海兵だったナミが軍艦の修理を依頼に来たのが、俺達の出逢いだった。どちらも過去形なのは、現在ナミは軍を辞めてアイスバーグさんの秘書として表向きは働いているからだ。
実際は宝玉としての収入があるから、働く必要も無いのだと前にカリファが話していた。そんなナミと付き合い始めて1ヶ月、付き合う前に貰った義理チョコはまだ食べる事も出来ずに居るが、カクには賞味期限ってもんがあるから早く食ってやれと言われている。
付き合い始めてからも当然、そんな訳で、その……清い関係だ。付き合うようになってからは食生活が心配だと言って、毎日ナミは俺に弁当を作って来てくれて、俺は朝晩しっかり家と職場まで送り迎えしていて……だが、進展しねェんだよ!
分かってる!
俺が悪い!
ナミは拒んでねェし〝パウリーが照れ屋なの知ってるから、パウリーの速度で良いのよ〟なんて、そんな事を言って甘やかして来るんだよな……。何時だったか、ナミが朝迎えに行った時起きて来なくて、窓から入ったら熱出して倒れてた事があった。
汗をかいて荒い呼吸を繰り返しながら、潤んだ瞳で、赤い顔で俺を見た時。……鼻血吹いて俺までぶっ倒れて、アイスバーグさんに呆れられた位だ。
「パウリー、可愛い」
そう言って笑ったナミに、ここらで1発恋人らしい事をして喜ばせたい。チョコとか飴とか贈りあってる場合じゃねェだろ俺!
だが、何を贈れば喜ぶかなんてわからねェ。ペンだとかインクは俺達にとっての鋸等と同じで、ナミにしてみれば商売道具だ。
だからこそ適当には選べねェから、どうしても除外する事になる。そんな時にスクエア達が歩いているのが見えて、声を掛けた。
「暇か?」
「なんだわいな」
「わいな」
「ナミに、その……贈物をしたいんだが、な。……どうしたもんかと思ってよ」
「パウリー、ナミの誕生日にはまだ遠すぎるわいな」
「わいな」
呆れた様子のスクエア達にナミの破棄する予定として積まれていた紙の中にあった〝オレンジデー〟について話せばキラリとその瞳を輝かせた。そして宴だわいなと言って楽しそうに笑うので、良かったと心から思った。
何せこれだけこの2人が喜ぶなら、協力して貰えるだろうからな。そうして俺は2人に言われるまま単純に、花束と口紅を贈る事にした。
装飾品だと邪魔になるかも知れないし、他の小物はナミが自分で作るだろうと言われれば納得もする。簡単な治療セットだと言って俺に携帯できるようなものを前にくれた事はあったが、流石に作らないだろうと思える化粧品と言うのは悪くない気がした。
途中で見つけたルッチを付き合わせて口紅を選んだが、男の俺に聞いてどうするとハットリに言われる始末だ。だが、そこに居たんだから少しくらい付き合えよ!
「……そんなに好きか?くるっぽー!」
「16歳の時に、軍艦の修理を依頼に来ただろ。あの日、海賊が襲ってきた時戦わなかったんだよ、あいつ最初」
「……ナミは海兵だったよな。良いのかそれで。クルッポー」
「あァ、部下が戦うのを見て、部下が危なくなったら助けに入るだけで攻撃しなくてよ。戦えないんだと思ってたら……経験積ませてたんだ。部下にも慕われてて、可愛いなと……素直に思ったのが始まりだった」
「今じゃ愛妻弁当だもんなッポー!」
言われた言葉で顔が赤くなるのが自分で分かる。卵焼きに毎日違う物が混ざっていて、今日の卵焼きは何が入ってるのかと言うのは密かな楽しみだったりする。
基本野菜だけど、たまにベーコンとかしらすとかが入ってて、素直に美味い。喧嘩した翌日は鷹の爪が刻まれて入れられていて、アレだけはつらかったとそんな事を思い出す。
おかずも肉と野菜が使われていてどちらかだけになっていないから、食べやすくて助かってる。何日か籠ると言うと、ちらし寿司でお握り作ってくれたな……。
「酢飯だから腐りにくいしご飯におかずが入ってるからバランス的にも悪くは無いと思うのよ。手で食べると道具が汚れるだろうから、海苔で取って食べてね。それなら片手で食べながら図面見たり出来るでしょ」
そう言って海苔を別添えにしてくれていたナミに、正直助けられた。なのに俺は何も返せねェ。
「好きなんて可愛いもんかよ。日々溺れてく」
「……重症だなッポー!なら、彼女の好きな香りがする口紅にしたら良いだろッポー!」
「へ?」
「スクエア達に聞いたがオレンジデーなんだろ。なら、オレンジ色の口紅で、蜜柑系の匂いがするのを選んだら良いだろッポー!」
「ありがとう!ルッチお前やっぱ、良い奴だな!!」
そうして俺はナミへのプレゼントを選ぶ事にしたが、その時背後でボソリと〝ルッチ〟が口紅を贈る意味を知らねェのか?なんて言ってた事は、当然気付かなかった。
花束は花屋に彼女にと言ったら朝1で取りに来いと言われたので、当日の朝取りに行く事にして今日は久々の休みだからとナミの家に行く。だが、ナミは作家モードで部屋に入った俺に気付かねェ。
つまらねェと思いながら部屋で勝手に転がると、疲れていたのかぐっすりと眠っちまう。そんな俺に優しく触れる手の感触に、戻ったのかと思いながら微睡んでいたら声が聞こえてきた。
「愛してるわ」
硬直した俺はおかしくねェだろう。俺はナミに何かしてやった記憶はねェし、寧ろして貰ってばっかりだ。
なのにどうして、そんな事を言ってくれるのか。……想いだけなら、誰にも負けねェがよ。
その時俺の額にそっと触れた唇に、眼を開けてなくて良かったと思う。開けていたら、そのまま襲ってたか逃げ出していただろうと分かるから。
そのまま豊満な物を押し付けるように抱き着いてきたナミに、勝手に目覚めようとする本能。でも待てよ、頼むから待ってくれ。
俺に心の準備をする時間をだな……!
「お休み」
そうだよ、お休みだ……お休み?
え?
この状態で寝るのか!?
慌てて眼を開けても、既にナミは夢の中。……少し、寂しいとか言ったら怒られるだろうか。
アイスバーグさんは巨乳好きだと皆が噂するのは、スタイル抜群の秘書が2人で傍にいるからだろう。その抜群のそれを押し付けるようにして、無防備に寝てるナミに少しは警戒してくれと心から願う。
そうして迎えたオレンジデー当日。ナミには何も言わずに、ナミと俺を休みにしてくれと頼んだ俺に笑いながら了承してくれたアイスバーグさんとカリファに内心で感謝しながら、朝1で取りに行った花束を手にナミの家を尋ねる。
「パウリー?早いわね。まだお弁当出来てないのよ……朝ごはん食べてく?」
「今日は、弁当いらねェ。……ナミも、俺も休みにして貰った」
「え?」
「……これ、やるよ」
花束と口紅を押し付けるように渡せば、ナミがそれを見て驚きを隠さねェから、外したかと内心で焦る。その直後にナミが嬉しそうに笑って、ありがとうと言うから間違っちゃいなかったらしいと分かる。
花束を抱いたまま棚を漁って、花瓶を幾つか取り出すと、銅板の欠片をそれに入れてから水を注ぐナミに、何してんだと思いながら眺める。花束をそれぞれの花瓶に分けて入れると、部屋とか玄関に飾ってくれて……それが妙に嬉しい。
やっぱり果物とか花とか抱いてる姿が、1番ナミらしくていいな。そんな事を思いながら見ていたら、やったばかりの口紅をナミはつけて、どうよ!なんて笑う。
「綺麗だな」
思わず零れた本音にナミは少し頬を染めると、今日の予定を聞いてくる。なのでブルーノから聞いたカップル限定の半額になるカフェに行こうと誘えば、ナミは花のように笑った。
デートの途中、勇気を振り絞ってナミの手を握ると、ナミまで赤くなる。だからお互いに見つめ合って動けなくなったりしながら、何とか喫茶店だとか小物店だとかを周った。
……飲み食いした物の味が、分からない程に緊張していた時点で自分にどうなんだと思う。それでもナミは半額ー!と喜んでいるから、良かったんだろう。
「ナミ」
「なぁに?」
「……夕飯とか、何か希望あるか?」
「…………パウリーの家で、焼肉でもする?」
予想外の言葉にへ?と声を出せば、お店で食べるのに比べたら1/10の金額で済むわと言って、鉄板ある?なんて聞かれながら買い物をして行く事になった。ナミ1人が作った物を食べるんじゃなくて、各自食べたい物を焼きながら食べられるのは正直有難い。
イベントの当日まで1人で全部やらせるとか、そんなのは嫌だった。そうしてナミと共に帰り、ビール片手に肉を焼きながら食べていたら、サラダ菜を出されて巻いて食べてなんて言われる。
「……紫蘇が良かった?」
「違ェよ!焼肉なんだから肉だけで良いだろ!」
「これだから男の子は!駄目ですー!肉だけなんてお母さん許しません!」
男の子って、おい。てか、いつお前は俺の母親になったんだ。
そうは思うが、まァ……食うか、仕方ねェ。野菜とか真面目にいらねェだろ、焼肉なんだから。
食後に後片付けをしたナミが風呂に入り、出て来た所を捕まえて髪を拭いてやりつつ、必死で言葉を探す。泊まってけと、言いたいが……その、なんだ、どう言えばいい?
その時ナミが何故か口紅を付け直していて、何してるんだと思った直後、唇が重ねられた。硬直する俺に、ナミは唇を僅かに離してから小首を傾げる。
「パウリー、口紅を贈る意味、知らなかったの?」
「い、み……?」
声が、掠れる。そんな俺にナミは微笑むと、なぁんだなんて言ってから、鞄を漁り始める。
「口紅を贈る意味は〝少しずつ取り戻したい〟よ」
「へ?」
「……少しずつ、キスで返して。キスをしたい。そういう意味の贈物なのよ。だから、いつKissしてくれるのかなって待ってたのにしてくれないから……私からしちゃったじゃない。……っはい、私からもオレンジデーね」
鞄から取り出されたのはオイルライターで、オレンジ色の革に包まれたそれには俺のイニシャルが入っている。驚いてナミを見ると少し恥ずかしそうにナミは笑った。
「パウリーが知ってると思わなかったけど、今日はオレンジデーで街が浮かれてたから、この世界にもあったんだなぁって思ってたのよ。……パウリーに、持ってて欲しくて……オレンジは、私の色でしょ」
それ、意味わかってるのかと言いかけて、辞める。頭のいいこの女が、知らない筈はねェと気付いたからだ。
吸い寄せられるようにナミの唇に自分のそれを重ねれば、それが当然であるかのようにも感じられて嬉しくなる。ナミが、欲しい。
「今夜は、帰さねェ」
「パウ」
返事はいらねェ。拒絶もさせねェ。
そんな思いでナミに何度もキスをして、蕩けたような顔をするナミをそっとソファに押し倒した。ナミからは、いつもよりも強く、蜜柑の香りがする。
「んっ……ぁ……パウリー……まって、あの!」
「俺のペースで良いんだろ?」
「そ、そうだけど、あの、そうだ、お風呂!」
「今出てきた所だろうが」
真っ赤になって、恥ずかしそうに視線を逸らして、それから蚊の鳴くような声でナミが言う。さっき俺の唇を平然と奪ったとは思えない程に、初心な様子で。
「は、じめて、だから……その……」
「ナミ、初めてじゃなかったから相手の男、海に沈めてやるから安心しろよ。いいから、お前を寄越せ」
言いながら脱がせれば体まで赤くなってるそれに可愛いと思わされる。傷付けたい訳じゃねェから、精一杯優しくしてやろうと心に決めてそっとその首筋に噛み付くように跡を残しながら、結局は俺が負けちまう。
「俺のモノになれ。それと、俺以外に、素肌を見せんな」
「あっ……んぅっ!」
その肌を誰にも見せられなくしてやると、身体中に跡をつけながら可愛く鳴く恋人に自然と深まる笑みを抑えられなくなる。蜜柑の香りに俺は酔わされつつ、今夜が終わらなければ良いと心から思った。
Happy orange day……恥ずかしかった筈の全てが、まるで当然のように感じられる。俺は今はただ、お前が欲しくて、お前の全てを感じたい。