俺の命を救ってくれた恩人を探そうとの話になり、親父とマルコ、イゾウが話し合いをしていた。そんな時に飛び出そうとしていたエースが空色の手紙を見て、動きを止めた。
それは行かせたくないと思っていた俺達としては、好都合でもあった。だがやはり突然動きを止められれば、何かあるのかと思って様子を見る事にはなる。
黙って様子を見ていたその時、エースが誰にも予想出来なかった言葉を口にしたのだ。この文字は俺の幼馴染の物だと……。
その瞬間俺達はエースを止めさせる事もできるというのもあり顔を見合せ、情報を吐かせながらその幼馴染に会いに行こうと誘ったのだ。そうする事でエースを留められるのならば、多少遠方に向かう事も苦にはならねェという事だ。
その幼馴染が、こんな美少女だと誰が思うだろうか。しかもその美少女が300人近い人間の命を1人で背負っていると、誰が想像できただろうか。
奴隷に堕とされて尚気丈な態度を崩さず、凛と前を見据えている少女は、エースよりも年下だと言う。誰かを頼る事さえ許されない環境で育ったとは思えない程に、善人の部類にその心を残している少女。
明らかなる体調不良の状態で、気丈に1人で立ち振る舞うその姿に惹かれるなという方が無理のある話だったと思う。それでいて、何事も無い時はエースに優しく微笑みかけるのだ。
それは慈愛に満ちていて、エースが固執するのも分かろうというものだ。そのエースの為に俺に生きて欲しかっただけで、他意は無いから恩など感じなくて良いと言い切る気高さ。
相手は白髭海賊団なんだ。それも隊長の命を救ったのだから、天狗になって然るべきであり、色々なものを請求してもいい筈だと言うのに……無欲にも巻き込みたくは無いから帰れと言う。
親父が気に入るのも分かると納得する。解放する為に叩き潰して、親分に魚人達を届けるように手配すれば、自分が解放された事ではなく村が解放された事を喜び、声もなく涙を流したその心に惚れたのだろうと思っている。
それからエースの楔として乗船してほしいと宥め透かし、漸く乗船させたのだ。だと言うのに、役立ち過ぎる程役立っているのに、その自覚を持たないナミは今、俺の目の前で机に向かっている。
俺とナミが同室になったのは、俺が基本的に自室にいないからに他ならないというのも理解はしている。朝早くに準備に取り掛かり、夜は仕込みをする関係でコックなんてものは基本的に睡眠時間が足りないようにできているんだから当然だ。
そんな訳で本棚も基本的には料理の本の他は読書を楽しむ暇がない為、スカスカだった筈何だが……いつの間にやら本棚は増殖し、本は溢れた。海図や地図は描いた端から測量室に運び込まれるからここには無いが、それでも紙に溢れる部屋と化している。
明らかに俺の部屋とは呼べない部屋に変わるのに、さしたる時間はかからなかった。それ自体に不満は無い。
寧ろ隊長だからと言う理由で回される書類の大半はナミが片付けてくれて、俺は最終チェックだけで済むようになったのだから、随分と楽をさせて貰っている。詰まる所、ナミのお陰で俺は、睡眠時間等を増やせるようになったと言う訳だ。
感謝してる位だ。寝ボケた頭で間違った書類を届けた時のマルコの恐怖を考えれば、文句など出よう筈も無ェんだ……だから問題はそこじゃねェ!
……問題は、俺がベッドに引きずり込まない限り寝ない所と、俺をアンパイ扱いしてる所と、この執筆モードに入った時にどうにも動かせなくなる所だ。男がベッドに無理矢理連れ込んでるのに、ホッとした顔でお休みと言って力を抜いて寝る馬鹿が何処にいる!?……ここに居るんだよ。
だが、それは俺も抱いて寝ると疲れが取れるしベッドを2つも置いたら邪魔でしかねェから構わなくもねェが……とりあえず仕方ねェと言えるだろう。それでも看過出来ねェのがこの執筆モードだ。
エースに言わせればガキの頃からで治りようがねェとの事だが、頼むからエースお前諦めるなよ。そう切実に願うのは、まだまだナミに関して俺の理解が遠く及ばねェからだろうか。
ただナミは何故か、俺の作った物だけは初対面のその時から躊躇いなく食べたんだよな。……と思えば顔も自然とニヤける。
他は無意識で毒を疑う素振りを見せたり、下手すると手を出さないナミのその態度は、野生動物が何故か自分にだけ懐いてくれてるような嬉しさがある。そんなナミが俺にレシピを書いて寄こしたのは、このモードに入る時の俺の怒りを鎮める為だろうか。
確かにいつかは逢いたいと思っていた宝玉だが、こんな美少女の姿をした、頭だけはいいのに馬鹿だとしか思えない奇跡の存在だと誰が思うのか。深い溜息をこぼして、俺はレシピにある物を作り始める。
料理以外の所については、マルコに任せてきたから大丈夫だろう。明日のイベントの為にと動き回っていたから、いつもよりも時間がかかり既に寝る時間は取れそうに無いなと思う。
新メニューだと言うのもあり、試行錯誤を繰り返したのも原因だろう。それでも2~3時間はあるのだからと仮眠をとる為に解散した俺達だが、ナミは机に向かって座ったまま動かねェ。
「ナミ、いい加減にしろ。……寝るぞ」
「サッチさん、お帰りなさい」
「俺がいなくても寝ろって、いつも言ってるだろ」
「……お化けが怖くて、眠れないの」
俺の言葉に茶化すような返事をするナミだが、その表情や瞳の揺れからどうやら完全な嘘でもなさそうだと気付く。それに仕方ねェなと思って腕の中に抱き込めば、ホッとしたような息をはかれる。
いつまで優しいお兄さんで居られるか、そろそろ自信がねェんだけどなと内心で苦笑しつつナミの頭を撫でると、擽ったそうに笑い出した。そんな顔をする時だけ、年相応に見えて、普段大人びた顔をしているからか余計に可愛く映る。
「サッチさん、ありがとう」
「……いいから、寝るぞ」
ベッドに引きずり込んだ俺にナミは甘えるように擦り寄り、お休みと呟くからそれにいつものようにお休みと返す筈だったってのに……。
「Trick or Treat」
口から飛び出したのはそんな言葉で、それに驚いた様子で俺を見るナミは妙に幼い。素直に驚いてるらしいと分かれば、楽しくなる。
「サッチさんに料理の腕でかなう筈ないから、用意してないわよ?」
「……なら、イタズラか。どうしてやろうか」
「仕方ないわね。受けて立つわ」
キリッとした顔で俺を見てくるナミに、本気で分かってねェと思い知らされる。だから、とりあえずは想いを込めて深く官能的な口付けでも贈ってみるか。
Trick or Treat……今宵君に俺の想いが届くなら、俺は君の為にどんな相手にも勝ってみせると笑みが浮かぶ。お化けが怖いと怯える君を、必ず守ると約すから……どうか俺にも幸せな夢を。