ハロウィン(麦わらのルフィ)
キッチンのテーブルに置かれた封筒を見て、船にいた全員が深々と溜息を落とした。どうやら俺の彼女は今、何か描きたい物があるらしい。
たまにこうしてほっといてくださいと書かれた手紙を残して、部屋に引きこもる事がある。だけど今回はどうやら少し書いてある事が違うようで、サンジが瞳を輝かせている。
「どうしたんだ?」
「ん?明日からイベントやらねェかってよ。どうする、船長?」
サンジが揶揄うように問い掛けてきたけど、ナミが金銭管理してて大丈夫だと言うなら宴はやりたい。なんの宴でもそんなもん構わねェよ。
そう思って素直にそれを答えれば、そうだよなと言ってサンジも笑う。今日の夕方には新しい島に着くから、明日それをやる為の準備にも困らないだろうと笑うサンジに、ウソップやゾロも楽しそうに頷いた。
多分気が焦って落ち込んでるビビを、笑わせてやりたいと言う思いもあるのだろう。ナミはビビに恐ろしく甘いから……そうとしか考えられねェ。
そう思った時、サンジが宴の内容を話してくれて、どうやらそればかりではないらしいと気付く。どうやら、全員が楽しめるように考えてくれてるようだ。
その事に気付けば、先程までのいじけたような気分は霧散して、早く島に着かねェかなと甲板に飛び出して特等席へと飛び乗って、ソワソワする。こんな時いつもなら、落ちないでよ?なんて言って優しく笑うナミが今は部屋にいる事だけが何とも言えねェけど。
真っ直ぐに前を見ていると本当に島が見えて来て、ナミの言う事にいつも間違いは無いのだと思い知らされる。本当にナミが居なかったら、俺達はいつ遭難してもおかしくねェんだよな。
例えば今はエターナルポースがあるから、ビビがいてサンジもいるからアラバスタには辿り着けるとしても、今回みたいに食料がどうしても足りねェから何処かの島を探せとなった時とか、ログポースだけで航海しろと言われたら……多分そんなに長い航海は出来ねェ。
ログポースでの航海経験がある筈のビビも、ナミのような指示出しは出来ねェし、そもそもサイクロンを含めた天候の変化に気付ける人間はこの船に他にいねェ。世界中探せば他にもいるかも知れねェけど、なかなかに珍しいと思う。
そんな事を考えていたらいつの間にか見えてきた島に、俺が大声で叫ぶとサンジが飛び出して来てナミから預かったであろう金に頬擦りしている。そっか、金を稼ぐのも、金を管理するのもナミがやってくれてんだよな……。
対等になれた気がするなんて……勘違いもいいところだ。俺は……ナミを敵から守り抜く事で返すしかねェと思ってるけど、何かあった時ナミの強さを当てにしてねェとは言えねェ所もあって、複雑だ。
島に到着すると同時に遊びに出掛けた俺は、ケッコンシキから逃げて来たって言う女に会った。普通の服に着替えて、ドレスを捨てるのは勿体無いけど持ってたら邪魔になるしと唸ってる女に、いらねェならくれと言ったのはこれからやる宴で使えるかなと期待したからだ。
俺の言葉にその女は少し考えてから、捨てるよりはマシよねと言って譲ってくれたので、追いかけて来た人相の悪い奴らは殴って寝かせておいた。それからそのドレスを手にメリーに戻ると、ゾロが変な顔をした。
「それ、仮装か?」
「普段着ねェもんなら、仮装だろ?」
俺の言葉に対してゾロはまさかと言うと、嫌そうな顔で確認を取ってくる。
「……ルフィが着るのか?」
「いや、ナミに」
「お前はどうすんだよ?」
呆れたようにゾロが言うから、確かにどうすっかなァーと考える。そんな俺にゾロは呆れを隠さねェで立ち去るから、どうしたのかと思いながら黙って見送る。
戻って来たのは何故かビビで、俺とナミが恋人同士なのを知って落ち込んだばかりのビビなのに、何故かドレスを見て喜んでいる。
「タキシード、買ってくるから!待ってて!」
「いや待て、そのまま着るだけじゃ仮装にならねェ!猫耳と犬耳も買ってこい!」
ウソップがそこで会話に割り込んでそんな事を言うから、俺はウソップに視線を向けた。だけど俺が何か言うよりも早く、ビビが大きく頷いて飛び出して行ったので、よく分からねェから任せるかととりあえずドレスを持って女部屋へ向かえば、真剣な顔をしてるナミがいた。
敵を前にして俺を庇ってた時と、同じ顔をしている。その顔を見ながら、俺はナミを守れる強さを手に入れるんだと誓ったんだ。
守られて泣いてるだけのガキでいるなんて、そんな事は嫌だと……そう……。俺はナミにこのドレスをいつか本当に、着てもらう事が出来るのかな。
俺の気持ちにも、存在にも気付かないで描き進めるナミに小さく息を落としてから、俺はドレスを置いて部屋を出る。近くに見える森に入れば、肉を持って帰るくらい出来るかも知れねェよなと、気持ちを切り替えて。
森で見付けた肉を何体か持って帰ったら、買い物から帰ったサンジに、それやるなら先に言っとけと怒られたけど、結局全て宴でも使えるからと言って処理してくれた。その場ですぐに食事にもしてくれる。
食事だぞとチョッパーが呼びに行っても無駄で、これは誰が声掛けても無駄かと思いながら、念の為ビビにも行ってもらったけど効果は無かったらしい。だとしたら誰が行ってもダメだなとの話になり、その日の夜は諦めてそれぞれが眠りに行く。
俺だけは見張りで起きていたけど、夜の海も嫌いじゃねェからそれは良い。朝になりサンジが起きたのを確認して見張りを終えると、サンジにナミを寝かせて来ると声を掛ける。
それにサンジも頷くから、にししっと笑ってナミの元へ向かう。声を掛けるとビクリと肩を揺らしたから、多分今朝なのに気付いてそれなのにまた机に戻った所なんだろうと分かる。
「ナミ、寝ろって。それとも、縛り上げられたいのか?」
「……ルフィ」
潤んだ瞳で俺を見て、弱ったような顔を向けてくる。……だからよ、それ卑怯だろ。
普段強気で優しいお姉さんぶってるのに、俺の前でだけ捨て猫みたいな顔で小さく名前呼ぶとか……。狙ってやってねェ所が怖ェよ。
「……寝るぞ。俺も見張りだったから、今から少し寝る。……付き合えよ」
こう言えばナミは逆らわない。俺に付き合うって名目を与えれば、小さく笑うのは分かりきっていたから、俺はナミを抱きしめてそのままナミのベッドに倒れ込む。
俺に甘えた様子で擦り寄って、嬉しそうに笑ってからお休みと言って本当に寝ちまうナミに、どうしてこんな所だけ無防備に育ってんだよと内心でつのるが意味は無い。寝息が聞こえて来て、その体が震えてない事を確認して、俺も漸く眠る。
……疲れきって寝るとかじゃねェと、魘されるからビビに心配かけたくなくて寝ないって事に気付いたのは、つい最近だ。まずはビビより自分を労わってくれと思うのは、船長として正しいのだろうか。
惚れた欲目じゃねェと言いきれねェのが悲しい。1眠りして起きると、幸せそうに寝ているナミが俺の腕の中にいて、その長い髪を指に絡める。
昔から変わらないのはこの髪と甘い性格だけで、知らない間に何をするにもいちいち警戒するようになったし、時々死んだ魚みたいな眼をするようになった。夜1人で眠れなくなったし、誰かを頼れなくなってる。
……だからこそ、変わらない香りとこの髪は俺にとってナミがナミである何よりの証拠に思える。……昔より、俺に対して警戒心無くなった気がするのだけは、どうにも腑に落ちねェけど。
「ルフィ?おはよう」
寝惚けた様子で顔をあげたナミは、妙に幼い顔で笑う。ヤバい、すっげェ喰いたい。
「あァ、おはよう。今日のイベントの衣装用意してあるから、風呂入ったら着てこいよ」
そう言って傍から離さなければ、隣でビビも寝てるのに襲いそうだった。ナミは呑気に笑って風呂へ向かい、俺はビビが用意してくれてた服を着て耳を頭に装着して甲板に出た。
そこには既にミイラ男なゾロと、シーツ被っただけのチョッパーと、人形に扮したウソップがいて、サンジはどうしたかなと見てみるけど姿は見えない。その直後に姿を見せたナミは、相変わらず髪から雫を落としつつドレス姿で困ったように髪を絞っている。
「ナミ、タオル貸せ」
声を掛けてタオルを奪うようにして髪を拭けば、小さくありがとうと言ってくれる。その頭に猫耳を取り付けてやれば恐ろしく似合う。
「ルフィ……私は何に化けてるの?」
「人間に化けようとして失敗した猫又らしい」
「なら、ルフィは狼男かしらね?」
そんな事を言いながら笑うナミは本当に可愛い。やっぱり誰にも見せたくねェな、もしくはこのまま式にしちまいたい。
他の誰にも盗られねェように。
「Trick or Treat」
「蜜柑しか無いわよ。少し待ってね」
そう言ったナミの腕を掴んで動きを止めると、そのまま倉庫にナミを連れ込む。待てるかよ、馬鹿。
「お菓子がねェなら、悪戯させろ」
俺の言葉に不思議そうに首を傾げるナミに、猫なんだからニャーしか言うなよと言って喰らいつく。今俺は、蜜柑よりも、菓子よりも、ナミが喰いたいんだと言いながら弱い所を刺激する俺に、漸く状況に気付いた様子のナミ。
その後ナミが猫らしく鳴いてくれたかは、俺だけが知っていればいい。Trick or Treat……ナミは今俺の、仮初の花嫁なのだから。