珍しく、本当に珍しく家に明かりがついているのが見えた。家に明かりがついてるのなんて、初めて見たんじゃねェか……?
明かりを付けての泥棒は流石に無いだろうと思いながらも、念の為に気配を殺して庭に侵入すれば歌声が聞こえて来て、家主で間違い無いと理解する。それにホッと息を吐き出してから、どうするか考える。
小さな庭は相変わらず植物が生い茂っていて、その植物から漂う香りがナミそのモノのように感じられる。生えている植物のメインが蜜柑なのが、それに拍車をかけているのだろう。
歌声はいつの間にかその質を変えて、低く伸びやかなものになる。それに耳を傾ければ、大切な人を亡くした男の歌のようだと気付く。
この歌も宝玉の物なのだろうかと少し考えて、どちらでも構わないかと思う。そもそも活動を辞めようとしたのを、続けろと言ったのは俺だしなァ。
聞くともなしにその歌声を聞いていれば、月光を集めるそれに分からなくもねェなと思う。低い声は歌う時か不機嫌な時、後は威圧する時にしか出さないから何となく新鮮に思えて、瞼を閉じて聞き入る。
そのまま寝てしまいそうな気もするが、それを許さないと言うように眩しく輝く月が空にある。それに気が付けば、今ナミが歌っているのも、この月のせいかと遅ればせながら気付いてしまった。
だとしたら少し待てばナミは自ら姿を見せるだろうと、呑気に庭で待機していれば案の定歌声が止んで、少しした時に予想通りにその姿を見せた。心ここに在らずな様子が少しばかり心配ではあるが、体調が悪いという様子でも無いので、少しそのまま様子を伺ってみる。
庭に用意されているガーデンチェアに腰を下ろして、テーブルに何やら丸い物と酒を置いた後はただ、空を見上げている。それは何かを祈っているようでもあり、恋焦がれているようにも見える。
あんな光る事しかできない存在に見とれてんじゃねェよ。そう思って腰を上げると、ナミの元へと歩み寄る。
「ナミ、どうしたのよ」
「クザンさん、こそ……」
「俺は……月明かりが眩しくて散歩してただけで……」
散歩してただけで、他人の家の庭に入り込んだら犯罪だろうがと自分を脳内で自分を罵りつつ、ナミの様子を伺う。それに対してナミは、不思議そうに首を傾げてから小さく笑って、穏やかに空いてる椅子を勧めてくる。
俺が座ると胸元から取り出したお猪口を差し出すので、それを受け取ると飾っていた酒を注いでくれる。俺が酒に映る月を眺めていると、ナミの手が伸びて来て俺の髪に触れた。
「蜜柑の葉が、ついてますよ」
そう言って子供の悪戯を笑って許す大人のような顔で俺を見るナミに、参ったと思う。それから少しその笑みに陰りを見せるから、どうしたのかと視線で問いかければ素直に口を開いた。
「私、歌ってたから煩かったんですよね。まさか通りにまで聞こえてるとは思わなくて、ごめんなさい」
「いや、聞こえたのは庭に入ってからで……」
しまったと思った時にはもう遅い。ナミはクスクスと笑って、俺の頭を優しく撫でて来る。
「海兵さん、何してるのよ。不法侵入だぞー」
「明かりが着いてないのが普通の家に、明かりが灯れば気になるでしょうよ」
「なら、素直にそう言えば良いのに。明日は休みなので、今夜は家で仕事しようと思って……」
その言葉を看過できる筈も無く、ナミの手首を掴めば慌てたように視線を彷徨わせるから、どうやら言い訳を考えているらしいとわかる。この仕事好きはどうにかならないだろうか。
能力が無くて持ち帰るならばまだ分かる。だが……能力は有り余り仕事を必要以上に貰って終わらせて居るのは、誰もが知ってる事だ。
だいたい俺の仕事は判子を押すだけとされていて、時々俺が書かないと不味いものだけを残して他は全てナミが終わらせてくれているってのに。それは当然センゴクさん達も気付いているから、無理にでも休みを用意するのにその休みでさえこれか。
「休日に仕事を持ち帰る事は、原則禁止してる筈だよな?」
「だって……なんかして無いと……」
「個人情報や機密保持の観点から、見逃せねェってのもナミは分かってるよな?」
「その、辺りはちゃんと考慮して、問題の無いものを持って来てるのよ」
「一般家庭から出るゴミでさえ、それを元にその家の家族構成や生活水準が分かる。どの資料なら安全だと確実に言えるって言うのよ」
俺の問い掛けにナミが少し怯えたような顔をするから、虐めすぎたかとその腕を強く引いて体を抱き締める。怒ってるんじゃなくて、心配なんだと……どうしたら伝わるだろう。
この愛しくも儚い生き物を、大切にしたいだけなのに、それすらも上手くいかない。無理させる為に魚から奪った訳じゃねェのよ、俺は。
「ナミ、俺がセンゴクさんに叱られるから、頼むよ」
「……はぁい、ごめんなさい」
俺の為に辞めてくれと、こう言えば辞めるのは分かってる。自分の為には辞められないナミだから、俺はいつも平然と嘘を並べる。
正義の海兵が聞いて呆れるよなァ。
「……月が……綺麗すぎて……泣きたくなる……」
突然ナミがそんな事を言って俺の胸に顔を埋めるから、俺はその体を抱く手に少しばかり力を込める。そしてそっと頭を撫でる。
「……そうだな。綺麗すぎるな。……ナミを抱いてるから、だろうけど」
「クザンさん、意味、分かってます?」
「ん?まァ……それなりの年齢だから、1応」
「……狡い、です。私はいつも、甘やかされちゃう」
全然、甘えてくれてねェだろうがとは言えねェ雰囲気で、俺は深く溜息を落とすとその顎に指を掛けて顔を持ち上げる。それに対して、ナミは言う。
「月が綺麗ね、クザンさん」
「俺は……もっと甘えて貰いたいところだ。だから、このまま泊まっても構わねェか?」
言われた言葉の意味が分からない筈も無く、また俺からの問い掛けの意味を理解できないなんて事ァ言わせねェ。それを眼差しで伝えれば、赤く染まったその顔で、小さく返事をしてくれる歳若い恋人の唇を奪ったのは、既に必然だろうと思う。