船に用事がある度にガス男に自分達を運ばせている麦藁の1味は、どうしたってガス男にだけは冷たい。特に優しさの塊にしか思えないナミの対応が、恐ろしい程に冷たいのを考えれば何かあったのだろうとは思う。
今も着替えて戻って来たナミは、巨大な笹竹をガス男に持たせている。それを街の中心に持って行って、足りないかしらなんて言いながら気晴らしに少しお祭りをしましょうと言ったのは、恐らく善意。
そのやり方も何かが必要と言うものでも、準備が必要な物でも無いから、動けない者も楽しめそうだと開催される事になった七夕祭りは、穏やかな気持ちにさせてくれる。短冊に願い事を書くようにと言って笹竹の側に紙を置いたナミは、動けそうな人に足りないと思うから笹竹を他に数本入手したいと話している。
それの手伝いに挙手した俺を、何故かクルー達が止めればナミはクスクスと笑う。その笑顔は昔から変わらない。
「相変わらずね、ロシーは。それに仲良しだわ」
「出逢った当初でさえ歳下だった事は自覚してるか?」
何故か俺を子供扱いするナミに言えば、ナミは分かってるんだけどと言ってから、ドジっ子だからつい……なんて言い出す。それを否定出来ない俺は何とも情けない。
夕方になったら祭りの元になった話でも語ると言っているナミは、時間が足りないと言わんばかりに治療を手伝っていて、俺達は瓦礫の撤去等を進めて行く。瓦礫の撤去等をしていてふと気付くと、麦藁の1味の男が食事の用意をしてくれている事に気付く。
基本的に善人で構成されているらしい麦藁の1味とローが同盟を組んだのは、船長が同じDだからなのか、それともナミのいる1味だからなのか。どちらにしても受け入れられないと突っ撥ねる数人を除けば、概ね関係も良好だ。
食事をしながら辺りを見てもナミの姿が見えず、近くにいる人達に聞いてみると多分あっちだとそれぞれが違う場所を示す。どうやら常に動いていて、目撃情報に従って動いても無駄なようだ。
「コラさん、ナミを探してるの?」
「まァ、過去の事があるから、姿が見えないと落ち着かなくなるだけなんだが……」
ベポの言葉にそう言えば、ベポはそれならあっちだよと言う。またかと思ったら、蜜柑の匂いがすると言われてそれに納得して、礼を言って動き出す。
誰もいない森で1人座り、何をしているのかと思ったらうたた寝をしているらしいと気付く。その手にある短冊にはナミだなァと思わせる文字が書かれている。
〝皆の願い事が叶いますように〟
それを見て俺は願い事を短冊に書く。
〝ナミの願いが叶いますように〟
2人の願いがあればきっと、少しはご利益もあるだろうと思う。上着を脱いでナミに掛ければ、僅かに身動ぎ俺の上着を握り締める。
それから何かを探すように動いた手が俺の腕に触れると、当然のように掴み、その表情を緩ませる。迷子の子供を思わせるその動きに、信頼されているのかと思えば嬉しくもなり、切なくもなる。
掴んだまま寝入っている様子のナミの頭を撫でれば、小さく呟くような声で寝言を言う。
「ロシー、ローちゃ……無事で、良かった……」
それはこっちの台詞だと口を開きかけて、閉ざす。その返事の代わりに額に唇を落として、離して貰えないからと言う理由を付けてその寝顔を堪能する。
夕方になる頃目を覚ましたナミは隣に俺がいて、その腕を掴んでいる事実と上着を掛けられている現実に、その瞳を大きく見開いている。それから慌てて飛び起きると腕を離して、上着を畳みながら即座に謝ってくる。
「ごめんなさい。上着洗って返すから」
「そのままでいい。気にするな、俺が勝手にやった事だ」
それに、ナミの匂いが付いていても問題は何も無い。ただ、少しは意識して欲しくておずおずと上着を差し出してくるナミの腕を掴んで抱き寄せる。
「ナミ、好きだ。もし、同じ気持ちなら、今夜ここにまた来てくれ」
それだけ言って上着を受け取るとその場を立ち去る。自信なんて無い。
それに想いが通じ合ったとしても、同盟を組んでるだけの敵だ。俺がローの傍から離れられないように、ナミが麦藁の1味を辞める事もないだろう。
それに無理に連れ去っても、ローと俺でナミを取り合う事になるのは目に見えている。その上恐らくは泣き暮すだろうナミを思えば、そんな事は出来ない。
……だからと言って、諦められる程簡単な想いでも無いんだなァ。
広場の様子を眺めていれば、年に1度の逢瀬を許された恋人の話をするナミ。年に1度の逢瀬だけでも許されたならば、それは幸せだろうと思う程には、ナミが欲しい。
語るナミが時折俺に視線を向けて来るから、何か言いたい事があるのは分かるが邪魔する訳にも行かない。俺は来ると言われた訳でもないのに、先に広場を抜けて森の中へと入って行く。
到着した森の中で星空を見上げて、思わず口にする。
「年に1度の逢瀬でも、この際構わない。羨ましい話だ」
「……ロシーは、ロマンチストね。そして、相変わらず優しい」
そう言って姿を見せたナミは、短冊見てごめんねと言う。それからゆっくりと俺に歩み寄って、その細い腕を俺に回した。
「これが恋愛感情かは、分からないけど……私、ロシーの事が大切よ」
その言葉に俺は笑って、簡単にわかる方法があると言いながらその唇を奪う。そういう意味で好きなので無ければ、不快感に襲われるだろうからな。
空に輝く星々に負けない煌めきを放つナミに、俺の心は囚われている。時がナミを奪い去るその時までは、少なくとも離さずにいようと心に決めて細いその体を強く抱きしめた。