれる余りの幻聴かと1瞬思う程に、穏やかな歌声が聞こえて来た。
うさぎが月を見て跳ねると歌うその声に惹かれて、フラフラと足を向ければキッチンで何やら粉とかを用意しているナミの姿が見える。料理をする時に髪が中に入らない為にか、結ばれた髪を見てそれを初めて見たと気付く。
……昔から綺麗な子だとは思っていたが、再会した時には……可愛いなと本気で思った。確かに綺麗な姿なんだが、全体的な顔立ちが可愛いと思う。
いつの間にか歌は変わり、低い男性的なものになっている。悲恋を歌うその憂いを帯びた声に、心を強く揺さぶられて、叫びたいような心持ちにさせられた。
「ナミ……」
思わず呟いたその声は、月明かりに溶けて誰にも届く事は無かったが、何とも情けない声だと自嘲する。それにしてもナミは何を作っているのだろう。
歌いながら白い物を積み上げているナミは、それを終えると手早く使った物を洗って片付けている。……あの鍋熱くねェのかなと少し思うが、何時だったかサッチが熱い内に洗わねェと汚れが残りやすいんだよとか言ってたのを思い出す。
それから間も無くナミが動き出したので少し体をズラしてその動きを見守れば、ナミは俺に気付かずに甲板へと進み、そこに用意されている椅子に腰を下ろした。側にあるテーブルに酒と作っていた物……ありゃ団子だな……を置いて、ぼうっと空を……いや、月を眺めている。
そのまま泣き出すのではないかと不安になる程に、切なそうに見詰めている理由は分からねェけど、それが少し不快に思えた。ヒョイっと柵を越えてナミに近付き、よっと声をかければ穏やかに微笑まれる。
「こんな時間にどうしたの?」
「ん?腹が減ったなと」
「ルフィじゃあるまいし、摘み食いとか辞めてよね。サンジ君の胃に穴が空いたり、禿げたりしたらどうしてくれるのよ」
呆れたように言うナミだが、言葉程怒ってる訳では無いのはその声と表情から伝わる。そういや、あのコックだけ呼び捨てにしてねェんだよなと気付く。
「なんで、あのコックは呼び捨てじゃないんだ?」
「ん?あぁ、それはほら、サンジ君だから」
いや……意味わかんねェし。でもまるで月は空にある物とでも言うように、当たり前だと言う雰囲気で言われてしまえば、それ以上問いかける事も出来ない。
「そんな事より、団子食べる?」
「いいのか?」
聞けば笑いながら頷かれる。飾り程度に作っただけだからと言うが、食べ物を飾るって何だよと思わなくもない。
「お月見を終えて残ってたら、明日の朝ルフィにでもあげようかと思ってた位なのよ。だって、自分では1つ2つ摘めば十分だもの」
ならそんなに大量に作るなよと思ったが、そういう事なら遠慮なくと団子を貰う。安定の美味しさに満足しながら食べ進める俺の横で、ナミは1人酒を呑んでいて、見れば親父が随分前に話していた古酒だと気付く。
なんだってそんなレアな物1人で呑んでんだ?
「エースも呑む?」
俺の視線に気付いたらしいナミは平然と聞いてくるから、とりあえず頷くと胸元からお猪口を取り出して差し出してくる。それを受け取りながら、お前の胸元ってどうなってんだよと少し思う。
巨大に見えるそれは中に色々入れてあるからって事なのかと言いたくなる程に、なんでも入れてある気がする。前に電伝虫を入れてたり、基本的に武器も入れてあるよな。
「お前の胸って何入れてあんだよ」
「物を置いたりしまうのに便利なのよ、コレ。それ以外としては、単なる脂肪の塊だもの」
……おい、コラ。
男の憧れを脂肪の塊だとか言うな。
「美味しいお酒よ。楽しんでね」
そんな事を言って笑われれば、話題は自然と酒に移行する。ニュースクーに頼んで手に入れたと聞いた時には、もう何も言うまいと思ってしまったが。
呑気な顔、穏やかな顔、真剣な顔、そんな顔ばかりを見て来た。でも、たまには違う顔も見てみたいとナミと会話しながら思った俺は、けれども違う顔ってどんなだよとも思う。
「……月が、恐ろしく綺麗だな」
いやもう、目に痛いレベルで。よくナミはこんな物をずっと眺めていられるものだと思って口にしたが、何故か隣にいるナミが硬直したのがわかった。
どうしたのかと視線を向けると、明らかに顔を赤く染めて居て、その状態でなにやらブツブツと言っている。
「……え?大人の真似事してるませた子供だと思ってたけど、違ったの?でも、まさか。そうよ、エースなのよ、きっと他意なんて無いわよ」
その言葉を何とか聞き取り、イゾウの言葉を思い出す。成程、本当に今まで少しも通じてなくて今回思いがけず通じたのかと分かれば、手に持ってるお猪口を奪い、その勢いで唇を奪う。
それに動揺は見せる癖に、逃げようとも、抵抗しようともしないから、少しばかり調子に乗る。その腰を強く抱き寄せれば、思っていたよりも細くて少し驚く。
「エースっ!何を……!」
「忘れてねェか、ナミ。俺は海賊だ。欲しいもん奪って何がおかしいんだよ」
俺の言葉にナミはその唇を戦慄かせて、それから細く息を吐き出した。ゆっくりと視線を俺に合わせたナミは、小さく呟くように言葉を向けて来る。
「エース、さっきの言葉の意味、分かってて言ったの?」
「あァ、イゾウから聞いてた」
「……そっか、ならちゃんと返事しないとね」
そう言って微笑んだナミは、その細腕を俺の首に回して触れる程度の軽いキスをする。1瞬で離れた唇の隙間で、ナミが笑う。
「これが返事で、構わないでしょ」
「……上等だ」
「ふふ、冗談よ」
笑ったナミは少しだけ躊躇いを見せるが、結局困ったように笑いながら俺に告げる。俺の望む言葉を。
「月が綺麗ね、エース」
「もう、取り消しは効かねェぞ」
月にさえナミの姿を見せたくなくて、俺は噛み付くように口付けながら抱き上げると誰もいない倉庫へとナミを運び込む。それから先の事は、月明かりさえ届かない場所の事。
2人の他は月さえも、その後については知りようがない。ただ、微かにもれる2人の声を、誰かが聞いていればその限りではないだろうが……波音が、全て消してくれたに違いない。