目新しい本は無いだろうかと町に出て来て、新刊のコーナーを見てしまう。それは次に何を出してくれるだろうかと、期待している作家がいるからに他ならない。
性別も年齢も不明のその作家の作品は、必ずこの町から販売が開始される。それ故に恐らくはこの近辺に関わりがあるか住んでいるのだろうと予測されているが、それらしい人物を見たと言う話は聞かない。
だがそもそも、それらしいってなァいったいなんなんだ、性別も何も分からねェってのに。何か1つでも情報があれば、見つけ出してみせるのにな。
新刊コーナーに出されていたその作家の作品は、今回はレシピだった。だが侮る無かれ。
このレシピが薬草を使ったものだったりするのだ。こんな成分があるからこれに効く……なんてそんな医食同源を形にしたような事が、まるで当然のように書かれている事があるのだ。
パラりと中を見てみると、思わず溜息を落としたくなった。性別すら不明のこの作者に、俺は逢いたいと切望している。
衝動的と言うよりも、無意識の内にそれを購入して近くの酒場でそれに視線を落とす。酒は形だけ頼んであるが、読む為に入っただけだ。
無駄に群がる女を無視して、本に目を通して行く。その内に辺りは暗くなり、何杯のグラスを開けたのかさえ既にわからなくなった頃、俺の傍を女が通り過ぎた。
その女からは柑橘系の香りと、インクの匂いがした。そのインクの匂いにつられて視線を向ければ、これまた驚く程の肉体美。
酒を頼み、グラスを傾けた女の手には明らかなるペンだこがあり、知的な瞳がグラスに映る。俺は初めて見た筈のその女に、まさかと思う。
インクも紙も、高くはねェがインクの匂いが染み付く程に使える奴はそう多くない。だが、作家ならば話は別だと、せめて何か知ってたりはしないかと話を聞く為に近づいて行く。
近付けば困ったような視線が俺に向けられ、そして……俺の手にしてる本を見てあらと呟いた。それから、俺に視線を向けて、少しの緊張を含む表情で声を掛けてきた。
「その本、どうだった?」
「どうってのは?」
「……役立ちそう?」
「楽しいか、じゃなくてか?」
その瞬間女は驚いたような顔で俺を見て、それから破顔した。少し幼いその表情に、心臓が不整脈を疑いたくなるような動きをする。
「それ、レシピ本でしょ。役立つかどうかの他には、何も価値無いじゃない」
「……俺は役立たない物は買わねェし、この作家が好きなんだが」
そこまで言った時、女は何とも気恥しそうな顔で視線をさ迷わせて突然立ち上がった。そして、しっかりとした声音で勘定を終えると俺に言う。
「酔ったみたいだから、ごめんなさい!それじゃ!」
咄嗟にその手を掴み、作家の名を口にすれば女はビクリと反応した。……まさか、こんな奇跡が有り得るのか。
「……逢いたかった」
「え、あの……」
「話してみたかったんだ。今夜付き合え!」
有無を言わさずに近くの宿に連れ込み延々と著書についての話をすれば、女も最初は戸惑っていたが途中から真剣な顔で話を始める。互いに意見をぶつけ合い、気付けば朝日が登り始めていた。
その時女がしまったと言う顔をして、ごめんなさいと言って帰ろうとするのを腕を掴んで止めると、その指先が変色しているのが見えた。まさか、吸血鬼か?
崩れる前の吸血鬼の症例として見た覚えがあり、思わず失いたくなくて自らの腕を切るとその血を差し出した。女はそれを見て、戸惑いながらも無言でその血を舐め取り始める。
それが妙に卑猥で、それでいて少しばかりの優越感を感じさせる。それから少しすると女の頭から耳が生えて、俺の腕の傷を綺麗に消してみせた。
「……ごめんなさい。助かったわ」
「お前、何者だ?」
「私は、吸血鬼のハズなんだけどね。血が必要量摂取できた時と、感情が昂った時に生えて来るのよ」
そう言ってる女の頭には、明らかなる猫耳。尻からは尻尾も生えている。
……とりあえずそうだな。死なせたくもねェし、他の誰にも渡したくねェから。
「なァ、定期的に俺の血をやるから、俺の傍で生活しろよ。好きなだけインクも紙も用意してやる」
俺の言葉に瞳を輝かせた愚かな猫は、けれども躊躇う様子を見せる。だが、もう遅い。
Trick or Treat……1度獲物と定めたら、最期の時まで追い掛けるのだと獣は嗤う。何も知らずに子猫は尻尾を揺らすが、楽しい狩猟イベントは始まったばかりだ。