兄弟は多い方だろうと思う。妖怪の種類の問題では無い。
母が子沢山なだけだ。そんな俺も上から数えた方が明らかに早い為か、いつも下の面倒を見て来た。
だが、この度人間とも少しは付き合えと言われて、狼人間としてのそれを隠して酒場にて色々と人間と言う生き物について学んでいたのだ。だが……最近は良く同じ人物の話題が登る事に気が付いた。
どんな人間なのか。気になりつつも、出会う事は無いだろうと思いながら酒を口にする。
その時店の奥がザワついたのが解った。なんだろうと思い、視線を向ければなんとも言い難い雰囲気の女が居るのが見えた。
肉体的な事を言えば、酒場に居て何らおかしくないが、その顔立ちと雰囲気が酒場と言う場所にそぐわない。人の視線を避けるようにして奥に進み、バーテンダーにカクテルを頼むその様子は、妙に慣れた様子だ。
その女がグラスに口をつけただけで、ざわめきが起きる。凄いものがあるなと思う。
他の男が数人女に足を向けたのを見て、俺は何も考えずに立ち上がっていた。その足で女に近付けば、他の男が1斉に引く。
女は俺を真っ直ぐに見つめて、けれども少し戸惑った様子を見せている。怯えた子ウサギのようなその眼差しに、俺の心臓が微かに軋んだ気がした。
「……1人か」
「えぇ、あなたも?」
「いや、今目の前にツレが出来た」
「不思議な人ね。……何か、ご用?」
女は残りの酒を口に運び、そして艶やかに微笑んだ。その微笑みはどうやら酒の味によるもののようだが……危険な無防備さだ。
この女が人間でも良いから、攫って行きたいと思わされる。この女が、欲しい。
グラスが空になったのを確認して、その代金と共に部屋の金を投げ渡せばご自由にと言われる。その声を聞きながら俺は女を無言で抱き上げた。
驚く女の表情は妙に幼く、騒ぐなと言えば小さくなってその身を固くするだけで声の1つも出さなくなった。微かに震えるその体は、柔らかく暖かい。
部屋に入ると有無を言わさず女をベッドに沈めて、その体に覆い被さる。それに対して女は待ってと必死に言葉を紡ぐが、何故か待てそうにない。
「や、だ!お願い、待ってっ!アッ……」
口元を見られないように首筋に吸い付けば無防備にそらされる喉。喰らい尽くしたいという、衝動が俺を襲う。
「やぁっ……おね、がい、待って……」
震えながら瞳を潤ませて言うそれに、仕方なく動きを止めれば女が俺に抱き着いてきた。そして俺の首筋に、歯を立てた。
微かな痛みと同時に人間ならば酔わされるだろう甘やかな快楽が襲ってくるが、俺にはそれさえも既に単なる興奮材料で……。血を吸っているならば吸血鬼かと思い、ならばこの永遠に近い時を共に生きる事も可能だと気付く。
貧血になる直前に止めさせて、血の礼にお前を喰わせろと言うつもりで居たと言うのに女は驚く程早く吸うのを辞めてしまう。それから煽るように首筋を舐めるから、俺の理性は遠いどこかへ旅立とうとしている。
「……ごめん、なさい。いい夢、見てね?」
女はそんな言葉を残して俺の下から抜け出ようとするが……させるかとその体を抑え込めば、驚きの顔を向けられる。そして俺の牙を見て……。
「……ワンコ?」
「……お前は、猫か」
驚いている女の頭には耳があり、割れた尻尾もある。そりゃ、喰いたくもなろうかと笑っちまう。
猫又はメスのみ、狼はオスのみだ。当然、相性も良い。
猫娘と狼男か。そう思う俺とは違い、女は俺の変化に怯えた様子で頭を横に振る。
「俺が、怖いか?」
「人間が、怖いのよ!」
「……安心しろ。俺は妖怪だ」
「……それ、安心できるの?」
「人間じゃねェ」
「確かに……」
恐怖と混乱で思考回路は停止しているようだ。その姿に小さく笑ってから、そっと口付ける。
Trick or Treat……混乱したままでいいから、最後まで喰わせろと、菓子なんぞこの際どうでもいいからと名も知らん相手に襲い掛かる。狼に狙われた猫が、逃げ切れるなんて夢のような事は、夢の夜でもなかなかに難しいだろう。