……ここは、何処だ?
少し、冷静になれば答えは出る筈だ、落ち着け俺。あの時コラソンがまた下界に落ちそうになっていて、落ちたら次は叱られるだけじゃすまねェからと庇って……代わりに俺が落ちたのか。
ならまァ、構わねェか。いる場所は下界の何処かである事に間違いは無いだろうし、コラソンも無事だろうからな。
俺の場合はついでにやるべき事もやるから罪になる事もねェし、罪になった所で構わねェ。時折、本当に血が繋がってるのか疑問になる程に、コラソンは抜けている。
母上と父上が甘やかすからだろうが、神がかったあいつのドジは治る気配がねェ。深い溜息を落としつつ、今日天界に召される予定のリストを見る。
酒場で死人が出ると分かりそこへ向かうと、店の1番奥に人の視線が集まっているのが分かった。なんだとそれに視線を向ければ、俺好みの女が1人でグラスを傾けているのが見える。
女を見る男達の視線が鬱陶しくて、見るなと思いながら女の元へ足を進めれば女がその視線を俺に向けた。無意識か女はグラスを置いて、その衝撃でグラスの中にあった氷がカランと音を立てる。
女は困ったような眼差しで俺に意識を向けている。その表情に唆られると言ったら、上はまた騒ぐんだろうなと思えば嗤えて来た。
「1人か?」
「……いいえ、今1人じゃなくなったわ」
「そう来たか。……ウィスキーをロックで呑む女なんてのは、随分珍しいな」
「……ストレート頼んだのに、マスターが心配してロックにしたのよ」
そう言って呆れたように溜息を落とすが、確かに3~5度アルコールが変わるからな。空気に触れたり氷に触れるとアルコールは気化して、その度数を下げる。
ただし、他の物で割ってあるのに比べればそれでも随分強い訳だから、気にする程の変化でもねェ筈だがな。その為にストローで呑むと、どんなに強い奴でも目を回して倒れる事になるので、危険だから辞めておく事を推奨する。
「今夜は、呑みに来ただけか?」
「そうね、その予定よ」
「そうか……残念だ」
「え?」
不思議そうに俺に視線を向けた女の唇を即座に奪うと、くぐもった声をもらして抵抗と呼ぶにはささやか過ぎる事をして来た。その時にふわりと香ってきた柑橘系の香りに、味見で終われそうもねェなと自嘲する。
「やっ!……なに、すんのよ!」
「味見……?」
「そんなに呑みたいなら、言いなさいよ!1口位あげるから!」
そう言って瞳と肩を怒らせながら、スっとグラスを差し出してくる。……この女、本気か?
思わず凝視しつつもグラスを受け取れば、今のやり取りを見聞きしていた他の奴等も言葉を失っているのが分かる。そんな中で俺は耐えきれずに笑い出す。
手にしている酒が小刻みに波打ち、それを女は怪訝そうに見て来るが、寧ろお前がおかしい。どうしたらこんな成長を遂げられるのかと、見た目にそぐわない反応に笑いは治まる気配を見せない。
それに女は不愉快そうな顔をしているから、笑われている自覚はあるらしいと分かる。その時背後の席で人が倒れる音が聞こえて、嗚呼病死とあったななんて思いながらさり気無くそれに視線を向けて、指先で魂を上に送る。
さァて、仕事もした事だし、俺はこの鈍い女でもと思って振り向けば、探るような視線を向けているのが分かった。……今のが見えたならば、この女人間じゃねェな。
折角なのでグラスの酒を1口貰ってから返せば、女はそれを受け取りつつ俺に警戒しているような視線を向けて来る。それに小さく笑いながら様子を見ていれば、女は1気にグラスの中身を飲み干してベリーを置いて立ち上がった。
その勢いのまま何処かへ去ろうとするのを捕らえて、近くのホテルに無理矢理連れ込めば抵抗の為か俺の腕に噛み付いてくる。その歯の鋭さにやはり人間じゃ無かったかと思うが、その直後に吸われてる感覚に襲われればこうやっていつも男から逃げていたのかと思う。
そのまま女の様子を見ていれば、頭から耳が生えて、体からは尻尾が生える。その直後腕から口を離してそっと舐めながら傷を癒す律儀さに、随分とお利口さんだなと思う。
「……大丈夫?ちゃんと、寝た?……悪魔相手じゃ、何処まで効果があるか不安だけど、先に手を出てきたのはそっちなんだから、私を責めないでよ?」
そんな言葉を口にして離れようとするが、待てと思う。何か変な単語が聞こえたぞ。
「おい、俺は悪魔じゃねェ」
「ふにゃっ!?」
尻尾を膨らませてピンと立たせ、文字通り飛び跳ねて距離を取った女は俺をマジマジと見つめて首を傾げる。その幼い様子に笑いそうになるが、そうじゃねェよ。
「あ、効かないんだ。ってか、ピンクの悪魔も珍しいと思ってたけど、悪魔じゃないなら何?鬼?」
「……なんでそうなるんだ。見たままだろ。俺は天使だ。それなりに上位のな」
「天使!?ない!それはない!」
何だって疑うんだ。と言うか、欠片も信じてねェ。
「失礼な奴だな。俺が天使以外に見えるなんて、おかしいんじゃねェか?」
言いながらその体を拘束すると、女は首を横に振る。そして、恐らく本気で思っているだろう言葉を口にした。
「寧ろ、天使だなんて戯言信じる方が無理あるわ」
「……解らせてやるよ、天使だってな」
「へ?」
言いながらベッドに縫い付けるように押し倒せば、女はキョトンとした顔で俺を見詰めてくる。天使らしく優しくしてやるから、いい子にしてろよと内心で嗤う。
Trick or Treat……逃げるチャンスを失った子猫は、その後天国という夢の世界に連れ去られるとは、知らぬままに翻弄される。終わらぬ夢を、どうぞごゆるりとお楽しみください。