最近妙に人間共が騒がしい。そもそも今宵は本来俺のような者達の為にあるというのに、何を人間共は騒いでいるのか。
微かに期待していた若者が、まだまだであった事に微かな失望を込めて嫌味を言いつつ打倒した。その苛立ちが今も尚俺の中に燻っている。
静かになるよう全員沈めてしまうかとさえ考えた時、1人の女が店に入って来た。その瞬間、その場の空気を知らずに支配した女は何処か物憂げだ。
長い髪は食欲を誘う色をしている。俺の傍を抜けて奥へと進み、酒を頼むその様子は明らかに憂いを帯びて居て、庇護欲を誘う。
今にも泣きだしそうだと思える程に、つらそうな雰囲気でありながら、何処かで冷めた印象も与えて来る。ただ、何処がとか、何で判断したとか問われると困るが……同族の気配を感じる。
格は明らかに下であろう事は分かるが、いったい何者か。暫く様子を見ていたが、それでは何も分かりはすまいなと考えつつ、女の手元にあるグラスの中身がまだあるのを確認しそっとそちらに近付く。
戸惑いと怯えの入り混じった瞳で、俺を真っ直ぐに見て来る。怯えた小動物を思わせる雰囲気に対して、その肉体は美しいとしか表現出来ぬものであるのは、恐らくコレにしてみれば不運な事なのだろう。
持て余しているな、己の容姿を。
容姿を武器にする事も出来ぬ幼さがその顔立ちに現れており、それ故にアンバランスなそれが危うい色香を醸し出している。女が口を開くより早く、俺の口から言葉が落ちた。
「最近この辺りに時折現れる女の噂は聞いていた。主だな?」
「……女がお酒を呑むのが、珍しい地域なの?」
「いや、そうではない。だが、主は目立ち過ぎている」
不思議そうに首を傾げたその仕草が、幼子のようにあどけない。あざとさの無いそれに、成程箱入り娘かと理解する。
髪をひと房手にしてみれば、戸惑いと警戒をその瞳に宿す。これは……思いがけぬ程に良い拾い物やもしれぬな。
「……今宵の相手は、俺だ」
俺の決定に女は唇を噛み、それから小さく頷く。顔を上げた時には怯えの色を消し去り、決意を宿した瞳が俺を貫いた。
その瞳に魅入られたように、金を投げ渡して酒場にある部屋に女を連れ込む。抵抗するかと思ったが、さしたる抵抗も無しについてきた女は、部屋に入ると震える手で自ら俺に抱きついてきた。
そのまま顔を俺の首筋に持ってきたかと思ったら、噛み付いて来たのを感じて細く息を吐き出す。その感覚には嫌になる程に覚えがある。
やはり同族だったかと思うのと同時に、これだけ格下ともなれば好きに飲ませればそれなりに吸われるのは分かりきっている。さて……どうしたものかと考えた時、女は牙を抜いて傷を舐めて塞いだ。
治癒能力を持っていたとして、吸血鬼はそれを使う事など普通は無い。それなのに律儀にも傷を癒す女に、俄然興味が湧く。
「……ごめんなさい。せめて、良い夢を見てね」
そう言って俺から離れた女の体からは、先程までは無かった耳と尻尾が生えており……。またそれが良く似合う。
俺の額にそっと触れて、安心したように微笑んでから手を戻そうとしているのが分かり、その手を掴む。女は驚きを全身と尻尾で表現しつつ、俺にかなう筈も無いと言うのに逃げようとしている。
「ハーフか?」
「はぃ!?」
裏返った声で返事を寄越した女に、可愛いものだと思う。他の妖怪にこれまで会わずに生きてきたのかと思えば、この反応も分からなくはない。
だとするならば、まだ人と同じ程度しか生きていないのだろう。人間の男から、俺にしたように血を貰って生きてきたとするならば……想像しただけで忌々しいな。
もう、他の男に触れさせたくはないと思う。それ以前に視線さえ向けさせたくはない。
「……甘いな、主は」
「あ、の……?」
戸惑いながらも視線をそらさぬ真っ直ぐさと、甘い香りに酔わされる。……手放してやるつもりは無い。
「1から全て説明してやるから、取り敢えず今宵は俺のものになれ」
「やっ!やだ!私……そんなつもりはっ!」
「……まさか、これまで無垢であったのか。……奇跡のような存在だな」
思わず呟けば、泣きだしそうな顔で俺を見上げてくる。この理性を破壊しようとする行為は、計算なのか……?
いや、この怯えている尻尾がそれを否定する。何とも、珍しい生物だ。
だが……男と2人で部屋に入った時点で、逃げる事など本来出来はせぬのだと、教えてやらねばならぬだろう。その上相手が俺ではな。
Trick or Treat……覚める事のない、永遠の夢を共に。逃げ出したとて、すぐに捕らえてやると甘やかな首筋に噛み付いた。