何が妖怪の為の日だ。なァにが、楽しい悪夢だっ!
苛立つ事の多さに修行が足りねェと自分に言い聞かせて酒を呑んでいれば、いい女がいるらしいと騒ぐ阿呆達の声が耳障りで斬り捨てたくなる。それと同時に幻聴が聞こえて来た。
「獣らしく、体力だけが取り柄か。少しでも期待した俺が愚かであったようだな」
脳内で繰り返されるのは、つい先程俺をいつもと変わらねェ様子で叩きのめした男のもの。あの野郎……ぜってェ、倒す!
その時、ふわりと風に乗って香りが漂って来た。柑橘系のその香りの元を辿れば、その喉元に喰いつきたくなるような女がいる。
その女はカウンター席に腰を下ろして、カクテルに口を付けている。何気無いその仕草に視線が奪われるのを、俺は確かに自覚した。
ふらりと吸い寄せられるように近付けば、他の男達が1斉にその場を離れた。それに対して何も気にしてない様子で俺を見て、女は困ったように笑う。
それから何か思いついたような顔で酒を頼むと、俺にそれを差し出して来た。
「クォーター・デッキよ。なんでか分からないけど、似合う気がして」
後甲板って意味だったなとソレを受け取れば、カクテルなのに甘くなくて呑みやすい。なんだこれはと思ってグラスを凝視すれば、小さな笑みを向けられる。
「アルコール度数は高くないけど、辛口だから剣士さんには合うかと思って……どう?」
「悪くねェな。カクテルなんてのは、全て甘いんだと思ってた」
「甘くない物もあるわよ。ジュースや砂糖、リキュールとかで割る事が多いから、甘口が多いだけ。それは、確かにジュースは使ってるけど、甘くないシェリーを使ってるから、辛口なのよ」
楽しそうに酒について語るその唇が、酒より美味そうに見える。その時マスターが、俺と女のやり取りにふと笑った。
「度数は高くないって、お嬢さんが呑んでるのに比べれば軽いですけど、度数は中堅所ですよ」
「あ?それなりにあるのか?」
「25度です」
「「軽いじゃねェか」ない」
俺と女の声が重なる。成程この女イケる口か。
互いにそうと分かれば、俺は迷う事無く女の横に腰を下ろす。女は少し考えるようにして、テキーニと言う酒を俺に頼んでくれたようだった。
奢られてばかりってのも何だかなと、先程の礼に青い珊瑚礁を頼めば海繋がりねと笑われる。テキーニと言う酒は、度数も低くなさそうで、口当たりも辛口で良い。
これの礼にと、ブザム・カレッサーをその髪の色に合わせて返せば女は動きを止めた。顔を僅かに赤く染めて、明らかな動揺をしてみせる。
どうかしたのかと様子を見ていたら、女が俺を目元を赤く染めながら睨み付けてきた。
「アンタ、この酒の意味、分かってる?」
意味が分からずにいれば、マスターが耳打ちしてくる。
「〝心に秘めた愛撫〟〝私だけの抱擁〟の意味を持つナイト・キャップ・カクテルです」
思わず口に含んでいた酒を噴き出しそうになったのは、既に不可抗力の領域だろう。そりゃ、照れも……するか?
容姿を見ても、男慣れしてそうな感じがするし……何より、慣れてなくても男好きする見た目なのは間違いねェ。何せ女に興味が殆どねェ俺が、はじめて見た時から喰いたいと、貪りたいと思わされた程だ。
「アンタ、名前なんて言うの?」
「ゾロ」
「短くて覚えやすいわね」
「お前は?」
「内緒」
「巫山戯んなよ……」
「冗談よ。ナミって言うの」
「……綺麗な、名だな」
その瞬間ナミの動きが止まり、小さく天然か、流石はマリモとか言い出したのを聴き逃してやれなかった俺は殺気を向ける。だが、意に介さずにグラスを空けるとナミはスクリと立ち上がって手を振る。
「それじゃ、縁があったらまた会いましょ」
そう言って去ろうとするナミの腕を無意識に掴む。それに対して驚いたような顔で、俺を見て来る。
ナイトキャップカクテルを、出されたからって呑んだのに……そのまま逃げられると思うなよ。そんな想いを込めて腕を引き寄せれば、ナミはバランスを崩して俺の胸に落ちてくる。
それを抱きとめ、そのままの勢いで上の部屋を借りれば何やら言ってはいるが聞いてやるつもりはねェ。部屋に入りベッドに投げ落とせば、キッと睨み付けてくる。
その視線が、心地好いと感じた時点で俺は多分ナミに堕ちてる。初めに見た時から望んでいた通りに首筋に喰いつけば、あえかな声を響かせるから俺は調子に乗って衣服をはぎ取り始める。
「やっ!……やめ……」
「辞められる訳……」
言葉は途中で止める他無かった。怯えた瞳で見詰めてきているナミの頭に耳が生えていて、その下半身からは尻尾まで生えている。
それも、明らかに猫のものだ。そりゃ、喰いたくもなるよな。
狼の血筋は猫に弱い。それも、この女は極上の匂いまでしている。
「こんなの……やだ、初めてなのに……」
「は?嘘だろ?」
「そんな嘘ついてどうなるのよ!?もうやだ、ベルメールさぁん、ノジコォー!」
誰だよそれ、そう思うのと同時に妙に脱力する。だが、怯えつつもシャーッと言わんばかりの様子を見せるナミに少し笑えて来たのは確かだ。
「本当に、可愛いな」
「……こんのぉー、天然記念物がぁー!」
そう言いながら自ら俺に飛び付いてきて、俺の首筋に歯を立てる。その瞬間、ハーフだったのかと知る。
僅かな時で、少量の血を飲んだナミはふんっと言いながら、それでも傷を癒して立ち去ろうとする。待てよ、だから逃がさねェって。
腕を掴み腰を抱いて、その勢いでベッドに連れ戻し、混乱してる様子のナミに教えてやる。妖怪同士の場合、妖怪の特性は半減するのだと。
Trick or Treat……今宵はどうやら、愉しい悪夢を見られそうだ。