季節イベント(波間IF)   作:夢枕 七変化

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ハロウィン(将星クラッカー)

 兄貴が連れ帰ってきた女は、女と呼ぶには幼過ぎる存在だった。それが〝宝玉〟と呼ばれる天才作家であると知らされるのと、兄貴の婚約者と定められたのは同時だった。

 兄貴も可哀想にと思ったが、それはそんなに長い期間ではなかった。俺に懐き自然に微笑みを浮かべるナミに、絆されるのに時間はかからなかったからだ。

 兄貴が留守の間、同じ将星だからとナミを任せて行く兄貴と、それを微笑みながら見送るナミの信頼感が憎らしく思えたのは自然な事だろう。俺を慕ってくれていると分かるからこそ、苦しい時がある。

 そんなナミを連れて近海を巡るようママに言われたのは、いつもと同じように海図を描かせる為であり、兄貴は忙しいからと言うのが理由だ。そうして1つ目の中継地点となる島を目指していたら、今朝ナミがもうすぐ到着すると言い出した。

 それにより船内が浮き足立っていた。何時もならば到着直前に言うんだが、珍しい事もある。

 昼も食べずに部屋に引きこもってるナミの元へ行けば、しまったと思わされる。それもその筈だ。

 海図を描くために集中してしまったナミを、現実に呼び戻すのは本当に難しい事なのだ。いっそ台風(サイクロン)でも来ねェかと空を見ちまう位に、どうしようもない。

 この為に今朝のうちに話しておいたのかと気付けば、迂闊だったと言わざるを得ない。余程、描きたかったんだろう。

 ただ、珍しい事に手紙が近くに置かれていたのでそれを手に取ると、ママが喜びそうなイベントが書かれていた。なのでとりあえずそれを電伝虫で報告しておく。

 それにより、島に着いたら祭りを行う準備期間の為にも数日ゆっくりと楽しむよう言われたが、あの状態になったナミとどうやって楽しめばいいのか。ママは本島で開催する気満々だ。

 

 「お前(ナミ)は困った奴だよ。本当になァ」

 

 そうは思うのに、兄貴の女だとも分かっているのに、諦めきれねェ自分が少しばかり情けなく思えて、鎧の中に身を隠す。こうすれば誰にも、その表情を見られる事は無いと知って居るからだ。

 船が陸に到着すると、部下達に命じて祭りの準備をさせる。この船でまでやる必要はねェが、ママのナワバリの島ではこれを流通させたいとママが判断したのだから、少なくともこの島で率先して部下達が楽しまなくては話にならねェ事は理解している。

 今回のこれがどんな物なのかを語りながら準備を進める部下達に乗せられるようにして、島の人間達が1気に浮き足立つ。今は南瓜のお化けだけど、原作はカブのお化けだったのよなんて書いてあるのを見て、本当にどこの国でやってんだかと思わされる。

 それにしても、カブのほうが調理の手間は少ねェだろうにと思った俺はおかしいのだろうか。浮かれた奴等がナミに危害を加えないようにと、部屋の前に座っていたら、いつの間にか寝ていたようだ。

 朝日が顔に当たった事で目覚めた俺は、部屋の様子を覗き見る。中では相変わらず描き続けているナミが見えるが、これはもう許していたら駄目だろうと溜息を落とす。

 

 「ナミ……」

 「クラッカー?どうしたの?」

 

 キョトンとした顔で振り向いた事から見て、どうやら少し前に1度こちらに帰ってきた所だったらしいと分かる。それでも心配でつい、思いを言葉にしてしまう。

 

 「いい加減に少し寝ろ。……俺が、兄貴に叱られる」

 「……カタクリさんが怒らないなら、構わないって言うなら、放っておいて。ちゃんと私が叱られるから、大丈夫よ」

 

 俺の言葉に1瞬寂しそうにその瞳を揺らして、ナミはそう言葉を口にすると机に体を向けるから、咄嗟に肩を掴んでいた。けれどもそれを冷たく振り払ったナミは、静かに俺を睨み付ける。

 

 「構わないで。クラッカーには関係ないでしょ」

 「……心配してやってんだ。感謝して寝ろ!」

 「余計なお世話。それに、どうせ眠れやしないんだから、何かやってる方が有意義だわ」

 「兄貴の傍じゃねェと、眠れねェって言いたいのか?」

 

 俺の問い掛けに微かに体を震わせたナミは、1瞬だけ傷付いたような瞳で俺を見てから、いつもの強気な表情に戻ると即座に鼻で笑った。それは、生意気な小娘以外の何者でもない。

 

 「相手は別に、クラッカーでも構わないわよ?……1緒に、寝る?」

 

 艶やかに笑うナミのその言葉に、俺は動きを止める。兄貴とはいつもそういう事をしてるって事を主張された気がして……分かっていたのに、つらくなる。

 動きと言葉を止めた俺を小馬鹿にするように笑ったナミは、立ち上がると奥に向かい着替え始めたらしいと知る。少しして出て来たナミは、素肌の露出がやけに多い所を除けばよくある魔法使いのような姿になっている。

 

 「Trick or Treat……?」

 「サクサクで美味しいクラッカーなら、出してやる」

 

 言われた言葉に思わず返せば、ナミは素直に手を出て来たので思わずその手を掴んで引き寄せていた。それにナミは小さく体を震わせて、俺から逃げようとするからその唇を衝動的に奪う。

 

 「ンンっ……やァ!だ!……なん、で……」

 

 唇の隙間で抵抗するように言葉を紡ぐナミに苛立ちが募る。兄貴とはやる事やってる癖に、ウブなフリなんかするんじゃねェ!

 縋るように、哀願するように見詰めてくるナミにこれ以上抵抗されるのも、拒絶の言葉を紡がれるのも嫌で深く口内を蹂躙するが、その時ナミの瞳から1雫の涙が落ちたのがわかった。

 

 「……そんなに、嫌か」

 

 初めて見たナミの涙に、俺の心臓は恐ろしい程の音を立てて軋む。それなのに、ナミの方が傷ついている様な顔で俺を見る。

 

 「……クラッカーは、私の事なんか何とも思ってない癖に、どうして……?私、遊ばれるつもりは無いの。2度と……私に構わないでっ」

 「巫山戯るな。俺は、ナミの事が好きだ!兄貴の女だと思うから、これまで耐えてきたんだろうが!」

 

 思わず口にした言葉と、その勢いでナミをベッドに押し倒せば驚きにその瞳を大きく見開いているナミがいて、何かがおかしいと気付く。それから少し戸惑った様子でナミが言葉を口にした。

 

 「私、カタクリさんの部下ってだけよ?保護して貰うにあたって、立場が無いと困るっていう配慮でしかないのよ、その肩書き」

 

 ……待て、兄貴は本気だ。明らかに本気だ。

 だが、ナミは嘘をついてる風ではない。それでも、毎晩1緒に寝てるんだろと、確認したくもないのに言葉は勝手に紡がれていて、それにナミは恥じらう様子もなく頷いた。

 

 「うん、私カタクリさんの抱き枕だもの」

 「は?」

 「……何か誤解させた?私とカタクリさんには、何も無いのよ。ただ、カタクリさんが私を抱き締めて寝てるだけよ」

 

 ……兄貴を、本気で尊敬した。鋼の精神力だな、おい。

 もしくは大人になるのを待っているのか。それならば、俺にもまだ……可能性は?

 

 「私が好きなのは、カタクリさんじゃないわ。変な誤解しないで」

 「……好きな相手が、居るのか」

 

 思わず問いかければ、ナミは目元を赤く染めて顔を背ける。その態度に、そんな馬鹿な、夢みたいな事がある筈ねェだろうと思うのと同時に、心臓が期待に震えるのを抑えられない。

 だからこそ、試すようにイベントを利用して言葉を口にする。俺の声は、震えては居なかっただろうか。

 

 「ナミ、Trick or Treat」

 「……何も、持ってないから……好きにして、いいわよ。そのかわり……優しく、して」

 

 それにつけ加えるようにして、ナミは小さく、聞こえたのが奇跡のような声で〝初めてだから〟なんて言ったのだった。……本当に馬鹿な奴だと、魔女っ子を見て思う。

 Trick or Treat……悪夢のような日常が、幸せな日々へと変わってくれると言うのならば、俺無しでは生きられないようにしてやると、小人のように小柄で愛らしい存在を容赦無く抱き締める。まだ外は、夜にさえなっては居ない。

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