季節イベント(波間IF)   作:夢枕 七変化

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オレンジデー(悪魔の子ロビン)

 いつもの様に部屋で読書をしていたら、ナミが突然立ち上がって伸びをしたので視線が本から反れる。見れば新たな医学書をと言っていた言葉の通りに、それを仕上げたのだと分かった。

 既にナミは、航海士では無くて作家として乗っているべきなのではないかしらと本気で思う。けれどもやはり航海士として居てもらわなくては困るのだから、判断に困る案件とも言える。

 

 「蜜柑に水あげながらこれクーちゃんに託してくるわね」

 「行ってらっしゃい。あ、もしサンジに会ったら珈琲をお願い」

 「ふふ、多分会うから伝えておくわ」

 

 笑顔で答えるナミは、相変わらず何も知らない無垢な少女のようで……けれども彼女の経験して来たそれは決して平坦なものでは無かった筈。……どうして、ナミはこんなにも穏やかで優しいのかしら。

 1人になった部屋で、机の上に1枚の紙が残されているのに気付く。忘れたのかしらとそれを手にして見れば、どうやら医学書とは別な物だと分かりそれを何の気なしに読んでいたら、ルフィが部屋に入って来た。

 その紙をルフィに手渡したのは、反応を見たかったのと、どうせなら何かナミにして欲しかったから。頑張り過ぎるあの子に、何かをしたいと私が願ったからに他ならない。

 

 「ナミの書きかけの原稿よ。バレンタインから引き続きでこんなイベントがあるのね」

 

 私の言葉に曖昧に頷いたルフィはそれに目を通しつつ、何かを考える素振りを見せる。それから、少し寂しそうにその瞳を揺らした。

 

 「珍しいわよね。いつもならこういうイベントの物はその季節迄に発売できるようにするのに、途中で筆が止まっているなんて」

 

 空気を変えようと声に出した言葉に、ルフィはいつもの〝少年〟らしいそれではなく、多分ナミの前でだけ見せていた〝男〟としての顔を見せて呟くように言う。それにより、ナミの必要性を痛感させられる。

 このルフィを宥めて、抑えて……解放して居たのね。未来の海賊王の昂るそれらを、ナミは1人で支えているのだと気付かされる。

 1歩間違えれば、その激情はナミを破壊してしまうだろうと分かる。そんな危うさをルフィから、時折感じるの。

 

 「……多分、俺達が知ったらナミに気を使うと思って書けなくなったんだ。オレンジデーなんて、どう考えてもナミの為にあるようなイベントだから」

 

 ルフィはナミに本気で、何があっても守ろうと最後まで足掻くだろうと思える。完璧ではないけれど、だからこそきっと〝任せられる〟では無くて〝任せたい〟と思えるのね。

 

 「ルフィのそういう所、好きよ」

 「おぅ?ありがとう?」

 

 そうして部屋にルフィを残して出て行けば、そこでナミとかち合う。甲板に向かうわと言えばそうなの?と首を傾げる無防備なその姿に、私が男なら絶対に譲らなかったわねと思う。

 

 「ナミ、嫌な事があったら言うのよ。必ず守ってあげるわ」

 「ロビンも、何かあったら言ってね。雷落としてあげるわ。……勿論、比喩じゃなくてね」

 

 ウィンク1つ私に向けて、ナミは去って行く。それを見送りながら私は甲板で読書をするフリをしてナミの様子を伺えば、彼女と言うより母親のような顔でルフィに接しているのが見えた。

 その後ルフィに甘えるように眠ってしまうナミを見て、愛らしいものねと微笑みを浮かべたのは自然な事だろうと思う。そうしてルフィが起きて部屋を出たタイミングで私が代わりに部屋に入れば、ナミが起きる事は無い。

 ルフィの赤いシャツをギュッと抱き締めて眠るその姿は、どこか幸せそうで、私は暫くの間その頭を撫で続けていた。それからは何となくナミから離れ難くて、数日間ずっと傍に居た。

 素直さとは馬鹿と同意語であると考えている私には、時折この船のクルーが恐ろしく心配になる。騙されたって、誰にも同情もされなければ助けてだって貰えない。

 それを嫌という程に知っているから、私は誰かに大切にして貰っていい存在じゃないと本当は分かっているから、だからこそ……与えられる優しい温もりが愛しくて、離しがたい。何も言わずにナミに手を伸ばして抱き締めると、ナミは驚いたような顔をしながらも、直後にふわりと笑ってくれる。

 この暖かな生き物は、小さくて、不器用で、頼りなくて、庇護欲を唆られるタイプにしか思えない。けれどもそれは、警戒心を抱いていない身内にのみ見せている姿。

 誰からも愛されて、誰かしらが側にいて、誰かが護ってくれている。警戒心をお腹の中に忘れて来たとしか思えないような、現実の辛さも何も知らずに生きて来たお姫様なのだと勝手に勘違いして、嫌っていた事もあったけれど……そんな人間いる筈無いのよね。

 

 「ロビン?どうしたの?……大丈夫、皆いるわ」

 

 そう言ってナミは私を光の中に連れ出してくれる。陽だまりの中に、私の居場所もあるのだと……そう言ってくれる。

 愛しくて、可愛い私の天使。貴女だけは必ず守るし、幸せになってもらいたいわ。

 それにしても、オレンジデーの贈り物が決まらないのよね。オレンジの髪にオレンジの髪飾りって言うのはおかしいし、だからと言って蜜柑の花を模した髪飾りではオレンジではなくなってしまう。

 共にお茶をして、本を読み、ナミの書いたものを推敲して、そうして過ごす時は瞬く間に過ぎて行く。航海日誌を書いていたら、ルフィが怒ってますって顔に書いた状態で近付いてきた。

 

 「ロビン、ナミを返せよ!」

 「別に奪ってないわよ、ルフィ。普通に話でもしたら?」

 

 そもそもルフィはナミを襲いすぎなのよ。やっと顔色が安定してきたと言うのに、何を言っているのかしら。

 

 「俺はナミが欲しい!」

 「……ルフィは、ナミの体だけが欲しいの?違うなら少しは休ませなさい」

 「うっ……分かった」

 「ロビン……まさか、その為に私の傍を離れないの?」

 

 キョトンとした顔で聞いてくるナミに、微笑みかければ戸惑ったような顔をされてしまう。そのまま少し落ち込んだ様子で、変な事を言い出す。

 

 「ごめんなさい。フランキーといたいわよね。邪魔、しちゃって……」

 「何言ってるの。私はフランキーよりもナミの方が大切よ」

 

 そっと可愛い親友の頭を撫でれば、擽ったそうにしながらも嬉しそうに笑ってくれるから、私はそんなナミの額にキスをする。大切な親友が幸福である事を、祈っているわ。

 あんな可愛くない大きな物質より、天使を優先させるのは自然の摂理よ。……ホワイトデーの時に、少し、不安にさせられた意趣返しだったりなんか、しないわよ。

 そうして迎えたオレンジデー当日。朝のシャワーに向かうナミに用意したプレゼントを手渡せば、中身を見て少し頬を染めた。

 

 「ロビン、これ……」

 「今日はオレンジデーだもの。ね?」

 「あ、ありがとう」

 「サイズが合うか分からないから、試着して。合わなかったら教えてね」

 「えぇ、でも、下着って……」

 

 真っ赤になったナミに、ニッコリと笑ってしまう。だって、この反応が見たかったんだもの。

 

 「ナミは下着をあまり持ってないから、必要かと思って」

 

 私の言葉にナミは照れた様子でハンカチを差し出して来た。それは紫の生地に蜜柑の実と花の刺繍が入ったシンプルな物だけど……この刺繍って……。

 

 「ロビンのイメージカラーに、オレンジデーらしく蜜柑を刺繍したんだけど、ロビンは花が好きだから、花も追加で刺繍したの」

 

 ……この子私をどうしたいの。可愛すぎるでしょう!?

 ハンカチをそっと胸に抱いて、大切にするわと言えばナミはダメになったらまた作るわなんて笑ってくれる。……まさか、ハンカチ買って刺繍したんじゃなくて布からちゃんと作ったのかしら?

 ナミならやりかねないわと思いながら見れば、オレンジ色の布が机に置かれていて、それの端に小さく麦わら帽子を被った蜜柑が刺繍されているのを見れば、あれがルフィ用ねと分かる。でも、ルフィは刺繍に気付くかしら?

 そんな事を考えながらナミを見送ると少しした時フランキーが顔を覗かせた。少ししょげた様子のそれに、何故か可愛いと思ってしまったのだから不思議なもの。

 

 「フランキー……夜、見張り室に来てね」

 「お!おぅ!!」

 

 ……この船にいるのは、可愛い生き物だけなのかしら。……だとしたら私だけ居場所がないわ。

 本気でそんな事を考えてしまうくらい、フランキーが可愛くて……。毒されてるわねと息をつく。

 大型犬が耳と尻尾を垂れさせているように見えたから、軽く誘っただけなのにフランキーは本当に嬉しそうに笑ったから。……本当に、私はフランキーに勝てそうにないと痛感する。

 夜になり、オレンジ色の着物を着て、見張り室で待っていれば登ってきたフランキーが息を呑む。それから吸い寄せられるように近付いてきて、オレンジ色の髪留めを差し出して来た。

 

 「あら、可愛い。なんの花かしら?」

 「さァ?蜜柑の花を見ながらオレンジデー用にオレンジの色で彩色しただけだから、花の種類なんざ考えてねェ」

 「フランキーが、作ってくれたの?」

 「当然だろ。ロビンが身につけたり持ち歩く物を、誰が作ったかも知れねェもんにはしたくねェからな」

 

 どうしてこの人はいつもこうなのかしら。そう思いながらも私はそっと微笑む。

 

 「なら、私からは……この体でいいかしら?」

 「その為に、それ着てたんだろ」

 「いらないなら、渡さないわ」

 「いらねェ筈があるか馬鹿野郎」

 

 私もそれなりに背が高い筈なのに、それよりも大きなフランキーといると少女に戻ったような気持ちにさせられてしまう。大きな手で、けれども繊細なその動きで、フランキーは優しく私からのプレゼントを手にしようと包みを解く。

 Happy orangeday……見張りである事を忘れた悪い大人達は、互いの熱に溺れて行く。触れ合えば触れ合う程に、自分と相手を愛おしく想える不思議に微笑み合いながら。

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