これ迄訪れた事は無かったが、和の国と似た雰囲気だといわれている島に到着した。暫くは停泊させて貰えそうだとの話になった時、ベックに和服が売っていたからと箱を手渡される。
俺にこれをどうしろと言うんだと睨み付けたが、ベックは何も答えねェ。まずそもそも着方が分からねェよと言ったが無視される。
俺の扱いが雑過ぎるだろうと思っていたが、渡された箱を片手に部屋に帰ろうとドアを開けた所で、どうやら癖でナミの部屋のそれを開けていたと知る。何故ならば、可愛い兎が食べてくれと言わんばかりに俺の胸に飛び込んできたからだ。
それを抱き留めれば甘えるように擦り寄ってきて、何だこの可愛い生き物はと思いながらとりあえず頭を撫でておく。これはもう無意識に近い行動だ。
「どうした?」
「甘えてみたかったの。もう大丈夫よ、ありがとう」
そう言って笑ったナミは俺の手にある箱を不思議そうに見詰めて来た。なのでそれを手にナミの部屋に入ると、ベッドの上にその箱を置いてベックに押し付けられたんだと口にする。
それに対してナミは、ふぅんなんぞと言いながら開けていいかを聞いてくる。その瞳は興味津々な様子で輝いているから、少し揶揄いたくなってきた。
「爆発物じゃねェから、構わねェよ」
「ベックが、大好きなシャンクスにそんなもの渡す筈無いじゃない」
可笑しそうにそう笑うナミだが……どうだかな。俺はこの世でもっとも危険な男は、ベックだと思っている。
もし万が一にも俺がナミを裏切る形で泣かせたら、平然と俺を抹殺するだろうと思えちまうんだよ。ナミは、何も分かってねェんだろうがな。
「うわぁぁ!凄い!シャンクス、和服が細かい小物まで含めて全て揃ってるわ!……あれ?」
「どうした?」
「……女物もあるわ。シャンクス、着るの?」
「どうしてそんな発想が生まれたんだ?ん?」
言いながらナミの頬を両側からむにーとつまんでやれば、ルフィを思い起こさせる程では無いがよく伸びる。おお、いい感じだ。
「ひゃんふす、ひゃめへー!」
「何言ってるか分からねェなァ」
そんな事を言いながらナミの事を弄っていたが、少し頬が赤くなってきたので許してやる事にした。そんな俺に涙目で睨み付けてくるナミは、本当に俺を煽る天才だと思う。
「……髭オヤジの癖に」
「その、髭オヤジを好きなんだろ」
唇を尖らせて可愛らしく悪態ついてみようとも、ナミは本当に好きな相手以外には、そういう意味で触れられる事を望まない。だからと思って指摘すれば目元を赤く染めて、狡いなんて言いやがる。
さて、本当に狡いのはどっちなんだかな。そう思いつつ頭を撫でればナミは嬉しそうに、だが何処か寂しそうに笑う。
「また、子供扱いして」
「そうしておかねェと、ベッドから永遠に出せなくなるからな」
「……っ!シャンクスの馬鹿!」
そう言いながら俺の胸に飛び込んでくる兎は、本当に何も分かっちゃいねェ。大人だと思っているから、誰にも見せたくねェんだよ。
子供として扱わなけりゃ、俺以外に笑いかけるなと間に入りたくなる。……分からねェだろうな。
クリスマスの時にやらかしたが、理解してないだろうナミに和装しなくていいのかなんて言って話題を変える。それにハッとした様子で箱を振り向き、俺を見て……悩み出した。
「シャンクスも、着てくれる?」
「着方が分からねェよ」
「……着せてあげるって言ったら、着てくれる?」
どうやら着てるところを見たいらしい。別に減るもんじゃなし、構わねェが……。
「……まァ、折角貰ったもんだし、着てみるか」
「うん!待ってね、今準備するから!」
それに着替えるには準備が居るのかと思えば少し笑えてくるが、どうやら靴を履いた状態で着るべき物じゃねェらしく、新聞やら布やらで足元の準備をし始めた。色々説明してくれたが、興味を持てそうもないので大半は聞き流している。
聞き流されている事を知ってか知らずか、ナミは語り続ける。話の内容はどうでもいいが、優しいその声で紡がれる音と、語る時のナミの表情が俺は好きだったりする。
言われる通りに服を脱げば、見慣れてる筈なのに1瞬で手の甲まで赤くなったナミに、ウブなもんだと小さく笑う。そんな俺からそっと視線を反らして、コレを羽織ってとか色々言い出す。
今は苛めるつもりがねェから素直に従ったが、遊び甲斐のある反応だよなと少し思う。すぐに帯で締めるのかと思っていたら、細い紐等も使われるようだ。
紐を巻き付けるその度に、俺に抱き着きながらその紐を回すナミ。その行動から、他の奴らの着付けは絶対にさせねェと決める。
無防備過ぎる兎に、少しばかりの溜息も落ちようというものだ。……今度兎耳のカチューシャでも買ってやるか。
俺の着付けを終えたナミは、俺が居る事を忘れているのか気にしていないのか、普通に服を脱いで着替え始めた。おいおい待てよと思わなくも無いが、目の前で晒されている素肌を眺めるのもたまにはいいか。
多くの拷問だなんだと受けて来た筈なのに、その素肌にはほぼ傷が無い。それは魚共も俺達も、跡を遺さねェようにと必死で治療して来たからだ。
魚共は自分達で傷付けてきたって事を考えれば、何だかなと思わされる。それでも……ナミを想っていた事は分かっちまうのが厄介な所だ。
白い着物のような物を着ているだけのナミにそそられて手を伸ばすと、ペシンと叩き落とされた。何すんだと思ってみれば、ナミに冷たい視線を向けられる。
「大晦日と1日はそういう事しちゃ駄目なのよ」
「海賊に決まり事なんざあってたまるか!俺はナミが欲しい」
「だぁめ!手を出したら……私、船出してやる」
「なんだよ〝フネデ〟って」
「家出じゃ無いから、船出。私を拾ってくれる人なら沢山いると思うけど?」
ふふんと笑うナミは指折り男の名を上げていく。その様子に、2日になったら覚えてろよと内心で呟いてからハイハイとそれに従う。
すると、邪魔したら見られなかっただろう華やかな装いのナミが居て……。喉が、鳴る。
誰にも、見せたくねェと思わされる。全身の血液が巡る速度を変えたのがわかる程に。
「シャンクス?」
「いや……想像より、似合ってたから……」
「可愛い?」
「いや……綺麗だ……」
素直に言えばナミは真っ赤な顔を両手で隠してしゃがみこむから、可愛いなと思い直す。なんだってこんなにも愛しいのか分からねェが……大切にしたいと思う。
俺はいつもの様に上からコートを羽織ったが、それを見たナミは何故か不満そうだ。
「どうした?」
「和服の上からなのに、そのコート着ておかしくないところが気に入らないわ」
「……俺はいい男だから、何着ても似合うんだよ」
「ぐっ!……言い返せない!」
「お前な……」
流石にその反応は照れる。辞めろ。
「……やはり似合うな。似合いそうなのを選んだつもりだったが」
「「ベック」」
俺とナミの声が重なる。そんな俺達をベックは何処か眩しそうに見て、蕎麦が出来たから呼びに来たなんて言う。
それに頷いて歩き出した俺は、ふとベックの視線がナミに向けられているのに気付く。ナミはいつもと変わらない様子で、楽しそうに俺の腕に抱き着いているだけだが……。
その表情、視線、それらから伝わるものもある。……ベック、お前……ナミの事……。
「お頭、早く行ってやれ。ルーが暴れるぞ」
「うわ、それは不味いな!」
笑いながら少し足を早める。ベックがナミをどう想っていたとしても、ベックはナミに手を出す事はねェ。
それが例え据え膳であろうとも、ナミを泣かせる事は死んでもしないと分かっている。そして、俺を裏切る事も絶対に有り得ないと知っている。
俺達が食事室に到着すれば即座に年越し蕎麦が配られ、食べ始める事になる。俺とナミが和装しているというのは伝わっていたらしく、それぞれが楽しそうに見て来た。
なんで似合うんだお頭なんて、似合う事がおかしいとでも言わんばかりに俺は言われてつのられたのに対して、ナミには声を揃えて、似合うな、可愛いな、美人さんだなと褒めちぎる奴ら。この親父共、孫や姪っ子を可愛がる勢いでナミを構いやがって……。
「……ナミ、蕎麦喰い終わったら出かけるぞ」
「そうなの?」
「この装いだ。初詣とやらに行こう」
「うん、ありがとう。……りんご飴あるかな」
「……食い物目当てか」
楽しそうに笑うナミに突っ込めば、屋台と言ったらりんご飴のイメージなのよと笑われた。その上で、1人で食べるの大変だから、後半手伝ってねなんて言い出す。
それに了解と笑えば、ナミは擽ったそうに笑うからとりあえずそれでいいかと思う。蕎麦を食べ終えて船を降りると、少し風が冷たい事に気付く。
そっとナミの手を握れば冷たくなっていて、コートを掛けてやるかと思ったがその装いが見えなくなるのは残念だなとも思う。同じ見えなくなるならとコートの中にナミを入れる形で抱き締めれば、ナミが焦った様子を見せる。
「冷えてるからな。風邪ひかせたくねェんだよ」
「暖かいけど、歩けないわ」
「首に腕を回してみろ」
俺の言葉に素直に従ったナミを内側で横抱きにしてやれば、何故か感動的な声を出された。それから楽しそうに笑ったナミが、ありがとうなんて言う。
これなら誰にもナミを見られずに済むからだなんて、今更言える筈も無く、御参りするべき所までナミを抱いて歩く。お参りの時仕方なく下ろすが、変なのに狙われても困るなとコートをナミの肩から掛けてやる。
それにより本当に何を着てるか見えなくなり、それが妙に可愛い。ダメだ、何をしてもナミは可愛い。
「……シャンクスは、和服が似合うっての超えて、既に色気垂れ流し状態ね」
俺の思考と近い事になっていたらしいナミがそんな事を言うから、ナミもそうだったから隠してみたんだと笑えば嘘ばっかりなんてクスクスと笑う。そんなナミの手を握り賽銭箱の前に到着すると、とりあえず金を投げ込んでおく。
神様とやらがいるなら、ナミが泣かないで済む状態が続くようにしてくれと願う。そうすりゃきっと、クルーの誰も喪う事は無いだろう。
その時ナミもまた何かを願った後で御籤を俺に示して、取れと言う。賽銭はその分既に入れてあるらしい。
どうせ吉か何かだろ。御籤なんてのは正月は吉が増やされてるものなんだよと、少し弄れつつそれを開けば平と書かれていて……。
「何だこれ。普通凶とか吉じゃねェのかよ?」
「あら、奇跡の御籤!丁度真ん中の籤よ。置いてる所も珍しいんだから」
「嬉しくねェ……」
クスクスと笑いながら、ナミは内容を読み、周りを巻き込むような事は控えましょうってあるから、戒めに持ってたらなんて言い出す。そんなナミに俺もつられて笑い出す。
それからふと思い出して言葉を口にする。勿論逃がさねェように、しっかりとその身を抱きしめた状態で。
「散々煽って、お預け迄してるんだから、日付変わったら……覚悟しとけよ」
「なっ……なっ……!」
顔を真っ赤に染めて離せと暴れだしたナミを、だからと言って離してやる筈もない。和服ってのは下着も付けないから本当に良いもんだな。
「たっぷり、可愛がってやる」
「それは、イジメって言うのよ!シャンクスの馬鹿っ!」
「何言ってんだ。俺にいじめて貰えるのは、大切に想われてる証拠だぞ」
「あ!だからルフィの事小さい時に揶揄ってたのね!今度ルフィに会ったら謝ってよね!」
「なんでそうなる!?可愛がってただろう!?」
「シャンクスのばぁか!いじめっ子ぉ!」
そんな事を言って僅かな隙をついてするりと俺の腕を抜け出したナミを、1瞬本気で追い掛けた。逃げる速度と技術だけは、恐ろしいものがあると内心ヒヤヒヤさせられる。
そんな俺に気付かずにナミは林檎飴発見!とか言って笑う。そして、早く食べたいと俺を導くように歩き出す。
Happy new year……お前が笑うなら、どんな願いも俺がこの手で叶えてやると笑ってやれば、頼もしいわと嬉しそうに笑い返す。2人で1つの飴を食べながら呑気に歩く、こんな小さな幸福も良いものだなと心から思えた。