妖怪が活発化すると言われる妖怪の日。それが今日であるのは分かっている。
同族殺しと呼ばれる俺達ダンピールだとて、人間を情け容赦なく殺して回るような吸血鬼以外ならば殺したりはしないんだが……。そこは吸血鬼達から見れば、違いなど分からないだろう。
ダンピールだと知られれば、下手をすればそれだけで殺されかねない。特にこの街は妖怪が多く、比較的人と妖怪が友好的である為に吸血鬼をそれと知って庇うケースも有り得る。
その証拠に明らかに人とは思えねェ事をする、噂の美女にも会ってみたいと言う馬鹿が多い。淫魔か吸血鬼だろうに、何を悠長なと思うのが正直なところだ。
それでも幼少期に世話になった姉や片割れ、弟が無事に生きられるよう必死で正体を隠しつつ悪い妖怪退治に勤しむのが、俺の限界だ。それでも休息は欲しい訳で、情報収集と噂の美女への遭遇確率上昇、そして何よりも休息を取る為にと酒場に入る。
そこには見覚えのある髪が座っていた。いや、無論髪だけが浮いてたり座ってるわけじゃねェんだけど……。
そっと、まさかと思いながら歩み寄れば視線が俺に向けられる。その視線を向ければ、相手は俺を俺だと認識していないと分かる。
だが……近づけば変わらない香りが俺に届くから、間違いはないのだと知る。……最愛の、姉だと。
「ナミ……」
「どうして、名前を……?え?まさか……」
そう言ってナミは立ち上がると、戦慄く唇を押さえるようにして、その瞳に涙を溜めた。零れそうでこぼれないそれが、ナミが俺に手を伸ばすのと同時に零れ落ちて……それと同時に頭から耳が生えた。
よく見ればそのタイミングで尻尾も生えて、猫娘だったのかと初めて知る真実に少し笑いながらその抱擁を受け容れる。ゴロゴロと言ってるのが聞こえてきそうな程に、嬉しそうに俺を抱き締めて、愛おし気に俺を撫でる。
「サボ……良かった、生きててくれて。良かった……」
定住の地を探している旅の途中だと言っていた幼い頃の姉は、傍にいる間は常に俺達3人を慈しんでくれた。その姉が去る事になっていたその日、あの町は業火に沈んだ。
その為に見送りに行く事は出来ず、俺達3人も含めて全員があの日を境に消息不明となってしまった。生きていてくれた事を喜ぶのは、俺だって同じだ。
あの頃と雰囲気が変わらないナミに、俺も心から無事で良かったと伝えれば嬉しそうに微笑んでくれた。それから小さく、また明日頑張ればいいわよねと呟いたナミに少し不思議な気持ちになる。
けど今はそんな事を気にするより、ゆっくり話をしたくて隠れ家にしている拠点に案内する事にした。ナミは、相変わらず優しく俺を見詰めてくれる。
案内してみれば、ナミは楽しそうに俺と話をして、長い空白の時等無かったかのように思える程だ。途中猫又だったなら教えてくれたら良かったのにと言えば、困ったように微笑まれてしまったが。
そんなナミとの時間は瞬く間に過ぎて、深夜になる頃突然ナミが苦しそうに胸を押さえた。何かの病気かと思ったが、よく見ればそれは血液を入手出来ずに崩れ去る直前の吸血鬼とよく似ていて……。
まさか……ナミは、ハーフか?
それで漸く合点がいく。必要最小限だけの吸血を行っていたから、死人も出る事も無く美女の噂が流れたのだと。
苦しむ姉に……けれども血を吸っていいと首を差し出すのも気恥ずかしく……判断に困り足りないとは分かっていながら、何かあった時の為にと用意されている医療器具の中から注射器を取り出して自らの腕に刺す。
それにより血が抜けて行くのを感じつつ、150ml程度のそれをグラスに入れて差し出す。とりあえずはこれで、目の前で姉が崩れ去る事だけはこれで避けられるだろう。
戸惑いながらもそれを素直に受け取ったナミは、血液を半分程飲んだ所でその動きを止めた。そして、小さくごめんなさいと呟く。
「どうしてそんなになる迄耐えてんだ。死ぬぞ?」
「……人を、傷付けたくないし……関わり方も、分からないし」
そんな言葉を紡ぐナミの様子を見て、実年齢は歳下だった事を思い出す。それから話を聞けば、月に1度それも今回と同等程度の血液で良いというのだから、少しは頼ってくれよと心から思う。
「俺は、血を必要としない吸血鬼だから……半月に1度会おう。生存確認兼ねて、たまには俺も安心出来る相手と過ごしたいから、その時ナミにこの程度なら血を渡すくらいなんて事も無い」
俺の言葉にナミは泣きそうな顔で笑うと、優しい弟がいて私は幸せ者ねなんて笑う。後に他の兄弟とも再会して、ナミがその兄弟に〝恋人〟として攫われてしまうなんて事は、想像もしていなかった。
Trick or Treat……最愛の姉弟と出逢えた今宵だけは、悪夢を見る事も無いだろう。